巡る祝詞

瀬模 拓也

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名無しの少女

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私は生け贄になりました。


昨年の大雨による洪水で田畑は壊れ飢饉となりました。そこでこの土地の神様『八百万芥(やおよろずのあくた)様
』に生け贄を捧げることになったのです。

父も母もおらず天涯孤独な私に白羽の矢が立ちこうして山の上、お供え物と共に神様が来るのをお待ちしているのです。
さて、神様とはどのようなお方か。
学も芸も無い私を嫁として気に入ってくれるのか、はたまた下働きとしてお仕えするのか。それでもそれならもっけの幸い、もしかしたら頭からぱっくりと食べられてしまうかもしれません。

その時強い風がごうっと吹きました。

目に張り付いた髪を払うと目の前に誰かが立っています。
身の丈70寸は有ろうかと思う背の高さにぼさぼさとした長い銀色の髪が伸びています。
水干(すいかん)を着ていますが頭には烏帽子ではなく鬼の面を付けております。そして脇差しの上にはたわわな乳房が見えました。
八百万芥様は女神だったのです。

これはいよいよ嫁では済まないでしょう。せめて痛くなく食べられれば良いのですが。

「あーーーー!!」

私が目を伏せるのと八百万芥様が叫ぶのは同時でした。
その声には途方も無い怒りが込められているように感じ私は地に頭を伏せました。

「まただ、またやりやがった!あの村の連中!」

雪駄を履いた足で地面をどんどんと叩く音が聞こえました。

「不作の年に若い生娘を捧げてきて、怒って大雨を降らせたら今度は稚児を差し出してきやがった!」

うっすらと目を開けると銀色の髪をバリバリとかきむしる姿が見えました。後ろ姿だけ見ると鬼婆の様です。
恐ろしくなり私はまた目を伏せました。

「アタシはそんなモンいらん!!酒を寄越せーー!」

「お酒、でございますか?」

思わず顔を上げ、目をぱちくりとしてしまいました。その瞬間八百万芥様と目が合いました。(実はこの時まで恐ろしくて顔を見る事ができませんでした)切れあがった目にうっすらと紅を差した口、整ったお顔立ちはとても鬼婆と言って良いものではありませんでした。


「お酒でしたらこちらに供物が」

呆気にとらわれながらもお酒を差し出します。このまま怒り狂われてまた大雨を降らされては生け贄失格です。

「全っ然足りん!!」

けれど八百万芥様は歯ぎしりをしてお酒を指差します。

「申し訳御座いません。不作続きで村もお金がなく」

「っカーーーーーー!!」

私が地面に頭を付けて謝ると身悶えするような叫びが聞こえました。

「もういい、帰る」

じゃりと地面を雪駄で擦る音が聞こえました。


「お待ち下さい!」

慌てて顔を上げて八百万芥様の元へ駆け寄ります。

「わたくしは煮るなり焼かれるなりどうなっても構いません!どうか村に厄は!」

合わせた手が白く震えます。生け贄として覚悟を決めそれを全うできないとなれば一体自分はなんなのだろうかと涙さえでてきます。

「変なこと言うな!喰うか子供(わっぱ)なんぞ!」

「ではお仕えさせて頂きます!!どうぞお慈悲を!!」

いつの間にか私も必死になっていました。冷たくあしらわれていたとはいえ育った村が苦しむのはもう嫌でした。

「いらん!どこぞの村に置いておくから勝手にしろ」

「お願いです!どうか、どうか」

恐れ多いことにも八百万芥様の足にすがってしまいました。
地面に涙がぽたぽたと落ちます。

「お前、年は幾つだ?」

「数えで7つになります」

「そんな餓鬼に世話が勤まるかねぇ」

いぶかしむ目でこちらを見ます。

「庄屋様の家で奉公してきました!どんな無理難題でもお勤め致します!どうか」

八百万芥様がまた頭をバリバリとかきます。

「お前、名前は?」


「名前はありません」

村では「おい」とか「子供」と言われておりました。

「まったく、名前が無いんじゃ呼びにくくて仕方ない」

八百万芥様は供物からお酒だけを取り出して抱えます。

「生け贄のニエにしよう。文句はないな?」

何故でしょう、そう言われた途端涙が止まりました。それに胸がぽっと温かくなったのです。これも神様のお力なのでしょうか。

「来いニエ、せいぜいアタシが村に厄をもたらさないよう見張って勤めろ」

流石は神様です。私の考えなど見抜いていたようでした。私だけ遠い村で無事生きていても村になにかあれば生け贄として意味がありません。
八百万芥様がお怒りにならないよう八百万芥様の元で誠心誠意お仕えしなければです。

踵を返して歩き出す八百万芥様を私はよろけながら追いかけました。
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