光の方を向いて

白石 幸知

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光の、起点。

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 消毒液の匂いに鼻を刺激され、僕は意識を醒ました。
「あれ……? 僕、どうして……」
 見慣れない白を基調とする部屋が視界に広がり、慌てて体を起こし全体を見渡そうとする。

「いっ……う、動かない……?」
 しかし、どういうわけか体は思うように動いてくれず、止むを得ず首だけを捻ってここがどこなのかを確認する。
「び、病院……?」
 右腕には、痛々しいほどに巻きつけられた包帯、左腕には点滴の針が刺さっている。

「え……僕……何があったんだ……?」
 反射で直近の記憶を思い出そうとする。けど、病院にお世話になるような出来事を覚えていない。喧嘩だってしたことないし、スポーツだってやっていない。
 ……一体どうして……。

 僕は横たわっているベッドの側にある日めくりカレンダーを見て、またひとつ震えてしまう。
「四、四月二日……? だ、だってこの間は三月三十日だったんじゃ……」
 そうだ。三十日は、札幌駅の映画館で映画を見に行って、ゲームセンターで遊んで、四葉公園で……あれ?
 僕、誰と三十日過ごしていたんだ……?

 映画館はともかく、一人でゲームセンターなんて行くような奴ではない。けど、そんなことを一緒にやるような、友達もいない。じゃあ、この記憶は……何?
 とりあえず……看護師さん呼んだほうがいいのかな……。
 右腕はとてもじゃないけど痛くて動かなかったので、利き腕でない左手を必死に伸ばしなんとかナースコールを押す。
 ほどなくして、血相を変えた看護師さんと、お母さんが病室にやって来た。

 お母さんの話を聞く限り、僕はどうやら車に轢かれて入院していたらしい。三日間、意識もなかったそうだ。と、涙ながらに話すお母さんの様子を見て、本格的に僕は危なかったんだと実感してきた。

 事故の記憶なんてないものだから、まあしょうがないと言えばしょうがないのかもしれないけど。それを僕がお母さんと看護師さんに話すと、看護師さんはにこやかだった表情を少し硬くさせ「……主治医の先生を、呼んできますね」と言い病室を出て行った。

 その後、お父さんと同じくらいの年齢の医師の先生が僕のもとにやってきて、色々と聞き取りをされた。質問に答えるたびふむふむ、なるほどと頷きながらメモを取っていく先生は、最終的に髪をポリポリと掻きながら「よし、これで終わりだ。ありがとうね、陽平君」と言い、またどこかへ向かっていった。

 入院生活はそれなりに淡々と進んでいった。お見舞いに来るのは毎日のお母さんと、目覚めた日の夜に駆けつけたお父さんくらい。友達なんていないから、病院にも来ない。やることと言えば、お母さんに頼んで持ってきてもらった本を読むくらい。逆に言えばそれしかやることがないから、本の消化がとてつもなく早い。

「陽平本読むの早いから、あっと言う間に病室の棚が本で埋まっちゃったわね」
 四月四日のこと。昼と夕方にいつも病院に来るお母さんとの、夕方のひとときの会話だった。
「……ずっと本を読んでいられる環境だと、そうなるよね」
「実際、ここに来ているの、お母さんくらいしかいないものね」

 お母さんは、棚に置いてある花瓶の花を見ながら、苦笑いを浮かべそう言った。まあ、誰も来ないから、花瓶の花もずっと同じだけれども……。
「でも、入院は長引きそうだし、あなたに中学校で上手く友達ができるか、心配だなあ……」

 ……できる、のかな……。別にいないなら、いないで……っ。
 ふと、友達のことを考えると、頭の片隅が痛んだ。
 ……? なん、だろう……。

「趣味、陰気だし……そうそう僕に友達はできないと思うよ……」
「あら、あまり人と人が仲良くなるのに趣味なんて関係ないと思うわよ」
「……そう?」
 というか、どこかで聞いたことあるような話だな……ってまた頭が……。

「うん。お母さんとお父さんも趣味は全然合ってないし、お母さんの学生時代の大親友も趣味は全くと言っていいほど正反対だったかなあ」
「ふーん……」
「あら、もうこんな時間か。じゃあ、お母さんそろそろ帰るわね」
 時計をチラリと見たお母さんは椅子から立ち上がりそう言う。

「あ、また本が無くなりそうだから……」
「はいはい、あなたの部屋の読んでない本棚から適当に持ってくるわね」
「うん、ありがとう」
「また明日ね、陽平」
 お母さんは、手をヒラヒラと振って病室を後にした。
 けども、翌日、僕の手元に本は届かなかった。代わりに耳に入ってきたのは、病院の近くから聞こえる救急車のサイレンと、真っ青な顔をしたお父さんの、絶望的な事実を伝える一言だった。

 その頃からだったと思う。僕が人との関係を親密にするのを嫌がるようになったのは。お母さんっ子だった僕にとって、唯一の話相手とも言えるお母さんを失ったのはあまりにもショックな出来事だった。
 そして、今の僕を決定的に形作る思考が生まれたんだ。
 どうせ親しくなっても、いつかは僕の前からいなくなってしまう。

 僕がようやく中学校に初登校を果たしたのは、ゴールデンウィークも明けた五月中旬のこと。色々あった三月四月の出来事も落ち着き、とりあえず普通に生活はできるようになった。
けれど、もう校内の雰囲気は完全に出来上がっていて、一人だけ遅れた新学期を迎えるにあたりかなり居心地が悪い思いをしていた。

「し、失礼しましたー」
 朝、職員室に寄って担任の先生のもとに向かい今日から登校することを改めて伝え、教室に向かう。
 ただ廊下を歩いているだけなのに、すれ違う人のことが、どうしても怖く見えてしまう。自意識過剰と言われたらそうなのかもだけど。

 自分のクラスだという、一年二組の教室のドアの前に着く。
「ふぅ……」
 大丈夫、教室に入ったらすぐに先生に言われた窓側の一番後ろから三つ目の席に座る、そして何事もなかったかのように教室の風景に溶け込めば……。

「よし」
 僕はドアをそっと開いて、なるべく気配を消して言われた席に着く。
 ……いや無理だよ。誰にも見られずに教室入って席に着くなんて無理。やっぱり「あいつ誰?」みたいな話されているし……。
 別に、一人でいることは苦ではないけど、腫れ物のように扱われることを受け入れているわけではない。

 ……でも、今の感じを見ると、きっと僕は浮いてしまうんだろうな……。まあ、そうだよね……。最初の一か月まるまる学校に来なかった奴が急に来てはい仲良くなりましょうとはいかないはず。
 小学校よりも、過ごしにくくなるかもだけど……どうにか単なるボッチになれるように、頑張ろう……。
 そんなネガティブな目標を定め、カバンから教科書を机の中に出していると。

「なあ、君が高崎陽平?」

 きっと、これが始まりで。

「……え?」
 僕は、声を掛けられるなんて思っていなかったから、慌てて声の主の方を見る。
「俺、後ろの席の戸塚。戸塚恵一。よろしくな」

 このときから彼は、僕に光を当ててくれていたんだ。趣味も嗜好も全然違う僕に。
 彼は、恵一は、出会ったときから、変わらずにいい人だったんだ。
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