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本編
ほろほろ食感!鶏もも肉の赤ワイン煮
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「おはようございます!……あ、もう作ってるんですね」
「おはよう。今日のはちょっと時間がかかるからな」
今日も後輩がやってきた。今まさに仕込み中であるということは、玄関まで漂ってくる匂いでお見通しというわけだ。
「いい匂いですねえ。デミグラスですか?」
「いや、違うけど……確かに材料だけ見ればデミグラスに近いかもな」
デミグラスとは、ワインや肉を煮込んだソースを半分(デミ)まで煮詰めるというのが語源である。
「当ててみます! ワイン煮込みですよね?」
「正解! 他の材料はわかるかな?」
「うーん、玉ねぎとにんにくは入ってますよね。あとは……」
「ヒント、今まで使ったことのない食材だ」
俺にとってもあまり馴染みがなく、おそらくは彼女にとってもそうだと思うので、これは難問だろうか。
「降参! なんですか?」
「セロリだな。材料は鶏肉と、今あげた3種類の野菜、それにワインと塩だけだ」
「へえ、どんな感じで作るんですか?」
煮込むまではもう少し時間がかかる。俺は順番に説明してやることにした。
*
「まずは鍋にオリーブオイルを引いて、にんにくみじん切りと鶏肉を炒めるんだ。鶏は丸ごと皮目からな」
「鶏肉はもも肉ですよね?」
「そう、胸肉は煮込むと硬くなるからな」
以前も鶏とトマトを煮込んだのだが(第17話参照)、煮込み料理にはもも肉が基本である。
「軽く焼き目が付いたら、そこに玉ねぎとセロリを加える。玉ねぎは大きめに切って、セロリはざっくりみじん切りだ」
「どのくらいですか?」
「玉ねぎは1個、セロリは半分くらいかな。細かい分量とかは後でまとめておくから」
もともと俺は、あまりレシピをまとめる習慣が無かった。人に伝えるために改めて分量などを意識するようになったのだ。
「全体を軽く炒めたら、カップ1杯のワインと同量の水を入れて、フタを閉めて圧力で煮込んでいく」
「何かコツとかありますか?」
「そうだな。煮込む時は鶏肉が鍋底に触れないように、野菜を下にして浮かせておくといいかもな」
「焦げたりすると嫌ですからね」
汁が少なかったり大きい具材だったりで、うまく鍋の中で対流できないと焦げ付きやすいのだ。
*
「さて、20分煮たからこんなもんか。火を止めて、あとは圧力が自然に下がるまで余熱を入れる。今からパスタを茹でるとちょうどいいぞ」
「もうお鍋の方は準備してありますね。それじゃ、火をいれます」
「合わせて250グラムくらい茹でるか」
俺はパスタを目分量で量って、皿の上に乗せる。
「ところで先輩、今日の料理のコンセプトとかってあります?」
「ああ、ヨーロッパ固有の食材ってとこだな」
「なるほど、だからトマトも入らないんですね」
「そう、昔のヨーロッパにはないからな。庶民のごちそうというイメージだから高級品の胡椒も使わなかった」
庶民にとって鶏肉はめったに食べられない高級品であっただろうが、それでも家庭で飼育している鶏を食べることはあっただろう。
「あるいは、異世界に転移しても作れそうな料理、とでも言おうかな」
「先輩、異世界にも圧力鍋があるんですか?」
「別に圧力鍋がなくても長時間煮込めば作れると思うぞ。それこそ中世ヨーロッパみたいなら世界なら暖炉でじっくり調理できるかもな」
「いいですよね。暖炉とか薪ストーブに鉄鍋でじっくり調理!」
薪を使った調理といえば中学生の頃のキャンプ以来なのだが、いずれ本格的に挑戦してみたいものである。
*
「さて、圧力鍋のピンが下がったから開けてみるか」
「意外と白っぽいんですね。もっと赤茶色をイメージしてました」
「ワインをそんな入れてないし、玉ねぎを焦がしたわけでもないからな」
ワインはこれ以上入れるとかなり酸っぱくなると思う。また、本式のドミグラスソースは小麦粉でブラウンルーを作る工程が入るという。
「肉が塊のままですけど、切り分けたりするんですか?」
「いや、その必要はない。……ほら」
「すごい、柔らかい!」
トングで触るだけで肉は簡単にほぐれていく。
「ほら、皮の部分だってぷるぷるだぞ」
「ちょっと私にもやらせてください……面白いですねこれ」
トングとお玉によって、肉の塊はあっという間にほろほろの繊維質に分解されていった。
「パスタもちょうどいいな」
湯切りして皿に盛り付けると、後輩がソースをかけてくれる。
「味付けは割と薄めにしたから、チーズは多めにかけるといいぞ」
「了解です。中世ヨーロッパ式に行くなら、やっぱりタバスコとかもかけないほうがそれっぽいですよね」
「ま、そのあたりは好きにしていいけどな」
俺はベランダからバジルを摘んでくる。もう10月なので、あまり元気はない。
「バジルももうおしまいですねえ」
「そうだな、新しい葉っぱが出てもすぐに黄色くなる。朝晩の寒さのせいかな」
「ひと夏お疲れさまでした」
なんとかきれいな葉を選んで摘み取り、洗って刻んで振りかける。
*
「それじゃ、いただきます!……確かに薄味ですけど、ソースだけでも十分いけますね。塩はどのくらい入れたんですか?」
彼女は、まずはチーズをかけずにそのまま食べ始めた。
「全部で小さじ半ちょっと、だいたい4グラムくらいかな」
ソースは2人分を多めに取り分けてもまだ1食分くらいある。パスタを茹でるときにも塩は入れていないので、本来ならかなりの薄味のはずだ。
「ワインと一緒に煮詰めると濃く感じるのかも知れないな」
「そうだ先輩、今日はこの後なにかあります?」
「別にないけど、どうした?」
「ワイン、余ってたら一緒に飲みませんか?」
先週は夜に家飲みをしたが、明日の予定などもありゆっくりは飲めなかった。昼酒とうのはちょっと後ろめたいが、たまにはいいだろう。
「ああ、1本1000円もしない安物だけどな」
「わぁい、コップ洗ってきますね」
今日は連休の中日。たまにはこうやって過ごすのもいいものだ。
「おはよう。今日のはちょっと時間がかかるからな」
今日も後輩がやってきた。今まさに仕込み中であるということは、玄関まで漂ってくる匂いでお見通しというわけだ。
「いい匂いですねえ。デミグラスですか?」
「いや、違うけど……確かに材料だけ見ればデミグラスに近いかもな」
デミグラスとは、ワインや肉を煮込んだソースを半分(デミ)まで煮詰めるというのが語源である。
「当ててみます! ワイン煮込みですよね?」
「正解! 他の材料はわかるかな?」
「うーん、玉ねぎとにんにくは入ってますよね。あとは……」
「ヒント、今まで使ったことのない食材だ」
俺にとってもあまり馴染みがなく、おそらくは彼女にとってもそうだと思うので、これは難問だろうか。
「降参! なんですか?」
「セロリだな。材料は鶏肉と、今あげた3種類の野菜、それにワインと塩だけだ」
「へえ、どんな感じで作るんですか?」
煮込むまではもう少し時間がかかる。俺は順番に説明してやることにした。
*
「まずは鍋にオリーブオイルを引いて、にんにくみじん切りと鶏肉を炒めるんだ。鶏は丸ごと皮目からな」
「鶏肉はもも肉ですよね?」
「そう、胸肉は煮込むと硬くなるからな」
以前も鶏とトマトを煮込んだのだが(第17話参照)、煮込み料理にはもも肉が基本である。
「軽く焼き目が付いたら、そこに玉ねぎとセロリを加える。玉ねぎは大きめに切って、セロリはざっくりみじん切りだ」
「どのくらいですか?」
「玉ねぎは1個、セロリは半分くらいかな。細かい分量とかは後でまとめておくから」
もともと俺は、あまりレシピをまとめる習慣が無かった。人に伝えるために改めて分量などを意識するようになったのだ。
「全体を軽く炒めたら、カップ1杯のワインと同量の水を入れて、フタを閉めて圧力で煮込んでいく」
「何かコツとかありますか?」
「そうだな。煮込む時は鶏肉が鍋底に触れないように、野菜を下にして浮かせておくといいかもな」
「焦げたりすると嫌ですからね」
汁が少なかったり大きい具材だったりで、うまく鍋の中で対流できないと焦げ付きやすいのだ。
*
「さて、20分煮たからこんなもんか。火を止めて、あとは圧力が自然に下がるまで余熱を入れる。今からパスタを茹でるとちょうどいいぞ」
「もうお鍋の方は準備してありますね。それじゃ、火をいれます」
「合わせて250グラムくらい茹でるか」
俺はパスタを目分量で量って、皿の上に乗せる。
「ところで先輩、今日の料理のコンセプトとかってあります?」
「ああ、ヨーロッパ固有の食材ってとこだな」
「なるほど、だからトマトも入らないんですね」
「そう、昔のヨーロッパにはないからな。庶民のごちそうというイメージだから高級品の胡椒も使わなかった」
庶民にとって鶏肉はめったに食べられない高級品であっただろうが、それでも家庭で飼育している鶏を食べることはあっただろう。
「あるいは、異世界に転移しても作れそうな料理、とでも言おうかな」
「先輩、異世界にも圧力鍋があるんですか?」
「別に圧力鍋がなくても長時間煮込めば作れると思うぞ。それこそ中世ヨーロッパみたいなら世界なら暖炉でじっくり調理できるかもな」
「いいですよね。暖炉とか薪ストーブに鉄鍋でじっくり調理!」
薪を使った調理といえば中学生の頃のキャンプ以来なのだが、いずれ本格的に挑戦してみたいものである。
*
「さて、圧力鍋のピンが下がったから開けてみるか」
「意外と白っぽいんですね。もっと赤茶色をイメージしてました」
「ワインをそんな入れてないし、玉ねぎを焦がしたわけでもないからな」
ワインはこれ以上入れるとかなり酸っぱくなると思う。また、本式のドミグラスソースは小麦粉でブラウンルーを作る工程が入るという。
「肉が塊のままですけど、切り分けたりするんですか?」
「いや、その必要はない。……ほら」
「すごい、柔らかい!」
トングで触るだけで肉は簡単にほぐれていく。
「ほら、皮の部分だってぷるぷるだぞ」
「ちょっと私にもやらせてください……面白いですねこれ」
トングとお玉によって、肉の塊はあっという間にほろほろの繊維質に分解されていった。
「パスタもちょうどいいな」
湯切りして皿に盛り付けると、後輩がソースをかけてくれる。
「味付けは割と薄めにしたから、チーズは多めにかけるといいぞ」
「了解です。中世ヨーロッパ式に行くなら、やっぱりタバスコとかもかけないほうがそれっぽいですよね」
「ま、そのあたりは好きにしていいけどな」
俺はベランダからバジルを摘んでくる。もう10月なので、あまり元気はない。
「バジルももうおしまいですねえ」
「そうだな、新しい葉っぱが出てもすぐに黄色くなる。朝晩の寒さのせいかな」
「ひと夏お疲れさまでした」
なんとかきれいな葉を選んで摘み取り、洗って刻んで振りかける。
*
「それじゃ、いただきます!……確かに薄味ですけど、ソースだけでも十分いけますね。塩はどのくらい入れたんですか?」
彼女は、まずはチーズをかけずにそのまま食べ始めた。
「全部で小さじ半ちょっと、だいたい4グラムくらいかな」
ソースは2人分を多めに取り分けてもまだ1食分くらいある。パスタを茹でるときにも塩は入れていないので、本来ならかなりの薄味のはずだ。
「ワインと一緒に煮詰めると濃く感じるのかも知れないな」
「そうだ先輩、今日はこの後なにかあります?」
「別にないけど、どうした?」
「ワイン、余ってたら一緒に飲みませんか?」
先週は夜に家飲みをしたが、明日の予定などもありゆっくりは飲めなかった。昼酒とうのはちょっと後ろめたいが、たまにはいいだろう。
「ああ、1本1000円もしない安物だけどな」
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今日は連休の中日。たまにはこうやって過ごすのもいいものだ。
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