鬼に成る者

なぁ恋

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吸血鬼

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金色の瞳が射る様にこちらを見るから、息苦しくなる。

ふと目を細め、ほほ笑んで来た。


「大丈夫。もう、苦しくはない」


胸に手を当てて覗き込んで来た。

美しいその自身を知ってか知らずか、見つめられて思わず固まる。


机を伝い落ちる水が手の甲を濡らした。


「“美麗”に行かなきゃ」


やっと視線の呪縛から解かれて立ち上がる。


「すみません。コップが割れて―――」


店員は快く笑い、そのまま店を後にした。





ゲイバー『美麗』


街中の賑やかな飲み屋街にある。


オーナーの桃井さんは、ボクよりも小柄で、長い髪を後ろに束ねていた。侍の様に、てっぺんが禿げている。


それを見下ろす様な形になっているまほろばが、ジィッと頭ばかり見ているから、口を開いたら笑ってしまいそうで黙っているしかなかった。


「礼くん……素敵なコ連れて来たわね」


桃井さんがまほろばを見上げながら、頬を赤らめため息をついた。


「雇ってくれ」


「何だか上から目線ね。まぁ良いわ。雇いましょ。礼くんが、面倒みて上げてね」


何も言えないまま、更衣室へ向う。

着いて来たまほろばに、桃井さんとは違った意味のため息が出る。


「取りあえず、力仕事から始めよう。但し、加減だけはしてくれよな」


制服に着替えると、店内に出る。


明るい店内、楽しい話し声。

この仕事を、案外と気に入っている自分が居て、自然とほほ笑みが浮かぶ。



ガチャン!


ガラスの割れる音。

言い合う怒鳴り声が店内を静かにさせる。


ヤバいかな。

と、喧嘩の仲裁に向う。


「お客様!」


声を掛け、間に割り込む。

鈍い痛み。

庇った形になり、頬を殴られて居た。

かろうじて立っては居られたけど、殴り合いは止まりそうにない気配。


「そこを退けよ!」


殴って来た男が怒鳴る。


「そうだっ! お前さんの敵を取ってやる! 前から気に入らん奴だったんだ!」


背後からも興奮した怒鳴り声。


「ダメですっ!」


何て見た目弱そうなボクが言っても聞く耳なさそう。

だけど、両腕を広げて間を動かずに、こちらに向けられた拳に反射的に目を瞑る。


「?」


静かになって、来ると思ってた拳の痛みもなく、


「大丈夫か?」


まほろばの声に目を開ける。

       
ビールを五ケース片手に持った彼が、殴ろうとして居た男を開いた手で持ち上げて居た。

猫の様に首もとを掴まれ呆然と揺れて居る男。


「まほろば……降ろしてあげて」


持ち上げた高さから手を放すと、ドサッと音を立てて、尻餅をついた形で動けない彼に、


「すみません」


言って手を差し出すと、素直に握り返して来る。引っ張り立ち上がらせると、


「まほろば、ダメだよ。お客様に謝って!」


強い口調で言う。


「すまない」


右眉を上げて言葉だけの謝罪。

クビになりたくないからね。



タンクトップだけで、程良くついた筋肉が収縮するのが目に見える。

てか、片手に五ケースって、普通ありえないからっ!


後ろに目をやると、大人しくなった男が、席に戻って居た。


「すみません。すぐガラス片付けますから」


頬に触れる大きな手の平。

まだケースを持ったままのまほろばが、痛みを取ってくれて、更に、満面の笑みを浮かべる。


「―――っ! ビールはカウンターの裏に置いといて!」


笑みに熱くなる頬を一撫でして、机に向う。

まだ静かな店内に、響く手打ちの音。


「はいはい。喧嘩はお終い。

ついでだから言っておくわね~。

力持ちの彼、今日雇ったまほろばくんよ。

礼くんの恋人みたいだから、二人は狙ってもムダだからね♪」


桃井さんっ有り得ないからっ!

まだそんな立場じゃありませんからっ!


ざわつく店内に好奇の視線。


―――まだ?


ちらりと入って来たまほろばの思考に驚いてガラスで指を切ってしまった。


「たぁ……」


指を舐めようとしたら、横から伸びて来た手が引っ張り、舐める。

ケースを置いて身軽になったまほろばが、素早く駆け付け、またも傷を治してくれた。


「ありがと」


まほろばがウィンクして、取った手の甲に唇を落とす。


「どう致しまして」


こんな真似するなんてっ!

と、更に赤くなる頬。


「やっぱりそうなんだ」

「マスターの冗談じゃないんだぁ」


等々の落胆した声や、思考。

もしかして、本気で狙われてたりしたのかな?

と、ゾッとした。

偏見がある訳じゃないけど、楽しい職場。って呑気にしてる場合じゃなかったのかな?


『そうだな。邪な考えを持ったやからが沢山居る』


ココロで語るまほろば。


『何なら本気でなっても良いぞ。

前世まえとは違う関係に』


本気なのか冗談なのか。

ちょっとそんな“想い”があったボクは、益々赤くなる頬から火が出そうだった。


小さく笑ったまほろばが頭を撫でると、ボクの背を押し、ガラスの片付けをする。


この仕事、失敗したかなぁ~。


「まほろばくんには倍だすわ♪」


上機嫌な桃井さんの言葉に、

この仕事で正解だったかも。

現金な自分。


「さぁ! 頑張ろう!!」


まだ、夜は始まったばかり。


 


 


まほろばのやらかした失敗等々の後片付けに、いつもより時間の掛かった長い一日だったとため息混じりに店を出る。

まだ満月は空に在り、不穏な空気を孕んだ夜風が頬を撫でる。

気が引き締まる。

まほろばが、後ろから首に掛けて来たボクの“角”革紐を通して、ネックレスにしていた。

自身で持って居るには、まだ影響を受けやすくてまほろばがどこだかに隠し持っていた。


まほろばも“角”を隠す術を解いている。



“切り裂き魔”


 

今日は、出会えそうな。気がする。

初めての“朱色の鬼”に。

  

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