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第三章 フドゥー伯爵家

第六十話  一時帰還

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 無事に四〇階層のボス部屋まで来た。
 ボスは、通常のミノタウロスより一回り以上大きいギガントミノタウロスで、手には巨大な漆黒の斧を持っている。
 対する俺は、ミノタウロスの膝くらいまでしかない身長で、手には愛用のメイスを持っていた。

「メイス……?」

 誰ともなしに呟かれた言葉が聞こえたが、頑丈さが取り柄の最強武器である。
 しかも、信頼と実績のあるガンツ工房製品だ。

 一応強化魔法をかけてあるしね。

「ブモォォォオーー」

 開戦の合図らしい雄叫びが上がり、俺を真っ二つにする勢いで振り下ろされた斧の一撃が目前に迫る。

 避けることも受けることもできたが、あえて迎え撃つことにした。

 斧を弾くつもりで下からメイスを振り上げる。
 金属と金属が激しくぶつかる耳障りな音を立てながらも、ギガントミノタウロスの斧をかち上げた。

 代償にメイスが曲がってしまったけど。

「あぁ……愛用のメイスが……」

「ブ……ブモ……?」

 ギガントミノタウロスも何やら動揺しているようだが、俺の愛用武器を引退に追い込んだ報いは受けてもらう。

 【魔導眼】の収納から【天叢雲剣】を取り出し、小剣サイズに変更する。

『え? 何でそれなんですー?』

『斬れないけど、破壊できないんでしょ?』

『なるほどー』

『あと、魔力を纏えば斬れると思うよ。魔法職の杖と考えれば、最高の杖だと思うんだ』

『ですねー。ただ、教会のお偉いさんが見たらー、神器だーと言い出す阿呆もいるかもですー』

『じゃあ俺は神の子かな?』

『そう言うかもしれませんねー』

『なんたる不敬か』

『……あなたにその言葉を言う権利はないですー』

『アレは……終わった話じゃないの? 偉い神様が言ってたじゃん』

『って思うじゃないですかー? 首脳陣の気持ちと部下の気持ちは別なのですー。わだかまりがある眷属もまだまだいるのですー』

 なるほどね。
 それは仕方がないかな。

『外野に何を思われても気にしない。安全圏から文句を言っていればいいさ』

『……私が当たられたら助けてくださいよー』

『もちろん。問題が大きくなる前に言うように』

『はいですー』

 グリムと話すという隙を作ってあげているのに、何故か攻撃をしようとしないギガントくん。

「来ないなら、こっちから行くよ?」

「ブ、ブモォォォオーー」

 ――ミスティ流武術《萌芽》

 突き攻撃が有名な流派で、【シャムス武王国】の騎兵になりたかったら、ミスティ流武術で槍術を修めなければいけないらしい。
 武術を重んじる武王国でも、かなり高い位を持つ流派である。

 そのミスティ流武術《萌芽》は魔力を使った突き術で、一度目の突きは単なる見せかけだ。

 真打ちは二度目の攻撃――跳弾である。

「ブモ? ――ボッ」

 真正面から繰り出した突きを難なくかわしたギガントくんだったが、後方の壁に当たった突きが跳ね返って来るとは思いも寄らなかっただろう。
 背中に突きを喰らい前のめりなる。

 ギガントくんの目の前には、すでに突きを放つべく構える俺がいる。

 ――ミスティ流武術《爛漫》

 ミスティ流武術で最大の攻撃力を誇る攻撃を、倒れ込んでくるギガントくんの胸に向かって突き入れた。

「ブ、ブモ…………」

「切り捨て御免」

 たぶんメイスだけでは無理だったな。
 【天叢雲剣】の魔力伝導率と、高密度に圧縮する能力がなければ転倒させることはできなかった。
 インチキしてごめんね。

『存在自体がインチキみたいなものですからねー』

『前から思ってたんだけど、俺の心は筒抜けなのかな?』

『おおよそですがー。私もあなたの一部ですからー』

『そういえば……』

 グリムと話しつつも、ギガントくんのドロップ品を回収してスタンプも押す。
 このダンジョンは素晴らしく、各ボスごとにスタンプを落としてくれ、既に八体分のスタンプを押印済みだ。

 廃教会は一つだけだったのに。

『廃教会は歴史が浅いですしー、人間の施設がダンジョン化した養殖ものですからー。天然ものには劣りますよー』

『魔物は強かったのに?』

『利益の分では劣りますー。しかも、アレは放置していたせいもありますしー、あの教会は特別なんですー』

『いろいろあるのね』

 ギガントくんが残したものの一つに、ギガントくん愛用の漆黒の斧があった。
 予想通り斧型の魔晶具だ。

 大きさは自由に変化させられるが、重さは変わらない。
 しかも片手斧らしい。
 両手で持つのは禁止らしく、両手で持とうとすると掴んでいる手とは逆の手は通り抜ける。
 念動のような力で持つことはできず、反応すらしないというありさまだ。

「それで……頑丈なだけ?」

 怪物魔力を使用した強化魔法が付与されたメイスを曲げたのに、漆黒の斧は無傷だ。
 かなり頑丈なのは見て分かる。
 それ以外の能力がないなら、売却も視野に入れてもいいかな。

『鑑定してみればー?』

『そうだね……あぁーーなるほどーー』

「ちょっと下がってて」

 ミノタウロスの【怪力】を吸収しているみんなに一声かけて、階段がない方の壁に向かう。

 そして、上段から斧を軽く一振り。

 轟音を響かせ、天井、壁、床を大きくえぐり亀裂を生んだ。
 その光景に俺含めて全員が呆然となる。

「か……軽く……だったんだよ?」

「ホォー……」

 漆黒の斧の能力は魔力を流すことで、瞬間的に攻撃範囲を広げるというものだった。
 魔力の消費量は多いから、起死回生の一撃だと思えばかなり使える武器ではないかと思う。

 売却は取り止めて収納しておこう。

「さぁ、転移門の登録を終えたら帰ろうか」

「「「「「おい、あれはっ?」」」」」

 日頃の訓練のおかげでシンクロ率が上がってるね。いいことだ。

「アレはギガントくんの武器による攻撃の結果です」

「さらっとギガントくんのせいにしようとしてるだろ」

「そんなことないよー」

 さすがディーノ、鋭いねぇ。

「ディーノくん、何もなかったよね?」

「アレはお前が……」

「ここでディーノくんが喜ぶプチ情報を一つ。次の階層はアルラウネらしいよ」

 【如意眼】の未来視を使ったから間違いない。
 次の階層に下りるフリをして未来視を使うと、その行動の結果が見えるのだ。
 見た後に行動をやめれば、その未来は新しいものに変わる。

 ずっと使える能力ではないし、攻撃系の魔眼ではないのに失明率が断トツらしい。

 うん。怪物で良かった。

「あ、アルラウネ……」

「爆取りしたいよね?」

「したいっ! させてください! してください!」

「おい、どうした?」

 表情も態度も一変させたディーノに、ドン引きしたジェイドが質問した。

「分からんのか!? アルラウネだぞ!」

「いや、分からないけど?」

「ジェイド、アルラウネのドロップ品は有名なんだよ。特に料理人界隈では。アルラウネからドロップした野菜や果実を使うことは、全料理人の夢でもあるんだよ。花弁は薬にもなるしね。ジークハルトさん、意味は分かるよね?」

「薬……。次の階層は全階層で爆取りをお願いしたい。全力で拾わせていただきます」

 ということで、明日の予定が決まったところで帰宅する。

『バラムー?』

『少年か?」

『ダンジョンの転移門の登録しておくー?』

『何故だ?』

『明日には終わる予定だから、初攻略の実積をあげるよ』

『身代わりだろ?』

『正解』

『仕方ない。雑用係だからな。召喚しろ』

『ありがとう』

 手に持っていた【天叢雲剣】を床に刺し、【御朱印帳】を開いてバラムとフルカスを召喚する。

「昨日ぶりか?」

「意外にも長く感じますね」

「「「「「…………」」」」」

 私兵団が死んだ顔で黙り込んでしまった。
 そしてその様子を見てニヤニヤと笑う鬼教官たち。

「グリム、一応ここで待機してて。一〇、二〇、三〇って感じで登録してくるからさー」

「ホォー」

 一人でも登録してあれば希望の階層に転移できるらしいから、みんなには四〇階層で待機していてもらう。

「じゃあ行こうか」

「了解だ」

「御意」

 ◇

 転移門の登録はあっという間に終わった。
 まだ関係性を疑われるわけにはいかないから、姿を隠して登録したから通常よりは時間がかかったかもしれないけど。
 あと、仕事ができる彼らは採取依頼の仕事を受けて来ており、四〇階層で受け渡して別々に帰還した。

「――警戒」

「了解」

 俺の注意に反応したジェイドが指揮を執って防御を固める。
 どうやら待ち伏せされているようで、入口から殺気が漂っている。犯罪者にはなりたくないから、ダンジョンから出るつもりはない。

「致し方ない。来てもらうか。《出てこい》」

「――なっ」

 見た目は冒険者なのだが、お揃いの剣を持っているところから騎士にしか見えない。
 それともう一人。確実に諜報員と言えるような魔導具で固めた隠密装備の人間も、【雷声】の効果によって出てきた。

「そんな殺気を放って何の用ですか? 僕が死んでも賠償金はなくなりませんよ?」

「……さて、何のことだかな」

「そうですか? あなたたちの首も瓶に詰めて送りつけることにしましょう。次は何がもらえるのでしょうか? 没落した貴族に払えるものだといいですね?」

「――不敬だ」

「その堪え性のなさのせいで、賠償金が増えたんですよ? 阿呆ですか?」

 ちなみに、技能結晶の【挑発】をちょこちょこ使っている。

「いいか? 我々は襲われたから反撃した。突撃!」

「「「おぉーーー!」」」

 阿呆だなぁ……。
 何のために今まで【挑発】を使って煽っていたと思ってるんだ?
 俺に集中してもらうために決まってるじゃないか。

 ということで、諜報員を彼らの前に突きだして【魔糸】で操る。

 なお、騎士団が動き出して入口が広くなったところで、商会メンバーは姿を消して離脱した。
 グリムを同行させたから、問題なく帰還できるだろう。一応魔導監視鏡を発動させているけどね。

「じゃ、邪魔するなっ」

「ふんっ! どういうわけか分からないが、こちらにとっては好都合。元より貴様らを殺すために来たのだからな!」

 ん? どういうこと?
 俺を狙う騎士団を殺しに来た暗殺者……。
 つまり、味方ってこと?

「だが、見られた以上小僧も殺すしかないだろう」

 ――はい、違った。

「数人で押さえ込んで、残りはガキに向かえっ」

 真っ当な指示を出すが何もしない指揮官に【邪眼】を使い、隷属化する。同時に操作も行う。
 指揮官が前線に合流すると見せかけて、背後から部下を襲わせる。

 背後の心配など少しもしていなかった騎士たちは、綺麗に首が飛んで倒れ込んだ。
 動揺した部下に追撃をかけ、全員の首を飛ばした。

 最後に諜報員と同士討ちさせて任務完了。

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