マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第三十章 ある一つの結末

胎動

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――王都サンオン・城前・中央広場

 
 東西南北の大通りが交差する王都の中央。
 そこは数十万の民が集まっても、空白を生み出すことのできる巨大な広場。
 しかし、今ここに空白はなく、皆が押し合い寄せ合いひしめき合っている。

 彼らの目には透き通るようなクリスタルの塊が映る。
 それは合わせ鏡のような二つの塔。
 太陽の光を受けて七色の輝きを見せる塔は、アクタにある建造物の造形とは一線を画しており、地球にある建造物にもないもの。

 天高く伸びた塔の高層部分は廊下で繋がっており、それが二つの塔を結び付ける。
 塔の下部には、水晶の双子塔にも負けず劣らず荘重で威厳を誇る城が構えていた。

 それらのお膝元に演説の舞台がある。
 舞台は城と街に新たないろどりを加えるかのように豪奢であったが、決して色の調和を乱すことはなく民衆の瞳に溶け込んでいく。

 

 その舞台を、笠鷺たちは遠くから覗き見ていた。
 バーグは水晶の双子塔と城の威容……そして、人々の圧に飲み込まれる。

「くそ、スゲェな。街並みだけなら皇都の方が上だって言い切れるが、皇帝城だけは王城に完敗だ。それにこの民衆――なんて熱気だ!」

 人々の狂乱にも似た熱が、バーグの心を包み、指先に震えを産ませる。
 しかし、笠鷺はそれらの熱気を氷のように凍てつかせ、死人のまなこで演説台を睨みつけていた。

「台には、クラプフェン、ノアゼットたち六龍。アプフェル、パティ、アマン、ケイン。エクレル先生。アレッテさんにクレマにセムラさん。ゼリカ公爵にポヴィドル子爵にパラディーゾ侯爵まで。そうそうたるメンバーだな。だけど……」

 全体をゆっくり見回すが、フォレとティラとウードの姿はない。

「奥に引っ込んでんのか? まぁ、いい。キタフ、準備は?」
「王都のシールド周波数は特定した。いつでも行ける」
「そうか。なら、ウードが演説台に立ったら転送してくれ。場所はここからずっと離れた場所」
「了解した。西方に広がる草原。あそこならば、どこからも町が遠く、人もいない」
「よし。そこで、ウードを殺す……」

 
 言葉は強くなくとも、そこには冷たき刃が宿る。
 バーグもキタフも、笠鷺に声を掛けることができず、ただ、身の内に殺気と憎悪を抱き続ける少年の姿を見つめ続けていた。



――演説舞台袖

 
 宰相ヤツハことウードは演説用の純白のドレスに着替えを終えて、粛々と演説の準備を行っていた。
 そこにティラとフォレが訪れる。

「調子はどうだ、ヤツハよ?」
「うん? まぁ、なんとか。大勢の前で演説ってのは何度やっても緊張するわ」

 それは誰もが知るヤツハの姿。
 しかし、彼女から醸し出される美しさは以前とは全く異なるもの。

 ウードの美しさに当てられた兵士や召使いたちは無意識に足を止める。
 彼女の姿を一度目にしようものなら、その美は蜘蛛の巣のように獲物を捕えて離さない。

 
 フォレが彼らへ声を掛ける。

「皆さん、足が止まってますよ」
 彼の声に稲光を受けたかの如く、心奪われていた者たちは再び己を取り戻す。
 フォレは美に囚われることなく、真っ直ぐとヤツハの皮を被るウードを瞳に入れた。

「先ほど、戻りました」
「そっか……で、どうだった?」
「アルフェニン卿のことでしたら、捕らえ、牢に入れております」
「うん、生け捕りにしたのか?」
「はい、町も焼かず、投降した兵士たちは捕虜として扱いました」
「……フォレっ」

 ウードは瞳を凍りつかせ、咎める口調でフォレの名を呼んだ。
 今までは、この瞳と声に彼は委縮していただろう。
 しかし、己の正義を貫くことを思い出したフォレは違う。


「ヤツハ様、そのことについて、色々とお話したいことがあります」
「話も何もどうしてっ?」

 ウードにとって、フォレは完全に堕としたはずの存在。
 彼はヤツハへの愛に抗えず、彼女の孤独を癒すために両手を血と汚泥に染め、非情なる道を歩む覚悟を決めたはず。
 いや、そこへ追い立て追い詰めたはず。
 
 だが、目の前にいる男からはそのような迷いも闇も見えない。
 二人の視線はぶつかり合い、見えない火花を散らす。


 ティラは睨み合う二人の間に立つ。
「ま、その話は演説を終えてからだ。予定を狂わせて、民の期待を裏切るわけにはいかん」
「陛下、ですが」
「ヤツハよ。そういうわけだ。そう、かっかするでない」

「別にかっかしてるわけじゃ……」
「ふふ。それにの、私からもお主に話したいことがある」
「え?」
「まぁ、何もかも全て、演説を終えてからだ……今日は、長い一日となりそうだな、フォレよ」
「はい、女王陛下」

 フォレとティラはウードを置いて、先に進んでいく。
 一人残る彼女は首を傾げる。

(何があったの? フンッ、まぁいいわ。何か心の支えが生まれたとしても、所詮は一時。むしろ、楽しみがいができたと言える。ゆっくりとあなたたちを壊してあげるわ。ねぇ、ヤツハ)


 ウードの視線の先に幼いヤツハがいる。
 少女はずっと涙を流し続けていた。
「もう、やめて。みんなをいじめないで、ひどいことしないでよぉ」



――演説会場


 まもなく、英雄祭最終日の花形となる、ブラン女王の演説が始める。
 まず、女王の前に宰相ヤツハが壇上に上がり、国民に語りかける予定だ。

 人々はヤツハの登場をいまかいまかと待ちわびていた。
 それは笠鷺も同様だった。


「キタフ、ウードが壇上に姿を見せたら、俺が合図を送る。そしたら、すぐに転送してくれ」
「了解だ」
「おっさんはどうする? ついてくるか?」
「ここまで来て、ついてこねぇ選択肢があるかよ」
「わかった。それじゃ、ウードを転送したと同時に俺たちも跳ぶ。キタフ、細工は?」

 問われたキタフは、青い軌跡を見せる正多面体の水晶を見せつける。
「こちらの転送先が特定されぬよう、既に手配済みだ」
「よし。では、待とう」

 笠鷺は壇上に視線を向ける。
 その視線に殺気を籠めたりなどしない。
 そんなことをすれば、六龍や仲間たちに気づかれてしまう。
 ただひたすらに、心の中だけで殺意という名の刃を研ぎ澄ます……。


 そこに、ひときわ大きな歓声が轟いた。
 宰相ヤツハが、ウードが姿を現したのだ。
 彼女はけがれ黒ずんだ己の心の色とは不似合いな、純白のドレスを纏っていた。
 それは大胆に肩を見せて、豊かな胸を強調し、流れるような曲線を描くくびれをしっかりと見せつけている。
 スカートは太ももに沿って流れ、そこから大きな広がりを見せていた。

 

 ウードの姿を目にしたバーグは、声を零れ落とし、そのまま言葉を失った。
「こ、こいつぁ……なんて、綺麗な女なんだ…………」
 それはバーグだけではない。
 喧騒に満ちていた中央広場にも静寂が広がる。
 この場にいた全ての民衆が、彼女の姿に心を奪われてしまったのだ。

 宰相が一歩前に出る。
 そこから生み出されるたおやか仕草に、老若男女問わず心が熱に浮かされる。
 静寂はウードの小さな吐息をも人々の鼓膜へ届けさせた。

 
 脳を蕩けさせる柔らかな音。
 ぐにゃりと目の前が崩れ落ちる。
 そうであっても、ウードの姿だけは瞳に焼きつけ続ける。

 ウードは民衆へ瞳をゆらりと流した。

 瞳に囚われた人々は身体を硬直させて、息をするのも忘れる。
 彼女はトンっと足音を立てる。
 響きは皆の心に沁み渡り、肉体に天を舞う快感を味わわせる。

 足音を響かせるたびに、人々は最上の美に当てられ、全身から力がほどけていく。
 
 崩れ落ちる身体を震える足腰で支え、皆は乞うようにひたすらウードの姿を追い続ける。
 
 ウードは甘美な足音を鎮め、正面を振り向き、微笑みを見せた。
 それは少女の笑み……純真で無垢な穢れのない微笑み。
 だが、その中には蠱惑的な微笑みも混じっている。
 人々の心を淫靡いんびに酔わせ、恍惚へといざなう。

 そこには少女の笑みからは生み出せない、大人の女性の魅力が内包されていた。

 誰もが声を産むこと、息をすることさえ許されない崇高な姿に、畏れと敬意を抱く。
 ある者はこうべを垂れ、ある者は両手を合わせ祈りを捧げる。
 彼女は人の美を越えた存在。


 女神――そう称しても誰もが認める姿であった。


 人々は美に酔い、魂そのものを平伏させ捧げる。
 だが、その中でただ一度も酔う事無く、ウードの心を覗き見ていた者がいた。

「なんて、薄汚い光景だ」

 それは笠鷺燎。
 彼はウードの本質を瞳に映し続けていた。 
 不浄なる存在に心奪われ、騙され、崇め奉る民衆の姿は笠鷺にとって、目を背けたくなる光景……。
 
 瞳に映る美を被った醜き存在が声を産もうとする。
 笠鷺はこれ以上、無垢な人々が穢れを崇拝し続ける姿を見たくはない。

「キタフ、やれ」

 キタフは無言で装置を操作した。

 すると、光のカーテンがウードに降りて、同時に笠鷺たちにも降りる。
 そうして、辿り着いたのはジョウハクより遥か西方にある、無人の草原。


 そこには、笠鷺、バーグ、キタフ……そして、ウードの四人の姿だけ……。


 肌を突き刺すような光を降り注ぐ太陽の下で、肌に浮かんだ汗を心地良く撫でる風が吹く。
 笠鷺は背を向けているウードへ、嫌悪、憎悪、唾棄、怨念、憤怒、殺意とあらゆる悪しき感情を籠めて睨みつけた。

「久しぶりだな、ウード。お前を殺しに戻ってきたぜ」
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