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第90話 現実
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夢を、見ていた。
俺から少し離れた先にある黒い人影は、きっとテオドールのものだ。
テオドールの後ろ姿は、俺が記憶しているよりも背が高く、もうすでに立派な男の大人のそれだった。
――テオ!
叫びたいが、喉がつまったようになって声が出ない。
俺がいることに気づいていないのか、テオドールの影はどんどん俺から離れていってしまう。
――駄目だ! その先は!!
テオドールは、真っ暗な洞窟の中に向かっているようだった。
俺はそれをどうしても止めなければいけないのに、俺の声は届かず、俺の足は沼にはまってしまったかのように一歩も動かなかった。
――駄目だ! そこに行ったら危ない!
――駄目だ、テオドール、行くな!
歯がゆかった。何もできない自分。テオドールを止められない自分。
何とかしなくては、早く! 早く! 早く!!
「行くなっ!」
自分の叫び声で、目が覚めた。
目に入ってきたのは、見慣れない天井。
「ジュール、大丈夫か? うなされてたぞ」
隣にいたファウロスが、俺の裸の背中を撫でた。
「あ……、ゴメン。起こして……」
「いや、俺も寝ちゃってたから。……もういいか、今日は泊まって朝帰りにしよ」
言うと、ファウロスは俺にさらさらした生地の桃色のシーツをかけてくれた。
――ここは、いつもの娼館の一室。
初めてファウロスとここに来てから、すでに3か月が経過していた。
一週間に一度はここに来て俺を抱く、と明言していたファウロスだったが、本業の工作員の仕事は思いのほか忙しいらしく、任務のために2、3週間国を離れることもよくあるようだった。
今日は3週間ぶりにファウロスが隣国から戻ってきたので、ファウロスは帰ってきた足でそのまま俺を娼館まで連れ去った。
久しぶりのセックスは互いに盛り上がり、夜までに教会に戻るつもりが、疲れ切っていつの間にか二人とも眠ってしまったらしい。
「夢、見てたのか?」
「うん……」
すっかり目が冴えてしまった俺は、水を飲もうと身体を起こした。
「あの指輪を贈ったヤツの夢?」
ファウロスは、部屋のランプを灯した。
暗かった部屋にぽぉっと温かい明かりがともる。
紐でしばっていたファウロスの長い髪はほどかれており、光を受けてキラキラと輝いていた。
「そう……、たぶん……、顔は、見えなかったけど」
「ジュールの国のこと、ちょくちょく調べは入れているんだ。今のところ、目立った動きはないみたいだ」
「そっか……」
俺がいなくなってから、テオドールはどうなったのだろう。すでに養子縁組は済んでいるし、まさかダンデス家から追い出されるようなことはないはずだ。
近くにはシャンタルもいるし、なによりテオドールは今のダンデス家に必要とされている。
ファウロスの言うように、俺がどこかで生きていると知ったら、テオドールは俺のことを探してくれているだろうか、それとも……。
何もできない自分にやるせなくなる。先ほどの夢の中の自分と、今の自分が重なる。
俺は両手で顔を覆った。
「あんまり気に病むなよ。大丈夫、きっと、戻れる……」
ファウロスは慰めるように言うと、俺の肩口にキスをした。
「ファウロス……」
「そうだ、これ、忘れないうちに渡しておく」
ファウロスは、隣国から持ち帰った荷物のなかから、小さな包みを取り出した。
その中には、ファウロスの瞳と同じ色のピアスが一対はいっていた。
「これは……?」
「俺の守護石。またこうしてしばらく家を空けることも多くなるから、ジュールを守るためにも必要だろ?
一つを俺がつけて、もう一つをジュールがつける。恋人の俺からのプレゼントだよ」
冗談めかしてファウロスは言うと、ピアスを手に取った。
「恋人って……」
「悪い虫もつかないし、魔除けにもなるし、いいことだらけだろ?
つけるとき痛くないように魔力流すから、ちょっと我慢して」
ファウロスは俺の右の耳たぶを引っ張ると、温かい魔力を流し始める。
「はい、できた。外すなよ、ジュール」
「わかった」
手早くファウロスも自分の左耳にピアスをつけた。
――お揃いのピアスなんて、まるで本当の恋人同士みたいだ。
「これ見りゃ、変態爺もビビッて寄ってこなくなるよ」
ファウロスは満足げに、ピアスのついた俺の耳たぶに口づける。
「ありがと。前から思ってたけど、ファウロスって魔力も使えるんだね」
俺もファウロスの耳たぶに、お返しにキスをする。
「俺の母親ってさ、あんたの国の高位貴族のご令嬢らしいよ」
ファウロスはそっと俺を抱きしめて、言った。
「俺の国の……?」
「そう。ある時、そのご令嬢は砂漠を超えた国へ家族とともに旅行に行った。そこで、褐色の肌の青年と出会った。
ご令嬢からすれば、ほんの一時の火遊びのつもりだったんだろう。だが、国に戻ったご令嬢は自分が妊娠していることに気づいた……」
ファウロスは、俺の背中に手を回し、肩甲骨を撫でた。
温かい、感触。
「ご令嬢は誰にも本当のことを言えず、ひっそりと赤ん坊を生んだ。産み落としたその赤ん坊の肌は褐色で、それを知って事の発覚を恐れたそのご令嬢の家族はその赤ん坊を「なかったこと」にすることにした……。
っていうのが、俺の出自を知るシスターから聞いた話。だから、俺の髪と目は黒くなくて、高位貴族だった母親の遺伝で魔法もそれなりに使えるってわけ」
俺は思わずファウロスから身体を離した。
「えっ!? なかったこと、ってどういうことだよ。だって、今ファウロスはここにいるだろ? ってことは、シスターがファウロスを育てたの?」
「そうだよ。その時シスターは、ご令嬢の父親から俺を始末するように命じられていたんだ。でも、まだ若かったシスターは赤ん坊を殺すことはどうしてもできなくて、俺を連れてこの国まで逃げた」
「それって……、ちょっと待って! シスターって、どういう……」
「シスターは俺の師匠だよ。今は引退してるけど、現役のころは名うての工作員だった。俺はシスターから工作員のイロハを仕込まれたんだ」
「……すごい!」
「え?」
俺の言葉に、ファウロスは目を丸くした。
「シスターって仮の姿なんだね! ファウロスも、俺といるときは畑仕事したり、教会の仕事を手伝ったりするだけだからあんまり実感なかったけど、やっぱりスパイなんだ!
俺、スパイって小説の中だけの話だと思ってた!」
「いや、シスターはシスターだよ。もともとシスターやってる傍ら、工作員だったっていうか……。だから神の教えの影響で、俺も『盗みと殺しはしない』っていうポリシーがあるわけ。っと、この話、チビたちには内緒だぞ。シモンだけは知ってるけど、俺が何の仕事やってるかっていうのも、みんなには秘密だから」
「わかってるって。でも、隣国でいったい何の仕事してきたんだ? ちょっと教えてよ……っ、んっ」
話を聞き出そうとする俺の唇を、ファウロスが塞いだ。
「俺の仕事の依頼内容は、たとえ恋人でも秘密!」
「ずるいっ、ちょっとくらい……っ、は、あっ……」
熱い舌で咥内を舐めとられて、優しく背中を撫でられると、あっという間に息が上がっていく。
「ジュール。ジュールは俺のこと、どう思ってる? 俺の肌も、髪も、瞳も、この世界では異端だ……」
ハシバミ色の瞳が、探るように俺を見た。
「俺、ファウロスの髪と目の色、好きだよ。その褐色の肌も引き締まっててカッコいいって思ってる!」
「ジュールっ!!」
「わあっ!」
気づくと視界が変わって、俺はベッドの上に押し倒されていた。
たくさんのキスとともに、長いファウロスの髪が、俺の身体の上をなぞっていく。
「ファウ、ロスっ…‥、あ、はあっ……」
「いいよな? ジュール。俺、まだ全然ジュールが足りない……」
臍に舌を這わされると、俺の身体はあさましくもまた兆しを見せ始めた。
「ん……、いいよ。来て、ファウロス」
俺はファウロスの髪をかき回した。
――セックスに溺れれば、大切なことも、抱える不安も、何もかも考えなくてすんだ。
テオドールのことも、テオドールのことも、テオドールのことも……!
「はっ、あっ、あっ、はあっ……」
「……ジュール、もし……帰れなくても、俺がずっと……、そばにいるから……」
熱い楔を胎内にうずめられ、ゆっくりと揺さぶられながら、俺はどこか遠くでファウロスの囁きを聞いた気がした。
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