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第六章 本当の夫婦
星空の誓い
しおりを挟むsideルアルク
「ユリカさんの魔力を視ていると、フィオレッタさんを思い出しますね」
懐かしそうに、シェイは目を細めて言った。
早くに亡くなった、アルセイドの妻でユリカの父方の祖母の名を。
「ユリカの、魔力?」
ルアルクが不思議そうに尋ねる。
「ええ、ちょっとコツが要りますけど、あなたなら恐らく見ることはできますよ。
本人には以前も伝えましたが、ユリカさんは魔力がないわけではなくて、自発的に外に出せない……魔力を自分で生命力に変換して使っているのです」
シェイに言われるまま、ユリカの右手をじっと見つめる。
指先にふわりと、ほんのりと薄紅色がかかった白い魔力がそこに見えた。
「僕の呪いのことも、アルセイドは知っていました。
そうそう……昔、彼を訪ねて家を訪れたときに、幼いあなた方と遊んだこともあるんですよ」
「えっ……!」
シェイの言葉に、ユリカが目を丸くする。
ルアルクも一瞬だけ息を詰め、遠い記憶を探るように眉を寄せた。
「……そういえば……。
庭で一緒に遊んでくれた年上の青年が……」
「ユリカさんは人懐っこくて……すぐに僕に花を見せてくれたり、手を引いてくれたりしました。
でも、ルアルクさんは違いましたね。
ずっとユリカさんの後ろにいて、じっと僕を睨んでいたんですよ」
「……そうでしたか」
「ユリカさんが僕に微笑むと、その手を取るのは必ずあなたでした。
まるで“僕のユリカに触るな”と言わんばかりにね」
「そ、そんな……子どもの頃の話でしょう……!」
耳まで赤く染めるルアルク。
シェイはふっと笑い、わざと懐かしそうに目を細める。
「ええ、子どもながらに大切に思っているのがよく伝わってきました。
……今も、変わりませんね」
「そうそう……ボールで遊べば顔面で受け止め、水たまりがあれば止める前に気づかず入って転び……そのたびに大泣きして、ユリカさんに抱きついて慰めてもらっていましたよね。
……泣き虫ルーくん」
「ふふっ……そんなこと、ありましたね」
ユリカが思わず笑みをこぼす。
「……や、やめてくださいよ……子どもの頃の話じゃないですか」
「ええ、でもあの時のあなたのドジとかわいさは、なかなか忘れられませんよ。
ルーくんは昔からユリカさんが大好きで。
小さいながらも一生懸命恋をしていて、見ていて可愛らしいなと思っていました」
ユリカが驚いたように目を瞬かせ、問い返す。
「……そんなふうに見えていたんですか?」
「ち、違っ……!いや……違わないけど……!」
しどろもどろに返すルアルクを見て、シェイの笑みが深まる。
「でも……最後に別れる頃には、すっかり懐いてくれてね。
“お兄さんとまだ遊びたい”って泣きながら抱きついてくれたじゃないですか」
「……まさかあの頃の可愛い二人が、大人になって子ども作って途方に暮れているとは思いませんでしたけどね」
気まずさが一気に広がり、二人は思わず互いに目を逸らした。
その姿にシェイは苦笑を浮かべる。
「あなたがいてくれて助かりました。本当にありがとうございました」
ルアルクが静かに頭を下げると、ユリカも無言で頷いた。
シェイは一呼吸置いて、真剣な眼差しを向ける。
「ルーくん、最後に一つだけ」
「……なんでしょう」
次の瞬間、抑えていた力がほどけた。
漆黒が静かに張り、室内に夜空のひとかけらが吊されたみたいに星屑が瞬く。
圧はあるのに、胸に来るのは畏れより先に美しさだった。
「……綺麗だ」
シェイが驚いたように瞬く。
「白の人は、こういう色を怖がるものだと思っていましたが……」
首を横に振る。
「怖い? こんな綺麗な魔力が?」
彼の気配がふっと緩む。
ユリカは色を見ない。
ただ、空気の静まりに合わせて肩の力を少し抜いただけだった。
その一言に、シェイは初めて“自分の色”を否定せずに受け止められたような感覚を覚えた。
胸の奥に、長い孤独をほんの少し和らげる温もりが広がっていく。
言葉にできない安堵を抱えたまま、シェイはふっと息を吐いた。
そのとき――
「お父様!」
弾む声とともに扉が勢いよく開いた。
無邪気な足音が駆け込み、次の瞬間にはリシェリアがルアルクに飛びついていた。
「リシェ……!」
ユリカが慌てて立ち上がるが、もう遅い。
ルアルクは抱きとめた娘の小さな体を腕に受け止め、驚きに目を瞬かせた。
「ねえ、お父様、遊んで!」
にこにこと笑いながら絵本を差し出すリシェリアに、場の緊張は一気にほどける。
その笑顔は、ほんの少し前までの重苦しい空気を何も知らない無垢さで塗り替えていった。
ルアルクにしがみついて離れないリシェリアを見て、ユリカとシェイは視線を交わした。
「……今夜は、ルーくんに任せましょう」
シェイが静かに言い、ユリカの手を取る。
リシェリアを追いかけてきたミーナも「どうぞご夫婦で」と背中を押してくれた。
そうしてユリカは、シェイに導かれるまま夜の外へと歩み出る。
「どこへ……?」
問いかけても、シェイはただ「行けば分かります」と微笑むだけだった。
――こうして、ユリカとシェイは思いがけず、彼女をルアルクに託すきっかけを得ることになる。
そして、この夜、二人だけの誓いの時が訪れるのだった。
sideユリカ
やがて辿り着いたのは湖畔。
夜空と湖面が溶け合い、満天の星が水に揺れている。
純白のドレスに身を包んだユリカと、礼装に着替えたシェイ。
二人だけの、小さな結婚式のようだった。
シェイはユリカの手を取り、深く息を吸った。
「ユリカさん。僕は、一生をあなたと子どもたちに捧げます。
たとえこの呪いを渡すことになっても、それでも……あなたとの子を望みたい」
ユリカの唇が震える。
同じ言葉を返そうとした瞬間、シェイは首を振った。
「……あなたは僕に縛られなくていい。
子どもたちを一生守ると誓ってください。それが、僕の望みです」
「……はい。子どもたちを、必ず」
ユリカは微笑み、彼の手を強く握り返す。
シェイはその手を胸に引き寄せ、静かに唇を重ねた。
星空が瞬き、湖面が光を散らす。
――二人だけの誓いの式が、そこで結ばれた。
そのとき。
シェイの腰の剣が月光を受け、淡く光を返した。
彼は一瞬そちらに視線を落とし、小さく「……黙ってろ」と呟く。
「シェイさん?」
怪訝そうに見上げるユリカに、彼は苦笑を浮かべる。
「……なんでもありません」
彼女には届かない声が、確かにその場にあった。
けれど今はただ、二人の誓いが夜空に抱かれているだけだった。
sideルアルク
その頃。
屋敷ではリシェリアが元気いっぱいにルアルクへ甘えていた。
「お父様、もう一回ボール!」
「……また?」
笑いながらボールを転がすルアルク。
だがリシェリアは受け止めそこね、見事に顔で受けてしまった。
「いたぁ……!」
頬を押さえてむくれる娘に、ルアルクは吹き出してしまう。
「……本当に僕にそっくりだな。
僕も子どもの頃は、顔でばかり受け止めていたんだ」
「えっ、お父様も!?」
「そうさ。気づけば涙と鼻血まみれで、大騒ぎだった」
「ふふっ……じゃあリシェもお父様に似たのね!」
二人は見合わせて声をあげて笑った。
音痴な子守唄も、くるくる回して足をもつれさせて布団に倒れ込んでしまうのも――何もかも、よく似ていた。
「お父様とリシェ、同じなんだね」
「……ああ。間違いなく僕の娘だ」
無邪気な笑顔のまま、リシェリアはいつのまにか眠りに落ちていた。
ルアルクはその寝顔を抱きしめながら、胸の奥でそっと呟く。
「……よかったな。お母様は幸せなんだ。だから君も、安心して眠れる」
窓の外に広がる星空は、湖畔で誓いを交わす二人と同じ光を、静かに降り注いでいた。
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