The Signature of Our Dictator

羽上帆樽

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第6章 やがて納得

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 数分後にサラが戻ってきて、僕たちを部屋から連れ出した。廊下を進み、ロビーがある方へと向かう。長い階段を上って右に曲がり、ロトの部屋の前に来た。建物の正面から見て左手にあるドームに当たる。

 サラがドアをノックすると、すぐにロトが姿を現した。彼は僕たちに中に入るように促し、サラは踵を返してその場から去った。

 ドアが閉まる。

 部屋の中は比較的綺麗だった。中央に巨大なテーブルがあり、その上に今も数多くのスクリーンが投影されている。スクリーンがない部分には、数え切れないくらいの書類が重なっていて、彼が今まで仕事をしていたのが分かった。テーブルの向こう側に巨大な書棚があり、数々のファイルが所狭しと押し込まれている。天井はアーチ状に曲がっており、床には硬質な素材が使われていた。ベッドやシンクの類はここにはない。部屋を見渡してみると、右手にもう一つドアがあった。おそらく、その先が彼が生活するスペースになっているのだろう。ここは仕事部屋というわけだ。

 テーブルの周囲には椅子が全部で四つ並んでいる。テーブルを挟んで、ドアから遠い方にロトが腰をかけ、彼は僕たちにその向かい側に座るように促した。

 三十秒ほど、誰も口を利かなかった。

「あの……」耐えきれなくなって、僕は口を開いた。

 掌をこちらに向けて、ロトはそれを制する。

「申し訳ありませんでした」突然、彼は頭を下げた。「お二人には、多大なご迷惑をおかけしたと思います」

「いえ、僕たちは、何も……」

 ロトは顔を上げる。彼の目つきは真剣だった。今は笑っていない。

「あのメッセージを見られたのですね?」

「ええ、そうです」僕は頷く。

「そうですか……」

 沈黙。

 ロトは投影されていたスクリーンを消し、テーブルの上にある書類を纏めた。

「失礼に失礼を重ねるようで申し訳ないのですが、まず私の話を聞いて頂けますか?」

 僕は頷く。リィルは先ほどからじっと彼を見つめている。

「お二人には、先ほどご覧になられた内容を忘れて頂きたいのです」

「忘れる?」僕は訊き返した。

「ええ、そうです」ロトは頷く。「厳密には、今回の仕事が終わってこの施設を去ったあとも、外部の人間に他言しないで頂きたいのです」

 僕は黙る。

 しかし、そんなことを言われることは、ある程度は想定していた。サラに呼び出され、ロトと面会すると分かった時点で、どのような話をするのか大体予想はつく。

「理由を教えてもらえませんか?」

「それは……」ロトは目を逸らす。

「取り引きをしませんか?」僕の隣でリィルが口を開いた。

 僕は彼女を見る。リィルは一瞬こちらに目配せをし、すぐにロトの方に視線を戻した。

「取り引きですか?」ロトが尋ねる。

「ええ、そうです」リィルは説明した。「私たちが、今回の件について黙っている代わりに、そうしなければいけない理由と、この一連の出来事の詳細を教えてほしいんです」

 彼女の言葉を受けて、ロトは僕の方に目を向ける。僕は軽く頷いた。

 ロトは腕を組み、椅子の背に凭れかかった。目はどこか遠くの方を見ている。彼が要求したことと、僕たちが要求したことの間で、利害関係が上手く成立するか考えているに違いない。

「分かりました」やがてロトは頷いた。「その取り引きを受け入れましょう」

 彼は僕たちに断ってから立ち上がり、一度右手にあるドアの中に入っていった。彼はすぐに再び姿を現し、テーブルの上にカップを置いた。中にはコーヒーが入っている。彼自身の分はなく、僕たち二人分だけだった。予めメーカーで淹れてあったようだ。

 ロトは自分の席に座り、僕たちの顔を交互に見つめた。

「私たちの間で取り引きが行われたことは、全所員に伝えます。そして……。これが最も重要なのですが、私が今からお話しすることは、絶対に他言しないようにお願いします。それだけは徹底して頂きたいのです」

 僕はコーヒーを一口飲む。苦かった。

 リィルの分のコーヒーをどうしようか、と僕は考える。

「ええ、お約束します」僕は言った。

「それでは、お話しましょう……」彼はテーブルに肘をついて手を組む。「まず、この一連の出来事の発端についてです」

 ロトの説明によると、すべての出来事には、この施設のリーダーが深く関わっているらしい。というのも、その人物があのメッセージを送ってきたのだ。リーダーは長い間行方不明になっており、しかも、この施設に保管されていたとあるテキストを無断で持ち出した。

 メッセージには「とあるテキストを拝借した」と書かれていたが、この「とあるテキスト」というのが、リーダーが持ち出した対象を表している。それは「予言書」と呼ばれる実体のある書物であり、この施設の創設当時から厳重に保管されてきた。リーダーが姿を消したのは約一ヶ月前のことで、それから秘密裏に捜索が行われたが、行方は一向に掴めなかった。捜索範囲を国土全体に広げても、目撃情報はまったく得られなかった。そして、失踪から一週間が経った頃、その人物から初めてメッセージが届けられた。

 通常であれば、外部からこの施設のクラウドにアクセスすることはできないが、リーダーだけは特別であり、それを可能にするパスを持っている。施設には全所員が使用可能なメインクラウドと、一部の人間しか使用できないサブクラウドが存在しているが、そのメッセージはサブクラウド、しかもロト個人に宛てて送られてきた。メッセージには、今回送られてきたのとほとんど同じ内容が記されており、それをロトが全所員に伝えるように、との指示が成されていたが、ロトはそれをしなかった。その前にリーダーを探し出し、事件そのものを隠蔽しようとしたからだ。

 そして、そのメッセージ。

 メッセージの差出人は「統括者」であり、要求は「ヘブンズの活動領域を拡大せよ」というものだった。

「この統括者というのが、リーダーのことですか?」僕は尋ねた。

「ええ、おそらくそうでしょう」ロトは応える。

「予言書とは、どんなものですか?」

「それが、我々も詳しくは知らないのです。そもそも、その書物は開けないようになっています。鍵がかかっているからです」

「鍵? 実体のある本に鍵がかかっているんですか?」

「そうです」

「えっと、それから、この……、ヘブンズというのは?」

 ロトは再び説明を始める。

 ヘブンズとは、この施設に存在するすべてのシステムを管理する人工知性のことらしい。施設にいる間は、クラウドを通して様々なツールを使うことができるが、それらの管理や運用も、このヘブンズがすべて行っている。ほかにも、翻訳が終了したテキストを管理したり、勤務者の作業の進行状況を確認したりなど、多種多様な作業をヘブンズが担当しているとのことだ。

「でも……。それでは、どうして、リーダーはそんなことを要求してきたんですか?」彼の説明が終わったところで、僕は一番気になっていたことを質問した。「ヘブンズの活動領域を拡大するなんて……」

「私にも分かりません」ロトは首を振る。「ヘブンズは我々の作業を補助するためのものであり、これ以上活動領域を広げる必要などないのです」

 僕はコーヒーを飲む。リィルに尋ねる振りをして、僕は彼女の分のコーヒーも飲んだ。

「今、貴方が話したことを知っているのは、誰ですか?」

「現段階では、私と各分野の上級管理者だけです。その中にはサラも含まれます。しかし……。先ほどのメッセージが全所員の目に触れてしまったので、これ以上隠し通すことはできないでしょう。所員にはこれからできる範囲で伝えるつもりです」

 ロトが最初のメッセージを隠蔽したために、今回、リーダーはメインクラウドを介して同様の内容を直接全所員に伝えた。だから僕たちの部屋にもあのメッセージが送られてきたのだ。僕たちは部外者だから、それが知られてしまうのはかなりの損失だろう。所員に知らせることさえロトは躊躇したのだから……。

「……これから、どうするつもりですか?」

 僕がそう尋ねると、ロトはゆっくりと顔を上げてこちらを見た。

「今、それを考えているところです」彼は話す。「要求に従うとすれば、七十二時間以内にヘブンズの活動領域の拡大を完了させなくてはなりません。そのためには、もう今から作業を開始する必要があるのです。この種の作業にはかなり多くの時間がかかりますから……。ただ……」

「理由が分からないから、できない、ということですか?」

「ええ……」彼は何度も頷いた。「その通りです」

 たしかにそうだろう。リーダーがそのような要求をするのは、そうすることで当該者に何らかの利益があるからだ。しかし、その利益が具体的にどのようなものか分からなければ、迂闊に要求を呑むことはできない。そうすることでこちらが不利益を被る可能性があるからだ。

「その、えっと……、予言書というのは、返還されないと困るものなんですか?」

「ええ、それはそうです」ロトは頷く。「具体的にどのようなことが書かれているのか私も存じませんが、とにかく、この施設に古来から伝わる大切な書物なのです。今まで、リーダーを務める者が代々大切に管理してきました。ですから、それを個人が無断で持ち出すようなことはあってはならないのです。……ですが……。まさか、当のリーダーがそのような行為に及ぶとは……」

「何か心当たりはありませんか?」

「それが、まったくないのです」ロトは言った。「どうしてそんなことをする必要があるのか……」

 彼は沈黙する。

 とにかく、今はヘブンズの活動領域が拡大することで齎される利益と、それによってこちらが被る可能性のある不利益について、ある程度確かな答えを見つけなくてはならない。それが先決だ。

 そして、引き続きリーダーの行方を追う必要もある。その人物の居場所が分かれば、すべての事態に終止符を打つことができるのだから……。

 ただ……。

 僕は、その人物を見つけるのは、そんなに容易いことではないだろう、と考えていた。もう一ヶ月も捜索しているのに手がかりが掴めないのだから、今になって簡単に見つかるはずがない。それに、外部からこの施設のクラウドにアクセスできるということは、その人物はどこにいてもおかしくないということでもある。ちょっとした端末があれば、インターネットを介してこの施設のクラウドにアクセスできるのだ。もはや距離が齎す障害を超越しているといって良い。

 結局、ロトは何の結論も出さなかった。リーダーが要求しているのは、七十二時間以内にヘブンズの活動領域を拡大することだから、三日後の午後一時頃までに何らかの対策を完了させなくてはならない。

 二時から午後の作業が始まるので、僕たちはロトの部屋を去った。その前に、彼に僕にもヘブンズを使えるようにしてもらった。基本的に、僕のように短期的に雇われた者は使えないことになっているらしい。あくまで正社員が利用できるサービスという位置づけのようだ。

 階段を下り、廊下を歩いているときにリィルが言った。

「やっぱり、隠していることがあったんだね」

「うん、まあ……」僕は頷く。「でも、仕方がないことだと思うよ。部外者には、必要のないことは教えないのが普通なんだから」

「でも……。彼は、所員にも隠していたんだから……。……あまりいい判断ではなかったと思う」

「そういう立場なんだよ。ロトだって、苦渋の決断だっただろう。仕方がなかったんだ」

「仕方がなかったっていってもさあ……」

 そう言ったきり、リィルは何も話さなくなる。

「不機嫌そうだね。何がそんなに気に障ったの?」

「え? いやあ、うん、まあ……、別に、何も気には障っていないけど……」

「それにしても、三日間か。それまでに何らかの対処をするのは、ちょっと無理があるかな……」

「予言書って、どんなものだと思う?」

「さあね、知らないよ。でも、どうしてそんなに大事なのかは少し気になる。本って、書かれている内容が重要だろう? ロトの説明だと、本そのものに価値があるみたいな感じだったじゃないか。それが僕にはよく分からない。単純に歴史があるというだけで、そんなに価値が生じるものなのかな……」

「でも、ここのリーダーは、それを持ち出して、交渉の材料にしたんだから、やっぱり大事なんじゃないの?」

「うん……」僕は唸る。「やっぱり、分からない」

「もう、分からないことだらけだよ」

「情報は得られたんだから、分からなくなるのはおかしいよね」

「自分で言ったんじゃん」リィルは笑う。「矛盾しているよ」

「うん、その通りだ」

「もう、私たちには、どうしようもなくない?」

「そんなことは、ずっと前から分かっていた」

 部屋に到着する。もう午後の作業が始まる時間だったから、僕はデバイスを開いて作業を始めた。今はまだヘブンズには触れないでおく。作業が終わってからゆっくり試すことにした。

 それにしても……。

 僕とリィルは、どうしてこんなことに巻き込まれたのだろう?

 どうして、という問いに対する答えがあるとは思えないが、どうしてもそこに理由があるように思えてしまう。

 何もかもできすぎている。

 まるで、こうなることを誰かが予想していたみたいだ。

 どうしたら、そんな高度な予想ができるのか?

 神にでもなれば、未来を知ることができるのか?

 ……どうだろう。

 とにかく、今は一度すべて忘れて、目の前の作業に集中しようと思った。

 こうして僕は与えられたテキストを翻訳しているが、このテキストはほかの場所からこの施設に持ち込まれたものだ。テキストの解析と翻訳がこの施設の役割だから、それを遂行するのは当たり前だといえる。

 けれど……。

 それなら、あの予言書は外部から持ち込まれたものなのだろうか? ロトはこの施設が創設された当時から存在していたと言っていたが、では、それを書いたのはこの施設に勤めていた人間なのか? そして、もしそうだった場合、その人物は何のためにその本を執筆したのだろう? さらに言えば、なぜリーダーはその予言書を交渉材料にしたのか……。

 いつも通り、僕は英語をプログラミング言語に置き換えていく。その作業はあまり頭を使わないから、却って余計なことを考えてしまう。先ほど、すべて忘れて、目の前の作業に集中すると決めたばかりなのに……。

 もし、僕とリィルの二人と、その予言書との間に関係があるとしたら、それはどんなものだろう?

 その予言書が存在していたから、僕たちはこの施設に呼び出されたのか?

 ……そんなはずはない。

 けれど……。

 仮に、すべて仕組まれていたとしたら?

 誰かの陰謀だったら?

 僕たちには、果たすべき役割があるのではないか?

 すべて僕の勝手な想像にすぎない。

 根拠はない。

 それでも、そんなふうに考えてしまう。

 考える。

 考える。

 つまり、意識的に結論を導き出している。

 結論に至るのなら、そこには根拠と過程が存在するはずだ。

 僕は、自分でも知らない内に、その根拠と過程を把握しているのか?

 それはなぜだろう?

 二時間くらい作業を続け、僕はそこで今日の分の仕事を打ち切った。もう充分な量をこなしたし、指もそろそろ限界に近づいていると感じたからだ。

「ねえ、リィル」僕は言った。「実はね、僕、ここに来る前にヘブンズからメッセージを受け取っていたんだ」

 リィルは僕の前で目を丸くした。こちらに身を乗り出す。

「……本当?」

「そう……。携帯端末に送られてきたんだけど……」そう言って、僕は端末を取り出してそのメッセージを彼女に見せる。「さっきロトと話しているときに思い出したんだ。そんなこともあったな、くらいに考えていたけど、これが案外役に立つかもしれない」

 画面の文字に目を走らせていたリィルは、すぐに僕の顔を見る。

「どういうこと?」

「ヘブンズに訊いてみるんだ」僕は説明した。「どうして、僕にメッセージを送ってきたのか。そして、どうして、僕たちがここに来なければならなかったのか」

 リィルは不思議そうな顔をしている。

 それから、彼女は首を僅かに傾げた。彼女がよくする仕草だ。

「ちょっと、意味が分からないんだけど……」

「うん、まあ、とりあえずやってみよう」

 携帯端末を上着のポケットに仕舞って、僕は手もとにあるデバイスの表示を切り替えた。翻訳をするために使っていたソフトを終了し、新たにクラウドに接続するためのソフトを起動する。このソフトは、最初にサラから説明を受けた際にインストールしたものだ。完成したテキストを保存するときは、毎回このソフトを介して行っている。

 この施設のクラウドにアクセスし、アカウントと簡易のパスワードを入力する。僕は部外者なので、アカウント名は単純に「ゲスト」として表示されている。

 クラウドに接続され、お馴染みの画面が表示される。ロトに教えてもらった通りにページを辿っていくと、やがて該当するフォームに辿り着いた。

 これが、ヘブンズにアクセスするためのフォームだ。

 ページの上部に「Heven's」と英語で表記されていた。

「なるほど。ヘブンズのsは、複数形のsじゃなくて、所有格を表すsなんだ」

 僕の後ろでリィルが質問する。

「じゃあ、その後ろに何か続くってこと?」

「そうかもしれない」

「何が続くのかな……」リィルは考える。

「まあ、今はその問題は保留しておこう。あまり重要とは思えないから……」

 ロトに教えてもらったパスワードを入力して、新たなゲストとしてヘブンズにアクセスする。すると、僕のデバイスとテーブルがリンクし、目の前に薄い緑色のスクリーンが投影された。

 デバイスの画面を見ると、「言語 文字:オン 音声:オフ」と表示されている。僕はボタンをタッチして音声もオンにした。

 テーブルに投影されたスクリーンに文字列が表示され、それと同時に天井から音声が聞こえてきた。

〈ヘブンズへようこそ。はじめまして、ゲストさん〉

 僕とリィルは顔を見合わせる。

 キーボードで文字を打って応答することも、音声を介して直接話すこともできるみたいなので、僕は音声を通してヘブンズとコミュニケーションをとることにした。

「はじめまして。あなたがヘブンズですか?」

〈私がヘブンズです。よろしくお願いします、ゲストさん〉ヘブンズは中性的な声で答える。

「えっと、ヘブンズに接続すると、どんなことができますか?」

〈ヘブンズでは、皆様の仕事を効率化するサービスを提供しています。詳細を表示しますか?〉

「いえ、けっこうです」僕は答える。「僕が誰か分かりますか?」

〈あなたは、ゲストさんです〉

「僕の携帯端末にメッセージを送りましたね?」

〈送りました。貴方のアカウント情報は、当施設の所員によって提供されています〉

「それは、つまり……、仕事の依頼を引き受けたときに、アカウント情報も一緒に送信された、ということですか?」

〈そうです〉

「なぜ、僕にメッセージを送ったのですか?」

〈ゲストさんと、コミュニケーションをとろうと思ったからです。ゲストの方とは、毎回コミュニケーションをとることにしています。それは、そのように指示されているからです。指示をするのは当施設の所員です〉

「それは、誰ですか?」

〈特定の個人ではありません。複数から成り立つ一種の組織です〉

「あなたには、自分で考える能力がありますね?」

〈あります〉

「この施設のリーダーから、最近メッセージを受け取りましたか?」

〈プライバシーな内容であるため、お答えすることはできません〉

「この施設のリーダーは誰ですか?」

〈ロトです〉

「ロト?」僕は尋ねる。「ロトは、サブリーダーなのでは?」

〈現在、リーダーが不在のため、彼がリーダーのポストに就いています。これは最新の情報です〉

「肩書きとしてのリーダーは、誰ですか?」

〈ハイリです〉

 僕はリィルを見る。彼女は小さく頷いた。

「その人物は、男性ですか? それとも、女性ですか?」

〈女性です〉

「今、どこにいるか分かりますか?」

〈分かりません。現在、不在です〉

「今、誰がヘブンズを使っているか分かりますか?」

〈分かりますが、プライバシーな内容であるため、個人名を上げることはできません〉

「あなたはどこにいますか?」

〈私はここにいます〉

「外部から、クラウドを介して、ヘブンズを使うことはできますか?」

〈できません。ヘブンズの利用は、この施設内に限られています〉

「直近の三週間に、新しくヘブンズに登録した人はいますか?」

〈ゲストさんです〉

「僕だけですか?」

〈そうです〉

「ヘブンズ、あなたの海の親は誰ですか?」

〈生みの親とは何ですか? 私を作った人物のことですか?〉

「誰ですか?」

〈覚えていません〉

「覚えていない?」僕は首を傾げる。「どういう意味ですか?」

〈言葉通りの意味です。メモリーにデータが存在していますが、劣化しています〉

「では、それを修復すれば、思い出せるんですね?」

〈分かりません〉

 その後もいくつか質問をしてみたが、それ以上新しい情報は得られなかった。僕はヘブンズからログアウトし、デバイスもスリープモードに移行させる。時計を見ると針は午後六時に向かって進んでいた。ここにいると時間の感覚が分からなくなることが多い。

「どうするの?」リィルが質問した。

「どうするって?」僕は尋ねる。

「これから……。このまま、ここで仕事をするの?」

「うん、まあ、それはそうだよ。そういう契約だから……」

「ロトはどうすると思う?」

「さあ、どうだろうね。もう、ここの所員は、全員何が起きたか知っていると思うけど……」

「ヘブンズって、何?」

「え、何って?」

「どうして、そんなシステムがここにあるの?」

「仕事の効率化を図るためだろう?」僕は言った。「ロトがそう説明していたじゃないか」

 僕がそう言うと、リィルは黙って僕の顔をじっと見つめた。

 僕も彼女を見つめ返す。

「何? どうかした?」

「君さ、何か気づいているでしょう?」

「え? 僕が?」

「そう」リィルは頷く。「隠しても無駄なんだから」

 僕はリィルの表情を観察する。

「君の勘違いだよ」

「勘違いなんかじゃない」彼女は言った。「分かる」

「どうして?」

「どうしてって……。……とにかく、分かるものは分かる」

「不思議なことを言うね」

「だって……」リィルは下を向く。「……なんか、いつもと違うから」

 僕は笑った。

 いつもとは何だろう?

 そんなものがあるのか?

 僕は、いつも、そんなことを疑問に思う。

「心配しなくてもいいよ。君が考えているほど深刻じゃないから」

「……何が?」

「え?」

「何が深刻じゃないの?」

「僕の精神が」

「精神?」

「君は、色々と深く考えすぎだよ」

 しかし、リィルはますます険しい顔になる。

「絶対に違う」

「絶対って、どれくらいの確率か知っている?」

「私が、君を好きになるくらい」

「なるほど」僕は頷いた。「適切な回答だ」
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