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第三章 フドゥー伯爵家

第五十一話 賠償交渉

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 フドゥー伯爵家に対する国王の裁定が納得できず不服申し立てをしてから時が経つも、王都からの続報は未だにない。
 代わりに、フドゥー伯爵一族とハンズィール子爵家の交渉連隊が到着する旨の先触れが来た。

 セバスチャンを公開処刑したせいで領民にも事情が知れ渡ったため、元凶が到着すると聞きつけた村民も巻き込み、サーブル村は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。

 その中心はもちろんジークハルト司教だ。

 男爵家ではないのは、交渉会場が教会だからであり、貴族が全く訪れない平民上がりしかいない男爵家は、貴族に対するおもてなしの仕方を知らないのだ。
 ママンがいれば準備できたのだが、我が家は分家であるため無関係である。

 でもジークハルト司教は、一応王都で司教まで上り詰めた傑物だから、高位貴族の対応から実務までそつなく熟すことができるのだ。
 頼りにされるのも仕方がない。

「カルム……ゆっくりしてていいの?」

「いいんだよ。もうすぐ忙しくなるからね」

「……朝、神父様が愚痴言いに来てたよ」

「何かあったのかな?」

「グァ?」

「…………可哀想」

 ユミルと遊びつつ、俺はグリムが映し出す世界中の種族を、【虚空蔵】を総動員して記憶している。
 それもイケメンメインで。

「エルフは美形が多いねー! 体はどうなの?」

「……体ですかー? こんな感じですー」

 グリムはプロジェクターのように、転生賢者時代の記憶を次々に映し出していた。
 俺はユミルをモフりながら、体のアングルを変えてもらったり秘部を映してもらったりと、いろいろな注文をして鑑賞している。
 当然、隣にはメイベルが……。

 彼女は口では神父様に同情しているが、視線は映像に釘付けである。

「じゃあ年齢層を変えよっか」

「若くですかー?」

「そうだなー! 可愛い感じで!」

「……はいですー」

「ほぉぉぉぉぉーーー!」

「「「…………」」」

 突然奇声を上げるメイベルに対して驚くも、誰も突っ込むことはできず、ただただ映像を見続けていた。

「じゃあ……次は性別を変えようか」

「…………」

「……いいんですかー?」

「仕事のためだよ? 他意はないんだよ?」

 メイベルからの無言のプレッシャーに対し、効果があるか微妙な言い訳をする。

「……じゃあー」

 グリムが真っ先に映したのは巨乳のエルフ。
 それも裸だ。

「ほぉぉぉぉぉーーー!」

「「「…………」」」

 一応同じリアクションを取ってみたが、丸め込み作戦は失敗した。

「カルム?」

「仕事なんだよ!?」

「……本当に?」

「もちろん! そうじゃなきゃ、誰が好き好んで男の裸なんか見るのよ!」

「……」

 目の前に見ていた人がいるんだけどね。
 あえて突っ込むまい。

「わたしがいるところでしか見ちゃダメだからね?」

「もちろん!」

 俺には【虚空蔵】の瞬間記憶があるんだけど……言わないでおこう。

「よろしい!」

 その後、グリムがシスター・アリアに似た神職者を表示したせいで一騒動起きたが、無事に第一回裸体鑑賞会を終えた。

 ◇

 先触れから数日。
 奴隷の第一団とともに交渉団がサーブル村に到着した。

「ようこそお越し下さいました」

 という場違いなあいさつをするマイパパン。
 これからお金も奴隷も搾り取られる相手に、歓迎していますよという態度と笑顔で受け入れるとか、喧嘩を売っているようにしか思われないぞ?
 きっとこう思っていることだろう。

 ――木っ端貴族の禁忌男爵がっ!

 と。
 うちの無能親子は少しズレているから、あんまり気にしても仕方ないと思うよ。

「私は立会人を務めます、ジークハルトともうします。早速交渉に移ってもよろしいですか?」

 一瞬『コイツがジークハルト司教か!?』という視線を、伯爵家の代理人が神父様に向ける。
 神父様の追記のせいで風評被害を受けているそうだから、恨みの籠もった視線を向けてるのも納得だ。

 ちなみに、俺も製塩事業主として参加している。
 すでに魔導具での生産が軌道に乗り、高品質の塩が安定的に製造されている。
 商人ギルドでの登録も済み、男爵家にも報告を終えたし、村の商会との契約も終えた。

 それに伴い、製塩技師が不要になったため、今回の奴隷移送に同行している奴隷商に売り払うことに決めたらしい。
 ただ、妻と息子夫婦に子どもと、製塩技師の娘の処遇は決まっていないらしい。

 というのも、王都にいる双子が新品の奴隷が欲しいと強請っているらしい。
 奴隷は物扱いだから言い方は間違ってはないけど、製塩技師以外の所有権は渡したつもりはないから、欲しいなら買ってくれと伝えた。

「おい。今日、熊さんは? あと、そのステッキは何だ?」

 移動中に神父様が話し掛けてきた。

「ユミルはお留守番です。シスターの護衛も兼ねているんですよ?」

「……護衛?」

「シスターに仕掛けたはずの呪いが跳ね返されたら、シスター本人の仕業と疑う者がいるかもしれないでしょ?」

「――あっ!」

「だから、私兵団も非常識班も屋敷で待機していてもらっています。僕のサポートはグリムと神父様だけです。それから、弱視の設定ですから杖があった方が真実味があるでしょ?」

「……助かる」

「いえいえ。こっちも証人になってもらうのでお互い様ですよ」

 王太后のスケープゴートにもなってくれたしね。

「じゃあ打ち合わせ通りにしろよ」

「任せてください」

 余計なことをするなという釘を刺して、中央の机に座る神父様。
 俺は座る権利がないけど、弱視を理由に神父様が用意した椅子に座っている。

 交渉団と男爵家は、それぞれ左右に分かれて席に着いた。

「それでは、まずはハンズィール子爵家から男爵家に対する賠償についてを決めたいと思う」

 罰則が一つしかないから、さっさと終わらせられるからね。
 フドゥー伯爵は時間がかかるだろうし。

「ハンズィール子爵家は、賠償金か山道利用料の撤廃のどちらかを選ぶ選択式だった。今回は賠償金の支払いを選んだそうだが、間違いないだろうか?」

「間違いありません」

 代理人がはっきりと肯定する。

「では、賠償金の額を決めるに当たって指標となる山道利用料は、『片道一〇〇万スピラ』というのも間違いないだろうか?」

「間違いありません」

「「んなっ!!!」」

 男爵家の無能親子が驚愕しているが、それも仕方がない。
 普通ならあり得ないことだ。
 今回のことで全く反省していないことが、この強気の交渉から見て取れる。

 相当舐められてるな。

「父上。僕から提案があるのですが、よろしいですか?」

「おやおや? 男爵家は無関係な者を交渉の場に置いているのですか?」

「……許可する」

「ありがとうございます」

 パパンは子爵家の無礼な物言いを無視して、俺が交渉の場に立つことを許可した。
 俺の面倒くささを理解しているからかな?
 それとも失敗すれば糾弾できるから?
 どちらにしろ好都合だ。

「さて、僕はカルム・フォン・サーブルと申します。全くの無関係ではないので交渉の場にいます。何故なら、技師を捕縛したのは僕だからです」

「それは……それは……本当なら、とても勇敢ですね?」

「司教様が立ち会うことを許可している時点で真実でしょう? 子爵家の男爵家に対する賠償金交渉の場での無用な質問……子爵家は交渉する気がないのですか?」

「それはどういう……?」

「交渉ができない要員の派遣は、交渉しない表れでしょう?」

 意訳すると――「無能」と言っている。

「交渉する気がないなら、僕が計算しますよ」

 ワンテンポ遅れて馬鹿にされたことに気づいた代理人を無視して、話を先に進める。

「男爵家が一〇〇年続いたとして、往復二〇〇万スピラの一〇〇年分を要求します」

 俺の言葉に「それなら……」と口の中で呟く声が、【順風耳】によって聞こえる。

「さらに、苦痛が一〇〇年続くわけですから、その分も加算させていただきます。締めて二〇〇億スピラを支払っていただきます」

「なぁーー! なんだとっ!?」

「近くに商人ギルドもありますので、近日中に満額の支払いをお願いします」

 商人ギルドに依頼すれば、専用の通信魔導具で指示を出せるのだ。
 わざわざ戻る手間が省けるという親切である。

「では、次に行きましょうか」

「ま、待てっ!」

「我々は被害者ですよ? 多くの民が塩不足で亡くなりました。それなのに、子爵家は全く反省の色がないと見える。交渉するだけ無駄です。――司教様、次の交渉をお願いします」

「うむ。では、続いてフドゥー伯爵家の男爵家に対する賠償金について」

 まだわめき続けている子爵家の代理人を神官騎士の代役を引き受けた、エルードさんが無理矢理黙らせた。
 エルードさんがここにいる理由は、ズバリ野次馬根性だ。
 もちろん、ガンツさん夫婦もいる。

「売上金は元より、賠償金の準備もある。だが、製塩技術の利用は続けさせてもらえないだろうか? ロイヤリティも支払う。どうか広い心で、フドゥー伯爵家の領民を救って欲しい!」

「うーむ……」

 やばい……。ジジイが乗り気だ。

「――失礼。我が領の製塩事業を担当している者です。この交渉は賠償金についての交渉で、支払いが終わるまでは技術の使用も再交渉もできないはずですが?」

「――そ、それは……」

「司教様! 違いますか?」

「カルム少年の言うとおりである。伯爵家の交渉団は、製塩技術に関する発言を控えていただきたい」

「くっ! 分かりました……」

 いや。睨まれましても……。

「ちなみに、製塩技師から遺言を受け取っております。『家族を含む技師の身の安全と引き換えに製塩技術を教えたのに、一族郎党奴隷になった。だから、伯爵家には技術を使って欲しくない』そうですよ?」

「――男爵家の裏切り者であるはずっ! 遺言などという下らんものを持ち出す意味が分からんっ!」

「僕が言いたいのは、製塩技師の意志ではないですよ? 伯爵閣下は製塩技師に『我が剣に誓う』と言ったそうですね? 武人が剣に誓ったことを反故にしていいと思いますか? ――ねぇ、御祖父様?」

「ならんっ! 断じてならんっ! 武人として恥ずべき行為だっ! よって、我々は製塩技師が残した技術をフドゥー伯爵家及び領地で使用することを許可しないっ!」

「――なっ!」

 ジジイに対する虚栄心攻撃はこうやるんだよ。
 寄子にイエスマンしかいないから、虚栄心の煽り方も交渉の仕方も分からないんだろうな。

「御英断、見事です!」

「当然のことだ」

 チョロい。

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