【完結】美女と岩

平川

文字の大きさ
6 / 10

5.

しおりを挟む
 軍部に属してからは闇属性の特性を主に敵の兵の捕縛や探索に使う事が多かった。
 剣を媒体にして影から凡その位置を把握する事が出来る。近づけば近づく程数も判るように鍛錬した。今手元にあるのはアンジュがくれた剣の鞘。これを媒体にアンジュを探す。
 暫く反応は無かったが徐々に彼女の魔力に反応する様になって来る。

 このゴード伯爵領を俺は何度行き来しただろう。アンジュを連れて端から端まで訪れている。彼女はこの領地が好きだった。不思議な光る石カカナンを始め様々な魔石が採掘出来る。洞窟に入ると岩の間からほんのりと光る石達が綺麗で…瞳を輝かせジッと眺めていたアンジュの姿が俺にとって…何よりも美しかった。


 ああ…もう解っている。

 俺はアンジュが…あの子を愛しているのだ。

 だからこそ幸せになって欲しいのだ。

 汚い奴らからその身を護り、彼女の思うままに…

 悲しむ顔も、泣く姿も見たくない。

 瞳を輝かせ笑う顔が……それが……見たいんだ。

 その為なら

 俺はなんだって出来る!なんでもしてみせる!


「……居た……ここは…」

 馬で走る事四半刻。アンジュだけを探索する事に集中していると林道を抜け山に入る道に居る事が判る。
 ヤボイヌ伯爵領は確かここから馬で2日は掛かる。山越えをすれば短縮は出来るだろうがこの山はかなり入り組んでいて同じ様な岩盤が乱立しているので遭難しやすいのだ。
 逃走経路には適さない…が、アンジュは今日既に16歳になっている。

「…まさか…時間稼ぎしてその間にアンジュを?既成事実を作ろうとしているとしたら?…あまりに下衆な発想か…いや、こんな大胆な襲撃をする様な奴に常識など通用せん!急がねば!」

 俺は更に魔力を込め剣に呟いた。

「風よ。ローザを運べ」

 剣を媒体に風が馬の脚を包み込む。一定期間速度を上げる事が出来る。勿論風属性を持つ者なら初歩の初歩だが、俺は少し違う。魔力の消費は高いが風に物理性を加え、馬の脚に羽を付ける形に鍛錬したのだ。これにより険しい山道や崖、クレバスも飛び越えられる様になった。

 グンッと馬の身体が持ち上がり目の前にある山への道を上がり始める。岩がゴロゴロして身体の大きな馬には歩き難い悪路もヒョイッと越えて行った。相棒のローザは既に何度もこれで戦地を走って来たからか怖がりはしない。

「アンジュ…もう少し…耐えてくれ!」

 闇の探索でアンジュの魔力が近づいているのが判る。同時にざっと30程の人の魔力を感知した。やはり悪路の所為かなかなか歩みが進まなかった様だ。中腹の平地辺りで留まっている。
 風属性を持つ者は鍛錬次第で身体を浮かす事が出来る様になる。だが魔力を増やす事は難しい。つまり乱用出来ないのだ。魔術師が居たとしてもこの数を運ぶ事など不可能だろう。

「まずはアンジュの確保だ。行くぞローザ!」

 巨大な岩壁を駆け上がり一気に距離を稼いだ。そのまま走り続け前方に拓けた平地と薄らと馬の陰が見えて来る。

「…追い付いた。魔術師が居るんだったな…闇よ我を覆い隠せ」

 俺は自分に隠蔽魔術を施し走るローザから飛び降りた。
 山の中の平地部分は岩盤に囲まれた小規模な野草群生地帯で湧水もある。もう少し岩場を上がれば洞窟が点在している。おそらく中は繋がっているのだろうがアンジュを連れてはこの辺りまでしか入って行った事は無かった。

 突然デカイ馬が走り込んで来た事に驚いたのか一斉に武器を構える敵兵。鎧に家紋などは付いていない。もしかしたら雇いの傭兵かも知れない。服装もバラバラだ。ある程度の注意を馬に任せ、風を伴い走り抜ける。アンジュの魔力は1番近い位置にある洞窟に留まっていた。そして重なる様に微量の誰かの魔力が…

 一瞬で血が沸き、洞窟に向かって全速で走る。岩場を飛び越え入口に立つ数人を薙ぎ払い暗い中に飛び込んだ。直ぐに女の、いやアンジュの声が壁に反射して俺の全身を通り抜ける。

「ーーっ!アンジュ!やっぱりか!!」

 アンジュは…白い子鹿の様だ。他の男の目にどう映っているかは知らないが手に入れたくなるのは解る。婚約者が居てしかも自分よりも高位貴族の子息。手を出せば制裁を受け、下手すれば領地没収や降位処罰を受ける。更に貴族の未成年が相手だと貴族席すら剥奪され兼ねない。だが同意であれば全て覆る。16歳で婚約を本契約される前に身体を奪って責任を取る…腹に子が出来るかも知れないのだ。簡単に罰せられないとアンジュを拐ったのだろう。恐らく前から計画していた筈だ。唯、アンジュを手に入れるその為だけに…もし、アンジュとお互いに想い合う相手なら…それなら…


 だが…

 冷たい濡れた岩の床に転がされ組み敷かれたアンジュの叫びは


『悲鳴』だ!


「貴様などに渡せるものかーーーーーっ!」



 嫌がり泣き叫ぶアンジュに覆い被さり下半身を肌蹴させた中肉…いや、少し小太りな男の脇腹を走り込んで来たままの勢いに更に渾身の力で蹴り上げた。


 バカーーーンンッッと盛大に音を鳴らして洞窟の壁面に叩き付けられた男を横目にアンジュに顔を向ける。

 朧げに光るカカナンの照明石がアンジュをぼんやりと照らしている。淡いオレンジの髪は乱れて地面に張り付き、白い顔は涙に濡れていた。

「ぁ……」
「ハァハァ…ア…アンジュ…」
「あ…ああ…ダリ…さま…?」
「ああ、ハァ…俺だ…無事か?」
「ダ…ダリ様ぁ…ああ…うーーっ!」
「大丈夫。大丈夫だ。何も心配するな。もう怖い思いはさせない」

 アンジュを抱き起こし抱き締める。頼りなく震える柔い身体は冷え切って冷たい。こんな濡れた固い地面に寝かせる様な奴が本気でアンジュを大事に出来る訳が無い!

「アンジュ…身体は…その、痛いところは…無いか?」
「手首…ヒック…痛い…うっうっ」
「強く掴まれたのか…他には…その…無体は…」
「…太ももを撫でられ足首を掴まれましたっ…うーーーっ」
「…そ、そうか…」

 未遂か!良かった…しっかりしたドレスを着てるから助かったのか。夜着のままだったら…遅かったかも知れない…

 ホッと胸を撫で下ろし息を吐く。これで憂いは無くなった。

「アンジュ。一応聞くが…こいつはお前の恋人とかじゃ無いよな?」
「こ…恋人?」
「その…好きな男…って事」
「………どう言う意味ですか?」
「あ、いや…なんでも無い。違うなら良いんだ」
「ダリ様…酷い…やっぱりあの噂…」
「え?」

 その時洞窟の外で人の騒いでいる声が近づいて来る。倒れている見張りに気付いたのだろう。

「ふう…取り敢えず他の奴らを片付けて来る。アンジュは此処に居てくれ。直ぐ戻るから…待てるな?」
「ダリ様…はい」

 コートを脱いでアンジュに被せ、頭を撫でてから壁面前の床にクシャリと潰れた男を担いで洞窟の外に出た。ザッと30程だが全員武器持ち、魔術剣士に魔術士有り。
 ゴキンッと肩を鳴らし向き合った。

「お前らの雇い主はこいつか?いくら貰ってるか知らないが女を拐かす為に雇われたならもう失敗だ。俺が来たからには、な」

 ザワッと騒つく兵達。

「貴族子女誘拐は重罪だ。しかも伯爵家を襲撃したんだろ?怪我人も出ている…逃がす訳にはいかないな」

 スラッと剣を鞘から抜いて魔力を込める。俺は身体がデカいだけでは無い。火と風と闇属性を持つ魔術剣士だ。

「俺の婚約者を泣かせた罪は償って貰う。第二軍隊隊長リダリオス・バンス・ローザンテ…貴様らを断罪する者だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...