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第4話
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ジャックス王とアンジェリカ王妃との間に生まれた王太子のエドガーは、若干19歳。
24歳で即位したジャックス王より、さらに年若い王が誕生することになる。
セシルがあの舞踏会でジャックス王の愛妾となるまで、エドガー王子はジャックス王から溢れんばかりの愛情を注がれていたという。
それが、セシルが王に侍ることになって以降、エドガー王子はその母であるアンジェリカ王妃とともに王から顧みられることはほとんどなくなってしまった。
どこの馬の骨ともわからないオメガに、父親の愛情をすべて奪われた哀れな息子……。
番である王の愛情を奪われ、正気を失ってしまったその母親……。
セシルにはもちろんわかっていた。
エドガーがどれほど自分を憎んでいるか、疎ましく思っているか……、そして、その存在自体を消したいを思っていることも……。
だが、面と向かって暴言を吐かれたこともない、特別に冷たい仕打ちを受けたわけでもない。
セシルに対するエドガーの冷然とした態度は、いつもセシルをうろたえさせた。
ーーエドガーはいつも、ただセシルを見つめていた。
そこに何の怒りや不満の感情を見いだせないからこそ、セシルは余計にエドガーが恐ろしかった。
ジャックス王からも「エドガーには近づくな。口もきくな」と常にきつく言われていた。「あいつは危険だ」とも。
「セシル様、なるべく目立たないよう、身軽なほうがいいので、最小限の持ち物だけで出発しましょう。
国外に出るために必要なものは、こちらですべて用意するようにします」
急かすネイトに、セシルは首を振った。
「私は……、どこにも逃げるつもりはありません」
「セシル様……?」
諦観したような表情のセシルに、ネイトは顔を曇らせた。
「新王が望まれるなら、私はいかなる処分も受けるつもりでいます。自分のことよりも、まずは陛下の弔いをしたいです」
ジャックス王の葬儀に参列もせずに、逃亡するような真似はしたくなかった。それに今まで王の寵愛を独り占めしてきた罰は、もちろん自分が受けるべきだとセシルは考えていた。
「しかし、セシル様、このことはすでに貴方様だけの問題ではないのですよ!」
「どういう意味です?」
「ご実家のエイルマー家のことはどう考えているのです?
新王からの処罰は、貴方様だけでなく、もちろんエイルマー子爵夫妻と、そのご子息にも及ぶのですよ!」
「……」
エイルマー家は、すでに子爵の位を与えられていた。もちろん、セシルが王の寵愛を受けていることが関係していることは明らかだった。
別の人間との婚姻をひかえていた長男のセシルがジャックス王にほぼ無理やり番にされたことで、エイルマー家は王宮から多大な慰謝料と補償を受け取っていた。
セシルが王の愛妾として、王宮に引き取られていくとき、継母のエメラインはセシルの手を握り、涙を流して喜んでいた。おそらく一人息子のコーディも、これまで様々な面で特別な待遇を受けてきたことだろう。
それがジャックス王の死によって、エイルマー家はすべてを失うことになる……。
「さあ、考えている暇などありません。もちろん国外への脱出はご家族もご一緒です。これは陛下のご意思なのですよ!」
「でも……」
セシルにネイトが詰め寄ったそのとき、執務室の扉が荒々しく叩かれた。
「ーー近衛師団だ。セシル様はこちらか?」
24歳で即位したジャックス王より、さらに年若い王が誕生することになる。
セシルがあの舞踏会でジャックス王の愛妾となるまで、エドガー王子はジャックス王から溢れんばかりの愛情を注がれていたという。
それが、セシルが王に侍ることになって以降、エドガー王子はその母であるアンジェリカ王妃とともに王から顧みられることはほとんどなくなってしまった。
どこの馬の骨ともわからないオメガに、父親の愛情をすべて奪われた哀れな息子……。
番である王の愛情を奪われ、正気を失ってしまったその母親……。
セシルにはもちろんわかっていた。
エドガーがどれほど自分を憎んでいるか、疎ましく思っているか……、そして、その存在自体を消したいを思っていることも……。
だが、面と向かって暴言を吐かれたこともない、特別に冷たい仕打ちを受けたわけでもない。
セシルに対するエドガーの冷然とした態度は、いつもセシルをうろたえさせた。
ーーエドガーはいつも、ただセシルを見つめていた。
そこに何の怒りや不満の感情を見いだせないからこそ、セシルは余計にエドガーが恐ろしかった。
ジャックス王からも「エドガーには近づくな。口もきくな」と常にきつく言われていた。「あいつは危険だ」とも。
「セシル様、なるべく目立たないよう、身軽なほうがいいので、最小限の持ち物だけで出発しましょう。
国外に出るために必要なものは、こちらですべて用意するようにします」
急かすネイトに、セシルは首を振った。
「私は……、どこにも逃げるつもりはありません」
「セシル様……?」
諦観したような表情のセシルに、ネイトは顔を曇らせた。
「新王が望まれるなら、私はいかなる処分も受けるつもりでいます。自分のことよりも、まずは陛下の弔いをしたいです」
ジャックス王の葬儀に参列もせずに、逃亡するような真似はしたくなかった。それに今まで王の寵愛を独り占めしてきた罰は、もちろん自分が受けるべきだとセシルは考えていた。
「しかし、セシル様、このことはすでに貴方様だけの問題ではないのですよ!」
「どういう意味です?」
「ご実家のエイルマー家のことはどう考えているのです?
新王からの処罰は、貴方様だけでなく、もちろんエイルマー子爵夫妻と、そのご子息にも及ぶのですよ!」
「……」
エイルマー家は、すでに子爵の位を与えられていた。もちろん、セシルが王の寵愛を受けていることが関係していることは明らかだった。
別の人間との婚姻をひかえていた長男のセシルがジャックス王にほぼ無理やり番にされたことで、エイルマー家は王宮から多大な慰謝料と補償を受け取っていた。
セシルが王の愛妾として、王宮に引き取られていくとき、継母のエメラインはセシルの手を握り、涙を流して喜んでいた。おそらく一人息子のコーディも、これまで様々な面で特別な待遇を受けてきたことだろう。
それがジャックス王の死によって、エイルマー家はすべてを失うことになる……。
「さあ、考えている暇などありません。もちろん国外への脱出はご家族もご一緒です。これは陛下のご意思なのですよ!」
「でも……」
セシルにネイトが詰め寄ったそのとき、執務室の扉が荒々しく叩かれた。
「ーー近衛師団だ。セシル様はこちらか?」
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