雨はやさしく嘘をつく

黒崎優依音

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第六章 本当の夫婦

告白と断罪の先で

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sideルアルク



応接室に案内され、三人は席についた。

やがてミーナが銀盆に紅茶を運んでくる。



ユリカは慣れた手つきで、ルアルクのカップに角砂糖を一つ落とし、ほんの少しのミルクを、シェイのカップには三つ――さらにミルクをたっぷりと注ぐ。





「どうぞ」

「ありがとう」



ルアルクは小さく微笑む。

シェイは当たり前のように受け取り、一口含んだ。



それを見たルアルクは、ほんの一瞬だけ目を伏せる。



(……昔から、僕の好みを覚えていてくれた。今も。

 でも、彼の分も同じように――いや、それ以上に慣れた手つきで用意しているんだな)



――好みを熟知している仕草。

その光景に、互いの関係の深さが、静かに滲んでいた。



「……本日は、伝えておかなくてはならないことがあります」

「昨日、形式だけの関係に終止符を打ちました。

 これからは、“本当の夫婦”として生きます」



ルアルクの表情がわずかに揺れる。

沈黙が一拍落ちる。

けれど次に浮かんだのは、真剣で誠実な眼差し。



「……そうですか」

「おめでとう、ユリカ」



指先に白い光が集まり、ふわりと花弁が舞い落ちる。

魔力で作り出した小さな花が応接室に散り、ユリカの膝にそっと落ちる。



「――僕から言わせてもらえば、あなたがたは心で繋がった、とっくに本当の夫婦でしたよ」



「……ありがとう」

ユリカの声は少し震えていた。





sideシェイ



和やかな空気に包まれたのも束の間――

シェイがゆっくりと姿勢を正す。



「……ですが、お二人にどうしても言わねばならないことがあります」



その声音に、ユリカは内心で小さく呟く。(……きた)

同じ瞬間、ルアルクも眉を寄せ、背筋を伸ばしていた。(……やっぱり)

二人は揃ってピクリと動きを止め、まるで呼吸まで揃ったように姿勢を正す。

その様子に、シェイは一瞬だけため息をつくと、やや低い声で促した。



「こちらに並んで座ってください」



まるで叱られるのを待つ子どものように、ユリカとルアルクは素直に並んで腰掛ける。



スプーンが受け皿を小さく鳴らした。

シェイは一度だけ息を押し殺す。



(……そういうところ、だ)



シェイはそんな二人を正面から見据え、ようやく本題を切り出した。



「あなた方は、似ている」



そのひと言に、二人は同時に身構える。シェイは眉一つ動かさずに続けた。



「自己犠牲を厭わず、自分を後回しにしてでも相手を守ろうとする。

 ルアルクさん、あなたは教会を“害さない場所”だと過信しすぎている。

 ユリカさん、あなたは“自分さえ我慢すればいい”と考えすぎている。どちらも危うい」



ルアルクの唇が小さく震え、ユリカは胸の奥が締め付けられるのを感じる。

二人は同じように俯き、まるで示し合わせたかのように同時に口を開いた。



「……すみません」



彼らがそっと顔を見合わせ、「あなたも泣きそう?」とでも言いたげな目で通じ合っているのを見て、シェイは小さくため息を漏らした。



「……あの状況で関係を持つことは、無謀でしかなかった。

 妊娠を避ける術もあったはずです。

 それを選ばなかったのは……お二人自身の責任です」



「そもそも、魔力不適合で出産までに母子ともに持たなかった可能性が高い。

 その上で、あなた方が僕の介入なく動いていれば、教会に取り込まれていたでしょう」



ユリカとルアルクは、思わず息を呑む。



「駆け落ち、などという安易な方法を取らなくてよかった。

 ……心当たりがある顔ですね」



二人は同時にビクリと肩を震わせ、視線を逸らす。



「私が……ルアルクを誘惑したんです。全部、私が悪いんです」

「違う」

ルアルクも即座に続けた。

「僕が彼女を守れなかった。

 彼女に責任を押しつけるのは間違ってる。

 悪いのは僕だ」



互いに相手を庇い合う言葉が重なり、二人の必死さがかえって浮き彫りになる。



シェイは深いため息をつき、額に手を当てた。



「……いい加減にしてください」



ふたりは息を呑む。



「互いに庇い合って、責任まで奪い合うなら、現実から目を逸らしているのと同じです。

 ――お二人とも、等しく愚かだった。

 それだけです」



(三百年、同じ種類の善意と同じ種類の悲劇を見てきた。

 だからこそ今は、優しく言わない)



冷たい断罪ではなく、厳しくも真実を告げる声音。



「ユリカさん。あなたは自分の立場を知りながら、感情に流されましたね」

「……はい」



「ルアルクさん。あなたも同じです。直系である自覚があるなら、避けるべきでした」

「……はい」



シェイの視線は、二人を順に見据える。



「大人が背負うべき責任を、まだ幼い子どもに押しつけるつもりですか?」



その一言に、ユリカもルアルクも言葉を失った。

リシェリアの姿が脳裏に浮かび、ただ黙って俯くしかなかった。



――そして沈黙の中に残るのは、互いに庇い合うだけでは済まされない現実。

シェイの冷徹な言葉が、二人の心に深く突き刺さっていた。



「いいですか。自己犠牲も、無防備な信頼も、あなた方自身が傷つくだけならまだいい。

 だが――尻拭いを背負わされるのは、まだ幼いリシェリアです」



リシェリアという言葉に、二人の顔が青ざめる。

ユリカは堪えきれず、瞳のふちに涙をにじませた。



「……あなた方の愛があったからこそ、リシェリアが生まれた。

 彼女の存在は、決して間違いではありません。

 むしろ僕にとっては、何よりも大切な奇跡です」



シェイの声音が少しだけ優しくなり、二人は思わず顔を上げる。

シェイは真っ直ぐ二人を見据えながら続けた。



「だからこそ、反省するなら……これからです。

 リシェリアに恥じない親であるように。

 僕は隣で支えます。

 二人が“親”として立てるように」



二人の瞳に、未来への強い光が灯る。



「……これからは“本当の親”として、同じ過ちを繰り返さないように」



そう言って、シェイは穏やかな、しかし決して揺るがない決意を、二人にしっかりと植え付けた。

それは罰ではなく、彼らの未来を守るための誓い。

ユリカとルアルクは、その重みを噛みしめるように、静かにうなずき合った。









静かな空気が流れる。

だがシェイは、もう一度だけ二人をまっすぐ見据えた。

今度は、先ほどまでの厳しさとは違う、どこか張り詰めた、それでいて悲しみを帯びた光が宿っている。



「僕も、あなた方に隠し事をしないと誓います」



そう言って、シェイは人生で最も重い告白をしようとしていた。

胸の奥で長く封じ込めてきたものが、今まさに言葉となって溢れ出そうとしている。



小さく息をつき、真面目な声で切り出す。



「まず……僕の年齢からお話しなければなりませんね」



ルアルクが訝しげに眉を寄せる。



「年齢……?

 でも、あなたは僕らとそう変わらないように見える」



シェイはわずかに口元を歪めた。



「外見だけなら二十代半ばでしょう。

 けれど実際は――三百年以上、生きています」



その瞬間、空気がぴたりと凍りつく。

ユリカが小さく息を呑み、ルアルクは言葉を失った。



「……っ、冗談だろう」



「冗談ならどんなに良かったか。

 ――昨夜、ユリカさんは『知っても離れない』って言いましたよね?

 言質を取っておいて良かった」



軽口に見せかけながらも、その響きには長い孤独の影が差していた。

ルアルクの胸に重いものが落ちる。



「……あなたは、本当に」



「まあ、こうして軽口叩いてますけど。中身は人間です。

 ――たぶん、ね」



ふっと笑ってみせるが、その瞳の奥に冗談を許さない真実が宿る。



「僕は、不老不死なんです」



静かな声が、確かな真実として二人の胸に突き刺さる。



「ただし条件付きです。

 子をもうけると、その力は次の代へ移り、僕自身は普通の人間に戻る。

 ちなみに、僕の父はその“不老不死の制限”を知らなかったようです」



シェイは自嘲するように口元を歪めた。



「僕に力を奪われたと感じて……結果、両親からは疎まれて育ちました。

 子どもって、親の思惑に関係なく生まれてしまうものなんですけどね。

 僕自身はこの力のことを、呪いのようだと思っています。

 実子に受け継がせるなんて、そんなかわいそうなことを選んでよいのか悩む程度には、人との別れを繰り返してきました」



「……三百年前……建国の王と、その子……」

ルアルクが息を呑む。



「ええ。お察しの通り、僕の父はこの国の建国の王でした」



シェイの声は淡々としていたが、その奥には諦めに似た響きがあった。



「長い時を生き、この国を作り、安定させた王。

 立派な人でしたよ。

 もっとも、息子を可愛がる余裕まではなかったみたいですけど」



「偶然の一致かと思っていた……だが確かに名前が同じだ。

 建国の王の息子にして英雄――シェイフィル王……」



「やめてください」

シェイは小さく笑って肩をすくめる。



「英雄なんて呼ばれるほど立派な人間じゃありません。

 長生きして、運悪くいろんな場面に居合わせただけですよ。

 ……そうですね、せいぜい“しぶとい国家公務員”くらいに思っていただければ」



「――……」



ルアルクは言葉を継げず、拳を握りしめた。

目の前の男をただ「伝説」として崇めてしまえば、彼をますます孤独に追いやることになる。

それは直感で分かっていた。



沈黙を破ったのはユリカだった。



「……しぶとい国家公務員、ですか」



その口調はかすかに震えていたが、目はまっすぐシェイを見つめていた。



「シェイさんがいたから、私も、リシェリアも生きてこられたんです。

 その事実以上に、立派なことなんて他にありますか?」



不意を突かれたように、シェイは瞬きをする。



「……そう思いますか?」

「はい。英雄なんて言葉より、ずっと似合っています」



彼の肩の力がわずかに抜け、淡く苦笑が戻る。



「もしかして、おじいちゃんのことを知っていたのも……」



「ああ、そうそう。アルセイドとは若い頃から親友と呼び合っていましたよ」



シェイは言葉を選びながら、記憶を辿るように話し始めた。



「共に戦場で背中を預け合った仲です。彼の剣には何度も助けられました」



その声は遠い過去を語っているようだった。

シェイの口から語られる祖父の姿は、ユリカが知る温厚な祖父とは少し違う、凛とした騎士の姿だった。



「結婚の挨拶の時も呼んでもらったものです。

 彼の奥さん……ユリカさんのおばあ様はあなたによく似た雰囲気の、白の直系に近い魔力を持つきれいな方でしたよ」



シェイの瞳は、懐かしさと、わずかな寂しさを湛えていた。

その視線の先に、ユリカは遠い祖父母の姿を見た気がした。

過去と現在が、一本の線で繋がった――出会いは偶然で、選択は必然だった。





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