【完結】初恋は淡雪に溶ける

Ringo

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♡afterstory♡令嬢達のお茶会・part1

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シズルに来て半年が過ぎた頃、アンジェリカは少ないながら心を許せる友人が出来た。

知り合ったきっかけはエメット兄の結婚式。

意気投合した数名の令嬢と手紙のやり取りを重ねて親交を深め、今では互いの屋敷を行き来してお茶会に興じている。


「ご婚約おめでとうございます」


本日の話題はアンジェリカの婚約について。

友人からの祝福を受けてはにかむ様子に、令嬢達も朗らかな笑みを零した。


「それで?何処までされましたの?」


好奇心に瞳を輝かせる侯爵令嬢ジュリエッタが僅かに身を乗り出すと、両隣のふたりもハッ!!として同様の視線をアンジェリカへと向ける。


「……“何処まで”……?」


何を問われたのか分からないアンジェリカは小首を傾げ、言葉の意味を理解しようと努めた。

何処まで…通常ならそれは場所を指す際に使われるものである…が、どうやら違うらしいのは彼女達の表情が物語っている。

そして“されましたの?”という言葉。

幾ら考えようとその組み合わせが指し示すものが分からず、結局は無知を恥じて教えを乞うた。

知らぬは一生の恥である、と。


「あらまぁ……」


何故か感嘆の響きを漏らした公爵令嬢アリアネルは、その名の通り輝くシルバーの瞳を細めて優しい眼差しをアンジェリカへ向けた。

冷たく捉えられがちなその色味だが、アンジェリカはとても美しいと惹かれている。

それは彼女の婚約者である王太子も同様らしく、彼が身に付ける宝飾は銀細工や白金ばかり。

ふたりが並び立つ光景はどんな名画も霞むほどに圧巻の美しさがあった…と少し前のティーパーティーを思い出した。


「えっ?もしかしてアンジェリカ様…閨の学びはしておりませんの?」


桃色の瞳を見開いて驚いた伯爵令嬢ローゼリア。

“閨”という言葉に恥じらいを見せたアンジェリカに「なんて可愛らしいの」と呟く。


「あの……初夜に伴うことは…殿方にお任せするものだと伺っておりますわ」


まさか日の高い茶会で閨事について話すなど、動揺して茶器を取る手が震えてしまう。

そんなアンジェリカに、三人は視線を合わせて小さく頷き合った。


「ねぇ、アンジェリカ様。エメット様とは既に同居なさっているのでしょう?」


ジュリエッタにそう言われて、カップを持ち上げようとした手が止まる。

“同居”…その言葉に改めて思考を巡らせた。

元は居候として始まり、その後は専属護衛騎士として仕えてきたエメットだから、同じ屋敷に住まうことに何ら抵抗も疑問も抱いたことは無い。

それは婚約者となっても同じこと。

しかし世間はどうだろう?

興味津々といった様相でこちらを窺う三人も、当然ながら婚約者はいる。


「……部屋は別々ですわ…」


どうにか発した言葉は弱々しく、自分で言いながらその特異な状況に驚愕してしまう。

婚約者と言えど赤の他人…異性と暮らすなど、貴族令嬢として許されない道理であると。

今にも泣き出しそうな表情をしたアンジェリカを気遣い、アリアネルが口を開く。


「わたくしも、王太子妃教育に邁進出来るようにと王宮に部屋を与えられておりますわ。殿下とは同じフロアですの。時には夜の庭園を散策したりもするのよ」

「少しでも一緒にいたいと、殿下たってのご希望なのですよね」


ローゼリアが明るく同調したことで、自責の念に駆られていたアンジェリカは心の中でホッと小さな息を吐く。

高潔の頂きにあるアリアネルが婚約者と夜を過ごすのであれば、少しは気持ちも軽いというもの。


「羨ましいですわ。私の父は厳しくて…夜に婚約者と逢瀬など叶いませんのに」


拗ねたように言葉を漏らすジュリエッタは、細い指に輝く大粒のダイヤモンドに視線を落とした。

近衛騎士として多忙を極める彼とは、ただでさえ顔を合わせる機会が少ない。


「あら、でも来月からはそうでもないのではなくて?伺いましたわよ、講師のお話」


皮肉めいた口調のローゼリアは得意げな笑みを浮かべ、アリアネルは少し呆れたような…それでいて優しい眼差しを向ける。


「講師…ですの?」


話の内容が分からないアンジェリカに答えたのはローゼリア。


「王太子殿下には、妹の王女殿下がいらっしゃるでしょう?」

「えぇ、確かまだ六歳の…」


天使のように可愛らしい王女の姿を思い出して、アンジェリカの表情が自然と綻んだ。


「ジュリエッタ様は、王女殿下のマナー講師として来月から登城する事になっているの」


母親が王家のマナー講師として仕えているジュリエッタは、見惚れるほどに美しい所作を持つ。

まだ幼い王女に母親の方では厳しすぎるのではないかとアリアネルが王妃殿下へ進言して、娘のジュリエッタが講師に指名された。


「食事のマナーや所作は特に大切だから、泊まりがけで三食見届けなくてはね」


悪戯な微笑みを見せるアリアネルに、ジュリエッタはほんのりと頬を赤らめる。

ジュリエッタの婚約者は王太子付きでもあり、家族が揃う食事の席にも当然ながら控え、終えた後に部屋まで送れば扉を守るのは別の騎士。

近くに与えられた私室に戻れば、警戒を解くことはないがどう過ごすかは自由であり…それを詰問するほど王太子も野暮ではない。

たとえ同じフロアに滞在する、王女殿下の講師を誘って夜の庭園を歩いたとしても。


「そっ、そんな事よりですわ!!」


居た堪れなくなったジュリエッタは、視線と話題を変えるべく…頬を赤らめたまま慣れない大声をあげてビシッ!!と閉じた扇子で向かいを指す。


「アンジェリカ様は、もうエメット様と口付けをされておりますのっ!?」


再び注目を浴びたアンジェリカは頬に熱が集まるのを感じ、獲物を狙うような令嬢達の視線から逃れるように扇子を広げて顔を覆い隠した。




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