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第二幕
第43話 舞台は整い開演を待つのみ
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――――次の日からまことしやかな噂が流れ始める。
それは第三皇子のサイドレッドとゼルフォビラ家の長女フィアが夏の長期休暇明けに正式に婚約を発表して、来年春のフィアの卒業をもってして結婚するという噂。
同時に、ブランシュのやらせいじめが加速していく。
日を重ねるごとに本来の調子を取り戻したのか、ぬるいいじめはなくなり、いじめらしいいじめをしてくるようになってきた……なんだろうな、いじめらしいじめって?
ともかく、俺はいじめの辛さに再び学院を離れそうな素振りを見せる。
そのいじめに苦しむ俺を見た姉のフィアは、まとまりそうな婚約話の噂と相まって、俺に対する興味が薄らいでいったと……そのようにブランシュから報告を受ける。
いい感じに事が進んでいる。
ルーレンは俺の近くに寄るなという命を守り、苦しむ俺の姿を息が詰まるような思いで見守っている。
朝食の際も、他の生徒の目に触れぬよう、日の出前から朝食を載せたワゴンを部屋に置いて立ち去るという徹底っぷり。
ルーレンとは連絡が取れない状況だが、あいつのことだ。うまくやるだろう。
――ルーレン
ルーレンは遠くからシオンを見守り、小さく呟く。
「何とか、お守りしないと。でも、近づくなと言われていますし……どうすれば?」
苦しむルーレンの声。それをサイドレッドが他の生徒から見られないように気をつけながら拾い上げる。
「大丈夫かい? 私のせいでシオンのそばにいられなくなって」
「こ、これはサイドレッド様。だ、大丈夫です。私が寄り添うことでシオンお嬢様が苦しむと言うのであれば、お傍には近づけませんから」
「本当に済まない。私の短慮な振る舞いが」
「そ、そんな、皇族であらせられるサイドレッド様から頭を下げられては申し訳が立ちません。それに、優しさを短慮などとは決して言えませんから」
「ルーレン、君は優しい女性だな。シオンが君を頼りにしているのもわかる」
「そんなことは……。私はただ何もできずに指を咥えてるだけしか……あ、あの、不躾でございますが、シオンお嬢様へサイドレッド様のお力添えを叶いませんでしょうか?」
「してあげたい……」
「え?」
「してあげたいんだよ、私も! 私にとってもシオンは大切な人だ。だが、できないんだ!」
「どういうことですか? 皇族のサイドレッド様にできないことなどあろうはずも……」
「あるんだよ、ルーレン。皇都であれば、シオンを助けられる。だが、ここは皇都ではなく、ゼルフォビラの領地であり、彼らの資本が投入されたフォートラム学院。ここにおいては、フィアに逆らえる者などいないんだ! ――あっ!」
サイドレッドは片手で口を押さえて、漏れ出してしまった言葉を隠そうとした。
しかし、漏れ出てしまった言葉は隠せない。
ルーレンは今の言葉の真意を問い掛ける。
「どうして、そこでフィア様の名が? まさか、シオンお嬢様が苛まれているのは……ブランシュ様が原因ではなくて、フィア様が原因なのですか?」
「そ、それは……済まない、ルーレン。失礼する!」
「待ってください!!」
ルーレンは足早に立ち去ろうとしたサイドレッドの前に立ち塞がり、両手を広げる。
「お願いです、お話を!」
「聞けば、後悔する」
「それでも!!」
二人は互いに視線をぶつけあい、一歩も退かない。
しかし、十数秒後、サイドレッドが視線を外した。
「……わかった。話そう。フィアが裏でしていることをね」
サイドレッドはルーレンへ伝える。フィアがシオンに行っていたこと、行おうとしていたこと。
フィアは男子生徒を使い、シオンの尊厳を奪おうとした。命を奪おうとした。
しかし、それではつまらないと言ってブランシュがいじめを買って出て、シオンをおもちゃ代わりにいじめを始めた。
さらにサイドレッドは、自身の秘めたる思いも言漏らす――――シオンを愛していることを。
だが、何もできない!
愛する女性が痛みに泣き、心を傷つけられる姿を見ても、彼は何もできない。
なぜならば、相手が自分よりも巨大な力を持つ存在だからだ。
その彼が行えた抵抗はちっぽけなもの。
シオンを守るために、大勢の女性に声をかけて、フィアの標的を逸らすことくらい。
皇族である彼は伯爵家の息女であるフィア相手に、そんなことしかできなかった。
彼は自身の不甲斐なさに涙を流す。
目の前にいるのは年下の少女で下賤なドワーフ。そうであっても、己の情けなさを隠さず涙を流す。
彼は力なき拳を作り、小さく訴える。
「私一人の力では何もできない。いっそ、フィアを手に掛けようかと思ったこともあった。だが、行えば、ゼルフォビラと皇族の関係は終わる。そのようなことはできない。私一人では何もできないんだ!!」
彼はぶつけるべき相手があるというのに拳を振るえず、代わりに己の太ももへ何度も叩きつけ、無力さを表す。
そのような彼へ、ルーレンがか細く声を立てた。
「お一人ではありません……」
「え?」
「私がいます。シオンお嬢様を思う者がここにもいます! 私のようなドワーフと同じと称されては不快でありましょうが、それでも! シオンお嬢様を思う心は負けないつもりです!!」
「ルーレン……」
「だから、何卒、一人で背負わないでください。サイドレッド様」
涙を隠し、顔を伏せる彼へ、ルーレンは優しく訴えた。
彼は涙をぬぐい、短い謝罪を伝える。
「すまない、情けない姿を見せて」
「いえ、そのようなこと決して」
「ふふ、君は本当に優しい子だ……そのような子に私は……いや、しかし……」
「どうされました、サイドレッド様?」
この問いかけに、サイドレッドは空を見上げて虚空を見つめると、次には眉間に皺を作るほど目を強く閉じた。
そして、何かの覚悟を決めるかのように、小さな頷きを見せて瞳を開き、琥珀色の瞳にルーレンの姿を捉える。
「ルーレン、君は……あの日、シオンのためにならどのようなことをしてでも、と言っていたね。その覚悟は、本物かい?」
――
――――
――――――寄宿舎脇の小道。
白い絹のローブを纏い、青い帽子を被った寄宿舎に寄り添う赤レンガの小道を俺は歩む。
視線の先にはルーレンの姿。
彼女は俺に近づくなという命令を守るため、離れた場所から小さく会釈をする。その際、黄金の瞳を素早く寄宿舎へ振った。
彼女は下げていた頭を戻すと、足早に小道の奥へと消えて行く。
俺はルーレンと近くにいられない悲しさを小さな溜め息として表す。
「はぁ……」
どこで誰が見ているかわからない。だから、たとえ誰もいなくても演技の手は抜かない。
小さく首を横に振って、ちらりとルーレンが視線を振った寄宿舎を見た。
そこは階段の踊り場付近の壁に穴が空いて修復中の場所。
相も変わらず、修復箇所には白い幕が掛かっており何ら変化はない。
だが……視線を小道へ戻す。
(機材の山が移動しているな)
初めてここへ訪れた時、機材は小道を挟んだ先にある植木を一時的に別の場所へ移し、そこに置いてあった。
しかし、今は植木は戻されて、機材は修復箇所の真下で山積みとなっている。
俺は心の中で笑う。
(ふふふ、なるほど、単純だが有効だな。これはあいつの権限の範囲内。どうとでも繕える。ブランシュに声を掛けておくか)
こうして、舞台は全て整った。
協力者は二人。犠牲は一人……いや、二人? 三人かもしれない。
(ま、どうでもいいか。これでゼルフォビラ家の乗っ取りが一歩近づく。乗っ取り、ゼルフォビラ家を滅ぼすことが、シオンの目指す復讐の正解かまではわからないが……)
それは第三皇子のサイドレッドとゼルフォビラ家の長女フィアが夏の長期休暇明けに正式に婚約を発表して、来年春のフィアの卒業をもってして結婚するという噂。
同時に、ブランシュのやらせいじめが加速していく。
日を重ねるごとに本来の調子を取り戻したのか、ぬるいいじめはなくなり、いじめらしいいじめをしてくるようになってきた……なんだろうな、いじめらしいじめって?
ともかく、俺はいじめの辛さに再び学院を離れそうな素振りを見せる。
そのいじめに苦しむ俺を見た姉のフィアは、まとまりそうな婚約話の噂と相まって、俺に対する興味が薄らいでいったと……そのようにブランシュから報告を受ける。
いい感じに事が進んでいる。
ルーレンは俺の近くに寄るなという命を守り、苦しむ俺の姿を息が詰まるような思いで見守っている。
朝食の際も、他の生徒の目に触れぬよう、日の出前から朝食を載せたワゴンを部屋に置いて立ち去るという徹底っぷり。
ルーレンとは連絡が取れない状況だが、あいつのことだ。うまくやるだろう。
――ルーレン
ルーレンは遠くからシオンを見守り、小さく呟く。
「何とか、お守りしないと。でも、近づくなと言われていますし……どうすれば?」
苦しむルーレンの声。それをサイドレッドが他の生徒から見られないように気をつけながら拾い上げる。
「大丈夫かい? 私のせいでシオンのそばにいられなくなって」
「こ、これはサイドレッド様。だ、大丈夫です。私が寄り添うことでシオンお嬢様が苦しむと言うのであれば、お傍には近づけませんから」
「本当に済まない。私の短慮な振る舞いが」
「そ、そんな、皇族であらせられるサイドレッド様から頭を下げられては申し訳が立ちません。それに、優しさを短慮などとは決して言えませんから」
「ルーレン、君は優しい女性だな。シオンが君を頼りにしているのもわかる」
「そんなことは……。私はただ何もできずに指を咥えてるだけしか……あ、あの、不躾でございますが、シオンお嬢様へサイドレッド様のお力添えを叶いませんでしょうか?」
「してあげたい……」
「え?」
「してあげたいんだよ、私も! 私にとってもシオンは大切な人だ。だが、できないんだ!」
「どういうことですか? 皇族のサイドレッド様にできないことなどあろうはずも……」
「あるんだよ、ルーレン。皇都であれば、シオンを助けられる。だが、ここは皇都ではなく、ゼルフォビラの領地であり、彼らの資本が投入されたフォートラム学院。ここにおいては、フィアに逆らえる者などいないんだ! ――あっ!」
サイドレッドは片手で口を押さえて、漏れ出してしまった言葉を隠そうとした。
しかし、漏れ出てしまった言葉は隠せない。
ルーレンは今の言葉の真意を問い掛ける。
「どうして、そこでフィア様の名が? まさか、シオンお嬢様が苛まれているのは……ブランシュ様が原因ではなくて、フィア様が原因なのですか?」
「そ、それは……済まない、ルーレン。失礼する!」
「待ってください!!」
ルーレンは足早に立ち去ろうとしたサイドレッドの前に立ち塞がり、両手を広げる。
「お願いです、お話を!」
「聞けば、後悔する」
「それでも!!」
二人は互いに視線をぶつけあい、一歩も退かない。
しかし、十数秒後、サイドレッドが視線を外した。
「……わかった。話そう。フィアが裏でしていることをね」
サイドレッドはルーレンへ伝える。フィアがシオンに行っていたこと、行おうとしていたこと。
フィアは男子生徒を使い、シオンの尊厳を奪おうとした。命を奪おうとした。
しかし、それではつまらないと言ってブランシュがいじめを買って出て、シオンをおもちゃ代わりにいじめを始めた。
さらにサイドレッドは、自身の秘めたる思いも言漏らす――――シオンを愛していることを。
だが、何もできない!
愛する女性が痛みに泣き、心を傷つけられる姿を見ても、彼は何もできない。
なぜならば、相手が自分よりも巨大な力を持つ存在だからだ。
その彼が行えた抵抗はちっぽけなもの。
シオンを守るために、大勢の女性に声をかけて、フィアの標的を逸らすことくらい。
皇族である彼は伯爵家の息女であるフィア相手に、そんなことしかできなかった。
彼は自身の不甲斐なさに涙を流す。
目の前にいるのは年下の少女で下賤なドワーフ。そうであっても、己の情けなさを隠さず涙を流す。
彼は力なき拳を作り、小さく訴える。
「私一人の力では何もできない。いっそ、フィアを手に掛けようかと思ったこともあった。だが、行えば、ゼルフォビラと皇族の関係は終わる。そのようなことはできない。私一人では何もできないんだ!!」
彼はぶつけるべき相手があるというのに拳を振るえず、代わりに己の太ももへ何度も叩きつけ、無力さを表す。
そのような彼へ、ルーレンがか細く声を立てた。
「お一人ではありません……」
「え?」
「私がいます。シオンお嬢様を思う者がここにもいます! 私のようなドワーフと同じと称されては不快でありましょうが、それでも! シオンお嬢様を思う心は負けないつもりです!!」
「ルーレン……」
「だから、何卒、一人で背負わないでください。サイドレッド様」
涙を隠し、顔を伏せる彼へ、ルーレンは優しく訴えた。
彼は涙をぬぐい、短い謝罪を伝える。
「すまない、情けない姿を見せて」
「いえ、そのようなこと決して」
「ふふ、君は本当に優しい子だ……そのような子に私は……いや、しかし……」
「どうされました、サイドレッド様?」
この問いかけに、サイドレッドは空を見上げて虚空を見つめると、次には眉間に皺を作るほど目を強く閉じた。
そして、何かの覚悟を決めるかのように、小さな頷きを見せて瞳を開き、琥珀色の瞳にルーレンの姿を捉える。
「ルーレン、君は……あの日、シオンのためにならどのようなことをしてでも、と言っていたね。その覚悟は、本物かい?」
――
――――
――――――寄宿舎脇の小道。
白い絹のローブを纏い、青い帽子を被った寄宿舎に寄り添う赤レンガの小道を俺は歩む。
視線の先にはルーレンの姿。
彼女は俺に近づくなという命令を守るため、離れた場所から小さく会釈をする。その際、黄金の瞳を素早く寄宿舎へ振った。
彼女は下げていた頭を戻すと、足早に小道の奥へと消えて行く。
俺はルーレンと近くにいられない悲しさを小さな溜め息として表す。
「はぁ……」
どこで誰が見ているかわからない。だから、たとえ誰もいなくても演技の手は抜かない。
小さく首を横に振って、ちらりとルーレンが視線を振った寄宿舎を見た。
そこは階段の踊り場付近の壁に穴が空いて修復中の場所。
相も変わらず、修復箇所には白い幕が掛かっており何ら変化はない。
だが……視線を小道へ戻す。
(機材の山が移動しているな)
初めてここへ訪れた時、機材は小道を挟んだ先にある植木を一時的に別の場所へ移し、そこに置いてあった。
しかし、今は植木は戻されて、機材は修復箇所の真下で山積みとなっている。
俺は心の中で笑う。
(ふふふ、なるほど、単純だが有効だな。これはあいつの権限の範囲内。どうとでも繕える。ブランシュに声を掛けておくか)
こうして、舞台は全て整った。
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