雨はやさしく嘘をつく

黒崎優依音

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第十章 未来への約束

未来を抱きしめて

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sideユリカ



朝の光が、薄いカーテン越しにやわらかく差し込んでいた。

昨夜の余韻がまだ肌に残っていて、枕元には結び目のほどけた白いリボンが落ちている。



「……おはようございます。

 そして――お誕生日おめでとうございます」

囁くと、シェイがまぶしそうに目を開け、少し照れたように笑った。

「……もう何歳か、自分でもわからなくなりましたけどね。

 でも、ありがとうございます、ユリカさん」



額に軽く口づけを受けて、ユリカも笑みを返す。

その直後、彼の瞳がふと真剣になり、ユリカの下腹部に止まった。



――黒の魔力が、芽吹いた気配にそっと触れた。



「……?」

問いかけるより早く、シェイは勢いよく身を起こす。



「ユリカさん!!!きてくれました!!!」



「え……?」

声が震えている。喜びが堰を切ったみたいに溢れている。

彼はユリカの両手を握りしめ、泣き笑いの顔で繰り返した。



「……きてくれたんです!僕たちの子が……!」



「ちょっと、落ち着いてください」

ユリカは慌てて彼の背を撫でる。

けれど次の瞬間、シェイの瞳から涙がこぼれ落ちた。



「……僕の誕生日は、ずっと嫌な日だったんです」

嗚咽混じりに声が続く。

「呪いが始まった日で……母に“産まなきゃよかった”と拒絶された日で……。

 ずっと消したい日でした」



ユリカは胸が痛んだ。強く抱きしめ返す。

彼の背中が震えていて、熱い涙が肩を濡らす。



「それが今……こんな奇跡の贈り物になるなんて……」

笑いながら泣きながら、彼は言った。

「まさか、こんな誕生日プレゼントが待っているなんて思いませんでした」



ユリカの肩に顔を埋めたまま、彼は涙でくしゃくしゃの笑顔を見せた。

「嫌な日が、普通の日になって。

 ……そして今、初めて――僕にとって特別な日になったんです」



震える声は、最後に澄んで響いた。

「ユリカさん……僕、生まれてきてよかったって、初めて心から思えました」



眠りたての朝の光が、二人の間でやわらかく揺れた。





sideシェイ



その日の午後、リリとルアルクが小さなケーキを抱えて訪ねてきた。

「大げさなお祝いはしないけど、甘いのは別腹!」と笑うリリに、シェイは苦笑して受け取る。

ユリカも笑顔で迎え、テーブルの上に短いろうそくが灯された。



穏やかな時間――のはずだった。

けれどルアルクの瞳がふと揺れ、次の瞬間、言葉にならないまま涙があふれる。



「……よかった。本当に……よかった」



それしか言葉にならないらしい。

頬を濡らしながら、それを何度も繰り返す。

シェイは思わず胸が詰まった。



――自分なら、こんなふうにまっすぐ喜べただろうか。

嫉妬も複雑な思いも置き去りにして、ただ祝福の涙を流すなんて。

(……負けましたね、ルーくん)と、彼は心の内で苦笑する。



リリがユリカに抱きついて「よかったね!」と泣き笑い、空気がやわらかくほどけていく。



ルアルクは涙を拭おうともせず、真剣な声で言った。

「……すぐに母体保護の魔法をかけておきますか?」



シェイは反射的に深く頭を下げる。

「……お願いします」



胸の奥に罪悪感が広がる。

自分のために、彼を都合よく使ってしまっているようで――。

けれどルアルクは静かに首を振り、まっすぐに見返した。



「あなたが考えていることはわかります。けれど、これは僕の意思です。

 ユリカを守れる魔法が僕に使えて……僕こそ嬉しいんです」



言葉が出ない。

これは自分のためじゃないと思っていた。

でも本当は、自分が一番欲しかった術だった。

そして今、その術が家族を守るためにここにある――。



白い結び目がまたひとつ、シェイの胸の奥で確かに結ばれた気がした。





sideユリカ



ゆるやかな午後の陽射しの中で、ふいにお腹がとくんと動いた。

「……あ、フィルちゃんが動いた!」

思わず声を上げると、隣のシェイが眉を上げる。

「……はい?今なんと?」

「フィルちゃんです。この子の胎児ネーム。

 シェイさん由来の“フィルちゃん”で呼んでいるんです」



リリがぱっと顔を輝かせる。

「フィルちゃん!!あはは、あんたらしいね!」

ルアルクは少し堪えるように微笑んだ。

「愛されてますね……ふふ」



シェイは小さく息をつき、ぽつりと続ける。

「……胎児ネームが父親由来なのは、ユリカさんの伝統みたいですね。

 リシェ、君は“ルルちゃん”なんて呼ばれていたんですよ」

「えーっ!?」

リシェが目を丸くし、リリとルアルクが揃って固まった。



「ちょっとシェイさん!」とユリカが抗議する間に、彼はさらりと追撃する。

「もしかしたらそのまま名前も“ルルちゃん”になっていたかもしれませんね。

 候補に挙げてましたよ。

 丸までつけて、本気でしたから」

「ええ!?リシェ、ルルちゃんはお父様みたいでやだ!!」

リシェが慌てて首を振ると、リリが大爆笑して腰を叩いた。

「あはは、確かにね!ルー、あんたも愛されてんじゃん!」

「……」

ルアルクは顔を真っ赤にして俯いた。



場の笑いが落ち着いたところで、ユリカは胸を張った。



「……実は、もう考えてあるの」

「そうなんですか?」シェイが少し嫌な予感を漂わせて問い返す。

「シェイさんの子どもにピッタリの名前、思いついたんです!」

リリがニヤニヤして、「絶対聞いておいた方がいいやつだね」と呟き、ルアルクも興味深そうにこちらを見る。



「シェイさんのミステリアスな雰囲気を継ぐ子になると思うので……男の子なら“ミスティアス”、女の子なら“ミスティア”です!」



「……!!」



シェイが絶句した。





「うわー……」とリリが吹き出し、シェイは慌てて声を上げる。

「ちょ、ちょっと待ってください、本気ですか!」

「はい。あなたを思って考えました!

 口に出すたびにピッタリって思います!」

「なるほど、良い名前ですね」

ルアルクは素直に微笑んだ。

「どんな子になるか、早く会いたくなりますね」

「ルー、本気で言ってる……?あんたもセンス近いんじゃないの」

リリが呆れ、ユリカは頬を膨らませる。

「もう、リリってば!

 ルアルクならわかってくれると思ってたわ。ね、ミスティアス」



お腹にそっと手を添えると、タイミングよく中からトンッと蹴られた。

「……あ、今ちょうど動きました!

 フィルちゃんもミスティアスがいいみたいです!」

「……ごめん、ミスティアス(仮)。

 僕にはユリカさんを止められない。

 今の蹴りがツッコミでないことを祈っているよ……」



隣でシェイが小さく嘆息し、額を押さえた。





sideシェイ



そして――時は流れた。

初夏の爽やかな風が街を吹き抜ける頃、産声が小さな部屋に響いた。



「……ユリカさん、お疲れ様。元気な男の子ですよ」

その言葉とともに、クラリッサが赤ん坊を抱き上げる。



黒髪に碧い瞳――間違いなく彼の血を継ぐ子。



ユリカの顔に安堵の涙があふれる。

リシェが背伸びして覗き込み、「弟だ!」と嬉しそうに声を上げた。

リリは両手を広げて「フィルちゃん改め、ミスティアス!よろしくね!」と勝手に宣言する。

ルアルクは少し離れたところで、静かに、けれど温かい瞳で見守っていた。



シェイはそっと赤子を腕に受け取り、まだ小さな鼓動を胸に押し当てる。



「……ようこそ、我が家へ。

今日からよろしくお願いします」



白い布でくるんだその命を抱きながら、今まで感じたことのない幸福感が次から次へと湧き出てくる。



未来への約束は、今こうして確かに結ばれた。









産声が収まり、ユリカは渡された子を胸に優しく抱いた。

「……ようこそ」

ユリカの目には涙がにじみ、頬を伝った。



シェイがそっと覗き込み、戸惑うように手を伸ばす。

包みを預けると、その大きな掌が驚くほど慎重に形を作った。

「……こんなに、小さいんですね」

黒い睫毛の奥に、ただ喜びだけが揺れているのが見えた。



ルアルクが一歩進み出て、視線を落とした。

ユリカが微笑んで包みを渡すと、彼は息を整え、ゆっくりと抱き上げる。

胸に落ちた重みを受け止めた瞬間、藍の瞳がかすかに潤んだ。

「……あたたかい」



「ルー、泣いてる?」とリリが笑いながら手を差し伸べ、包みを受け取る。

小さな顔を覗き込み、「かわいいねえ!」と声を弾ませた。

場の空気がぱっと明るくなる。



「リシェも!リシェも抱っこしたい!」

リボンを揺らして飛び出してきた娘に、ルアルクが後ろから手を添える。

小さな腕にそっと預けられた弟を見つめて、リシェリアは息をのんだ。

「ちっちゃい……あったかい……」

そのひとことに、大人たちは顔を見合わせて微笑んだ。





輪の中心に集う温もりを見ながら、シェイの胸の奥にはひとつ冷たい影が残っていた。

――この鼓動の中に、自分の色が混じっている。

喜びと一緒に、呪いも渡してしまった。



けれど不思議と、恐れも後悔もなかった。

ただ、この子がこの子らしく、幸せに生きていけますように。

その思いだけが、胸に満ちていた。



――未来への約束は、今こうして確かに結ばれた。





sideシェイ



数日後、昼下がりの部屋。

リシェリアとリリはルアルクと散歩に出かけ、残っているのはユリカとシェイ、そして生まれたばかりの赤子だけだった。

穏やかな光が窓辺に差し込み、柔らかな静けさが広がっていた。



シェイは赤子を抱き、ゆっくりと息を吐く。

「……生まれた直後、身体の奥から力が抜ける感覚がありました」

声は低く、遠い。

「渡してしまったんです。この子に」



ユリカはベッドの端に腰掛け、彼を見つめた。

「どうして……その力を“呪い”と呼ぶのですか?」

落ち着いた声だった。

「これは、私たちの子にも関わること。

 だから……教えてください」



一瞬、呼吸が止まる。

ユリカにだけは、言いたくなかった。

嫌われるのが怖くて、彼はずっと避けてきた。

だが――母として問うなら、逃げられない。



「……こんな酷い力を、僕の願いでこの子に渡してしまったことを……あなたは責めるかもしれません。

 それでも、聞いてもらえますか?」



シェイは一瞬目を伏せ、そして遠い目をした。





――幼い日の記憶が、胸の奥から浮かび上がっていく。





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