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第一章 アルミュール男爵家

第十八話 怪物は尻拭いをする

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「おっはよーございまーす! みなさんお揃いでどうされましたー?」

 メイベルと一緒に建設予定地に向かうと、ガンツさんとガンツさんのお弟子さんに、エルードさんが建設予定地を眺めていた。

「え? きれいになってる! 木材もあるよ!」

 メイベルの賛辞が純粋すぎて反応に困る。

「きっと、妖精さんが運んできたんだよ!」

「……わたしは違うと思うよ」

「俺も」

「儂も」

 メイベルっ! おまえもかっ!

「……僕は純真だからね! きっと妖精が『傷を癒してっ!』て、運んできてくれたと思うんだっ!」

「わたしは穢れてるの?」

「そんなことあるわけないじゃーん! 誰かと比較したわけじゃないよー!」

「メイベル嬢。外をご覧なさい」

「外ですか?」

「僕も見ますーー!」

 ジト目が突き刺さるも、目が悪い設定のおかげで気づかないふりができる。

「どう? 僕は薄らしか見えないんだけど」

「す……すごい……っ! すごい広い耕作地になってる……!」

「そうなのー!? やったー!」

「……昨日まで何もなかったのに……おかしいのう?」

「妖精さんじゃなくて精霊さんかな? ありがとうございますっ!」

 全員の視線が集中しているけど、現場を押さえられているわけじゃないから誤魔化せば良いのだ。

 全て知らぬ存ぜぬで通してくれようぞ!

「……まぁ木材もあるなら、さっさと始めるか。それから……向こうはどうするんだ?」

「あっちは家の後でもいいですよ? 商館にする予定なので。あと図書館も」

「図書館!? 今、図書館って言ったか!?」

「はい」

「では後回しにしてはいかんではないかっ! ガンツっ! 最優先じゃ!」

「無茶言うなよっ! 屋敷の方ですら前と変わってるんだからよ!」

「すみません。男女別の大浴場を作ってもらおうかと思いましてー」

「……贅沢だな」

「お金がたくさん入る予定なので」

「「……」」

 教会で結んだ契約だし、犯罪奴隷にならないための契約だから、支払いの滞納で差し押さえや奴隷堕ちも珍しくはないらしい。
 だからこそ、金貨の枚数確認が何度も行われたのだ。

 頑張れ、ニック! 俺は応援しているっ!

「ニック、頑張ってますかねー?」

「……必死だろうよ」

 ――カンカンカンカンッ!

 雑談しながら変更点を詰めていると、連続した鐘の音が聞こえてきた。

「これは……緊急警報か……?」

 エルードさんが鐘の音の意味を教えてくれたが、異常事態なのは知らなくても分かる。
 滅多に聞くことがない音って、そういうものでしょ?

「エルード殿っ! 至急領主邸にお越し願いますっ!」

「ふむ……。少年はどうする?」

「僕ですか? 僕はゆっくり分家の方に帰りますよ?」

「……そうか。精霊の加護があるといいがのう」

「そうですね」

 エルードさんを見送った後、メイベルとはぐれないように気をつけて分家に戻った。

「ただいま戻りましたーー!」

「カルムっ! 良かった! メイベルも無事ね!」

「母上様、ご心配おかけしました」

「いいのよ! 無事に帰ってきてくれれば!」

 メイベルとママンが熱い抱擁を交わしている。

「それで何があったんですか?」

 と言いつつ、【順風耳】で本家の様子を盗聴している。

「北の森でスタンピードが発生したみたいなのっ!」

「「北の森っ!!!」」

「そうなのよっ! あなたがまた狩りに行ったんじゃないかと思って……!」

「なるほどー! 今日は建設予定地に行っていたので知りませんでしたっ!」

 ……こりゃあ双子たちは全滅かな? まぁ賠償金は消えないからどっちでもいいけど。

 ――おっ? エルードさんが分家に近づいてきてるぞ? 何の用だろうか?

「失礼いたす。ここにカルム殿はいるだろうか?」

「僕ならここにいますー!」

「当主が呼んでいるから一緒に来てもらえないかのう?」

「……何故でしょうか?」

「それは儂には分からぬよ」

 どうせ参戦しろってことだろ。狩りをしに森へ行ってることはパパンも知ってるし。

「分かりました」

「ん? 剣は持たないのか?」

「剣? 僕はサーブル流剛剣術を習っていませんので、剣は使いませんよ?」

「習っていないのか!?」

「えぇ」

 ふふふふふふっ。

 習っていた場合、戦士の儀を行うとか言うつもりだったのだろうが、勘当狙いの俺が自分から条件を満たしに行くわけないだろう。

「それに……僕は祝福の儀式すら受けてませんので」

「なっ何っ!? 当主は一言も言わなかったぞ!?」

「僕が死ねば賠償金がなくなると思ったんじゃないですかね? 昏睡状態になっても、名医であるエルードさんを呼んでもらえませんでしたし」

「しばし待て」

 足早に去って行くエルードさんを見送り、ママンに事情を説明する。

「あの人……昔から視野が狭かったけど、最近はさらに酷いわね……。でも今回のは第一夫人の差し金だと思うわ」

「いましたね! そんな人っ!」

「カルムはサーブル流剛剣術っていうのを習わないの?」

「興味がないかなー。本読んでる方が楽しいし!」

 メイベル、ごめん……。嘘ですっ! 手加減が……手加減が面倒なんですっ!

「カルム」

「父上、どうされました?」

「単刀直入に聞く。狩りをしているなら剣を使えるのではないか?」

 エルードさんと、セバスチャンとは別の執事を連れたパパンが怖い顔で質問してきた。

「父上、僕が許可書を発行してもらったときのことをお忘れですか? 借りたのは弓矢と解体用のナイフです」

 あらかじめ準備してあったナイフを取り出し、パパンに見せる。

「これで北の森を生き抜けるなら、将来の僕は剣聖でしょうか?」

 三歳児が握れる大きさのナイフでは、とてもではないが狩りをすることはできない。

「それにまだ祝福の儀式を受ける前ですよ? 僕が参戦するなら、三つ上の少女の方がまだ可能性があるのではないですか? サーブル流剛剣術を習っているのでしょう?」

「細かいことを気にしている場合ではないんだっ!」

「三歳児に頼らなければならない状況とは!? それは当主含めた大人が一人残らず死んだ場合でしょうか!? それでも出陣しろと強要するのなら、討伐戦の後に教会で審理を受けてもらいますっ!」

 辺境とはいえ、戦う術がない状態の子どもを戦地に送ることは暗黙の了解で禁じられている。
 戦闘奴隷ですら禁じられている行為を、目の前の男はしろと言っているのだ。狂ってるとかのレベルではない。

 教会で審理をした場合、教会全体で共有される。判例にするためだから、世界中で閲覧可能になるわけだ。

「いいだろうっ!」

「では、ここにサインをっ!」

「リアム様っ!」

「当主……。さすがに露骨だろう。そんなに賠償金が払いたくないかね?」

「エルード殿、誤解されては困る! 領地のためである!」

「三歳児を戦地に送った名誉をアルミュール男爵家にプレゼントしますので、どうぞお楽しみにっ!」

「葬儀の準備はしておく!」

 サインをした後、執事を連れて出ていった。

「すまんのう。止めることができなくて」

「仕方ありませんよ。【霊樹海】の中にあるエルフの里に被害が及ぶかもしれませんからねー。実際、そう言われたのではないですか?」

「うむ……」

「とりあえず母上たちに事情を説明して、ガンツさんのところに行きます」

「ガンツ……? 何故だ?」

「矢が欲しいのです」

「本当に弓矢で狩りをしているのか!?」

「はい」

 エルードさんと一緒にパパンの蛮行を伝え、少し出掛けてくることを伝えた。
 当然大反対だったが、弓矢だから近づかないと言って逃げた。メイベルは落ち着いていたから、ママンのことはメイベルに任せれば大丈夫だろう。

「ガンツさーん!」

「どうしたっ!? 大人しく家に籠もってろよっ!」

「僕は討伐戦に参加する栄誉を賜ったので、これから出陣なんです!」

「――はぁーーーー!? 何言ってんだ!? おいっ! エルードっ! お前、エルフのために子どもを戦地に行かせる気か!?」

「……」

 大人しく胸ぐらを掴まれて文句を聞くエルードさん。

「まぁまぁ! とりあえず矢をください! 長めの矢もあれば少し欲しいです!」

「……ちょっと待ってろっ!」

 奥さんに指示を出した後、奥に引っ込んでいってしまった。
 というか、結婚してたんだ。知らなかった。

「えっとー、どうやって持っていこうかなー!」

「乗れっ!」

 フル装備のガンツさんが馬車を持ってきて、そこに矢を載せていく。

「えっ!? 一緒に行くんですか!?」

「子どもが戦うって言うのに、大人が引きこもってるわけにはいかねぇだろっ!」

『うーん……、怪物少年リミッター解除を要請する!』

『却下するーー!』

『いい人たちを死なせたくないでしょ?』

『今回のは雑魚みたいなものですー! いつも通りで十分ですよーー! 逆に余計なことした余波で死ぬかもしれませんよー!』

『……確かにー』

「おいっ! 行くぞっ!」

「あっ! はいっ!」

「すまんのう」

 めちゃくちゃ落ち込んでる。
 ガンツさんも文句を言った手前、声をかけづらいのか黙ってるし。

「別に気にしてませんよ? それよりもどこを目指してて、何が出るか分かりますか?」

 質問と同時に魔導サングラスを起動して、【天道眼】の【千里眼】を発動する。

「……沼地で蛙と蜥蜴を討伐中に蛇の襲撃に遭い、蛙と蜥蜴に蛇の群れが森からあふれ出ているそうだ」

「蛇か……。人間は本能的に蛇を苦手とするらしいですよ?」

「……嫌いなのかね?」

「はいっ! 発見、即討伐が望ましいですね!」

「だが、そうはいかないらしい。双子が丸呑みされたらしい」

「「ううぇっ!!!」」

 御者をしているガンツさんも気持ち悪く感じたのだろう。ほぼ同時に呻いていた。

「直接ではなく、蛙と蜥蜴に呑まれた後、蛇に呑まれたらしい。ゆえに、一番大きい蛇の討伐には注意が必要と伝令が伝えてきた」

「もう消化されていると思いますよ……」

「俺もそう思う……」

「肌がデロデロになってるかも……」

「おい、やめろっ!」

 ガンツさんも消化された方に一票らしい。

「だが、神父に診せれば可能性があると思ってるらしい」

「神父様は白系統ですか?」

「さぁのう。回復が得意とは聞いているが」

「では、デロデロになっていないことを祈りましょう!」

「そうだな」

「正直どうでもいいがのう」

 俺もそう思う。

「それでは景気づけに一発――」

 長めの矢を番えて、限界まで弦を引く。

「――発射っ!」

 開戦の狼煙は大蛇の血煙だった。

「「――はぁーーーーーー!?」」

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