光の方を向いて

白石 幸知

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埋められた数センチの距離感

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 高一のある秋の日曜日のこと。俺は親もまだ起きていない時間に家を出た。左手に、白色のユリの花を持ち、右足のつま先をトントンと玄関先で叩く。
 そして、マンションの共同玄関を出ようとすると。

「え、絵見……なんで……まだ朝の五時半だぞ?」
 そこには、秋物のコートを着込んでいる絵見の姿があった。
「……毎年、この日になると朝からどこかに出かけているって聞いて。……まあ、その手に持っている花を見れば察しがつくけど。……私もついて行っていい?」
 真面目に叶わないなあ、絵見には。ほんと隠し事ができない。

「いい、けど。断ったらどうするつもりだったんだ? っていうか、何時からここに?」
「四時くらいから。……って言えば恵一は断らないかなって思って」
 四時って……。何時に起きたんだ?

「結構、大掛かりな移動をするけど、いいか?」
「どこに行くの?」
「……小学校と、平岸の霊園」
「問題ない、大丈夫」

 小学校は勿論近所にある。ここから歩いて五分もかからない。目的の霊園に行くには、ここから地下鉄を乗り継いで最寄り駅まで約二十分。そこから徒歩で約二十分。まあまあの距離がある。
「じゃあ、行こうか」
 まだ陽が出ていない寒空の下、落ち葉がそこらかしこに落ちている道を歩き出す。すぐに俺や絵見、茜が卒業した小学校に到着する。さすがに無断で校地内に入るのはまずいので、学校の玄関前に、持ってきた花のひとつをそっと置く。

 無言のまま、俺は直立して手を合わせる。絵見も、それにならって手を合わせている。
 少しの間そうやっていたあと、俺は屋上を見上げ、そして小さく呟く。
「……ごめん、卓也」
 一通り終えると、小学校を後にして、地下鉄の菊水駅を目指した。今から歩いて行けば、ちょうど六時六分の始発電車に間に合う。

「……なあ、これってただの俺の自己満足だと思うか?」
 駅に向かう間、隣を歩く絵見にそんなことを尋ねる。
「自己満足だって言う人もいると思うよ。同じようなことを、自己満足でやっている人もいるだろうし。……でも、恵一はそうじゃないでしょ?」

「…………」
「あれだけしょい込んだんだから。自己満足なんて言葉で言っちゃだめだよ」
「そっか」

 絵見にそう言われるだけで、少し気持ちが楽になる。
 また、無言の時間が続く。いつもは二人でいてももう少し会話が動くものだけど、今日がどういう日なのか、そして俺が今どんな気持ちでいるのかを絵見は察して、何も言わないでいてくれているんだと思う。

 地下鉄を乗り継いで、南平岸駅に到着。高架の駅舎を降りてまた人通りの少ない道を歩いていく。数十分くらいして、霊園の敷地に入る。もう四回も来た場所なので、迷うことなく並んでいるお墓の列をすり抜けていく。
 そして、卓也が眠っている場所に行きつく。今日が命日だけれども、まだ誰も来てはいないようだ。まあ、早朝だし、それはそうか。バケツに汲んだ水をそっと墓石にかけて、簡単に周りに生えている雑草を抜く。そして。

 空っぽの花立てに二本目の白ユリを差し込む。持ってきた線香に火をつけ、それも立てる。
 すっと線香の香りが風に乗って辺りに広がっていく。
「ずっと、毎年一人でこうしていたの?」
 俺の後ろで様子を見ていた絵見が聞いてくる。

「……ああ」
「……あのさ、別にそれを悪いとは言わないけど……。恵一は、もう少し周りを頼ったほうがいいと思う。自分で……全部抱えようとしすぎなんだよ……」

 静かに、でも確かにそれはちょっとした諫めが入っていた。
 実際、それで夏場にパンクしたから、何も言うことができない。
「……あれだったらさ、私が、半分くらいなら、背負ってあげるから、さ……少しは、頼ってよ」

 手がかじかむような寒さだからだろうか、彼女は頬を赤く染めながらそう言った。
「……うん、今度から、そうするよ」
 こんなにスッキリした気持ちで、この日を迎えるのは初めてかもしれない。
 ようやく陽が昇った青空は、見上げると雲一つない水色で、一羽の鳥が南へと翔けていたんだ。
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