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しおりを挟む約束の時間になり、中庭のベンチで座って待っていると、レオンが走りながら、こちらに向かってくる。
「すみません! 貴重なお時間を頂いてるのに、ギリギリになってしまって」
「いえ! 全然!」
さっきまで、いつもと同じようにレオンが剣を振る音と、数を数える声が聞こえていたので、今日も素振りをしてきたのだろう。軽く汗もかいているみたいだ。
「いつも昼休憩の時間に、素振りをしているのですが、しないと気持ちが悪いので、先にすませてから来ようと思ったらギリギリになってしまって……汗をかいたのに、着替えもせず来てしまって……汗臭いかもしれません。何から何まで申し訳ない……」
別に、時間に遅れたわけでもないのに、真面目な人なんだなぁと、ララは思う。
「約束の時間を少しずらしましょうか? 鍛錬されるのも、騎士様の大事なお仕事ですもんね」
「は、ありがとうございます。私のために時間を割いて下さってるのに、勝手を言い申し訳ない……」
「いえ! 私は、昼食を一緒に食べるお相手ができて嬉しいですし、それがレオンさんのお役に立てることなら、更に嬉しい! というだけですから」
「……ありがとうございます」
レオンがホッとした顔で言う。
気を取り直して、レオンにもベンチに座ってもらい、持って来た昼食を広げる。今日は、ツナサンドとポテトサラダだ。
「……美味しそうですね。ララさんが作られたんでしょうか?」
「あ、はい! 簡単なものですが」
ポテトサラダは昨日の残りで、サンドイッチは挟むだけなのですぐできるし、好物なので、昼食はサンドイッチのことが多かった。
「私は、家にあったものを適当に持って来てしまいました」
と、少し恥ずかしそうに、持っていた紙袋から、ゴソゴソとパンとチーズ、丸のままのりんごを出す。
「食事は、食堂で取ることがほとんどで、朝食用のパンくらいしか部屋に常備していなくて。お恥ずかしいです」
「食堂のご飯も美味しいですよね! 私も以前は、食堂で頂いてばかりでしたよ。一人分を作るのってかえって面倒だったりしますよね」
料理自体は、働く母の代わりに料理をしたり、母が住み込みで働いていた食堂を手伝っていたこともあるので、できないわけではないし、嫌いでもなかった。苦にはならないが、一人分だと材料を余らせてしまうことも多く、いつのまにか食堂で食べる様になっていた。レオンの声を聞くために昼食を作る様になり、自然と自炊をすることが増えただけだ。
「良かったら、おひとつどうですか? 多めに作ってきたので」
「良いんですか?」
レオンが驚いた顔をし、嬉しそうな声を出す。
「どうぞ! お口に合うか分かりませんが……」
いつもは自分のためだけに作っているので、美味しくても不味くても、共有できる相手がいないのがつまらないと思うこともあった。もしかしたらレオンも食べるかもしれない、どんな反応をするだろうかと、なんだかうきうきしながら勝手に作ってしまった。
二人で、サンドイッチを頬張る。
「……美味しいです」
「良かった!」
作ってきたものの、口に合わなかったらどうしようとドキドキしていたので、レオンの言葉を聞いてホッとする。
「久しぶりに、食堂以外で人に作ってもらったものを食べました。なんだか、ホッとします」
「そっか……食堂では、こういった家で作る簡単なものは、出ないかもしれませんね」
「簡単……には、見えませんが。とても美味しいです。すみません。練習相手になっていただく上に、こんな食事まで……」
「いえ! 一人分も二人分も、作る手間は同じですから」
「……ララさん、お礼をきちんとさせて下さい。何が良いのか、分からないのですが……、また、同僚にでも女性へのお礼について、ちゃんと聞いておきますので」
と、真剣な顔で言われてしまう。
――お礼なんていらないです!! その声を聞けることが、何よりのご褒美なので!!!
心の声が、思わず出てしまいそうになる。
「いえっ、本当に、一緒にお昼ご飯を、こうやって食べる相手がいることが嬉しいので。お礼なんていらないです」
「しかし……」
「それでしたら、レオンさんのお見合いがうまくいったら、お願いします! その為の練習なんですから」
「そうですね……その為に、ララさんに、こうしてつき合って頂いていますから……分かりました。うまくいく様に頑張ります。うまくいった際には、きちんとお礼をさせて下さい」
「はい!」
ララは、恋愛での男女のやり取りについては、教えられることはなかったけれど、食堂の手伝いで接客はしていたので、世間話なら得意だった。
「……そうですね。話のきっかけさえあれば、意外と話せたりするものです。相手に興味があること、自分を知って欲しいという気持ちさえあれば、話していて、お互いに嫌な気持ちになったりしないと思うんです」
自分のことや、話した内容を少しでも覚えていてくれたり、興味を持って質問すると、誰しも嬉しそうな顔をする。
「なるほど……」
「女性の場合なら、着る物にこだわりのある方が多いので、お召し物を褒めつつ質問をするとか……」
「褒めつつ質問。中々難しそうですね」
食堂のおっちゃん達とは違いすぎて、かしこまってしまうな……と思いながら、ララは口を開く。
「例えば……レオンさんの黒い髪色に、騎士服の青色が映えてかっこいいです。黒髪だと、どんな色の服でも着こなせてしまいそうですね。レオンさんの目の色も、服の色と相まって素敵です。私は青色が好きなんです。レオンさんは、何色がお好きなんですか?」
「……練習と分かっていても、褒められると照れてしまいますね。なるほど……あ、質問に答えていませんでしたね……私は、何色でも好きです。それぞれの、そのものの美しさがありますから」
レオンの優しい声で「好きです」と言われ、自分に向けてではないのに、勝手にドキッとしてしまう。
「で、では、レオンさんも、私に質問してみて下さい」
「はい……うまく言えるか分かりませんが」
レオンが、少し緊張した面持ちで口を開く。
「……ララさんの、ミルクティの様な髪色は、可愛らしいララさんの雰囲気に合っていて、とても素敵ですね。私は面立ちのせいで、怖がられてしまうことがあるので、羨ましくもあります」
「ふふ」
褒められて照れてしまったのと、レオンが困り顔で冗談を言ったので、思わず笑ってしまう。
「すみません、続けて下さい」
「はい……料理が上手で、私に気を使わせないように、気づかって下さるところも、素晴らしいですし、尊敬してしまいます……質問が難しいですね。思いつかないです。しかも、着ているものを褒めるのも忘れていました」
「い、いえ、たくさん褒めて頂いて、ありがとうございます。そんな風に言われたら、お見合い相手の方も、嬉しいと思います。質問するのは、次の時に練習してみましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
大好きな声で自分のことを褒められ、練習のためだと分かっていても、ララは、嬉しくてふわふわした気持ちになった。
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