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1.あの日から
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優しく微笑み、いつだって温もりをくれた母と、温和で物知りな父。
父に似て柔らかく、絶対にそばにいてくれた兄と、いつも俺の背を追いかけてくれた可愛い弟。
両親と、三兄弟の笑顔の絶えない家族。
「律」
お父さんの声だ。優しく、はっきりとした声。
お父さんの声が俺を呼ぶ。
優しく呼ばれたことにいつものように勢いをつけて振り返れば、首とれちゃうぞなんて笑う父と目が合う。
「律、明日は何の日だ?」
「駿の誕生日!」
「だーいせいかい!お父さんと買い出しに行こうか」
2つ年の離れた弟の、誕生日の前日。
お父さんは、明日のパーティーの買い出しに行こうと僕を誘った。
可愛い弟。僕や兄ちゃんに追いつこうと手を伸ばす、大切な弟。
明日はそんな弟、駿の誕生日だった。
父の言葉に嬉しくなって、大きな声で行くと答えたのを覚えている。
「お兄ちゃんは~?」
「海はお母さんとおうちで準備してるって」
外に出る準備をしながら、大好きな兄のことを聞いた気がする。
父の言葉に納得して僕は2番目にお気に入りの洋服を着て、父と家を出た。
いつもの道。だけどどこか輝いて見える道。
その日は猛暑で、燦燦と輝く太陽に目を細めながら歩いた。
父は定期的に水筒を僕に渡して、水分を補給しながら2人で歩いた。
よく行く食品店に食品を買いに行き、母がケーキを作るための材料を探し、駿へのプレゼントを包むためのラッピングを購入したはずだ。
重い荷物は父が持ち、どうしても何か持ちたいといった僕にはラッピングが入った小さな袋を渡してくれた。
駿のために、父のために何かできている、そう思うとどこか鼻が高くて、嬉しかった。
浮かれていたんだと思う。
嬉しくなって、周りが見えなくて、父の優しい笑顔と、駿の喜ぶ笑顔を想像して、楽しくて。
「律!!!!」
お父さんの大きな声に、ふわふわと楽しくなっていた気分が戻されて、目の前に見えたのは赤信号だった。
あ、怒られる。
最初に思ったのはこれだと思う。
まずいとか、引かれるとか、そんなことは頭になくて、お父さんの声がした後ろを振り返った。
見たことのない、お父さんの焦ったような表情。
必死に手を伸ばすお父さんに、僕も手を伸ばした。
お父さんに抱きしめてもらえると思った。
お父さんの緊張したような表情に引っ張られて、泣きそうになって、だから早く抱きしめてほしくて。
でも、お父さんは僕の腕を引っ張って、強く引っ張って。
抱きしめられるどころか、お父さんは俺とすれ違って。
それから…それから次に聞こえたのはけたたましいサイレンの音。
目に映ったのはひどく鮮やかな赤。
呆然として、その場にへたりと座り込んで、形のひどく歪んだお父さんを見た。
どこがなんなのか、これが人なのか、何も分からない状態で、これが父であることだけははっきりと理解することができた。
あの日、俺は父を目の前で失った。
あの日、父は俺のせいでいなくなった。
俺の目の前で、俺のせいで、俺を守ったから、俺の手を引いたから。
あの日の情景が、酷く脳裏にこびりつき、いつだって頭の片隅にある。
あの日、あの後、お父さんの遺体を見せてもらえることはなかった。
白い布を被ったお父さんを見て、聞いたことのない悲痛に泣き叫ぶ母の声が耳に響く。
俺も、駿も、それに誘発されるように泣いて、兄ちゃんだけが、堪えられない涙を流しながら俺たちを抱きしめた。
母はあれから俺たちの知らない母になっていった。
酷く憔悴し、風呂にも入らず、やせ細っていく母の、俺を恨むような瞳が忘れられない。
大好きなお父さんが目の前でいなくなった。俺のせいでいなくなった。
大好きなお母さんがいなくなった。俺を恨んでいなくなった。
その事実が未だに俺を苦しめる。
5年前の7月5日。
太陽のまぶしい猛暑日。
駿の誕生日の前日。
あの日、俺は、俺の人生の幸せをすべて失った。
いや、俺のせいで家族の幸せを奪った。
だから、俺は普通の人生も、普通の幸せも、得てはいけない。
あの日のことを、毎日思い出す。
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優しく微笑み、いつだって温もりをくれた母と、温和で物知りな父。
父に似て柔らかく、絶対にそばにいてくれた兄と、いつも俺の背を追いかけてくれた可愛い弟。
両親と、三兄弟の笑顔の絶えない家族。
「律」
お父さんの声だ。優しく、はっきりとした声。
お父さんの声が俺を呼ぶ。
優しく呼ばれたことにいつものように勢いをつけて振り返れば、首とれちゃうぞなんて笑う父と目が合う。
「律、明日は何の日だ?」
「駿の誕生日!」
「だーいせいかい!お父さんと買い出しに行こうか」
2つ年の離れた弟の、誕生日の前日。
お父さんは、明日のパーティーの買い出しに行こうと僕を誘った。
可愛い弟。僕や兄ちゃんに追いつこうと手を伸ばす、大切な弟。
明日はそんな弟、駿の誕生日だった。
父の言葉に嬉しくなって、大きな声で行くと答えたのを覚えている。
「お兄ちゃんは~?」
「海はお母さんとおうちで準備してるって」
外に出る準備をしながら、大好きな兄のことを聞いた気がする。
父の言葉に納得して僕は2番目にお気に入りの洋服を着て、父と家を出た。
いつもの道。だけどどこか輝いて見える道。
その日は猛暑で、燦燦と輝く太陽に目を細めながら歩いた。
父は定期的に水筒を僕に渡して、水分を補給しながら2人で歩いた。
よく行く食品店に食品を買いに行き、母がケーキを作るための材料を探し、駿へのプレゼントを包むためのラッピングを購入したはずだ。
重い荷物は父が持ち、どうしても何か持ちたいといった僕にはラッピングが入った小さな袋を渡してくれた。
駿のために、父のために何かできている、そう思うとどこか鼻が高くて、嬉しかった。
浮かれていたんだと思う。
嬉しくなって、周りが見えなくて、父の優しい笑顔と、駿の喜ぶ笑顔を想像して、楽しくて。
「律!!!!」
お父さんの大きな声に、ふわふわと楽しくなっていた気分が戻されて、目の前に見えたのは赤信号だった。
あ、怒られる。
最初に思ったのはこれだと思う。
まずいとか、引かれるとか、そんなことは頭になくて、お父さんの声がした後ろを振り返った。
見たことのない、お父さんの焦ったような表情。
必死に手を伸ばすお父さんに、僕も手を伸ばした。
お父さんに抱きしめてもらえると思った。
お父さんの緊張したような表情に引っ張られて、泣きそうになって、だから早く抱きしめてほしくて。
でも、お父さんは僕の腕を引っ張って、強く引っ張って。
抱きしめられるどころか、お父さんは俺とすれ違って。
それから…それから次に聞こえたのはけたたましいサイレンの音。
目に映ったのはひどく鮮やかな赤。
呆然として、その場にへたりと座り込んで、形のひどく歪んだお父さんを見た。
どこがなんなのか、これが人なのか、何も分からない状態で、これが父であることだけははっきりと理解することができた。
あの日、俺は父を目の前で失った。
あの日、父は俺のせいでいなくなった。
俺の目の前で、俺のせいで、俺を守ったから、俺の手を引いたから。
あの日の情景が、酷く脳裏にこびりつき、いつだって頭の片隅にある。
あの日、あの後、お父さんの遺体を見せてもらえることはなかった。
白い布を被ったお父さんを見て、聞いたことのない悲痛に泣き叫ぶ母の声が耳に響く。
俺も、駿も、それに誘発されるように泣いて、兄ちゃんだけが、堪えられない涙を流しながら俺たちを抱きしめた。
母はあれから俺たちの知らない母になっていった。
酷く憔悴し、風呂にも入らず、やせ細っていく母の、俺を恨むような瞳が忘れられない。
大好きなお父さんが目の前でいなくなった。俺のせいでいなくなった。
大好きなお母さんがいなくなった。俺を恨んでいなくなった。
その事実が未だに俺を苦しめる。
5年前の7月5日。
太陽のまぶしい猛暑日。
駿の誕生日の前日。
あの日、俺は、俺の人生の幸せをすべて失った。
いや、俺のせいで家族の幸せを奪った。
だから、俺は普通の人生も、普通の幸せも、得てはいけない。
あの日のことを、毎日思い出す。
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