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8.リフレインボーイ
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「犯人とは入れ違いだったみたいだな……まったく。ひでえもんだ」
青い男は、針金のような光沢の短い頭髪をがりがりと掻いてため息をついた。
地上の雪に埋もれる半球型の屋根の形そのままに、ドームになった天井には、件の殺菌灯が隙間なくホール全体を照らしていた。
一面が白灰色で統一されている円形の玄関ホールの中心には、『長距離瞬間移動装置』……つまり、管理局職員らがSFから取って『ワープゲート』と呼ぶ、黒い円柱が、ビスの記憶では杭のように鎮座していた。それは竹を割ったように、半ばから断ち切られ、きれいな断面を晒している。
ワープゲートの正面にある重い金属の扉は、地下にある設備へ続く昇降機がある。扉は、第三部隊謹製の『ゴジ○が蹴っても大丈夫!』が謡い文句だった。
評判通り、扉には細かな糸のような傷がみっしりとついていたが、それだけである。しかしそれ以外の被害はひどい。かまいたちが暴れまわったように、またはひどく長いノコギリで床壁問わず切り出そうとでもしたかのように、斬り抉られるような傷が無数についている。
青い男は、扉の上に頭を擦りそうになるほどの体躯である。ぴっちりとした黒衣の上に、管理局職員をあらわす濃緑色の上着を肩にかけ、まじまじと周囲を検分していた。濡れた頭髪は、雪の中を突っ切ってやってきたためのものだ。近場の他のゲートを使い、あとの道中は言葉通り走ってやってきたという。
口元を押さえ、ビスは後ろから顔を出すようにして、検分を見守る。
「ハック=ダックさん……ほんとうに、だいじょうぶなんでしょうか」
「大丈夫も大丈夫。ミゲル=アモは、そうそう死ねねえんだ」
青い男――――ハック=ダックは、逞しい肩をすくめ、皮肉気に口の端を曲げて笑い飛ばした。その手には、モップと掃除機が握られている。足元に転がっているのは、チリトリと雑巾である。どれも見るもおぞましい色で汚れていた。
ハック=ダックは、チリトリの中身の肉塊や骨の残片を掻き集めた肉の上にぼろぼろと落とすと、
「……こんなもんかね」
フウと息をついて、汗を拭う仕草をしながら、血液などで汚れた手を、拾い上げたミゲルの制服の切れ端で拭った。
不安そうにするビスの額を肘で軽く小突き、ハック=ダックは言う。
「気にすんなよ。こいつの復活は、自家製ヨーグルト作るよりお手軽で早いんだ。見てろよ……すぐだからな」
ビスは目を丸くする。本当にすぐだった。
「だ~~~~~れがヨーグルトかっ! くそがっ! また縮みやがった! せっかく育ってきたところだったってーのに! あのクソアマッ! 」
「おいおい子供の前だぞ。言葉に気を付けろよ。教育に悪い坊ちゃんだなぁ」
「言わせろ! くそっ! 着るモン寄越せ! あと坊ちゃん言うな! 俺はてめえより年上だぞ! 」
ビスが着替えを差し出すと、ミゲルはきんきん高い声で喚きながら、ビスの服に袖を通した。コーヒーのような肌を傍目でも分かるほど赤くして地団駄を踏んでいる姿は、まるきり幼児だ。
「見ての通り、『不死身のミゲル』は、復活と異世界間移動のときにはこうして縮むんだ」
「オイ青アヒル! 雑な仕事しやがって! てめえがもっと丁寧に俺の肉を集めりゃア、ティーンくらいで生き返れるんだよ! これじゃあ一杯ひっかけることもできねえだろうが! 」
「ンなっ! アヒル呼ぶな! 俺はそっちのダックじゃねえ! あっ道具に当たるな! そのチリトリは今のお前のママだぞ! 」
「むきーっ! 」
あらゆる世界から集められた管理局職員の中には、まるで奇跡かというような能力を持つものも少なくはない。
ミゲルにとって不運だったのは、圧倒的な脅威の前では不死身であることは一つの役にも立たないことだった。
ひとしきり暴れて疲れたのか、落ち着きを取り戻したミゲルは、「そういえばお前、なんでここに? 」と、ハック=ダックに問いかけた。
「ここに逃げ込んだ幼気な少年少女が悪漢に襲われるってんで、この坊主が親父にSOS出したんだよ」
「ダイモンに?……おい待て。まさかその悪漢ってのは、俺様のことじゃあ無いだろうな」
「子供たちはそう思ったんだよ。……お前、エリカ=クロックフォードって子に何をした? 」
からかうようにハック=ダックはミゲルを小突いた。渋面いっぱいのミゲルは、坊主頭を押さえて歯軋りする。
「ヒトをロリコンみたいに……いいか、エリカ=クロックフォードは、『東(あずま)シオン』の娘だよ。わかるだろ? 『あの』東シオンの隠し子だ」
「マジかよ。あの女男、子供なんていたのか」
「それもとびきりソックリの上、素質まで受け継いでいやがる」
「ほう? あのツラが女なら、相当な美少女だな」
「そこかよ。まだ8歳だぞ。それで、その娘をウチの第二部隊でなんとか引き取れねえかとだな……」
「はっはーん? 」
にやりとハック=ダックは腕を組む。
「なるほどねえ……野心家の第二部隊長サマ直々に、『あの』シオンの娘を養育したいと。前途有望なシオンの娘を手中に収めて、外のイレギュラーとの交渉材料にするために子飼いにしたいと。派閥争いは大変だねえ」
「子飼いとまではいかねえ! 8歳児に自衛なんざできねえだろうが! 俺としちゃ、まだウチのほうがマシだと思ったんだよ! 話がややこしくなったのはだな……」
ミゲルはちらりとビスを見て、その存在を思い出したかのようだった。子供の前でする話ではないと思ったのか、「あー……つまり」と口を濁し、指を横に振る。
「こちらにエリカを害する気は全く無い。今までの未成年保護者と同様に、おかしな輩の手が及ぶ前にしかるべきところで養育することが目的で、俺はエリカの担当者を変わったんだよ。そしたらあのクソガキ、ちょっと目を離したすきに迷子になりやがって」
ビスは言った。
「迷子じゃありませんよ。逃げたんです。エリカさんは、あなたに殺されると言っていました」
ミゲルはギョッと目を剥いた。
「おいおい。穏やかじゃねえなぁ……ミゲルおまえ、その様子じゃあ、私塾爆破の現場にエリカ=クロックフォードがいたことも、爆破の前に塾生が殺されていたことも知らねえんじゃあねえだろうな」
「それぐらい知っとるわ! 第二部隊は情報統括部だぞ! なめんな! 」
「じゃあ、その私塾に異世界人の少女養育の依頼があったことは? 」
ミゲルの顔色がみるみる悪くなった。震える声が、確かめるように質問する。
「……イレギュラーのガキ殺すために、本のガキを23人殺して待ち構えてたってのか? 」
「エリカさんを助けたのは、その生徒の一人です。いまも地下にいます。彼も、奇跡的に大きな怪我はありませんが、目の前で爆発があって、そこで犯人らしき者におそわれたと言っています」
「そいつは証言できるだけの冷静さを保っているか? 」
ビスは、ハック=ダックにもちろんというように頷いた。
「ミゲル、おまえ、知らなかったな? 」
ミゲル=アモは重く頷いた。
「……いや、でもだ! 8歳の子供を殺すなんてこたぁ、ウチのボスはクソジジイだが、ンな徳にならねえこと企むわけがねえ! メリットが見つからねえからな。ウチがやろうとしたのは……まあ、ハック=ダックの言う通りのことだ」
「エリカさんは、あなたを『敵』だと言っています。それについては? 」
詰問するビスの口調とミゲルの渋面に、ハック=ダックは面白そうに唇の端を持ち上げて目を細めた。
「……そりゃ、ミゲルの悪意にエリカちゃんが反応したんじゃあねえか? 東シオンにしてやられたことがあるからなぁミゲルは。個人の抱える感情は、どうにもならねえだろ」
喉の奥で唸るミゲルと、にやにやするハック=ダックの顔を、ビスは交互に見つめる。
「……俺を最初に殺したのは、東シオンだ。『不死身』にしたのもな! 俺ァ、今でもあの男が大っ嫌い! だッ! それだけだよ! 」
「ついでに教えてやれよ。それから黒髪のツリ眼の美人が苦手でしょーがないってよォ」
「ンギャーッ! そうだよ! だからエリカのあの顔は俺のトラウマもんなんだよ! あのシオンそっくりの顔と目が合うと……うぅっ……でも、8歳の子供をどうにかしようなんざ思うわけねエだろ! 論理的によォ! だからこの仕事嫌だったんだー! 」
ふたたび地団太を踏んで喚きだしたミゲルをしり目に、ハック=ダックがビスの肩を叩いた。
「ビス。この通り、ミゲル=アモってのは、論理観と大人のしがらみに縛られた小せえ男だ。いろんな意味でな。論理観がチャンポンしたここじゃあ、ないがしろにされがちな常識だが、女子供をどうこうするのはこいつの常識の範疇外になる。女で子供ならなおさらだ。だから、お前の親父の友達やってる。そう思って信じてやってくれちゃあいないか? 」
「……あなたも? 」
「そう。好いた女と貫き通した禁断の恋。情熱的じゃあねえか。こんなかわいい坊主が二人もいて、ロキは幸せだろうよ。独身男としちゃあ羨ましいったらないね」
快活に笑うハック=ダックは、もともとワンダー=ハンダー博士の助手だった男である。
事故で肉体のほとんどを損傷し、ワンダー=ハンダーの手で蘇った彼は、現在研究職を離れて戦闘員としておもに前線にいる。母ロキの元同僚であり、夫婦共通の友人というと、ハック=ダックが唯一といっても良い。
両親が最も信頼する男を前に、ビスは難しい顔で、自分よりも頭半分ほど縮んでしまっているミゲルを見た。
「だいたいあのクソアマ―――――」
「それだ! 」
「あん? 」
はっとしてハック=ダックがミゲルを指さす。
「おまえ、犯人見たのか! 見たんだな! 」
「そら~見たに決まってんだろ。いちばんデブってた時のレディガガみてぇな女だよ」
「その例えは俺にはわからん」
「ストリッパーかショーガールみたいな恰好したブロンドで巨乳のドМっぽいチャンネー。血を流してたしな、変装じゃねえと見てる」
「最初っからそう言えよ。武器は? 」
「糸使い。俺ァあの女、ファイルで見たことあるぜ。第二部隊の詳しいやつに当たってくれ」
「な、なんてこった……すげえじゃねえか……ブロンドの糸使いっつったら、特定したも同然だ」
身を捩ったジェスチャーで大げさに感激を表現したハック=ダックは、強くミゲルの肩を叩いて満面の笑顔を浮かべた。
「おまえ良かったなぁ! 今回初めて役に立ったなぁ! 」
「うるせぇ! 」
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