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第三章 フドゥー伯爵家

第六十二話 攻略終了

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 最後の魔物は『兎』らしい。
 スライムに次ぐ弱さで、新人冒険者の生命線とも言える角兎さんが草原を駆け回っている。

「あれ……? なんか遠近感がおかしくないかな……?」

「お、大きいよね……?」

「小さいのもいるぞ」

 俺の疑問にメイベルが同意してくれるも、ジェイドの言うとおり小さいのもいるから分かりにくい。

「小さいのはともかく、デカいのは当たったら痛そうだよ?」

「……痛いで済めばいいよな」

 ジェイドの言う気持ちも分かるけど、彼らの防御力は技能結晶で底上げされているから大丈夫なはず。

「大きいのを狙っていこう。他では見ないような兎さんだからね。それにちょうどいい武器もあるし」

「ちょうどいい?」

 全員心当たりがないようだが、開放的な場所で大物への攻撃といったら、アレしかないでしょ。

「盤古斧~~!」

「「「「「「…………」」」」」」

 ギガントくんが使っていた漆黒の斧は、【盤古斧】という名前だった。

「きっとギガントくんが、『コレで巨大兎の首をチョンパするんだ』と言っていると思うんだ」

「コイツの親の顔が見たい……」

「あれ? ジェイドは母上のことを見たことなかった?」

「……あるよ」

「でも不本意ながら、僕は父上似だと思うんだ」

「そうか?」

「父上も禁忌を犯したりと、意味不明なことをするでしょ?」

「……答えづらい質問をするなよ」

「かくれんぼ王は自覚してたんだねー」

「アル、僕はそこのところに関しては父上と違うよ? 無自覚ほど被害者を多く生むと思うんだよね」

「でも自覚があるってことは……悪意があるってことじゃ……?」

「――え? 僕は迷惑行為をしているつもりはないから、悪意はないんだな」

 シスターを助けたり、奴隷を解放したり。
 良いことしかしていないと思うんだ。

「何だって?」

「アル、兎さんを討伐する時間だよ? 広大な草原を駆ける戦車のつもりで狩っていくから、ドンドン仕分けをしてね」

「話を逸らしたな……」

「行くよー、どすこいっ」

「どすこいっ」

「グァ」

 俺のノリについてきてくれるのは、メイベルとユミルだけだ。悲しい。

 荷車を高速移動させつつ、斧を横に薙ぐ。
 距離が離れていることで油断している巨大角兎は、盤古斧による見えない刃で首を飛ばされ素材に変わる。
 討伐後は【観念動】で拾い、停車することなく次の獲物へ向かう。

 他の階層と違い解放感に溢れているおかげで、荷車での疾走も気持ちいい。
 大喜びのユミルも見ることができ、なお良い。

「ドンドン行くよー」

「グァーー」

 ◇

 ついに最後の階層、第五〇階層にやってきた。

 ここまでの道のりは多種多様の兎で、四十七階層以降は面倒な種類ばかりだった。
 復活兎は、討伐直前に背負っているいずれかの卵に転生して討伐を回避し、ハズレの卵を攻撃すると爆発と麻痺のダブルパンチだ。
 四十八階層の首狩り兎は二足歩行の兎の戦士で、正攻法で十分強いくせに不意討ちもしてくる。

 四十九階層の狂乱兎は自爆も厭わず突撃し、一撃で倒さなければ、痛みも無視して爆石という爆弾みたいなものをしようしてきた。
 『みんなは一人のために、一人はみんなのために』を素でやってくるモフモフ魔物の心意気に、俺は胸と目頭が熱くなった。

 まぁそれを見たユミルが瞬殺していたけどね。
 ユミルはヤキモチ妬きなところも可愛い。

「よく来た」

「――しゃべった……」

「うむ。朕は初回限定のボスである。当然ぞ?」

 満月みたいに丸々と太った二足歩行の兎さん。
 鑑定の結果、幻獣【玉兎】というらしい。

「ふむ。では始めようぞ」

「心苦しいけどね……」

「グァ?」

「ユミル、自分でやるからみんなを守ってあげてね」

「……グァ」

 俺があの玉のようなモフモフボディに惹かれていることに気づいたユミルは、変わろうかと主張してきた。
 でも、最後は自分でやらないとね。

 右手には【盤古斧】を持ち、左手には魔法の制御をしやすくするために【天叢雲剣】を持って構える。

「いざ、尋常に参る」

「うむ。その心意気や良し」

 見た目通り魔法型らしく、地面から先の尖った樹が槍のように広範囲に広がって襲ってきた。
 足下から襲いかかってくる槍を跳躍して避けつつ、盤古斧で切り払いながら近づくも、木の枝から水の散弾が放出される。それも上下左右から。

 魔法無効の体を持っているが、全裸になるのは御免被る。
 視認できる範囲は【魔導眼】の反射で弾き、見えない範囲を収納魔法で覆って無理矢理干渉する。少し取りこぼしたが、腕でガードしたから大事にはならなかった。

「――なに? よもや朕が近接戦を強いられようとは……」

 なんと玉兎さんは動けるデブだったのだ。

 黒豚闘士並みに様になった拳を、俺が着地するドンピシャのタイミングを狙って俺の腹に打ち込んだ。
 勝利を確信した玉兎さんは満足げにドヤ顔を浮かべていたが、違和感に気づいたのか徐々に表情が曇っていく。
 確かに普通の人間なら致命傷確実だからね。

「――斬り捨て御免」

 玉兎さんの腕が短すぎたせいで盤古斧の距離ではなくなったため、【天叢雲剣】に魔力を纏わせて首を飛ばした。

「――無念なり」

 無念と言われると申し訳なく感じてしまうが、スタンプが現れたことで考えを改める。

「その無念、存分に晴らすが良いぞ」

 御朱印帳にスタンプしつつ、玉兎さんを思うのだった。

 ◇

 玉兎さんのドロップ品の中には技能結晶はなかったが、代わりに天霊具が出た。
 おそらく初回限定特典なのだろう。

『バラムー、呼んでもいい?』

『うむ』

 彼らにはスケープゴートになってもらう。
 冒険者ランクを上げられ、俺も表に出なくて済む。

『召喚』

 少し汚れた二人が現れた。
 見張りの仕事を頼んだはずなのに、何故汚れているんだ?

 とりあえず、グリムに綺麗にしてもらう。

「じゃあ証拠を持って行って。魔核と毛皮ね。でも、売っちゃダメだからね」

「うむ。分かっている」

「御意」

「それで、例の人たちは?」

「家が消えたせいもあって、少々面白いことになっている。見張りは全部で四グループだ。冒険者ギルド、商人ギルド、領主家までは予想できるだろうが、何故かもう一つ貴族らしきグループもあった」

「あぁーー……アレかな?」

「ほぅ。心当たりがあるか。そこの者が一番強いが、大して変わらんだろうな。それと……ふふふっ」

「え? 何? どうしたの?」

「少年、冒険者ギルド近くの広場で待ち合わせにしよう」

「言わないの?」

「すぐに分かる……ふふふ」

 なんだろう。すごい嫌な予感がするんだけど。
 フルカスまで笑ってるし……。

「じゃあ少し遅れて行くから」

「うむ。メシでも食ってから来い」

「そうする」

 二人を見送りディーノに昼食をお願いした。

「地上は大変なことになってるらしいね」

 バラムとの話は全員で聞いていたから、わざわざ説明するまでもないだろう。

「ジェイドたちの勧誘を諦めてないみたいだね」

「そんなことしていいのか?」

「僕が商人なら繋がりを持てるって喜ぶかもね。でも僕は貴族籍に入っているから、本来なら御法度だよ。ちょうど製塩技師の引き抜きみたいなものかな」

「じゃあそう言えば良いんだな?」

「うーん……それがそう簡単な話じゃないんだな」

「は? 何で?」

「この場合の貴族家の家臣って男爵家に使えている者のことを言うんだけど、ジェイドたちは男爵家当主になることはできない三男の作った商会と契約している冒険者なんだよね。この場合は、商会の身分が優先されるんだよねー。製塩技師はアレでも一応男爵家と契約した正式な家臣だったんだよ」

「……そもそも長子継承制度がない武王国で、何で当主になることはできないんだ? 楽勝だろ?」

「魔量の基準があるんだよ?」

「……あぁーー、アレ? でも……転移って……?」

 ジェイドは博識すぎる気がする。
 何故冒険者なんかやってるんだろ?

「僕は草を食べ続けたおかげで、昏睡状態から復活を遂げた際に魔人族へと先祖返りしたんだ。角はないけどね。おかげで、魔法の構築が簡略化できてるんだ。秘伝だから教えないけど」

 胡乱げな視線が向けられるが、全て本当だから仕方がない。

「さて、帰還する前にユミルの前に移動してください」

 俺はユミルをバックハグしており、ユミルはとあるものをバックハグしている。

「ユミルちゃん、何持ってるの?」

 メイベルの問いかけに答えるように、ユミルは持っているものを掲げた。

「「それはっ」」

 さすが聖職者だね。

「そうです。神々の木像です。魔霊樹で作ってみました」

 ユミルは顔の前に持ち上げた木像を前に突き出す。

「さて、『【闇樹のダンジョン】で見たカルム関係のことを誰にも話さない』。――さんはいっ」


 ――『【闇樹のダンジョン】で見たカルム関係のことを誰にも話さない』。

「はい、ありがとうございます」

「なぁ……いろいろ手遅れだと思うのは俺だけか?」

 ディーノの言うことはもっともだが、認めなければなんとかなるものだ。

「大丈夫。そのためにバラムを先行させたんだから」

「そうかな……?」

 ◇

 そうだよね……。そんな気はしてた。
 二人が笑っていたときから予想してたよ。

 ダンジョンから脱出して待ち合わせ場所に向かっている最中、冒険者の口から共通の言葉が呟かれていた。

「アレって……〈怪童〉じゃね?」

「熊を背負ってるヤツだろ?」

「〈怪童〉って子ども?」

「結構可愛い顔してるじゃん」

「何で目を閉じてるのに眼鏡してんの?」

「知らねぇの? 普段は視覚を封じることで能力を封印しているんだぜ?」

「そんな化け物いるかよ」

「馬鹿だな。化け物だから、〈怪童〉なんだろ?」

 などなど。

「聞こえている人いるかな?」

 全員小さく手を挙げたから、みんなも耳にしているようだ。

「あれは誰のことだと思う?」

「それ、聞く必要あるか?」

 ジェイドの言葉に頷く者多数。
 全員じゃないのはシスターが寝ているからだ。
 薄暗いダンジョンに長時間いたせいだと思われる。

「……どういうことかバラムに聞かなきゃ」

 噂をしているとなんとやら。
 広場で多くの人に囲まれたバラムと目が合う。

「おぉ、我が主。無事任務を完了しました」

「……うむ。ご苦労」

「もったいない御言葉です」

『何この茶番……?』

『勧誘断絶策だ。三級冒険者なのに未踏破ダンジョンを攻略したことになっているからな。今のうちから唾をつけておきたいのだ』

『俺に勧誘が来るんじゃ……?」

『面子は冒険者ギルド、商人ギルド、領主家関係だ。これで少年に行くなら、元より話が通じない相手だろう』

 それもそうか。

「失礼する」

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