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1. 平凡令嬢のコンプレックス
しおりを挟むメリッサは悩んでいた。
人と比べて、自分の胸は変わっているのかもしれないと。
他人の裸を見る機会なんて、そう無いけれど、教会の壁画や、美術品などで見る女性の胸の先端と、自分の胸の先端は違うと昔から不思議に思っていた。メリッサの胸の先は、膨らんだ胸の中に埋もれていて、出ていたことがない。
「……こんなこと、誰にも相談できないわ」
メリッサは、ハイド子爵家という、そこそこ裕福な貴族の娘だった。母は亡くなっており、兄が一人いるだけで、身近に相談できる女性がおらず、昔から気になりながらも、誰にも相談できずに18才という年齢になってしまった。
メリッサは、王立の学園に通っており、今年で最終学年で、もうすぐ卒業の時期だ。女子の場合、学園を卒業すれば、よほどの才覚がない限り社交界デビューをし、結婚相手を見つけて結婚するというのが一般的だった。
メリッサも学園を卒業すれば、結婚相手を探さなくてはならない。でも、もし、結婚してから、自分の胸を見て、これはおかしいと拒絶されてしまえば、夫婦生活がお先真っ暗なものになってしまう。せめて、この状態が普通なのか、男性は忌避感を抱くことはないのかということだけでも、メリッサは切実に知りたかった。
メリッサは外見も中身も、特に目立つ様なところは無かったけれど、ピアノが好きで、少し得意だった。そのため、音楽の授業の時だけは褒められることが多かった。学園にはピアノの練習室があり、授業の時間以外にも使うことができた。家にもピアノはあったが、メリッサは、一人で集中して弾くことのできる学園の練習室を、よく使っていた。
「メリッサ」
今日は、卒業前の発表会で弾く曲を練習している。曲を弾き終え、名前を呼ばれて顔を上げた。
「ラルフ」
「ごめん。演奏中だったから、ノックもせずに入ってしまって」
「いいえ。ちょうど弾き終わったところよ」
ラルフは同じ学年で、ピアノが得意な男の子だ。今度の発表会ではメリッサと連弾をすることになっている。ラルフは、メリッサとは対照的で、侯爵家の長男で、勉強も運動もできる。その上、ダークブロンドの髪に青い目の、甘い顔立ちをしており、周りの女の子達が放っておかない様な目立つ存在だった。ラルフとはピアノ以外での接点は無かったが、好きなことが一緒だというので話が盛り上がり、気がつけば仲の良い友人のような関係になっていた。
連弾の曲の練習を終え、いつものように、とりとめのない話をする。メリッサには男の子の友人は、ラルフ以外におらず、もし、胸のことを聞くならラルフしかいないと思っていた。メリッサに兄はいたが、兄は堅物で、女性にモテるタイプではない。女性の胸など見たことがないだろうし、そんな兄に聞いたところで、恥ずかしい思いをするだけだと思い、聞けずにいた。その点、ラルフなら女の子からモテているし、経験も豊富そうだ。そういった話も気軽に聞いてくれそうな気がする。
卒業が間近に迫り、内心では焦っていたメリッサは、思い詰めた顔でラルフに話を切り出した。
「……ラルフ、あのね、聞きたいことがあって」
「なんだい? そんなに思い詰めた顔をして、僕で良いなら話してみて?」
ラルフが優しく聞いてくれる。その声音に励まされ、メリッサは、思い切って打ち明ける決心がつく。
「あの、その、ラルフは、女性の胸を、見たことがある?」
「…………ええと、メリッサ?」
ラルフが目を見開いて、驚いた様な口調でメリッサの名前呼ぶ。
「あっ、あのねっ、私、ずっと悩んでることがあって、私の胸が、他の人と違うんじゃないかって」
「メリッサの、胸?」
ラルフの顔が赤らむ。
「う、うん、そうなの。多分だけれど、私の、胸の先がね、へっこんでるの。普通は、出ているものなのでしょう? 絵画や美術品の女性の胸の先も、皆、出ているし……」
「むねの、さき……」
ラルフが呆けた声を出し、目線がメリッサの胸に釘付けになっている。
「ラルフ?」
名前を呼ぶと、びくりと身体が動いて、バッと顔を上げたラルフの目と合う。ラルフの顔がみるみる真っ赤になった。
「ご、ごめんなさい。変な話をして。ラルフは女の子にモテるから、そういったことも詳しいのかと思って……その、そういう胸って、変じゃない? ラルフは、おかしいとは思わない? 卒業すれば、私も結婚するでしょう? その、旦那様になった方に変に思われないか、心配で……」
「…………メリッサが、結婚、旦那様……」
ラルフが、まだ呆けている。
「……ラルフ? ……ごめんなさい。変なことを聞いてしまったわね。知らないなら良いのよ。お願いだから、今聞いたことは忘れてちょうだい」
「変になんか思わない」
「えっ」
「メリッサの身体を、変になんて思うはずがないだろう?」
ラルフが真剣な顔で言う。
「……そう、かしら?」
「……ああ、僕も、その、女性の身体を、そう見たことはないから、メリッサの、その状態が一般的かそうでないかは分からないけれど……」
「そう、よね。女性の裸を見る機会なんて、そう無いものね」
「……父の、友人で、産婦人科の医師がいるんだ。メリッサが心配なら、今度、聞いておこうか……?」
「っ、いいのっ?」
「ああ、メリッサが安心できるなら」
「ありがとう! ラルフ!!」
思わずラルフの手を取ると、ラルフの顔が赤らんだ。
◇◇◇
「数は少ないけれど、そういった女性はいるらしいよ」
「そうなのね!」
「産婦人科は専門ではないみたいなんだけれど、出産した女性で、そういう人もいるらしいんだ。赤ちゃんの授乳をする時に、苦労する人が多いらしい」
「……そうなのね」
「乳腺炎など、病気にもかかりやすいから、治せるなら治した方が良いみたいなんだけれど……」
「っ、治せるの?」
「ああ、軽度なら、その、解したり、摘んだり……引っ張ったりすることで治る人もいるらしいよ。その、す、吸ってもらうのも良いらしい……」
「そう、なのね……」
解したり、摘んだり、引っ張ったりは自分でもできそうだ。
「……吸ってもらうというのは、誰かの赤ちゃんに?」
「っ、いや、その、お相手? 恋人? に、吸ってもらうのも、良いんじゃないかな?」
「えっ、男性に? 吸ってもらうの? なぜ?」
「なぜって……」
ラルフが困った顔をする。
そうか、簡単に知らない人の赤ちゃんになんて、お願いできないものね。大人の方が、吸う力が強いから良いのかもしれない。
「……そっか、でも、それは確かに効きそうよね」
胸を吸って欲しいなんて、お願いできる人はいないけれど……。
「……メリッサ?」
「そっ、そうなのね。き、聞いてくれて、ありがとう、ラルフ。できることを、やってみるわね」
「……その、メリッサに、手伝ってくれる人はいるの? 婚約者や、恋人、とかは?」
「いないわ!! 自分でできることを、するだけよ?!」
「……………………僕で良ければ、協力するけれど」
「へっ」
驚いて、変な声が出てしまう。
「えっ、ら、ラルフが?!」
「…………メリッサが他の奴に触られるなんて、耐えられない」
ラルフが小さな低い声で、何かボソッと呟いた。
「……ラルフ?」
「ああ、詳しく医師にやり方を聞いたしね。メリッサが自分でするよりも、効果的かもしれないよ?」
パッとラルフの表情が変わり、爽やかな笑顔でそう言われてしまう。
「そ、そうなの、かしら……?」
※この作品はフィクションです。事実とは異なる場合があります。
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