たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな

文字の大きさ
2 / 8
1.あの日から

1-2

しおりを挟む




息が苦しい。
酷く荒い息を繰り返して、この呼吸が自分のものだと気づくのに時間がかかった。

深呼吸を繰り返してようやく落ち着く呼吸にため息を1つ零して、スマートフォンを見た。

時刻は夜中の3時。
開いた窓から風が届いているのに、額の汗が髪を湿らせる。


「最悪…」


思わずつぶやいた後、あげていた上半身をもう一度敷布団に倒した。
できる限り音は立てないように。

そっと左を向けば、幼い寝顔が視界に入る。

駿の寝息が聞こえて、無意識に呼吸を駿に合わせていれば、どんどんと呼吸が楽になる。

5月も後半。
あの日まであと1ヵ月と少し。この時期から体が不調を訴える。

あの日のことを夢に見た。
鮮やかな赤が鮮明に目の前に広がる。歪んだ父が微笑み手を広げてくれるのを待っても、父はこちらを向きもしない。

鈍く頭が痛む。

あの日、お父さんがいなくなり、俺たち3人とお母さん、4人での生活が待っていた。
お父さんがいなくなって、お母さんは変わった。

優しい笑顔は消えて、ぼうっとただ、暗い部屋でどこかを見つめる。
家事なんてできる状態じゃなくて、食事もとれない、風呂にも入れない、ただ呼吸を繰り返し、お父さんの名前を呼ぶ。

いつからか、お母さんは俺に怯えるような視線を向けるようになって、それから、恨みを込めた視線を感じるようになった。
「あの人を返して。律、お父さんを返して」
久しぶりに聞いたお母さんの優しい声音が耳に響く。
ただ謝る俺につかみかかったお母さんを思い出す。

あの日のように泣き叫んで、初めて殴られた右頬が痛い。

兄ちゃんが走ってきてくれて、守ってくれて。
それから、お母さんとは会わなくなった。

兄ちゃんは、お母さんは病院に入院したと言った。事実は知らない。

そのまま兄ちゃんに言われるまま連れてこられたのは、ここ、お母さんの妹で叔母にあたる家族の家だった。


叔母と叔父は必要最低限のお金を出し養育してくれるけど、刺すような視線や冷たい物言いから、厄介者扱いされていることは十分に理解できた。

静かに、もう一度駿を見る。
大丈夫。俺は大丈夫。駿がいる。

兄ちゃんとはもう3年会っていない。
この家に来て2年が経たないほどで、兄ちゃんはここを出た。

ここでの扱いに耐えられなくなったのか、俺たちの世話をするのが疲れてしまったのか。
理由は教えてくれなかった。
最後は喧嘩したまま、兄ちゃんを送り出すこともできないで、兄ちゃんとは会えなくなった。
それから3年。駿ができるだけ傷つかないように。俺が駿を守れるように。駿だけを考えて生きてきた。

だけどこの時期はどうも不調が続く。
あの日の夢を見ることなんて珍しくないけど、体調に影響が出るのは困りものだ。あれから5年。毎年この時期になると眠るのが怖くなる。
だけど耐えなければ。駿に気づかれないように、駿が心配しないように。


呼吸が落ち着き汗が引いてくると、また少しずつ眠気が現れてくる。
またあの日の夢を見るのだろうか。

眠ったって疲れは取れない。

いつだって、俺が生きていることを父と母に責められている。
わかってるよ。俺だって毎日、毎時間、毎秒思ってる。
どうして俺が死ななかったんだ。どうしてお父さんが死んでしまったんだ。
俺が死ねばよかったのに。

そうすれば、駿も兄ちゃんもここで居心地の悪い思いをしなくて済んだのに。駿も兄ちゃんもお父さんとお母さんと離れずに済んだのに。お母さんはあんな風にならなくて済んだのに。お父さんは死ななくて済んだのに。
誰が間違えてしまったんだろう。

あの日から、毎日のように夢を見る。
お父さんが俺をかばう夢。

それが夢だと気づくこともあれば、気づかないままあの日を繰り返すこともある。
夢だと気づいたって、俺は結局何もできない。進んではいけないと、赤信号だと叫んだって、あの日の俺には届かない。必ずお父さんは俺を守って死んでしまう。
あぁ赤い。苦しい。

こんなに苦しい俺に気づいて、支えてくれていた兄ももういない。
違う。支えてくれた人が俺なんかにいたことが間違っているのだ。


あの日から、俺はずっと間違っているのだ。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

悪夢の先に

紫月ゆえ
BL
人に頼ることを知らない大学生(受)が体調不良に陥ってしまう。そんな彼に手を差し伸べる恋人(攻)にも、悪夢を見たことで拒絶をしてしまうが…。 ※体調不良表現あり。嘔吐表現あるので苦手な方はご注意ください。 『孤毒の解毒薬』の続編です! 西条雪(受):ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗(攻):勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。 名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。 そんな彼には「推し」がいる。 それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。 実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。 終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。 本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。 (番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

処理中です...