IRREGULAR~異世界人しか出てこねえ異世界モノ~

陸一 潤

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 ※※※※


『管理局の三大奇人』というものがある。

 一人目は、管理局創設者にして局長の『鏡幻(ミラージュ)』『不死王ロメロ』こと、ロメロ=パスカル=ミル=エラ=ピーター=アンジュラ=アンドン=SZ=ミアロ=二世。

 二人目は、技術開発部である第三部隊の副隊長『クレイジー・ドクターロッカー』『ワンダー=ハンダー』こと、サツキ=ハンダ博士。

 三人目は、同じく第三部隊。在住職員である『本』の天才女薬学者『暴発淑女(レディ・ボマー)』『変人ロキ』こと、ロキ=ケイリスク。


 時と場合によっては第一部隊長のセイズも加えて四大奇人にもなったりする『三大奇人』であるが、三人のうち二人が科学者であることから、両名が所属している第三部隊は、変人の集まりとして知られる。アナグマのように研究室から出てこない研究者ふたりと、安楽椅子探偵ならぬ、安楽椅子局長であるロメロ局長。
 毎日出勤したとしても、そうそう出会えないレアキャラである御三名であるのだが―――――。

 ここにいるひとりの少年は、その三人すべてと繋がりがある、非常に特異な宿星にあった。
 俗な言い方をするならば、管理局においてしてまさしくSSR級である。

 ※※※※


 ビス=ケイリスクは、その名の通り『暴発淑女』ロキ=ケイリスクの第二子として生まれた。
 寝台の下から這い出たビスの母親譲りの青い瞳は、抜け目なく自室に変化が無いことを確認する。寝台の下へ棚を戻し、通路を完全に封鎖すると、迷いのない足取りで、吹き抜けに斜めにはしる階段を駆け上る。
 出口へ続く通路の扉前に立ち、ビスはおもむろに、眼球に指を入れた。
 照明の絞られた薄闇の中で、壁の薄緑のラインだけがビスの顔を照らす。

 エリカとニルは、この薄緑の灯りを『誘導灯』と解釈した。しかしそれは、少し違う。
 この緑色のライトは、『殺菌灯』。母ロキが依頼し、『ワンダー=ハンダー』が共同で開発した、子供の皮膚や網膜にも優しい特殊殺菌灯である。

 この施設は、ビス=ケイリスクの『能力』訓練と、日々の生活のために用意された巨大なクリーンルーム。
 その能力とは、一般的には『ESP』――――『超感覚視覚』と分類される。
 ビスの場合、『視覚』に集中した、過去視・現在視と、少しの未来視。それは、『記憶視』と言い換えてもいいかもしれない。
 ビスの眼は、生きとし生けるもの、すべての『記憶』を追体験するのである。

 右目のコンタクトレンズを投げ捨て、ビスはゆっくりと瞬く。
 薄緑に照らされていない右の横顔の影が、その瞳そのものに照らされた。輝く瞳の色は、淡く透き通った『蒼』。

 頭の奥からくらりと揺すられ、ビスはとっさに左腕を壁につくことで体を支えた。

『情報を取捨選択するんだ。おれたちの『眼』はたくさんのものが見える。でもそれは、今自分が見ているものが、何も見えていないのとおんなじことなんだよ、ビス』
(……はい。お父さん)

 ビスが今より幼いころ、最初の師となったのは同じ瞳を持った父だった。
(……空気中に漂うものの記憶をいちいち『視て』も、負担になるだけ……見るべきものだけを、しっかりと『視る』)
 三度目の瞬きで、足を踏み出す。

 一瞬『視た』通路は一本道で、ここ三日間ビス以外通ったことが無いことを示している。ビスの眼は未来視においては心もとないが、過去視においてはかなりの精密度を誇った。

(……静かだ。もしかしてワープゲートで帰っていったのか? )
 元研究施設だったころの名残りで、ワープゲートがある玄関ホールからこのリビングホールに辿り着くまでには、合計三つの、扉で区切られた廊下を通らなければならない。

 扉は、タッチパネル式の電子錠で制御されている。記憶している機密コードを入力すると、壁に偽装されたもう一つの通路が口を開ける。

(……すみませんミゲルさん。あとで助けがきますから……! )
 襲われた管理局職員―――――エリカの言う『敵』の男は、ビスも既知の男だ。父と同期の友人で、名をミゲル=アモ。
 小柄でずんぐりとした黒い肌の男で、強面で口が悪いが、母との結婚で大きく評判を落としたあとも父と変わらず親交を保った数少ない人物である。
 エリカが彼を敵と認定していたのには驚いたが、ビスの主観からすると悪い人物では無い。
 今回の事でこの研究所へやってきたのも、ふだんの親交があったからで、エリカらがここにいることを知らなかった可能性もある。

(……ミゲルさんが武闘派という話は聞いたことが無い。たしか以前、元カメラマンだったということをお父さんが言っていたはず……)

 ワンダー=ハンダー博士と変人ロキは、一時期ツートップでチームを組んで研究を行っていたことがある。まだロキが独身だったころの話である。
 ロキの専門は薬学であるが、二つ名『暴発淑女』の謂れのとおり、またワンダー=ハンダーは多くのマッドサイエンティストがそうであるように、ともに危険を伴う実験を進んで行うところがあった。
 そこで用意されたのが、管理局施設がある『本の国』より北西に数千キロ離れた凍土の中の実験場。
『本の国支部』は、他二つの支部に比較するまでも無く安全であり、広大な土地が存在している。ワープゲートでしか移動できず、もし何かのトラブルがあったとしても、氷と雪が被害拡大を防ぐ。

 ぽっかりと灯りのない、下り坂の路が続く。生き物の食道を走っているようだ。いっさいの光が無い暗闇でも、ビスの瞳は仕事をする。障害物の無いまっすぐなだけの通路など、むしろ走りやすいくらいだった。

 ロキが結婚し研究職を離れたあと、チームはいくつかの成果を残して解体され、この施設はワンダー=ハンダー博士所有の研究所として長く放置されていた。
 ビスがこの能力を発現したとき、ワンダー=ハンダー博士が提案したのが、この施設で行う訓練だ。



『『視えすぎる』って? ヒヒッ! そりゃ顕微鏡いらずで結構……ああいや、我が同志ロキ殿の息子のこと。尽力はおしまねえさ。……まぁつまり、制御を憶えりゃいいんだろ~う? なら少しずつ、見えるモンから見ていく設備が必要なワケだ。自分の持ってる細菌や微生物にいちいちビビッてたらキリも必要もねえもんなァ。そうだろ? 』



『……おおいロキ! とんでもねぇことになっちまったぞ。我らが変人局長どのが、この計画に横入りを入れなさった。子供ひとりにあの施設の設備を使うンなら、条件があるってよォ。まいったな~……そもそも管理局の金で拵えた施設だから断れねーよォ』



『ふふふ。なぁに、簡単なことさ。御子息の隠れ家に、管理局の所有するいくつかのアイテムを保管させてほしい。だ~いじな物なんだ。だ~いじすぎて、支部施設内(ここ)に置いておくわけにもいかなくってね……大丈夫。『彼女』は、子供には絶対に従うんだから』


 パネルを操作し、扉を開錠する。暗闇の質が変わったのが分かった。
 塗りこめた漆黒の壁のような闇。
 空気に味はなく、温度にも色は無い。

 『本の一族』は、かつて異世界人(イレギュラー)に侵略された歴史を持つ。
 長い奴隷の歴史は、ひとつのタブーを作った。
 白い髪に白い肌。やがて光を失う目。
『本』と『イレギュラー』の混血児は、必ずその特徴をもって生まれてくる。老いの象徴たる白髪を持ち、並外れて虚弱。悲劇の象徴。禁忌の子。
 奴隷から解放されて千年以上が経って今もなお、『本の一族』の中には、『禁忌の子』を廃する風潮が根強く残っている。

 ロメロは言った。
『……同じ『禁忌』を背負う先人として、キミたちの境遇に思うところがあるのは確かだ。ボクは、キミにも多くのチャンスを与えたい』

『……いいかい。ビス=ケイリスク。この国の首脳の一人として、ロメロ=ミアロが一市民であるキミにこの任務を託す。……キミの任務は、この施設で訓練をしつつ、いざというときには『彼女』を連れて安全に逃げる手助けをすることだ。これは、キミ以外の誰にもできない重大な機密任務だよ……』

「わかりました」と、ビスは頷いた。頷くことが、自分に与えられたチャンスへの代償であると賢い彼は理解していた。

『彼女』。そう呼ばれるモノには、搬入のときに一度だけ見ることを許された。

 それは、柔らかなサテンの赤いクッションの上に、玉座に座る王のように安置された、ひとつの真鍮の懐中時計。5歳のビスの両手にすっぽり収まるほどの大きさの、革の紐がついた浅黒く色の変わった古い懐中時計だ。

『これは、中に『魔法使い』が閉じ込められた時計だ』
 ロメロはビスに、その懐中時計を手に取るように促して言った。
『彼女はとても子供好き。大人には触ることも許さない。キミが持って逃げるんだ。いいね? 』

 暗闇の中、八年ぶりにビスはその時計を手に収めた。それはもう、成長した片手ですっぽりと掴めてしまう。
 革ひもを首に下げ、肌の上に時計を隠した。心臓の位置で、不思議と柔らかく、けして冷たくはない真鍮の感触と、鼓動に似た歯車の振動を感じる。

『……いいかい。これは大切なこの国を守る扉の『鍵』のひとつだ。これが危険に晒されると、この国はひとつ、家の守る『鍵』を失うことになる。誰にも、これが『魔法使いの時計』だって知られちゃあいけないよ』

 服の上から『魔法使いの時計』を握りしめ、ビスはほっと、息をついた。
 奥にはまだ部屋があり、ほかにも様々な異世界のアイテムが保管されている。どれも危険度と希少度が天秤にかけられたまま保留にされているものばかりだ。
 ビスに、それらアイテムそれぞれの仔細は知らされていない。この『魔法使いの時計』だけを持って、この隠し部屋は封鎖することになっている。ビスが逃げ延びれば、そこから先は大人がすることだ。


 踵を返し、同じ道を駆け戻る。エリカとニルと同じルートでシェルターに入れば、任務は完了。

 パネルを操作し、開いたドアから薄緑の光が差し込む。光にまばたくビスの右目に、瞬きの後の『未来』が映った。
 未来視の残像を描いて扉が開く。


 そこには、見上げるような青い肌の男が立っていた。
 



※※※※



 ……長い、永い、眠りから、眼が覚める。
 鼓動。温もり。肌から香るもの。

 ……嗚呼。
 なんて、良い匂いだろう。なんて懐かしい。

 ……母よ。
 我が役目はこれですか。
 これこそが、我が身に与えられた業というものですか。
 ふたたび目覚め、我が役目を果たす好機が今と。そうおっしゃるのですね。

 この下で熱い血潮の音が響いている。
 いまだ無垢を脱げきらぬ魂の息吹が聴こえてくる。

 我が名は――――そう……魔女の卵。

 ―――――『魔法使い』。


 ※※※※


「――――! 」
「エリカ!? 」
 彼女の大くて丸い紫紺の瞳が素早く動き、何もない壁のほうを睨んだ。

「……どうしたの」
「……よくわからないわ。なんだか、変な感じがしただけ」
 まるで今にも壁をすり抜けて、何かが飛んでくるかのように、エリカはそちらをいやに気にしている。寒くはないのに腕を擦っているのは、鳥肌を堪えているようだ。
 そんなふうに言われると、照明の具合で微妙に影が落ちているその壁の具合が、やけに恐ろしげに見えてくる。

「……行きましょ。たぶん、こちらには害はないと思うから」
「う、うん……」


(……あの子は大丈夫だろうか)
 脳裏には、先ほど別れた白髪の少年の後ろ姿が浮かんでいた。

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