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第七章 認め合う絆
白いリボンに刻む名
しおりを挟むsideルアルク
リシェリアの寝顔を見つめていると、ルアルクの胸の奥で懐かしい記憶が疼いた。
祖父を亡くしたばかりのユリカは、泣いてばかりで、笑うこともほとんどなかった。
どうにか元気づけたくて、幼い彼は拙い手つきで白いレースのリボンを結わえ、彼女に差し出した。
「……これ、君に似合うと思って」
受け取ったユリカは、少し驚いたように目を見開き――やがて、かすかに笑った。
「ありがとう」
涙に濡れた頬に浮かんだその笑顔は、何よりも眩しかった。
――その瞬間、九歳のルアルクは完全に恋に落ちた。
胸の奥が焼けつくように熱くなり、この笑顔を守りたい、もう一度見たい、できることなら自分だけに向けてほしい――そう願わずにはいられなかった。
時が過ぎても、その想いは揺らがなかった。
一緒にはいられなかった。
けれど彼女が、自分に似た娘を愛し、育ててくれている。
その事実だけが、彼をかろうじて救っていた。
◇
翌朝。
シェイに呼ばれ、ルアルクは彼の私室を訪れた。
扉を開いた瞬間、眉がわずかに寄る。
整然とした部屋を思い浮かべていたのに、そこにあったのは机いっぱいに広げられた論文、古びた魔術具、解体しかけの魔法石。
そして隅に放り出された剣帯や制服。
「……これは、部屋……なのですか」
皮肉でも嫌味でもなく、本気の疑問が口をついた。
「研究室兼、寝室兼、倉庫。便利でしょう?」
黒髪をかきあげ、シェイは肩をすくめる。
「わざわざ来てくれてありがとう、ルーくん。
――君にしか頼めないことなんです」
差し出された一束の論文。
表紙には『母体保護のための結界魔法』と記されていた。
ルアルクは紙をめくり、すぐに補正すべき箇所を見つける。
「……ほとんど完成していますね。ここを少し整えれば、形になる」
さらりと余白に筆を走らせると、シェイは目を見張った。
「……白ではない僕の論文を、そこまで正確に直せるなんて」
「驚いているのは僕の方です。白を持たないあなたが、ここまで理解していたことに」
短い沈黙。
やがてシェイは、真剣な声で告げた。
「……実は、この魔法を応用したことがあります。
ユリカさんとリシェリアを守った時に。
特にリシェリアのときは――彼女自身の白を借りて」
ルアルクは一瞬、言葉を失った。
「……他人の魔力を、それも性質の違うものを……?
やはり、普通じゃない」
その声音には非難はなく、ただ驚きと深い敬意があった。
「その“普通じゃなさ”があったからこそ、彼女たちは守られた。
……ありがとう」
シェイはふっと笑い、目を伏せた。
「結果だけを見れば、そういうことです」
ルアルクは小さく息を吐き、口元を和らげた。
「やはり、あなたと話すと落ち着かないな。
常識が次々ひっくり返される」
「僕からすれば、白を自在に操れるあなたこそ羨ましい。
……互いに無いものを欲しがるのでしょう」
互いに笑みを交わし――そして、ルアルクは静かに言った。
「……僕一人では、守りきれないかもしれない」
「なら、僕が隣に立ちます。
ユリカさんとリシェリアを、共に守りましょう」
ふたりの手が固く結ばれる。
「敵に回すと怖いあなたが、味方でいてくれるのなら心強い」
「それはこちらの台詞です」
その言葉に、かすかな安堵が生まれる。
しかしシェイは続けた。
「――ルーくん。どちらにしても、教会にはいずれ漏れます。
ならばこちらから先に動くしかありません。
公に認めてしまうのです。君の口から」
ルアルクは目を閉じ、長く息を吐いた。
「……分かりました」
声は静かだったが、拳は震えていた。
避けたい相手に会わねばならないと知りながらも、父として逃げるわけにはいかなかった。
◇
重厚な扉を押し開けると、冷たい香の煙が立ちこめた。
高座に座る男が、氷のような瞳で息子を見下ろす。
「……なんだ。今度はまたしくじったか、この恥さらしが」
その言葉に、幼い日の記憶が胸をよぎる。
”恥をかかせるな”と、繰り返し受けた叱責の声。
突き放す瞳。
呼ばれたことのない自分の名。
慣れているはずなのに、心臓がきしむ。
それでも、ルアルクは頭を垂れた。
「――子を、認知したいのです」
「子だと」
「はい。白い魔力を持っています」
どの程度の白かは告げない。ただ、それだけを伝えた。
短い沈黙ののち、男の口元が冷たく歪む。
「……白か。ならば利用のしようはある」
血を受け継いだ孫の話を前にしても、愛情の気配は微塵もない。
ただ利益を量る眼差しが、鋭く突き刺さる。
「認知は教会の場で行え。証人を立て、式を整えよ」
ルアルクは拳を強く握りしめ、静かに頷いた。
「……承知しました」
背を向けたとき、低い命令が落ちる。
「――裏を取れ。どの程度の白か、必ず知れ」
従者が一礼し、影に消える。
ルアルクは振り返らず、重い扉を閉めた。
胸の奥に残るのは、冷たく重い痛み。
だが――父としての決意だけは揺らがなかった。
sideユリカ
その夜。
ランプのやわらかな光が揺れるリビングで、ユリカは膝に乗せた娘の銀の髪を梳き、白いレースのリボンを丁寧に結んだ。
――あの日、幼いルアルクが彼女に差し出した、あのリボンを。
「お母様、きらきらしてる!」
「本当に……似合っているわ」
「うん、かわいいね」
ルアルクがさらりと娘の頭を撫でる。
藍の瞳を瞬かせ、くすぐったそうに受けるリシェリアに、ユリカの口元がやわらかくほどけた。
この日常が、永遠に続けばいい。
けれど胸の奥では、シェイの言葉が重く響いていた。
(この子は守れる――でも、きっと教会に“純白”を持つと気づかれる)
抱き締めた腕が、ほんの少し強張る。
その気配を察したのか、ルアルクがそっと膝をついた。
床板が低く鳴り、空気が静まる。
「リシェリア。
君を――正式に、僕の娘として認める」
小さな顔が上がり、藍の瞳がまんまるになる。ユリカは驚きに息を呑んだ。
「どんなに教会が何を言おうと、僕は君を手放さない。
――僕の名に、君を刻む」
言葉には震えが混じったが、迷いはない。
リシェリアは意味まではわからず、それでも「お父様!」と笑って両腕を伸ばした。
その声に、ルアルクの目から涙が一筋、零れ落ちる。
ユリカの目にも、安堵と恐れと祈りが一度に満ちた光が浮かんだ。
ユリカは唇を噛み、視線を落とす。
「ごめんなさい、ルアルク。
あなたの立場を壊してしまう。
こうなるのが怖くて、あなたに黙ってこの子を産んだのに……それでもこの子を、あなたの子を産みたかった」
言い終えた指先がかすかに震え、膝の上のスカートを握る。
ルアルクは一歩近づき、娘を片腕で抱え直すと、もう片方の手でユリカの手を包み、そっと力を抜かせた。
短く息を整え、静かに首を振る。
「謝らないで。僕はユリカとリシェリアに感謝しかない。
僕の子どもを産んでくれて、ありがとう。
一人でたくさん悩ませて、ごめん。
僕が弱くて、きちんと支えられる器がなくて、君が僕を頼れなかった。
もし責めがあるなら――それは全部、僕のせいだ」
ユリカは首を横に振る。
言葉にならない吐息のあと、涙が一粒、手の甲に落ちた。
それに気づいたルアルクは、彼女の指先に親指を重ね、落ち着かせるように一度だけ軽く圧をかける。
視線は揺れず、まっすぐ彼女へ。
「シェイさんにも、心から感謝してる。
嫉妬しないと言ったら嘘になるけど、彼がいなかったら誰も救われなかった」
そこで小さく息を吐き、腕の中の小さな手を包み直した。
「……もう、手配は済ませた。
明日、正式に公にする。
それでも、君の気持ちを聞かずには進めたくなかった。
僕はこの子を隠したくない。
――許してほしい」
ユリカの喉がきゅっと鳴り、視線が合う。
ルアルクは一拍置いて膝を落とし、視線の高さを彼女に合わせた。
「――僕に、この子の父親としての責任を取らせてほしい」
その宣言に合わせて、ユリカの肩から力がふっと抜ける。
彼女は自分の手をそっと押さえ、震えが収まっていくのを確かめるように小さく頷いた。
その時、扉がそっと開いた。
「……お邪魔しましたか」
黒髪の青年が立っていた。
シェイの穏やかな眼差しに触れ、こわばりがわずかに解ける。
「大丈夫です。僕が必ず守ります」
その声音は静かに、しかし揺るぎない。
ルアルクは黙って頷き、娘の小さな手を包んだ。
「……彼女は、僕のすべてだ」
ルアルクの囁きに、シェイは短く目を伏せ、わずかに会釈する。
ユリカは小さく息を吐き、呼吸をもう一度整えた。
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