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第三章
S級パーティー
しおりを挟む「それで、どこに向かってるんだ?」
数日前にダーゼルの街で冒険者登録とパーティー登録を済ませたヴォルフガインは、アリシアと共に再び飛竜スーリーの背に乗って空を移動中だった。
「帝国の北部、メセナ。主に旧メッシーナ王国領かな? 北の国境に近い」
「…………理由があるのか?」
ヴォルフガインにとっては、あまりいい思い出がない土地だ。皇帝の地位を取り戻してから、一番に滅ぼした国であり帝国に併合したものの、一部の残党が地下組織として今も残っており、先日も皇城で暗殺騒ぎがあったことは記憶に新しい。
あえてその土地に向かうアリシアに、理由を尋ねた。
「メセナのギルドに、レオンが正式な指名依頼を出すって言ってた。私宛に出すつもりだけど、パーティーを組んだらそこで受けて良いって。
最近ベルハルトに流通してくる帝国北部産の魔鉱石の質が落ちてるらしくて、何か原因があるか調べて欲しいのと、ついでに他に不穏な動きがあれば知らせて欲しいとも言われてる」
魔鉱石とは魔道具に必要な鉱石のことで、レーヴェルランド周辺の山脈や、帝国北部の山々や大陸の南東部の国でも産出されている。ベルハルト王国は、大陸西部の流通拠点として、帝国産やダーゼル産(実際はレーヴェルランド産)の魔鉱石を多く扱っていた。
「アイツ、ホントに抜け目ないな……」
あの王子様は、本当に侮れない。
魔鉱石の流通もそうだが、皇城での暗殺騒ぎも聞いているのだろう。
S級冒険者ではあるが異国人のアリシアに、帝国内でも複雑な事情を抱えるメセナでの難易度の高い指名依頼を出すというのは、ヴォルフガインが同伴することが前提なのだ。
「王配としては、頼もしいでしょ。あと、アマリア殿下じゃなくて、陛下からは、不穏な動きがあれば潰しちゃっても良いって許可も貰ってる。レオンの依頼の付加条件に入れとくって」
「冒険初心者に、なんて依頼しやがる」
アマリアもグルか、とヴォルフガインはため息をつきたくなる。
「お兄様には充分気をつけるように伝えてくれって。あの髪や瞳の色を変える例の魔道具、早速必要だね」
「…………はあ。いつの間にそんな話してたんだ?」
あの夫婦……ではまだないが二人には、これからも振り回されそうな予感をヒシヒシと感じながら、ヴォルフガインは尋ねた。
「割と最近。報酬もね、結構いいよ」
「そこは近い将来の帝国の皇帝夫妻だ。出し惜しみはしないだろ」
「潰した場合は、別途出してくれるって」
「当たり前だ。ってか、場合によっちゃあ、ボーナスも出してもらうぞ!」
「お~、しっかり者だ」
アリシアがパチパチと両手を叩いた。
「…………お前な」
ヴォルフガインは言葉を続けようとしたが、それを飲み込んで、疲れたようにアリシアの肩に額を落とした。
遡ること数日前、ダーゼルの街の冒険者ギルドにやってきた二人は、そこでヴォルフガインの冒険者登録を行った。
元皇帝であり、帝国一の剣士と名高いヴォルフガインを、そのまま初心者扱いで冒険者登録するわけにはいかないので、ヴォルフという名で実力に合わせてランクを飛ばして登録する為だった。
ダーゼルの街で、セイレーンの母であり元レーヴェルランドの戦士だった現ギルド長フィリアと剣を交え、無事に冒険者登録が完了したのだった。
「A級だね。凄い」
待っていたアリシアが、ヴォルフガインの冒険者カードを見て、素直に賞賛を贈るが、彼はどこか不満げだ。
「お前はS級なんだろ?」
「S級なんて結構レアだよ。この大陸に3人しかいない」
アリシアはそうヴォルフガインに説明する。
どうやら、ヴォルフガインが思ってた以上にS級の壁は高いらしい。それは、そのままアリシアと自分の実力差だった。
「…………お前以外の2人が気になるな」
「一人はレーヴェルランドの戦士だよ。セシルと同年で前代の側近候補だった。
もう一人は、5年くらい前に一度だけ見たことがあるけど、ちょっとよくわからない人」
「ふうん。まあ、いい」
自分で聞いたくせに、なんだか聞き流された感じだな、とアリシアは思う。でも、結局は自分の強さがどの程度なのか気になるのかも知れない、とアリシアは続けた。
「ヴォルフは強いよ。私の側近が相手でも、一対一の本気の殺し合いなら、魔法込みでも多分ヴォルフが勝つかな? 剣技だけなら間違いなくヴォルフが上だ。さすが帝国一の剣士」
魔獣の討伐勝負なら、セイレーンやミーシャが勝つだろうけれど、一対一の対人戦なら、センスとか勘の良さでヴォルフに軍配が上がる。これは経験値の差もあるだろうけど、とアリシアは考える。
「…………俺の目標は、お前に勝つことだな、とりあえず」
そこか……と、アリシアはヴォルフガインを見た。どうやら本気らしい。普通の人間にしては、かなり強いとは思うけど、どうやら彼にとっては、神の祝福なんてあまり気にならないらしい。
「そう。頑張って? で、パーティー名はどうする?」
アリシアは、話題を変えた。
今彼女が持っている、「冒険者パーティー申請書」をヒラヒラとさせて、ヴォルフガインに問う。
「チッ、見てろよ…………名前にこだわりは無いが、お前に案がないなら、「紫黒(しこく)」でどうだ?」
「…………」
う~ん、とアリシアはヴォルフガインを見つめたまま考える。互いを強調する色をそのまま並べただけだけど、だったら、「紫紅(しこう)」でもいい気がする。
「気に入らないか?」
ヴォルフガインが、アリシアと視線を合わせた。
「いや、シンプルで良いけど、ヴォルフはやっぱり紅じゃない? その瞳の色、キレイだし」
アリシアがじっとヴォルフガインの紅い瞳を覗き込む。
「……わかった。じゃあ「紫紅」で。登録してくる」
ヴォルフガインは、何故か片手で目の下を覆い視線をそらすと、アリシアの手から紙を取り上げて、受付へと歩いて行ってしまった。
そして、S級冒険者のアリシアとA級冒険者のヴォルフのパーティー「紫紅」は、カルディス帝国北部地方、メセナの街近くの人気のない草原に、降り立ったのだった。
銀髪蒼眼の精悍な美丈夫と、淡い金髪に菫色の瞳を持つ絶世の美女が、帝国北部メセナの冒険者ギルドにやってきたのは、朝一で依頼を受けた冒険者達が出て行った後の、比較的落ち着いた午前中だった。
二人連れの男女は、髪と瞳の色を魔道具で変えたヴォルフと、アリシアだ。アリシアは前髪を下ろした下に、淡い紫色のレース仕立ての細めのバンダナを額に巻いている。
それでも、その美しい顔は隠しようがなく、ついつい人々の視線を惹いてしまうのだが、ヴォルフが隣にいれば、恋人同士か夫婦かと勝手に勘違いしてくれるので、ここまでの道中トラブル防止になっていた。
そのヴォルフも、やはり女性達の視線を引き寄せてしまうのだが、二人に声を掛ける者は、ここには居ない。
というのも、緊張感なく会話している様子なのに二人に全く隙が見えず、身に付けている装備もシンプルながら一級品であることが見て取れるからだ。
ギルドにいる冒険者を始め職員達も一様に、「一体何者か?」と様子を窺っている。
「なんか注目されてる?」
「まあ、仕方ないだろ? さっさと指名依頼を正式受諾する手続きをするぞ」
「うん。ところで、ヴォルフ、手続き終わったらあれ食べてもいい?」
アリシアが指差したのは、ギルドの奥にある軽食スペースで提供されているメニュー表だった。
本日のスープに、サーモンクリームスープとある。
「お前、ホントにブレないな。好きにしろ。ほら、行くぞ」
アリシアは、ヴォルフに軽く頭をポンと叩かれて、二人でギルドの受付へと歩いて行く。
「こんにちは。メセナのギルドへようこそ。ご用件をお伺いしても?」
声を掛けたのは、このギルドで一番のベテラン受付嬢イリーナだ。彼女の胸元に着けられた金色に光るネームプレートに、その名が刻まれている。
「コイツに入っている指名依頼を、パーティーで受けることにしたから、その正式受諾の手続きだ」
「承知しました。指名者様の冒険者カードを拝見します」
イリーナは、アリシアのカードを受け取り、ギルドの受付にある魔道具にカードを置く。
すると、アリシアの冒険者登録名と顔写真の他に、冒険者ランク、所属パーティーとそのランク、パーティーメンバー名、これまでの経歴や依頼内容と達成度などの情報が表示された。
「⁉……あの」
受付嬢イリーナが、驚きの表情でアリシアを見る。アリシアは黙って左手の人差し指を唇に当てた。
イリーナはそれに頷いて、今度は横に視線を移しアリシアと共に立つ男の顔もまじまじと見つめる。
そしてその顔をよく確認すると、受付嬢の顔から血の気が引いた。
「あの、指名依頼になりますので、ご用件は2階奥の部屋でお伺い致します。ご案内しますので、どうぞ」
イリーナは若干青い顔で立ち上がり、2人を連れて2階へと上がっていく。
その場にいた他の職員や冒険者は、そんな3人を不思議そうな顔で眺めていたのであった。
「ギルド長、大変です。とんでもない冒険者が来ています!」
イリーナは、先程案内した二人をとりあえず応接間に通すと、ギルド長であるザカリーの下に駆け込んできた。
ザカリーは元A級冒険者で、5年ほど前に引退し、帝国でも比較的トラブルが多い地域であるこのメセナのギルド長として、ここを取り仕切っている50歳になる厳つい男だ。
ベテラン受付嬢であるイリーナの慌てた様子に、訝しげに顔を向けた。
「珍しいな、お前がそんな慌てて」
と、軽く諌めたが、イリーナは気にせずに言い切った。
「S級パーティーです」
「は?」
「だから、S級パーティーが来ました」
S級パーティーなんて、縁もなければ聞いたこともないぞ、とザカリーは頭をガシガシと掻く。
「何だそれ? ああ……そういえば中央からなんか来てたな…………って、はあっ?」
しかし、ふと思い立ったように先日届けられたギルド長宛の通達文書を思い出した。緊急性のない白色の用紙だったから、またどっかのギルド長が変わったとかだろうと放って置いたのだが、そういえばS級とかいう文字が、視界の片隅に写っていたような気がする。
ザカリーは散らかっている机の上をゴソゴソと漁ってみる。そして、目的の用紙を見つけ出した訳だ。
現在大陸のS級冒険者は、1ヶ月位前にS級として冒険者登録したレーヴェルランドの女王を含めて、3名だけだ。
S級冒険者は皆ソロで活動していたが、文書には、レーヴェルランドの女王が最近パーティー登録をした、とある。パーティー名は、「紫紅」。
メンバーはヴォルフという名で、最近ダーゼルのギルドで登録したA級冒険者だ。この冒険者の名も、ザカリーは初めて聞く名だった。
ダーゼルの街で登録したということは、飛び級で登録した可能性がある。
この時期、しかもいきなりのA級。そして、ヴォルフという名とパーティー名。
2人だけのパーティーだが、大陸唯一のS級パーティー。
ザカリーは嫌な予感しかしない。
「まさか、イリーナ。このヴォルフっていうA級冒険者は?」
恐る恐るザカリーが問うと、諦めたようにイリーナが答えた。
「残念ながら。変装した皇帝陛下でした。病気で静養してる筈の」
「お前、それ、他には漏らしていないよな? 下手をすると首が飛ぶぞ?」
「もちろんです。怖くて言えません。ギルド長、応接室に待たせてあるんで、あとよろしくお願いします」
と、イリーナが踵を返す。ザカリーは慌ててそれを止めた。
「待て! お前も一緒に来い」
「……はあ。わかりました。危険手当つけて下さいね」
イリーナが嫌そうに、だがちゃっかりと言う。
受付嬢にはそんなもんねえよ!とブツブツ言いながら、ザカリーは渋々席を立った。
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