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目を覚ますと、布団の中だった。布団の中で眠ったのだから、布団の中で目が覚めるのは当たり前だ。以前にも同じようなことを思った気がした。僕には思考の癖があるようだ。だいたい同じ経路で同じようなことを考える。「思考」というが、これは「思」に焦点があるのか、それとも「考」に焦点があるのか、どちらだろう。
カーテンを閉めないで眠ったから、すでに陽光が部屋の中に入り込んでいた。眩しくて僕は目を瞑る。やはり陽光は苦手だ。あっても良いが、積極的に浴びたいとは思わない。しかし、カロはやや積極的に浴びたいみたいだから、ときどき彼女に付き合わなくてはならなかった。彼女に付き合うのは嫌ではないが、陽光を浴びるのは嫌だから、これがジレンマとなる。馬鹿馬鹿しいと自分でも思う。
部屋の扉が開いて、カロが姿を現した。朝の薄闇の中に、溶けた彼女の輪郭がぼんやりと見えた。
「おはよう」カロは挨拶をする。彼女は基本的に礼儀正しい。
僕は声を出さずに、軽く頷いて返す。
暫くの間、彼女は僕を見つめていたが、三十秒ほど経過した頃、部屋の中に入ってきて、僕の隣に座った。
「何?」
「朝ご飯を作った」
「あ、そう」僕は応じる。「作れるの?」
「作ってみた」
「ふうん……」
僕は立ち上がって、椅子にかけてあった上着を羽織る。面倒だから、今日は着替えないことにした。これで洗濯物も削減できる。
「作ってみた感想は?」階下に向かう途中で、僕は尋ねた。
「難しい」カロは答える。「卵を二つ、空にしてしまった」
「空って、どういうこと?」
「目玉焼きを作ったら、卵が二つ空っぽになってしまった、ということ」
洗面所で顔を洗ってから、リビングに入る。テーブルの上に、トーストと、その上に載せられた目玉焼きが準備されていた。
コーヒーの用意がまだだったから、僕はキッチンに入って、コーヒーメーカーに粉と水をセットした。リビングに戻り、コーヒーが入るまでの間に料理を食べることにする。
「美味しいよ」トーストを一口食べて、僕は言った。「上手」
カロは食事はできるが、しなくても良い。しなくても良いことをするのが人間だから、この点で彼女は人間に近いだろうか。しかし、人間がしなくても良いと口にすることは、大抵の場合、しなくてはならない、しなければ人生が豊かにならない、と考えていることだから、本当にしなくても良いことというのがどれほど存在するのか、僕にはいまいち分からなかった。
暫く黙ってご飯を食べる。カロに比べて、僕は食べるのが遅い。きちんと噛まないと飲み込めない。それはカロも同じようだったが、どういうわけか、彼女の方が食べるのは速い。
コーヒーが入った音がして、僕は立ち上がってキッチンに向かった。二人分注いで戻ってくる。
「学校に行きたい」コーヒーを受け取るなり、カロは呟いた。
「え?」僕は口につけかけていたカップを離す。「学校? どこの?」
「一番大きい所」
「大学ってこと?」
「大学の中で、一番大きい所は?」
「さあ……」僕は首を捻る。「知らないな」
僕は大学に通ったことはない。それより下の学校には通っていたが、それまでだった。どうして大学に行かなかったのかと考えてみても、明確な答えは見つからない。ただ、学問から遠ざかろうとしていた節があることは間違いない。
「大学に行って、どうするの?」僕は尋ねる。
「勉強する」
「それなら、家でもできる」
「大学に行った方が、得られる知識も豊富なのでは?」
「それはどうだろう……。本を読めば、大抵のことは解決するんじゃないかな」
「解決したいんじゃない」
「たしかに、そうかもしれない」
「知りたいことがある」
「たとえば?」
「それは、分からない」カロは言った。「何かを知りたいということは知っている」
「欲求ってことか」
「理工科系の分野がいい」
「どうして?」
「客観的だから」
「学問は全部客観的だと思うよ」
その、客観的ということが自分には気に入らなかったのかもしれない、と僕はなんとなく自己分析する。とはいっても、僕にも客観的に考える傾向はあるし、具体的にどう好ましくないのかは分からない。
「人が作ったものじゃなくて、もともと世界にあるものについて知りたい」
「そう……」僕はコーヒーを飲んだ。
「行っていい?」
「いいか悪いかでいえば、いいと思うけど、大学に通うためには、お金も、時間も、そのための準備も必要になる」僕は言った。「やっぱり、今からその準備をするくらいなら、一人で学んだ方が手っ取り早いと思う。特に、君は吸収するのが早いから……」
「君の家に掃除機はないの?」
「そういえば、ないね」僕は答えた。「しなくても、それなりに綺麗だからかな」
カロが大学に通うとしたら、まず、高校を卒業した証が必要となる。だから、まずそれを手に入れなくてはならない。そして、そもそもの問題として、カロは何歳なのかということが問題になる。さらにそれ以前の問題として、カロは人間として扱われるかということも考えなくてはならないし、彼女の存在を世間一般にどう説明したら良いのかという問題もある。
「自分で学ぶのが一番だと思う」僕はとりあえずの結論を述べた。
「そう?」
「うん」僕は頷く。「そちらの方が、僕としてもありがたい」
カロは赤い目を僕に向ける。じっと見つめられているのは分かったが、僕は彼女の方を見なかった。代わりにコーヒーを啜る動作を見せておく。
「君がそう言うなら」カロは言った。「そうしようと思う」
「どうしてもと言うのなら、色々と策を考えるよ」
「別にいい」そう言って、カロはコーヒーを啜る。一度に多量を啜ったように見えたが、彼女はびくともしなかった。温度を感じにくいのかもしれないと想像する。
今後、僕はどうするべきだだろうか、となんとなく考える。今まであまり考えてこなかった問題だ。未来のことを考えないで生きてきた。お姉ちゃんがいた頃は、常に先を行く彼女が一つの指標になっていたから、それなりに意識してきたようにも思う。けれど、彼女がいなくなって、今の生活をし始めてから、そのベクトルは消えてしまった。目の前の作業に没頭するようになったことも関係しているかもしれない。
カロと一緒にぼんやり生きていれば良いのではないか、と思わないわけでもない。生活というのは、普通そういうものだろう。仕事や趣味に精を出す生き方もあるみたいだが、少なくとも、僕には似つかわしくないように思える。どちらかというと、カロもそういうふうに見える。あくまで僕の観察にすぎないが、彼女も僕の傍にいて不満はないみたいだし、まずまずのバランスではないかと思う。
カロは、一日の多くの時間を読書に費やして生活している。時間が経つにつれて、その割合が大きくなっていくように思えた。知らないことがどんどん増えるからだろう。また、まだ抽象的な概念をすんなりと理解できるレベルに達していない、ということも挙げられるかもしれない。知らないことがあっても、あらゆる問題を抽象化して考える下地ができていれば、知らないことを知っていることに引きつけて考えることができる。これは、ある程度の年齢に達すれば、自ずとそうなるものかもしれない。カロはまだ生まれて間もない。そもそも人間ではないから、そこに人間と同じ傾向を見出そうとすることは、問題かもしれないが。
コーヒーカップを持ったまま、カロは目を閉じてしまった。カップが手から落ちるのではないかと思ったが、意外と安定している。中を覗いてみると、すでに空だった。そのまま沈黙して、動かない。僕は一人でコーヒーを飲む。
窓の外で大きな音がした。
僕は顔をそちらに向ける。
カロも目を開いた。
立ち上がって、僕は硝子扉から外を見る。家の前に人影があった。遠目で見ても、それが魔法使いだと分かった。
魔法使いは、大きなスコップを持っていた。それを家の前の地面に突き立てている。金属とアスファルトの接触する音が、部屋の中まで届いた。
僕は玄関の方に周り、靴を履いて外に出る。カロもあとをついてきた。
「何をしているんですか?」傍まで行って、僕は魔法使いに尋ねた。
彼は顔を上げてこちらを見る。
「やあ、これはこれは」魔法使いは言った。「随分とお早いお目覚めで」
平均に照らし合わせれば、僕にしては早い方だったから、彼が言うことは間違いではない。
僕は黙って地面を指さす。
「何かな?」魔法使いは首を傾げる。
「何をしているんですか?」僕は同じ質問をした。
「ここに埋まっているものがあるのではないか、と思ってね」彼は説明する。「君も覚えているだろう? ゲートは、初め、ここに墜落した」
たしかに、彼の言うとおりだった。しかし、道路はすでに修復されている。僕の記憶が正しければ、彼自身が修復したはずだ。
「ここに、何かがある」魔法使いは言った。「今まで見落としていたんだ」
カーテンを閉めないで眠ったから、すでに陽光が部屋の中に入り込んでいた。眩しくて僕は目を瞑る。やはり陽光は苦手だ。あっても良いが、積極的に浴びたいとは思わない。しかし、カロはやや積極的に浴びたいみたいだから、ときどき彼女に付き合わなくてはならなかった。彼女に付き合うのは嫌ではないが、陽光を浴びるのは嫌だから、これがジレンマとなる。馬鹿馬鹿しいと自分でも思う。
部屋の扉が開いて、カロが姿を現した。朝の薄闇の中に、溶けた彼女の輪郭がぼんやりと見えた。
「おはよう」カロは挨拶をする。彼女は基本的に礼儀正しい。
僕は声を出さずに、軽く頷いて返す。
暫くの間、彼女は僕を見つめていたが、三十秒ほど経過した頃、部屋の中に入ってきて、僕の隣に座った。
「何?」
「朝ご飯を作った」
「あ、そう」僕は応じる。「作れるの?」
「作ってみた」
「ふうん……」
僕は立ち上がって、椅子にかけてあった上着を羽織る。面倒だから、今日は着替えないことにした。これで洗濯物も削減できる。
「作ってみた感想は?」階下に向かう途中で、僕は尋ねた。
「難しい」カロは答える。「卵を二つ、空にしてしまった」
「空って、どういうこと?」
「目玉焼きを作ったら、卵が二つ空っぽになってしまった、ということ」
洗面所で顔を洗ってから、リビングに入る。テーブルの上に、トーストと、その上に載せられた目玉焼きが準備されていた。
コーヒーの用意がまだだったから、僕はキッチンに入って、コーヒーメーカーに粉と水をセットした。リビングに戻り、コーヒーが入るまでの間に料理を食べることにする。
「美味しいよ」トーストを一口食べて、僕は言った。「上手」
カロは食事はできるが、しなくても良い。しなくても良いことをするのが人間だから、この点で彼女は人間に近いだろうか。しかし、人間がしなくても良いと口にすることは、大抵の場合、しなくてはならない、しなければ人生が豊かにならない、と考えていることだから、本当にしなくても良いことというのがどれほど存在するのか、僕にはいまいち分からなかった。
暫く黙ってご飯を食べる。カロに比べて、僕は食べるのが遅い。きちんと噛まないと飲み込めない。それはカロも同じようだったが、どういうわけか、彼女の方が食べるのは速い。
コーヒーが入った音がして、僕は立ち上がってキッチンに向かった。二人分注いで戻ってくる。
「学校に行きたい」コーヒーを受け取るなり、カロは呟いた。
「え?」僕は口につけかけていたカップを離す。「学校? どこの?」
「一番大きい所」
「大学ってこと?」
「大学の中で、一番大きい所は?」
「さあ……」僕は首を捻る。「知らないな」
僕は大学に通ったことはない。それより下の学校には通っていたが、それまでだった。どうして大学に行かなかったのかと考えてみても、明確な答えは見つからない。ただ、学問から遠ざかろうとしていた節があることは間違いない。
「大学に行って、どうするの?」僕は尋ねる。
「勉強する」
「それなら、家でもできる」
「大学に行った方が、得られる知識も豊富なのでは?」
「それはどうだろう……。本を読めば、大抵のことは解決するんじゃないかな」
「解決したいんじゃない」
「たしかに、そうかもしれない」
「知りたいことがある」
「たとえば?」
「それは、分からない」カロは言った。「何かを知りたいということは知っている」
「欲求ってことか」
「理工科系の分野がいい」
「どうして?」
「客観的だから」
「学問は全部客観的だと思うよ」
その、客観的ということが自分には気に入らなかったのかもしれない、と僕はなんとなく自己分析する。とはいっても、僕にも客観的に考える傾向はあるし、具体的にどう好ましくないのかは分からない。
「人が作ったものじゃなくて、もともと世界にあるものについて知りたい」
「そう……」僕はコーヒーを飲んだ。
「行っていい?」
「いいか悪いかでいえば、いいと思うけど、大学に通うためには、お金も、時間も、そのための準備も必要になる」僕は言った。「やっぱり、今からその準備をするくらいなら、一人で学んだ方が手っ取り早いと思う。特に、君は吸収するのが早いから……」
「君の家に掃除機はないの?」
「そういえば、ないね」僕は答えた。「しなくても、それなりに綺麗だからかな」
カロが大学に通うとしたら、まず、高校を卒業した証が必要となる。だから、まずそれを手に入れなくてはならない。そして、そもそもの問題として、カロは何歳なのかということが問題になる。さらにそれ以前の問題として、カロは人間として扱われるかということも考えなくてはならないし、彼女の存在を世間一般にどう説明したら良いのかという問題もある。
「自分で学ぶのが一番だと思う」僕はとりあえずの結論を述べた。
「そう?」
「うん」僕は頷く。「そちらの方が、僕としてもありがたい」
カロは赤い目を僕に向ける。じっと見つめられているのは分かったが、僕は彼女の方を見なかった。代わりにコーヒーを啜る動作を見せておく。
「君がそう言うなら」カロは言った。「そうしようと思う」
「どうしてもと言うのなら、色々と策を考えるよ」
「別にいい」そう言って、カロはコーヒーを啜る。一度に多量を啜ったように見えたが、彼女はびくともしなかった。温度を感じにくいのかもしれないと想像する。
今後、僕はどうするべきだだろうか、となんとなく考える。今まであまり考えてこなかった問題だ。未来のことを考えないで生きてきた。お姉ちゃんがいた頃は、常に先を行く彼女が一つの指標になっていたから、それなりに意識してきたようにも思う。けれど、彼女がいなくなって、今の生活をし始めてから、そのベクトルは消えてしまった。目の前の作業に没頭するようになったことも関係しているかもしれない。
カロと一緒にぼんやり生きていれば良いのではないか、と思わないわけでもない。生活というのは、普通そういうものだろう。仕事や趣味に精を出す生き方もあるみたいだが、少なくとも、僕には似つかわしくないように思える。どちらかというと、カロもそういうふうに見える。あくまで僕の観察にすぎないが、彼女も僕の傍にいて不満はないみたいだし、まずまずのバランスではないかと思う。
カロは、一日の多くの時間を読書に費やして生活している。時間が経つにつれて、その割合が大きくなっていくように思えた。知らないことがどんどん増えるからだろう。また、まだ抽象的な概念をすんなりと理解できるレベルに達していない、ということも挙げられるかもしれない。知らないことがあっても、あらゆる問題を抽象化して考える下地ができていれば、知らないことを知っていることに引きつけて考えることができる。これは、ある程度の年齢に達すれば、自ずとそうなるものかもしれない。カロはまだ生まれて間もない。そもそも人間ではないから、そこに人間と同じ傾向を見出そうとすることは、問題かもしれないが。
コーヒーカップを持ったまま、カロは目を閉じてしまった。カップが手から落ちるのではないかと思ったが、意外と安定している。中を覗いてみると、すでに空だった。そのまま沈黙して、動かない。僕は一人でコーヒーを飲む。
窓の外で大きな音がした。
僕は顔をそちらに向ける。
カロも目を開いた。
立ち上がって、僕は硝子扉から外を見る。家の前に人影があった。遠目で見ても、それが魔法使いだと分かった。
魔法使いは、大きなスコップを持っていた。それを家の前の地面に突き立てている。金属とアスファルトの接触する音が、部屋の中まで届いた。
僕は玄関の方に周り、靴を履いて外に出る。カロもあとをついてきた。
「何をしているんですか?」傍まで行って、僕は魔法使いに尋ねた。
彼は顔を上げてこちらを見る。
「やあ、これはこれは」魔法使いは言った。「随分とお早いお目覚めで」
平均に照らし合わせれば、僕にしては早い方だったから、彼が言うことは間違いではない。
僕は黙って地面を指さす。
「何かな?」魔法使いは首を傾げる。
「何をしているんですか?」僕は同じ質問をした。
「ここに埋まっているものがあるのではないか、と思ってね」彼は説明する。「君も覚えているだろう? ゲートは、初め、ここに墜落した」
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