22 / 32
第四章 山に木霊する叫び声
崖駆け上がり
しおりを挟む
蔓をいじりながら歩く私とラナちゃん。
どうやらラナちゃんはとても器用なようで、私よりも複雑な道具を作り上げました。
「できた、カバン」
ラナちゃんは蔓でできたカバンを私たちに見せつけます。
それは蔓を何度も編み込んで作られたもの。
「やりますねぇ、ラナちゃん」
「なるほど、道具入れか」
「へ~、うまいもんだ。それで何を運ぶ気なんだ?」
「これ」
ラナちゃんが見せたのは、道中に生えている草。
だけど、ただの草ではありません。
食用や薬に適したものです。
その中でラナちゃんは薬効がある少し枯れた草をもみほぐし、炎の下位魔法『支炎』を唱えます。
草に炎を与えると、草から殺菌と殺虫効果のある煙が立ち昇り、それを蔓のカバンの中に入れて燻します。
こうやって、カバンの消毒を行っているのです。
火種をカバンに入れるのは危険そうに見えますが、燻す程度の火種で、蔓自体も水分を含んでいるので、そう簡単には燃えたりはしません。焦げないように気をつけないといけませんが。
ラナちゃんは煙がもくもく立ち昇るカバンを軽く振りながら、カバンの用途を答えます。
「道のりは長いから、お腹もすくし、ご飯を確保しておきたいから。山菜の他に薬草や果実なんかも」
「たしかに私たちは武器だけを手にして、そういった用意はなかったからね。なるほど、そのための鞄か」
「は~、ラナ、やるなぁ。意外にワイルドだし、イメージと違ってめっちゃ頼りになるな」
「そっかな」
ラナちゃんは恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに頬を掻いています。
少し前までぎこちなかった二人の関係がとても近くなったようで、私もなんだかうれしくなっちゃいます。
私は何重にも巻いた蔓を肩に掛けつつ、手に持つ蔓をいじくり倒しながら二人を見守ります。
すると、レンちゃんが私の蔓のことが気になったようで尋ねてきました。
「ミコンは何を作ってるんだい? ラナの鞄とは違い、随分と長そうだけど? 一部は地面を引きずってるし」
「え? あ、これですか。ロープを」
「ロープ?」
「地図で見た限り、途中で崖を登らないと駄目みたいなので、それで……」
「え、がけ? あの、やっぱりこのルートは止めて通常の――」
「大丈夫ですよ、レンちゃん! 私は故郷の野山でこういったことに慣れてますし、ラナちゃんも私と同じ自然に囲まれた場所出身みたいですし。それにレンちゃんやエルマだって、体力に自信のある騎士さんでしょっ。ではでは、元気よく崖登り、もとい、山登りを頑張りましょう~!!」
私はマリーゴールド色の猫耳とスレンダーな尻尾をピンと立てて、右拳を突き上げ前へ歩き出しました。
私の後方では三人が仲良くおしゃべりをしているみたいです。
――エルマ・ラナ・レン
「ついさっき会ったばかりでなんだけどよ、ミコンって見た目は女の子~って感じで言葉も丁寧だけど、中身は結構ヤバい奴だよな。ってか、ラナは崖登りとか大丈夫なのか?」
「い、いんや、ちょっとした野山をかけっこまわることはあったけど、崖は……」
「あはは、彼女の辞書には無茶という文字がないからね。でも、二人に危険が及ぶようだったら、私が無茶の文字となってミコンを止めるから安心してくれ」
――崖前
ゴールまでの最短ルートを歩き、目の前にそり立つ壁が現れました。
ごつごつとした岩肌に、少しばかりの緑が張り付いています。
高さは五十メートルほどです。
私は岩壁に近づき、壁の感触を確かめます。
「ふむふむ、頑丈ですね。砂状の壁じゃなくてよかったです。これなら楽勝で登れます」
「いやいやいや、無理だっての。俺やレンはともかく、ラナがいるんだぞ」
「え? ラナちゃん、無理っぽいですか?」
「ちょっと、これは無理だと思う……」
「そうですか。ですが、心配ご無用!」
「いや、心配しかねぇよ」
「エルマ、ツッコみも無用です。そのためのロープですよ!」
私はここまでちまちまと編んでいた蔓のロープを見せつけます。
それは三つ編みとなって、私たちの体重に十分耐えられるように強化された蔓。
蔓を見たレンちゃんが首を傾げながら、私から蔓のロープを受け取ります
「うん、たしかにこの強度なら問題ない。でも、ここにロープがあっても仕方ないんじゃ?」
「ニャッフッフッフ、目の前にいる愛らしい女の子を誰だと思っているんですか? 偉大なるニャントワンキル族にして猫の獣人族ミコンちゃんですよ! この程度の崖なんて平坦な地面を歩くようなものです。見ていてください!」
私はレモンイエローの瞳を輝かせて、下から上へと石壁を舐めるように見ました。
「あそことあそこを足場にすれば十分。よし、行きます!」
「ちょっとミコン、待っ――」
レンちゃんの言葉が背中にぶつかる寸前に私は飛び上がり、崖を駆け上がっていきます。
足のつま先を小さな足場に置いてはふわりと飛び上がり、足の側面を足場に置いてはふわり飛び上がり、かかとを置いてはふわりと飛び上がり、このようにして高所を自在に移動する鳶職のように崖を登ります……鳶ではなく猫ですけどね。
「ふふ、楽勝ですね。あとはあそこに足を置いて。足場は今までで一番小さいですけど、私の体重なら――え?」
最後の足場に足を乗せた途端、足場が崩れました。
「クッ、もしかして体重が増え――違う! 想定より足場がもろかっただけ!!」
体勢を崩した私に、三人が叫び声を上げました。
しかしながら、心配ご無用――私には尻尾さんがあります!
尻尾を使い、岩肌に張り付いていた茂みを掴み、落下を止めたと同時に壁を蹴って、一気に頂上へたどり着きました。
「ふ~、危なかった。でもまぁ、この程度お茶の子さいさいの賽の河原ですね。さてと」
私は崖下からこちらを見上げている三人に手を振ります。
「にゃっふっふっふ、このミコンに掛かればこんな崖なんて軽いものです。みなさ~ん、どうでした~?」
この呼びかけにレンちゃん・ラナちゃん・エルマは――
「黒だね」
「黒だ」
「黒だったな」
「えっと、皆さん何を……はっ!?」
私は思わずスカートを押さえて三人に言葉をぶつけました。
「ちょっと、どこを見ているんですか!? 女の子同士であってもそこは覗いじゃダメでしょう!!」
「いや、覗くも何も、あんな激しい動きをしながら駆け上がったら……」
「だ、見ない方がなんしい」
「だよな。ついでだけど、黒のショーツでローライズに透けた模様って。かなり派手だよな」
「そこまでしっかり見ないでくださいよ! だいたい、私がどんな下着をつけてたっていいでしょ!」
「ああ、悪い悪い。なんかミコンのイメージと違ってさ。あまりお洒落に興味なさそうな感じがしたんだけど、違ったんだな」
と、この言葉にレンちゃんが余計な情報を二人に吹き込みます。
「元々、ミコンが持ってた下着は大人しいものだったんだけど、町で色んな下着を見つけてそれが気に入ったみたいだね。自分の住んでた場所にはない色や模様だ~って、出会ったばかりの頃は色んな下着を見せられたし、買い物行脚もさせられたし」
「だだ。たしかにアダラにはぎょうさん物資があって、いろんなものみれるん」
「ああ~、お上りさんってところか。で、お洒落に目覚めたけど、その刺激を受けすぎて――偏り派手路線」
「偏り派手路線はないでしょう! 妙な用語を作らないでください! もう、レンちゃんもレンちゃんですよ!!」
「あはははは、ごめんごめん。でも、それよりもミコン」
「ん、なんですか?」
レンちゃんは右手に持つモノを私の視線の先へ持ってきます。
「ロープ、忘れてるよ」
「あ!?」
「だから待ってと言ったんだけどね」
「あうう、すみません」
顔を真っ赤に染める私。
この様子を見たエルマがお腹を押さえて笑っています。
「あはははは、ミコンってかなりのお調子者だよな。仕方ねぇな。レン、ロープを貸してくれるか?」
「ああ、いいよ」
レンちゃんが蔓のロープをエルマに渡します。
エルマはそれを自分の槍に結び付けて、私へ呼びかけました。
「お~い、ミコン。今から槍を投げてそっちにロープを渡すから少し離れててくれるか?」
「はい、わかりました……だけど、結構な高さがありますけど?」
「へ、舐めんなよ。こっちは槍の名門の看板を背負ってんだぜ。行くぜ! おりゃあぁ!!」
叫ぶと同時にエルマは槍をこちらへ投げてきました。
それは一気に崖を越えて、私の頭上をも越えます。
そこから――
「おりゃっと」
この掛け声に合わせて槍が空中で軌道を変えて、鋭く尖った穂先を地面に向けて落下。
見事、槍は私の傍に突き刺さりました。
「す、凄いですね。でも、どうして途中で軌道が変わったんですか?」
「ああ、それはな、槍の柄の部分の中に魔石があってよ、俺の魔力と連動して、多少なら軌道を変えられるんだよ」
「はぁ~、なるほど。となると、戦闘中もあらぬ動きを見せることが可能ということですか?」
「そういうこった。まぁ、激しい戦闘中に派手な動きは無理だけど、打点を僅かにずらすだけでも効果的だからな」
「敵が予測した動きを超えた動きが可能というわけですか。面白いですね」
「それよか、ロープを太い幹なんかに結んで固定してくれるか?」
「ええ、わかりました」
私は槍からロープを解き、それをとても頑丈そうな木の胴体に巻きつけました。そしてそのロープを崖下にいる三人へ垂らします。
「はい、どうぞ。登ってきてください」
「さて……はぁ、崖登りか。面倒だけどこのくらいなら大したことねぇか。ラナは大丈夫か?」
「う~ん、ちょっとなんしいかも」
「そっか。じゃあ、俺が支えて」
「それなら私がやるよ。私も見せ場が欲しいからね」
そう言って、レンちゃんはラナちゃんをお姫様抱っこしました。
「失礼」
「きゃっ?」
「ごめんね。驚かせて」
「い、い、なんもなんも」
「ふふ、それじゃあエルマ。先に行ってくれるかい。私たちもすぐに追いつくから」
「いいなぁ~」
エルマは指先を顎に置いて悩ましい声を上げています。
「うん? どうしたんだ、エルマ?」
「い、いえ、なんでもないっす」
憧れのレンちゃんにお姫様抱っこされるラナちゃんが羨ましかったのでしょう。エルマは後ろ髪を引かれる思いを言葉に乗せて崖を登り始めました。
「はぁ、んじゃ、先に行くよ。よいせっと」
槍を背に背負い、ロープを頼りに崖を登っていきます。
それはとても手際が良く、あっという間に頂上へ辿り着きました。
「はい、到着。はぁ、疲れた」
「そんなに疲れた様子は見えませんけどね」
「まぁな。だけどなんていうかな、精神的に疲れた」
「原因は?」
「ミコン」
「なんでですかっ?」
と、私たちがふざけたやり取りをしている間に、レンちゃんとラナちゃんの準備が整ったようです。
「ラナ、しっかり掴まっていてくれ。すぐに登り終えるから」
「だだ!」
お姫様抱っこをされたラナちゃんはとても逞しいレンちゃんの肉体に両手でしっかりと掴まりました。
キュッと目を瞑っているラナちゃんへレンちゃんは微笑み、次に崖を見上げます。
「さてと、せっかくのショートカット。あまり時間をかけては駄目だよね」
そう呟いた次の瞬間――レンちゃんは一気に5m程跳躍して崖にぶら下がるロープを右手で掴みます。
左手はラナちゃんを支えたまま。
そして、すぐにまた崖を蹴り上げて飛び上がりロープを掴む。それを数度繰り返しただけで、私たちのいる崖上へ到着してしまいました。
「よっと。ラナ、到着したよ」
「へ?」
ラナちゃんはお姫様抱っこされたまま、辺りを見回します。
私たちが近くにいて、後方には崖。
僅か数秒で五十メートル先の崖上にいることに戸惑っている様子。
「あれ、あんれ? どっだ?」
「ふふ、急いで登ったからね。はい、降ろすよ。足元気をつけて」
「え? あ、ん……ありなん」
状況をいまいち飲み込めず、驚き交じりのお礼を伝えるラナちゃん。
その驚きは私とエルマも同じです。
「嘘でしょ……ロープの補助があったとはいえ、ラナちゃんを抱えた状態で私より早く登っちゃってますよ」
「さ、さすがはレン様……じゃなかったレン。剣聖バスカ家の次女だけあるわ」
どうやらラナちゃんはとても器用なようで、私よりも複雑な道具を作り上げました。
「できた、カバン」
ラナちゃんは蔓でできたカバンを私たちに見せつけます。
それは蔓を何度も編み込んで作られたもの。
「やりますねぇ、ラナちゃん」
「なるほど、道具入れか」
「へ~、うまいもんだ。それで何を運ぶ気なんだ?」
「これ」
ラナちゃんが見せたのは、道中に生えている草。
だけど、ただの草ではありません。
食用や薬に適したものです。
その中でラナちゃんは薬効がある少し枯れた草をもみほぐし、炎の下位魔法『支炎』を唱えます。
草に炎を与えると、草から殺菌と殺虫効果のある煙が立ち昇り、それを蔓のカバンの中に入れて燻します。
こうやって、カバンの消毒を行っているのです。
火種をカバンに入れるのは危険そうに見えますが、燻す程度の火種で、蔓自体も水分を含んでいるので、そう簡単には燃えたりはしません。焦げないように気をつけないといけませんが。
ラナちゃんは煙がもくもく立ち昇るカバンを軽く振りながら、カバンの用途を答えます。
「道のりは長いから、お腹もすくし、ご飯を確保しておきたいから。山菜の他に薬草や果実なんかも」
「たしかに私たちは武器だけを手にして、そういった用意はなかったからね。なるほど、そのための鞄か」
「は~、ラナ、やるなぁ。意外にワイルドだし、イメージと違ってめっちゃ頼りになるな」
「そっかな」
ラナちゃんは恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに頬を掻いています。
少し前までぎこちなかった二人の関係がとても近くなったようで、私もなんだかうれしくなっちゃいます。
私は何重にも巻いた蔓を肩に掛けつつ、手に持つ蔓をいじくり倒しながら二人を見守ります。
すると、レンちゃんが私の蔓のことが気になったようで尋ねてきました。
「ミコンは何を作ってるんだい? ラナの鞄とは違い、随分と長そうだけど? 一部は地面を引きずってるし」
「え? あ、これですか。ロープを」
「ロープ?」
「地図で見た限り、途中で崖を登らないと駄目みたいなので、それで……」
「え、がけ? あの、やっぱりこのルートは止めて通常の――」
「大丈夫ですよ、レンちゃん! 私は故郷の野山でこういったことに慣れてますし、ラナちゃんも私と同じ自然に囲まれた場所出身みたいですし。それにレンちゃんやエルマだって、体力に自信のある騎士さんでしょっ。ではでは、元気よく崖登り、もとい、山登りを頑張りましょう~!!」
私はマリーゴールド色の猫耳とスレンダーな尻尾をピンと立てて、右拳を突き上げ前へ歩き出しました。
私の後方では三人が仲良くおしゃべりをしているみたいです。
――エルマ・ラナ・レン
「ついさっき会ったばかりでなんだけどよ、ミコンって見た目は女の子~って感じで言葉も丁寧だけど、中身は結構ヤバい奴だよな。ってか、ラナは崖登りとか大丈夫なのか?」
「い、いんや、ちょっとした野山をかけっこまわることはあったけど、崖は……」
「あはは、彼女の辞書には無茶という文字がないからね。でも、二人に危険が及ぶようだったら、私が無茶の文字となってミコンを止めるから安心してくれ」
――崖前
ゴールまでの最短ルートを歩き、目の前にそり立つ壁が現れました。
ごつごつとした岩肌に、少しばかりの緑が張り付いています。
高さは五十メートルほどです。
私は岩壁に近づき、壁の感触を確かめます。
「ふむふむ、頑丈ですね。砂状の壁じゃなくてよかったです。これなら楽勝で登れます」
「いやいやいや、無理だっての。俺やレンはともかく、ラナがいるんだぞ」
「え? ラナちゃん、無理っぽいですか?」
「ちょっと、これは無理だと思う……」
「そうですか。ですが、心配ご無用!」
「いや、心配しかねぇよ」
「エルマ、ツッコみも無用です。そのためのロープですよ!」
私はここまでちまちまと編んでいた蔓のロープを見せつけます。
それは三つ編みとなって、私たちの体重に十分耐えられるように強化された蔓。
蔓を見たレンちゃんが首を傾げながら、私から蔓のロープを受け取ります
「うん、たしかにこの強度なら問題ない。でも、ここにロープがあっても仕方ないんじゃ?」
「ニャッフッフッフ、目の前にいる愛らしい女の子を誰だと思っているんですか? 偉大なるニャントワンキル族にして猫の獣人族ミコンちゃんですよ! この程度の崖なんて平坦な地面を歩くようなものです。見ていてください!」
私はレモンイエローの瞳を輝かせて、下から上へと石壁を舐めるように見ました。
「あそことあそこを足場にすれば十分。よし、行きます!」
「ちょっとミコン、待っ――」
レンちゃんの言葉が背中にぶつかる寸前に私は飛び上がり、崖を駆け上がっていきます。
足のつま先を小さな足場に置いてはふわりと飛び上がり、足の側面を足場に置いてはふわり飛び上がり、かかとを置いてはふわりと飛び上がり、このようにして高所を自在に移動する鳶職のように崖を登ります……鳶ではなく猫ですけどね。
「ふふ、楽勝ですね。あとはあそこに足を置いて。足場は今までで一番小さいですけど、私の体重なら――え?」
最後の足場に足を乗せた途端、足場が崩れました。
「クッ、もしかして体重が増え――違う! 想定より足場がもろかっただけ!!」
体勢を崩した私に、三人が叫び声を上げました。
しかしながら、心配ご無用――私には尻尾さんがあります!
尻尾を使い、岩肌に張り付いていた茂みを掴み、落下を止めたと同時に壁を蹴って、一気に頂上へたどり着きました。
「ふ~、危なかった。でもまぁ、この程度お茶の子さいさいの賽の河原ですね。さてと」
私は崖下からこちらを見上げている三人に手を振ります。
「にゃっふっふっふ、このミコンに掛かればこんな崖なんて軽いものです。みなさ~ん、どうでした~?」
この呼びかけにレンちゃん・ラナちゃん・エルマは――
「黒だね」
「黒だ」
「黒だったな」
「えっと、皆さん何を……はっ!?」
私は思わずスカートを押さえて三人に言葉をぶつけました。
「ちょっと、どこを見ているんですか!? 女の子同士であってもそこは覗いじゃダメでしょう!!」
「いや、覗くも何も、あんな激しい動きをしながら駆け上がったら……」
「だ、見ない方がなんしい」
「だよな。ついでだけど、黒のショーツでローライズに透けた模様って。かなり派手だよな」
「そこまでしっかり見ないでくださいよ! だいたい、私がどんな下着をつけてたっていいでしょ!」
「ああ、悪い悪い。なんかミコンのイメージと違ってさ。あまりお洒落に興味なさそうな感じがしたんだけど、違ったんだな」
と、この言葉にレンちゃんが余計な情報を二人に吹き込みます。
「元々、ミコンが持ってた下着は大人しいものだったんだけど、町で色んな下着を見つけてそれが気に入ったみたいだね。自分の住んでた場所にはない色や模様だ~って、出会ったばかりの頃は色んな下着を見せられたし、買い物行脚もさせられたし」
「だだ。たしかにアダラにはぎょうさん物資があって、いろんなものみれるん」
「ああ~、お上りさんってところか。で、お洒落に目覚めたけど、その刺激を受けすぎて――偏り派手路線」
「偏り派手路線はないでしょう! 妙な用語を作らないでください! もう、レンちゃんもレンちゃんですよ!!」
「あはははは、ごめんごめん。でも、それよりもミコン」
「ん、なんですか?」
レンちゃんは右手に持つモノを私の視線の先へ持ってきます。
「ロープ、忘れてるよ」
「あ!?」
「だから待ってと言ったんだけどね」
「あうう、すみません」
顔を真っ赤に染める私。
この様子を見たエルマがお腹を押さえて笑っています。
「あはははは、ミコンってかなりのお調子者だよな。仕方ねぇな。レン、ロープを貸してくれるか?」
「ああ、いいよ」
レンちゃんが蔓のロープをエルマに渡します。
エルマはそれを自分の槍に結び付けて、私へ呼びかけました。
「お~い、ミコン。今から槍を投げてそっちにロープを渡すから少し離れててくれるか?」
「はい、わかりました……だけど、結構な高さがありますけど?」
「へ、舐めんなよ。こっちは槍の名門の看板を背負ってんだぜ。行くぜ! おりゃあぁ!!」
叫ぶと同時にエルマは槍をこちらへ投げてきました。
それは一気に崖を越えて、私の頭上をも越えます。
そこから――
「おりゃっと」
この掛け声に合わせて槍が空中で軌道を変えて、鋭く尖った穂先を地面に向けて落下。
見事、槍は私の傍に突き刺さりました。
「す、凄いですね。でも、どうして途中で軌道が変わったんですか?」
「ああ、それはな、槍の柄の部分の中に魔石があってよ、俺の魔力と連動して、多少なら軌道を変えられるんだよ」
「はぁ~、なるほど。となると、戦闘中もあらぬ動きを見せることが可能ということですか?」
「そういうこった。まぁ、激しい戦闘中に派手な動きは無理だけど、打点を僅かにずらすだけでも効果的だからな」
「敵が予測した動きを超えた動きが可能というわけですか。面白いですね」
「それよか、ロープを太い幹なんかに結んで固定してくれるか?」
「ええ、わかりました」
私は槍からロープを解き、それをとても頑丈そうな木の胴体に巻きつけました。そしてそのロープを崖下にいる三人へ垂らします。
「はい、どうぞ。登ってきてください」
「さて……はぁ、崖登りか。面倒だけどこのくらいなら大したことねぇか。ラナは大丈夫か?」
「う~ん、ちょっとなんしいかも」
「そっか。じゃあ、俺が支えて」
「それなら私がやるよ。私も見せ場が欲しいからね」
そう言って、レンちゃんはラナちゃんをお姫様抱っこしました。
「失礼」
「きゃっ?」
「ごめんね。驚かせて」
「い、い、なんもなんも」
「ふふ、それじゃあエルマ。先に行ってくれるかい。私たちもすぐに追いつくから」
「いいなぁ~」
エルマは指先を顎に置いて悩ましい声を上げています。
「うん? どうしたんだ、エルマ?」
「い、いえ、なんでもないっす」
憧れのレンちゃんにお姫様抱っこされるラナちゃんが羨ましかったのでしょう。エルマは後ろ髪を引かれる思いを言葉に乗せて崖を登り始めました。
「はぁ、んじゃ、先に行くよ。よいせっと」
槍を背に背負い、ロープを頼りに崖を登っていきます。
それはとても手際が良く、あっという間に頂上へ辿り着きました。
「はい、到着。はぁ、疲れた」
「そんなに疲れた様子は見えませんけどね」
「まぁな。だけどなんていうかな、精神的に疲れた」
「原因は?」
「ミコン」
「なんでですかっ?」
と、私たちがふざけたやり取りをしている間に、レンちゃんとラナちゃんの準備が整ったようです。
「ラナ、しっかり掴まっていてくれ。すぐに登り終えるから」
「だだ!」
お姫様抱っこをされたラナちゃんはとても逞しいレンちゃんの肉体に両手でしっかりと掴まりました。
キュッと目を瞑っているラナちゃんへレンちゃんは微笑み、次に崖を見上げます。
「さてと、せっかくのショートカット。あまり時間をかけては駄目だよね」
そう呟いた次の瞬間――レンちゃんは一気に5m程跳躍して崖にぶら下がるロープを右手で掴みます。
左手はラナちゃんを支えたまま。
そして、すぐにまた崖を蹴り上げて飛び上がりロープを掴む。それを数度繰り返しただけで、私たちのいる崖上へ到着してしまいました。
「よっと。ラナ、到着したよ」
「へ?」
ラナちゃんはお姫様抱っこされたまま、辺りを見回します。
私たちが近くにいて、後方には崖。
僅か数秒で五十メートル先の崖上にいることに戸惑っている様子。
「あれ、あんれ? どっだ?」
「ふふ、急いで登ったからね。はい、降ろすよ。足元気をつけて」
「え? あ、ん……ありなん」
状況をいまいち飲み込めず、驚き交じりのお礼を伝えるラナちゃん。
その驚きは私とエルマも同じです。
「嘘でしょ……ロープの補助があったとはいえ、ラナちゃんを抱えた状態で私より早く登っちゃってますよ」
「さ、さすがはレン様……じゃなかったレン。剣聖バスカ家の次女だけあるわ」
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる