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社長のお話が長過ぎて困っています

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 社長のお声は、好きな声優さんたちと同じ質で、アリストの意識を強めるという必殺技を持っていなかったら、お言葉責めで攪乱かくらんされていたかもしれない。
 イケボに愛されたいと願って生きてきたけど、溺愛を突き破って狂愛過ぎる。社長のお声は、通信機の音声がかすれてきたぐらいでは、女性をとりこにするイケメンの魅力を失わないほど。低くて張りがある上、よく通るんだ。
 私にとってストライクゾーン過ぎるお声で、思い出しても恐ろしい、狂った愛のお話をしてくれた。

『……アリス姉さん……僕のところに戻ってきて……お願い……君の為に、素敵な鳥カゴのお部屋を用意するよ……僕と考えを合わせてもらう事が、君を護る唯一の方法だ……キスをしたいと願い出てきてくれる心に、手を加えようとした僕が愚かだった……すまない。素直に謝っておくよ……戻ってきてほしい……しんの愛を深めよう……今度は、君が押しても開かない扉を用意する……ぞくが侵入する事態に備えて、対策を考えた……僕がそばにいられない時間は、ケースの中にいてくれ……狙撃システムを装備する。君に近寄る者を確実に排除できる……ああ……ケースの中にいる間、アリス姉さんが時間を持て余す事がないように、工夫するつもりだ……僕がみずからプログラムした通りに、身体をいじってあげる……君の反応をデータ化して収集し、僕がさわってやる時の参考にさせてもらう……逆に、僕と身体を重ねる時に、君が楽しそうにしていたら……その動きをプログラムしておくから、機械仕掛けの愛撫あいぶに溺れながら、僕が帰ってくるのを待っていてくれ……薄汚い連中のそそのかしに耳を貸さなくなり、ジェネで僕と共に生きていく事を強く望んでくれるようになったら……鳥カゴの扉を開け、お披露目会に向かおう……君は、ジェネの総帥の妻として、社交界デビューを飾るんだ……』

 ナンナンの声が鮮明に聞こえるようになってくるのに、社長の声は、途切れ途切れになっていった。

『……アリス……姉さん……ジェネで……僕と共に……この世界の破壊者になろう……それは……君を護る為……キス……したい……初めてだった社長室のキスを……僕も、もう一度したい……もどってきて……そばにいてくれないと……キス……できない……ねえさん……ねえさん……もど……』

 社長の声が通信機から聞こえなくなっても、しばらくは緊張が続いた。徐々に冷静さを取り戻していけた。社長に正確な移動経路をつかまれ追いつかれるよりも前に、危険エリアの脱出に成功できた。
 息を大きく吐き出し、全身に助かった事を伝えてしまったぐらいに安心した。

 英雄アリストとしてコックピットにいたので、社長の揺さぶりに、最後まで応じずに済んだ。
 アリストの意識のおかげで作戦が読めたけど、心のぐらつきを振りほどこうとするように仕向けて、パイロットに負担がかかる無理な動きをクラティアにさせるのが目的だったと思う。パイロットスーツを着用していない私が、変化にたえられず失神して、クラティアごと海に落ちたところを回収する作戦。
 ゼルロットの白い機体を目にする事があったら、ゲームオーバー確定で、オニごっこ大会を経て、我がはジェネの持ちものに、というやつ。
 サルベージ部隊を同行させていると言っていたし、生け捕り計画をばっちりがっちり立ててからゼルロットに乗り込んだと思われる。

『君が傷つかないよう、手荒な真似は控えるつもりだ。今回の出撃は、結婚式前に羽目を外してお酒をたくさん飲み過ぎた婚約者を、苦笑いしながら終電後の駅まで迎えにきたようなものさ。うんうん。嫁ぐ直前で不安になり、次から次へとお酒を口にし、正常な判断をみずから捨ててしまっただけだろ? 学生時代の友達の話をしてくれた事を思い出したんだ。やれやれと言いながらも、優しい笑顔で迎えに現れる彼氏さんがいる友達が羨ましいと話してくれたじゃないか。タクシーの後部座席ではないが、ゼルロットのコックピットで、僕の方に身体を傾けてくれていいんだよ』

 社長、いろいろなお話の中にまじっていたそのネタの続き、『二人で一夜を共にしちゃった』です。
 現代日本生まれの私の常識では考えられないような狂った愛を向けられている時、お言葉だけなら、アリストのモードになっていなくても避けられる事もある。ジェネの総帥として、残虐性を見せ、マッドサイエンティストの一面をちらつかせてくれれば、生存本能が赤信号だと知らせてくれるのでブレーキをかけられる。

『川沿いの桜並木を歩いた事があったね。花咲く時期ではなかったし、昼間で、イルミネーションは点灯していなかったが、人混みに邪魔される事なくのんびり散策を楽しめた。通りにお洒落なカフェや雑貨店はないが、ファウンテにも桜に似た植物がある。お花見スポットでのデートを計画させてほしい。ああ。君が、光らぬ電飾を見て、木にる色とりどりのあめ玉みたいで綺麗だと表現してくれて、とてもおもむきを感じた。箱にお菓子を一つ一つ詰めていくみたいに、二人の為の散策庭を電飾でいろどりたいな。一緒に、飾りつけをしよう』

 パイロットとしての判断を誤らないようにしながらも、事務用品棚係の心は揺らされていた。現代日本でした、社長とのデートの思い出が、たくさん浮かんできてしまったからだ。
 命がけの戦いを投げ出して、社長の腕の中に飛び込みたくなってしまった。優しく抱きしめてほしかった。戦いを投げ出すのは、あの時、一番簡単にできる事だったけど、それは、事務用品棚係のパーソナルの消滅を意味する。そして、二度と現代日本でデートができなくなってしまう。

『紅葉狩りに持っていった手作りサンドイッチ、おいしそうに食べてくれて嬉しかった。美術館の滞在時間が長くなってしまい、思ったよりも時間が過ぎていて、遊覧船に乗れなかったじゃないか。あれは、僕のミスだ。すまなかった。改めて謝っておくよ。こちらの世界にも紅く色づく樹木がある。水面みなもに映り、美しい情景として名高い場所がある。あの時のお詫びに、君をそこへ案内したい。クルーズに使う客船は、僕の持ちものだから時間を気にせず楽しめるからね』

 長く続く臨戦態勢の緊張にたえられなくなってきていた事務用品棚係の脳みそが、ティーンズラブのヒロインでも、そこまでのお金持ちに迫られるのはまれだなと考えたのに対して、聖戦の女英雄の意識は、通信情報から正確な移動経路をつかまれ、ゼルロット到着以前に自律飛行ミサイルで襲撃される事を警戒していた。

『自動販売機が近くになかったので、君に駅で待っていてもらい飲み物の買い出しに行ったら、にわか雨に降られてしまって――傘の用意がなく、服を濡らしてしまった僕を心配してくれたね。秋にしては暖かい日だったが、が落ちてきていた。急激に気温がさがったら、風邪を引いてしまうかもしれないと言ってくれた。世の中は平日で、有給取得デート。他に、駅に人がいなかったので、上着を脱がせてもらったら、それはそれで身体が冷えてしまうといけないからと、君の方から抱きついてきてくれた。あの日と同じ温もり、今夜も感じたいな』

 ううっ。想像の中で、私、社長のベッドの上に転がされたぞ……今は、社長の魔の手が簡単にはおよばない場所にいるとはいえ、社長に捕まったら、大切な部分の割れ目が、指を出し入れされる刑になっちゃうんだぞ。
 泣き落としで同情を引き、処刑室送りは回避できたとしても、社長のサディスティック心が満たされるまで、手術台か拷問台かそんな感じのところに縛りつけられたまま解放してもらえないというのに。「これから、どう扱ってほしい?」と聞かれる時には、すでに、胸の先を刺激し続ける道具とかつけられているよ、きっと……喘ぎ声をあげていて答えられない状態にされているのに、「総帥であり、そして夫である僕に逆らうつもりなのかい?」と言われたあと、大切な部分に器具を押しあてられ、「これをさし込まれた君の割れ目は、徐々に開いていく事になるよ。僕に奥を見られるというお仕置きだ」とか……ひぃぃいい!

 現代日本にいた頃は、妄想内ならともかく、社長がそんな事をするような人だと思っていなかった。でも、今は、あり得る現実なんだよな……

 ファウンテの地で再会した時、ゼルロットのコックピットのハッチを開け、「ボールペンを持ってきてほしい」と言いながら笑顔を向けてくれた。離れ離れになってしまった時は、ダークスーツ姿だったのに、一目でジェネの者だと分かるデザインの白いパイロットスーツにつつんでいた。
 私が、クラティアの動きを止めると、ハッチを閉じ、何も言わずに右のメカニカルハンドを差し出してきた。

『あの時は、エスコートする意味だっただけだよ。聖戦の女英雄と融合した者がパイロットスーツを着ていようが、生身なまみの人間をメカニカルハンドでつかんだまま飛行できる訳がない。クラティアの赤い機体を、ゼルロットで抱きしめて、僕らの愛を、薄汚い連中に見せつけてやりたい思いはあったが。上空に待機させていた戦艦イレイサには、君にくつろいでもらえるよう部屋を用意していたんだ。素敵なドレスを着てもらうつもりだった。僕のゼルロットと君のクラティアが繋がるさま、今度こそ、奴らに見せつけよう。君の方から戻ってきてほしい。帰還してすぐ湯浴ゆあみができるよう準備をさせている。疲れを癒やす手伝いがしたい。シャワーを浴びる君のそばにいるよ。僕の素肌の触れ心地、おぼえているだろ? 薬草湯にひたる君の身体を後ろから抱きしめたい。乱れて抑えられなくなるほど、僕に激しくいじられてしまえばいい。愛し合う二人が情欲の交わりを悦ぶ事にを唱える方がおかしいんだ。こちらにおいで。薄汚い連中にだまされて、兵装へいそうシステムを操作してはいけない』

 私が、アリストと融合してクラティアのパイロットになった理由、気づいてます? 社長にもう一度抱きしめてもらいたくて、その運命を受け入れたんです。
 事務用品棚係の冴えないOLが、異世界の戦いに巻き込まれたんです。
 ジェネが侵攻する様子をの当たりにして、怖かったんです。相手を破壊する事に躊躇ためらいを感じていないとすぐ気づいたから。
 爆風で流された熱気が、肌に触れると痛いぐらいで、このまま何もしなかったら、きっと、私は、本当になかった存在になってしまうって……生き残って、社長ともう一度会いたいと思って……もしも、社長が、この世界の大魔王みたいな悪に捕まっていたら助けたいと考えて、アリストと融合したんです。

 生命維持装置の中で眠るアリストを見た時、怖かったんです。身体に、コードみたいなのがたくさん繋がっていたから。きっと生命を維持する為に必要だったんだろうけど、手枷や足枷みたいなので、彼女の身体は拘束されていて……髪の色以外が、私そっくりだったから余計に怖かった。まさに自分が捕まっている図だったんです。

 自分が捕まっていると錯覚してしまったからこそ、怖くなってきました。だって、私は捕まっていなかったから。手足だって自由です。
 ファウンテの大魔王みたいなのに、社長がこんな姿で捕まっていたら怖いと考えてしまったんです。早く助けてあげたいと思ってしまったんです。

 融合したら、事務服の下にアリストが着ていたボディスーツが入り込んでいる状態になっていて驚きましたけど、コードで繋がれていないし、手枷や足枷に拘束されていないし、生命維持装置も必要ありませんでした。
 アリストの生命維持装置の前にいたはずなのに、融合して目を開くと、クラティアに乗り込んでいました。
 コックピットには、見た事もない作りの計器や操縦桿そうじゅうかんがありました。でも、アリストの意識が表面化してきて、使い方が分かったんです。これなら、大魔王の手から社長をすぐに助けてあげられると心が強く持てました。

 下心満載の思いで英雄と融合したと悩んだ事もありましたが、今の仲間は、未来に辿たどり着きたいという思いが、平和を願う心を育てるのに一番大切だと言ってくれたんです。平和の意味なんて真剣に考えた事がない事務用品棚係の冴えないOLが、未来に辿たどり着きたいと思っている限り、みんなを護ってあげられるんです。
 みんなを護っていれば、私を護ってくれる、社長と再会できると思っていたんです。
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