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夢乱鬼
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しおりを挟む*道彩side*
頭の中で警戒音が鳴る。
朦朧とした意識がはっきりとして来た。
「兄さん!」
虎之介が視界に入って来る。
「虎之介。主様とライ様を連れて来てくれ」
「判った!」
すぐさま姿を消した。
不穏な空気が室内、屋敷内を漂う。
一同は誰も動かない。
朱色の鬼に成り始めて居た三兄弟も、動きを止めて居た。
皆の視線の先には、一之瀬が血溜まりに倒れて居た。見開いた眼が赤く濁る。
一之瀬の近くに居た月を手招くと、素早く側に来た。
「一之瀬は悪鬼に成る。皆、月の側に固まって」
素直に集まった皆を、見えない壁で封じ護る。
ドクン。ドクン。
鼓動が耳に届く。
二つ、重なる音。
一之瀬が流した血が彼女に戻る様に無くなり、胸の傷口が消えた。
見開いた眼はさらに赤く、彼女の腹に置かれた手がピクリと動いた。
その腹がもこもこと盛り上がり、衣服が裂け、肉の塊が一之瀬の全身を包む。
眼の開いた顔だけが肉に食い込む様に浮かんで居た。
肉の塊がゆっくりと立ち上がる。元の身体より二回りは大きい。
腹に浮かんだ歪んだ顔が口を開いた。
「「アギャアァアア――!!!」」
その叫びは赤子のもの。
それを見て居た三兄弟は、各々が笑みを浮かべる。
彼らは飢えていた。ココロを満たす魂が無いから、身体を生かす為の食欲が今の彼らを飢えさせて居た。
鬼の血を欲して居るのだ。
「沙弓は、妊娠してたの! 下弦の子を!」
封じの中から奈留が叫ぶ。
鬼の子を身籠もった一之瀬。
だが、悪鬼の主体は、彼女じゃなく、腹の赤子。
腹に在る顔がさらに泣き声を上げる。
死にたくないと、泣いて居る。
意識を集中させ、内に在る金の煌めきを外へ開放させる。
瞳から全身が熱く燃える。
髪が伸びる。
力に抗わず、
光りを放つ。
*
*華子side*
淡い光りが消え、そこに立つのは、二本角を額に掲げた長い金髪の道彩。猛々しく神々しい。
「その姿は?」
思わず訊いて居た。
道彩がこちらに視線を寄越す。
「華子様。説明は後程」
言って、悪鬼と対峙する。
彼の横には私の愛し子達が獣の様に歯を出し唸って居た。
「あれは、何ですか?」咲夜が震える声で訊く。
「“悪鬼”に成ったのよ。私達は常にこう成り得る可能性を持っているの」
「沙弓は助かるの?」
月元が涙目で呟く。
「幸せになりたかっただけなのに」
堤が哀しむ。
「残念ながら私達は見守る事しか出来ません」
実際、学園を作ってから、悪鬼に成る前に鬼の血珠を取る事で対処していた。
だから戦う事を殆どしてこなかった。
ましてや教師が悪鬼に成る事など、想定外だった。
人のココロは崩れたら早い。
悪鬼に成った沙弓の姿。哀れだ。
息子達。見姿は生前のまま……死んだとは信じられなかった。
亡骸を見て確認していなかったから。
白昼夢で、朔の、上弦の、下弦の、最期を視た。
居なくなった喪失感は私を疲れさせた。
大役も放棄させた。
鏡に映る私の姿を見るのは辛かった。
だから母親の姿を辞めた。
子どもに成る事で何もかも側に居る誰かに押し付けた。
誰も彼もが互いに哀しみを吐き出す事をしなかった。私がさせなかった。
死んだのを信じたくなくて葬儀もしなかった……。
だから沙弓達は踏ん切りがつかなくて取り戻す術を探したのだろう。
私のせいかもしれない。
胸が痛くなる。
「見守る事しか出来ない」
本当に?
足が竦んで動かない。
それよりも、愛した者達を手に掛ける恐怖。
私は子ども達もそのパートナーも大切に思ってる。
「沙弓を助けてやって」
呟いた。
聞こえた様に道彩がこちらを向いた。
「お願い」
薄い金の瞳がほほ笑んだ様に見えた。
*
*道彩side*
華子の懺悔を聞く。
寂しさは人を蝕む。
愛する者を亡くす。それが安らかな別れならば違った結果もあっただろう。
だが、目の前の泣く悪鬼は、母親の祈りに表へ出た赤子。
横で唸る悪鬼は本能のみで生きる獣達。
すべてが、私が起こした悲劇。
「華子様。貴女のせいじゃありません。
元は私が起こした事。責任を取りましょう」
抑えて居た力を息と共に吐き出す。
それが合図になって、赤子の泣き声がさらに大きくなり、その手がこちら目掛けて振り下ろされた。
身体を逸らせ避けると、ドウォン! と大きな音が響き、床に穴があく。
床が揺らぎ、短い悲鳴が上がった。
三兄弟も高く飛び上がる。
床にめり込んだ大きな拳の上に立ち呼び掛ける。
「一之瀬 沙弓」
前のめりになった肉の躰が呑み込んだ一之瀬の顔の眉根が ぴくり と動く。
聞こえては居るのか。
拳がまた宙に上がる。
合わせて天井に跳び、護り封じの前に立つ。
「まだ、助けられるかもしれない」
一人言ちる。
目端に三つの影が交差する。
頬を掠めた腕が、私の血を流す。
指先についたその血を舐めとる下弦。
左右に朔と上弦。
その頭上から肉の両手拳が落ちて来た。
ガンッ!
振動が屋敷を揺さぶると、床の一部が抜け落ち、悪鬼と三兄弟はそこに落ちた。
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