No.2 トブトリノス

羽上帆樽

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 目を開くと真っ白だった。僕の頭も真っ白だったが、視覚的な効果として真っ白だったという意味だ。白というのは、あらゆる波長が合わさることで実現する光の色のことだが、僕がそのとき感じた白は、もっと本質的なもののように思えた。波長の組み合わせとして一時的に成立するようなものではなく、根源的な色のように感じたのだ。

 その空間自体が白だったとも言えるかもしれない。身体を起こして周囲を見渡すと、一面真っ白だった。壁に覆われているわけでもない。手で空を切ってみても、空間が歪むようなことはなかった。色づけされているわけでもなさそうだ。

 よく見ると、空間のずっと上の方に線状の何かが走っていた。衣服のタグを繋ぐプラスチック製の紐みたいだ。一本ではなかった。どこか分からない一点から走り始め、湾曲しながらどこまでも続いている。縦方向と横方向の両方に伸びたものがあり、互いに交差しているのが分かった。

 背後から抱き締められる。

 自分の正面に手が出現する。

 振り返ると、カロが立っていた。

「大丈夫?」

 彼女に問われて、僕は頷く。

「ここは?」

「分からない」彼女は首を振った。「でも、たぶん、まだ、キューブの中」

「キューブは?」

「どこかへ行った。人を呼んでくるって言ってた」

 カロと一緒に、僕は暫くの間その場に立ち尽くしていた。これまで起こったことが頭の中を駆け巡る。

「僕たちは、どうしてここに来たんだろう」僕は呟いた。

「キューブに呼ばれたから」カロが答える。

「キューブは、魔法使いが関係していると言った。僕たちをここへ来るように仕向けたのは、彼なんだ」

「魔法使いは関係者の内の一人で、仕向けたのは別の誰かなのでは?」

「そうかもしれない」僕は頷く。「しかし、僕には彼一人の思惑が大きいように思える」

「どうして?」

「君を生み出したのも彼だから」

「そうか」

「創造物にとっては、創造主が起点となる。君を作り出した目的は、君の内にも宿っているはずだ」

「そういうことが、だんだん思い出せなくなってきた」

「そういうことって?」

「自分の出生に関すること」

「ほかの知識が増えたからかもしれない。使わないものは捨ててしまうんだ、人間って」

「私は人間じゃない」

「でも、人間に似てしまった。僕の傍にいたから」

 遠くの方から黒い浮遊物が近づいてくるのが見えた。おそらくキューブだ。空間がどこまで広がっているのかは定かではないが、どこまでも広がっていることは分かった。一応、距離の概念はあるようだ。それが物理的なものかどうかは分からなかったが。

 僕たちは物理空間にいるのか?

 キューブが僕たちの傍まで来る。近くで見ると、先ほどよりもスリムな形状になっているのが分かった。無数の粒子の集合体という趣ではなく、一つの球体として存在しているように見える。キューブではなく、ボールと呼称を変えるべきだろう。

「僕たちは、どれくらいで帰れるの?」僕はボールに質問する。

〈用が済めば、すぐにでも〉ボールはいつもの口調で答えた。

「用っていうのは?」

〈もうすぐ、シスターが会いに来る〉ボールは言った。〈オレの口からではなく、彼女から説明してもらおう〉

 僕はなんとなく疲れていて、けれど頭はクリアだった。一時的に眠ったからだろう。身体を動かすのには抵抗があったが、考えるのは苦痛ではなかった。

 魔法使いが何らかの目的でここまでのことを仕組んだのだとすれば、カロもそのために生み出されたと考えられる。カロはたまたま僕が作った人形に住みついたのではなく、そうなるように初めからデザインされていたということだ。何しろ、魔法使いがすることだ。そのくらいできても不思議ではないだろう。魔法使いは科学者に近い節がある。あらゆることを計算しているし、その結果を実現させる術も持っている。もしかすると、魔法使いと科学者の間には、対象を異なる記号で表すというくらいの違いしかないかもしれない。

 考えるだけでは物事は成り立たない。思考の過程と結果がすべてではない。計算するにしても、必ず最初のインスピレーションが必要になる。そして、そのインスピレーションというものは、論理的な思考から導かれるものではない。あるときふと手もとに降ってくるものだ。そういう意味では、カロが作り出されたことには、何らかの偶然が絡んでいるかもしれない。

 自分が何を考えているのか、あまり分からなかった。頭の中にイメージはあるが、それを上手く言葉にすることができない。言葉にすると言っても、実際に口に出しているわけではないから、一般化された言語を想定しているわけではない。世の中には、言葉で考える人間と、映像で考える人間がいるらしいが、僕には両方の性質が備わっているように思えた。両極に位置する点は分類の指標にはなるが、その間は地続きになっていて、明確に二分することはできない。

 カロが翼を広げて、宙を浮遊し始めた。歩くように飛び回る。散歩のつもりだろうか。

「カロ。君は、何かに似ている」僕は言った。上着のポケットに両手を入れて、目は地面を見ていた。もっとも、地面と呼べるものはなかったが。

「何に似てる?」カロが尋ねた。

「何か、そういうキャラクターがいなかったかな」

「いっぱいいると思うよ」カロは答える。「オリジナリティって、何だろう?」

「人間が認識できるものには、必ず何らかのモチーフが含まれていると思う。もととなる何かが存在していて、皆がそれを知っていて、それをもとに作るからこそ、ほかの人に受け入れてもらえるんだね」

「そうなの?」

「そう思わない?」

 カロはすぐには答えない。きっと、考えているのだろう。

「君に翼が生えている理由は、そういうところにあるんじゃないかと思う。魔法使いの考えが、どの程度君の姿に影響を与えているのか分からないけど、その理由は、物理的な観点から求めるべきではないような気がする」

「そうかな」

「僕が作る人形は、人間をもとにデザインされているわけだから、君がその人形に寄生したら、君の姿が人間に似るのは当然だ」

「女性っぽいのは、どうして?」

「うーん、どうしてかな。魔法使いの考えが関係しているのかもしれない」

「私って、菌類なんだ」カロは話す。「少なくとも、初めは菌類と同じシステムだった。それが、人間と同じ姿になった。これも、魔法使いが考えたこと?」

「どうだろう。本当のところは、彼にきいてみないと分からないけど」

「どうして、初めは菌類にしたんだろう?」

「そういうことを考えるにも、やはり、物理的な観点から攻めるべきではないと思うな。この世界に存在するのであれば、物理に則った格好になるしかない。でも、物理に則るといっても、可能性は一つじゃない。けれど、実現される可能性は一つしかない。その結果実現された姿について、物理的な観点から説明することは、果たして本当に妥当と言えるだろうか?」

「さっきから、どうして物理に拘るの?」

「僕が根本的にそういう人間だからかな」

「そういうというのは、どういう?」

「人間的な人間」

「人間って、何だろう?」

「さあ。もしかすると、それが分かりたくて、人形なんて作っているのかもしれない」

 真上から円を描いて飛来する影があった。ぐるぐると回りながら徐々に高度を落としていく。失敗作の紙飛行機みたいな挙動だったが、軌跡自体はしっかりとしていた。音はあまり聞こえない。近づいてくるにつれて、それが人と同じ形をしているのが分かった。人形なのか、人間なのかは分からない。また、生きているのか、生きていないのかも分からなかった。

 それは僕たちの前で静止した。僕とカロは立っているのと等しい状態だったが、それは違った。ボールと同じように浮遊している。

 上から降りてきたそれは、青い光を目に宿していた。髪は黒くて長く、女性らしい見た目だ。翼が背中から生えていて、それで空を飛んでいたようだ。翼は大きく、黒かった。小さな羽が無数に集まって一枚の大きな翼を形成している。黒いローブのようなものを身に纏い、フードで目もとが隠れかかっていた。フードの隙間から髪が垂れ下がっている。

 僕がそれを見て抱いた印象は、カロと対照的な見た目をしているということだった。おそらく、僕以外の者が見ても同様の印象を抱くだろう。デザインのモチーフが同じだからかと考えた。

〈彼女がシスターだ〉ボールが言った。

「どうも」シスターと呼ばれたそれは、小さく頭を下げる。「来てくれてありがとう」

 シスターは、声が低く、ハスキーな感じだった。とはいっても、僕はハスキーというのが具体的にどのような音か知らない。その言葉が持つ響きは、飲み物で言うと、苦味の強い紅茶のイメージと最も強く一致する。
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