上 下
45 / 167
第二章 冒険者

第四十二話 賢い系真面貴族

しおりを挟む
 俺は忘れていた。
 何故何も起きなかったのか。
 朝、軽く運動しようと外へ出ると、結界を叩く騎士の姿が、そこにはあった。シミーズだ。騎士風阿呆シミーズの、騎士達がいたのだ。今日は、神様のお使いを済ませようと思ったのに……と思いながら、結界の近くまで行く。

「もうドラゴンパーティーは終わりましたよ。シミーズは、ドラゴンパーティーを、欠席したではないですか。今更、何のようですか?」

 横にいる門衛さんとともに、不思議そうに聞く。

「巫山戯るな。誰がシミーズか。我らを愚弄した貴様を許すわけなかろう」

「なるほど。十人ですか。朝の運動には、ちょうどいいですね。今入れてあげますよ」

 そう言って、結界に穴を開け、入れてやったのだ。

「今練習中の技があるので、その練習台になってくださいね」

 と言うと、怒りで震えていた。分かる。本当の怒りがわくと、震えが止まらないのだ。

「殺す……殺す……殺す」

「ちなみに、騎士団長ではないですよね?」

「騎士団長が、わざわざ貴様のために来るか! 次期騎士団長の俺で十分だ!」

「ということは、あなたが副騎士団長ですか?」

「違う! 次期騎士団長だと、言っておるだろうがっ!」

 よく分からないが、いなくなっても、大丈夫な人だ。最悪、施設に送っても大丈夫だろう。女騎士もいるし、「くっ、殺せ!」が、出来るかもしれない。前回も女騎士がいたが、ほぼ廃人だったから、出来なかっただろう。

「では、行きますね。すぐに終わらないように、お願いしますよ」

 ――竜闘術《竜衝波》――

 横一列になっていた、騎士の一番端に移動して、騎士の横っ腹に、掌打を打ち込んだ。横一連になっていた騎士は、ドミノ倒しのように、倒れていった。

 このスキルは、まだ練習中で使えないため、ステータスにも表示されない。だが、プルーム様に見せたとき、修行中で飯以外に、唯一褒めてくれた、戦法だった。

 以前竜は、周囲の魔素を掌握して、空を飛んでいると言っただろう。そして、俺もそれが出来るようになった。そこで、前世の記憶に、発勁なるものがあったのを、思い出した。他には、遠当てや徹しなどが、あるだろう。

 気というものに関しては、魔力で代用出来た。ただ、ここには魔素という、不思議エネルギーが、空中にも存在しているのだ。人間個人の気というエネルギーよりも、遥かに大きなエネルギーであることは、間違いない。

 前置きが長くなったが、つまり、その膨大なエネルギーを、竜の技術を持って、相手に叩き付けたのだ。人間も含む生物には、魔素が含まれている。そこに、膨大な魔素で作った、衝撃波を叩き込み、体側の魔素を揺らし、そして外部からも、衝撃を同時に加えたのだ。

 これは、修行中に人間バージョンのプルーム様の平手打ちを喰らった際に、竜バージョンの平手打ちを喰らったような錯覚を、元に作ったのだ。ただ難しく、発動が遅いため、練習中である。そんな技を喰らった彼らは現在、痙攣中であった。

 この技は、近ければ近いほど、威力が増すため、一番近くにいた者は、瀕死である。仕方がないが、失敗ポーションを飲ませた。そして、門衛さんとともに、裸に剥いていく。鎧のみ回収し、剣や短剣、盾はオーク達にプレゼントしよう。ついでに、昨日のダンジョンの魔物の肉のうち、比較的ランクが低いものをお土産にしよう。

 そして阿呆共と同類扱いされそうだと思いながら、お薬を注射する。だが、これは不妊治療薬のようなものだ。死ぬ薬ではない。オーク達を救うために、やっているのだ。ちなみに、彼らは城の離宮に帰ってくる仕組みをしている。国の戦力だからだ。再起できるかは、分からないが、一応返してあげる。そして、オークの国へ転送完了するのだった。


 その後、門衛さんと一緒に、朝食へ行くことに。朝食は、辺境伯宅の料理長にいろいろ教えていて、彼の練習の場になっている。火神のボルガニス様からのお使いである、料理を広める活動である。教える条件は、真面であること。

 お金のために、料理をすることは間違いではない。生活もあるし、料理に使う材料を、購入しなければならないという理由もある。だが、王族や貴族にしか出さない。山積みの金貨を出さなきゃ、食べさせないとかは、止めてほしい。誰も食べられないのならば、広めることにはならないからだ。

 彼は、賢い系真面貴族筆頭の、辺境伯宅に勤めているだけあって、真面である。マヨネーズの作り方だったり、ドレッシングや塩以外の味付け方法を教えたりと、談笑の際に聞かれたことには、丁寧に答えていた。

 そして、広めたいなら生産ギルドで、レシピ登録するのが早いと聞いたのだ。調味料なら平民にも買える、価格設定にできると教えてもらった。さらに、技工神のバッカス様のお使いである、作ったものを売るための、商業ギルドの登録も済ませることにしたのだ。

 そして、いつも通りホールへ行くと、珍しくうつ伏せになっている、ボムがいた。

「お疲れ様です。阿呆共には困ったものですね」

 そう、シュバルツに言われたのだが、彼は既にこの異様な状況を、受け入れることにしたようだ。

「ありがとうございます。ところで、ボムは何をしているんですか?」

「お腹を触られないように、隠しているそうですよ」

 どうやら、腹を触られないように、ガードしているらしい。少しご機嫌斜めになってるようだ。だが、モフリスト共は、ボムの機嫌を直すことに必死である。その結果、偶然にも成果を出すことに成功したようだ。

「熊さん。このプモルンと呼ばれる子と、熊さんがよく話している、ソモルンという子は、名前が似ているけど、関係しているの?」

 カトレアである。
 普段はぽやーとした子だが、モフモフの前では違うようだ。賢い。ボムにソモルンの話を振るのは、正解である。

「ん? ソモルンか? ソモルンは俺の親友だぞ。そして、カルラの兄ちゃんだ。今は家で、弟の帰りを待っているんだ。俺達が、迎えに行くんだ」

 ソモルンの話をし出すと、体を起こし、ご機嫌になっていった。プモルンを掴んで、ソモルンそっくりであることと、大きさを教えていた。モフリスト共は、新たなモフモフの予感に、目を輝かせていた。

 そんなことを話ながら、朝食を終え、生産ギルドに行ったが、すごかった。真面だった。

 ここは、年会費などはない。ただ実力主義で、作品や創作物を、登録の時に見せ、実力を示せない場合は、登録できず誰かの弟子になることを勧められる。さらに、年一回の新作提示があり、停滞は許されないそうだ。

 ここでは、マヨネーズ他、数点の調味料のレシピを登録した。平民にも利用してもらいたかったため、銅貨二枚(二千円)にしたのだ。もっと安くてもよかったが、手数料などが掛かるらしく、これが最安値だった。

 もう一つは、ボードゲームだ。とりあえず、リバーシとダイヤモンドゲームを登録した。一緒に、作品に押す焼印もともに。ボムの手形にしようとしたら、カルラもやってほしいと言ったのだ。

 これから、従魔が増える度、手形が増えるのかと思ったが、セルは興味がないようだ。結局、ボムとカルラと、ボムが連絡したため、ソモルンの三人の手形が、三角を描くように配置したものを作った。ソモルンの手形は、取った手形をストレージに入れてもらった。それも登録が終了した。

 特許権のようなものがあり、五年間は複製を禁じるらしい。ギルド員やその関係者が複製したら、彼らのギルド証の停止や処分などがあり、さらに、弟子や身内など関係者が複製を行った場合にも、管理責任で罰則があるそうだ。

 調味料など、偶然出来てしまうものは、管理が行き届かないと言われた。そのため、商業ギルドの方にも、登録することを勧められた。商業ギルドは、モノを一つでも売る場合、必ず登録しなければならないからだ。登録せず、一円でも金銭が絡めば、即罰則の対象になるそうだ。家の夕飯に出したり、タダで提供したりなら、大丈夫なようだ。

 そして、商人は信用第一で、盗作や偽装したものを売った場合は、即罰則。生産ギルドとも提携しているため、一緒に登録しておけば、阿呆共を見つけやすくなるそうだ。

 そういう説明を受け、商業ギルドに来た。ここも、ギルド職員は真面だった。だが、商人はカルラのことを見ている。俺は、そのことを不思議に思い、王女に、何故カルラしか見ないのかを聞いてみた。珍しさで言ったら、ボムも負けていないだろうと、思ったからだ。だが、答えは簡単だった。

「熊さんには、勝てそうもないからじゃ。どう考えても死ぬじゃろう」

 というものだった。
 確かに、捕まえに行ったら死ぬ。そんなものは嫌だろう。だが、カルラはそんなボムが、四六時中抱えているのだ。こう言ったら悪いが、ボムの体の一部のようなものだ。どう考えても、無理だろう。

 そんなことをしながら、登録終了。ちなみに、何も起きなかった。王女の顔を見て、驚いていたから、間抜け王女のおかげで助かったのだろう。

 商業ギルドは、店の規模によってランク付けがされ、入会金や税金、年会費が変わった。俺は面倒な説明を聞き流し、一番下の鉄ランクで、行商や屋台、露店などの資格にした。

 ボードゲームなどは、何処でも売れるし、最悪ギルドに卸せばいいそうだ。入会金は、銅貨五枚・年会費銀貨一枚・税金銀貨二枚で三万五千円だった。あとは、銅、銀、金、白金と上がって行き、入会金に関しては、二倍ずつ上がっていく。他は、金以上は店によるらしい。


 これであとは、戦神のベルナー様のお使いを済ませられれば、とりあえずは、一息つけそうだ。何事もなく家に着き、応接間の前を通ると、シミーズの一人と、新たな騎士がいた。既視感を覚える光景に、ため息をつきそうになった。

「ラース殿、よく帰ってきた。昨日は紹介することができず、申し訳なかったな。こちらが宰相のアインス侯爵。そして、ツヴァイ騎士団長だ。話があるそうだが、時間を作ってくれないか?」

 心の中では、面倒くさいと思っていたが、お世話になっている辺境伯の頼みだったため、引き受けた。

「紹介にあずかりました、ラースと言います。あちらにいるのは、従魔と使い魔です。そして、話とは何ですか?」

「昨日は失礼した。聞いていた話と随分違っていたため、驚いてしまった。そして、妻を救ってくれたと聞いた。感謝を述べたく、参った次第である。本当にありがとう」

 と、丁寧に話をしていた。

「いえ、王女と辺境伯からの依頼でしたからね。それにしても、聞いていた話の内容を伺っても?」

 何を聞いたんだろうか。そして、誰にだろう。チラッと辺境伯を見ると、首を横に振っていた。

「安心して欲しい。辺境伯にではない。国王に、全員を助けてもらったが、おそらく魔王だと聞いていたのだ。いくつもの魔術を使い、呪いも跳ね返していた。それに、お仕置きと称するものが、残虐だったにもかかわらず、楽しそうに笑っていた。そう聞いていたところ、王女と同じ年頃の子供に、聖獣様方を連れていたため、混乱していたのだ」

 どうやら犯人は、あの阿呆気味の王様のようだ。そして、彼は賢い系真面貴族のようだ。ちなみに、魔王の件を聞いたボム達は、笑いを堪えているようだ。セルの中では、俺は転生悪魔ということは、確定事項のようで、一人頷いていた。

「国のことに関しては、真面であり優秀だ。ただ、たまに阿呆なことを言うが、出来れば無視して頂けると助かる」

 まあカルラの友達の、親だということで、目を瞑ろう。問題は騎士の方だ。何故ここにいるのだろうか。

「それでそちらの方は何故ここに? 護衛なら、騎士団長が来なくても、良かったのでは?」

 今まで騎士風阿呆を、何人もオークの国に送り、雷霆魔術で一掃してしまったから、その責任を取れとか言うのだろう。そう思っていた。

「初めまして。ツヴァイだ。本日離宮に、アハト公爵及びアハト伯爵と、誰か分からないが、焼けただれた皮膚の者が、転移してきた。その報告と今朝方から騎士数名が、行方不明になっていることの確認をしに来たのだ」

「もう帰ってきたのですか? 根性ないですね。焼けただれた皮膚の者は、度重なるお仕置きで、体力の限界だったのでしょう。でも女性はまだなのに、それに比べて男性は。ちなみに、今朝方こちらに、武装集団が襲撃に現れまして、俺は王女の護衛ですので、反撃させていただきました。彼らはどうやら、休暇に出掛けたようですよ。鎧のみ置いて行きましたので、返却しますね。帰ってくるときは、離宮に転移してくるようになってますので、安心してください。しっかり手綱を引いておかないと、神隠しに遭うか、天使に空へ連れて行かれますから、気をつけてくださいね」

 そう言って、鎧を返しながら、昨日のようにピンポイントで威圧した。

「……承知した……」

 彼も真面だった。それに、シミーズと同じ威圧だったのに、話せた彼は、さすが騎士団長であった。

「お前、ラースの威圧を耐えたのか。すごいな。頑張れば、まだまだ強くなれるぞ。ラースに教えてもらえよ。シュバルツ達みたいにさ」

 ボムはご機嫌であった。そして、仕事を増やしてくれる、おデブさんでもあったのだ。

「是非」

「学園国家に行くまでで良ければですがね」

 ここで初めて王女がしゃべった。

「……ラース。お主、魔術が使えるのか? 何故言わなかったのじゃ。知っていれば、教わったのに……」

 やはり間抜け王女だった。
 みんな気づいてたのに、ひたすらモフモフしていて、魔術どころではなかったのだ。ちなみに、エルザさん以外のモフリスト共は、誰も気が付いていなかった。使用人含むシュバルツ達は、早くから目をつけ、魔力操作や身体強化の練習、魔力量の増加方法などを聞いて実践していた。故に、シュバルツとエルザさんは、騎士の中でも、屈指の実力者になっている。

 ただ彼らは知らない。
 ボムが教えてもらえと、言っているのかという理由を。このおデブさんの、組み手の相手を作るためである。今は俺がやっているが、マンネリ化してきたため、組み手相手の量産を、計画しているのだ。ボム本人が教えない、一番の理由は、モフられているからである。

 そう言えば、この家の長男と次男はどうしたのだろうか? と、気になる人もいるだろう。俺も気になった。そして、辺境伯に聞いた結果、兄はカトレアの学園の準備のため、奔走している。弟の方は、王立学園に戻った。

 借金は、アハト公爵にハメられた、違法カジノによるものであったため、チャラになったが、違法カジノに行っていたのは、問題であったため、卒業後に領地に戻って、辺境伯の私兵とともに、地獄の訓練を行い、性根を鍛え直すそうだ。ちなみに、俺との模擬戦で、かなり矯正されたそうだ。少しばかりの感謝をされた。

 この日は、侯爵と騎士団長とともに、第二回ドラゴンパーティーを、行ったのだった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】高飛車王女様はガチムチ聖騎士に娶られたい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:660pt お気に入り:252

沈むカタルシス

BL / 連載中 24h.ポイント:326pt お気に入り:31

【R18】花嫁引渡しの儀

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,235pt お気に入り:93

車いすの少女が異世界に行ったら大変な事になりました

AYU
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:844pt お気に入り:50

夏の終わりに、きみを見失って

BL / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:3

【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

BL / 完結 24h.ポイント:901pt お気に入り:976

俺が、恋人だから

BL / 完結 24h.ポイント:1,100pt お気に入り:26

処理中です...