3 / 26
変わりゆく想い
しおりを挟む公爵家の馬車は大きく、ふかふかの敷物は長期間の旅でも体への負担は少ない。
「ねぇエメット。あれはなぁに?」
振り向いて尋ねるアンジェリカに答えようと、隣に座るエメットが同じ窓を覗き込んだ。
自然と顔が近付き、アンジェリカは頬に熱を持つ自分に驚き慌てて外へ向き直る。
そもそも何故、いつもは向かいなのにこの旅路では隣に座るのだろうと思いながら。
「あれは気球といって、括り付けた布を熱で膨らませて飛ばす乗り物ですよ」
少しでも動けば触れてしまう距離。
耳元に感じるエメットの息遣いを感じてしまい、頬の熱はますます強まった。
「そっ、そう…エメットは物知りなのね」
その様子を見つめるメリルは、もどかしいふたりの雰囲気に口元を疼かせている。
「お嬢様、あと二日ほどで次の滞在地へ到着します。そこで厚手の物を調達致しましょう」
「あら、厚手の衣類なら持ってきたわよ?」
「いいえ、シズル王国の寒さを甘く見てはなりません。お嬢様がお持ちの物では、日中出歩くことさえ叶わないのですから」
「……そんなに寒いの?」
未知の気温を想像して思わず自分を抱き締める。
そんなアンジェリカを見て、エメットは優しく目を細めて微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私がお嬢様に似合う冬物をお選び致しますから、そちらをお召しになってシズルの冬を楽しみましょう」
知らず赤らむ頬を晒しながらコクリと頷く様子に、メリルの口元はさらに疼く。
「良ければ我が家にもお越しください。お嬢様にお会い出来るのを、家族も楽しみにしておりますのでご紹介させて頂きたいです」
「エメットのご家族…そういえばわたくし、一度もお会いしたことがないどころか、ご挨拶のお手紙もお送りしていないわ」
十二年も傍に縛り付けていたのに…と気落ちしてしまうが、エメットはそんな事は気にする程のものではないと首を左右に振った。
「両親はむしろ感謝しているくらいです。押し掛けるようにして訪ねた私を受け入れ、騎士として自立する道を照らしてくれたのですから」
エメットの実家は、アンジェリカの母親シャロンの実家と隣合う領地を治めている。
その縁もあってアンジェリカの家に身を寄せることになったのだが、そもそも何故そうなったのかをアンジェリカは知らない。
十二年前に突然やって来て、そのまま気付けば護衛騎士になっていた…という認識なだけ。
「エメットは……いつか国へ帰るの?」
言って胸がチクリと痛む。
変わらぬ日常からエメットがいなくなる事を想像してしまい、鼻の奥がツンとした。
「私の居場所はお嬢様のお傍以外有り得ません。それはこれからも変わらない」
キッパリとした物言いに心の痛みが和らぐ。
「…本当に?ずっと居てくれるの?」
「えぇ。お嬢様がそう望んで下さるなら」
優しい笑みに頬の熱が再燃して両手で覆った。
「………(ボソッ)可愛い」
「え?」
「いえ、何でもありません」
最近のアンジェリカはエメットの言葉や態度ひとつひとつに感情を振り回されているが、本人は何故そうなるのか分かっていない。
主の機微に聡いメリルは勿論気付いている。
アンジェリカの婚約が破棄されたことで、エメットが遠慮をやめたということも。
「そういえば、次の街には女性に人気のカフェがあるそうですよ」
「そうなの?どんなカフェなのかしら」
「なんでも妖精をモチーフとしているとかで、店員の女性は羽根をつけているそうです」
「……羽根?」
アンジェリカと共にメリルも小首を傾げた。
「いわゆる仮装ですね。店内の内装も妖精の住む森をイメージしているらしくて、なかなかに繁盛していると伺いました」
「お嬢様も妖精のお話がお好きですものね」
メリルの言葉に十六歳のアンジェリカは恥ずかしくなり、プイッとそっぽを向いた。
「…………子供の頃の話だわ」
このような反応も、心を許しているふたりだからこそ見せるもの。
元婚約者にさえ見せたことはない。
「仮装の衣装は貸出しや販売もあるそうです」
アンジェリカはそっぽを向いたまま、暫くすると滞在予定の街へ到着した。
50
あなたにおすすめの小説
傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う
ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――?
エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない
たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。
あなたに相応しくあろうと努力をした。
あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。
なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。
そして聖女様はわたしを嵌めた。
わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。
大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。
その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。
知らずにわたしはまた王子様に恋をする。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜
ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……?
※残酷な描写あり
⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。
ムーンライトノベルズ からの転載です。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる