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【番外編】王女の恋と結婚
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滲む視界の先。
片膝をついて騎士としての忠誠を誓う姿勢をとり、顔を赤くしながらもそう真摯に訴えかける彼の手には、その言葉が本気なのだということを物語る短剣が握られている。
「貴女への愛と忠誠を誓う」
騎士が片膝をつくのは忠誠の為であり、貴石の装飾が施された短剣を渡すのは求婚の為。
今まさにそれらを失ったばかりのわたくしに、貴方は捧げてくれると言う。
わたくしを裏切り傷付けた人と同じ顔で、同じ声で…貴方はわたくしが欲しいと言う。
「どうして……」
「ジュリエンヌ姫、私は貴女が欲しい。あの男と同じ顔をした私ではご不快かもしれません。ですが私は貴女を予てよりお慕いしておりました。貴女の心は傷付けられ癒す必要がある…その役目を私にお与え下さいませんか?」
「わたくしは……」
自分の気持ちはもうずっと前に蓋をした。決して開けることはない、決して開けてはならないと決めていて…
それなのに、彼の握る短剣から目が離せない。
目に残る涙でゆらゆらと視界は滲むけれど、短剣を飾る貴石の輝きは届いてくる。
「もし受け取ってくださるのならば、私は貴女以外に妃など望まない」
「……いつから…」
「貴女と初めてお会いした八年前からです」
婚約が結ばれ、わたくしが初めてこの国へと来たのが八年前…その時から……?
「……と言うのがいいのでしょうね。でも、本当は少し違います」
「…え……?」
「貴女の絵姿を初めて拝見した十五年前…その時から、私は貴女に恋をしております」
止まりかけていた涙が溢れだした。
三歳で婚約が結ばれ、贈られてきた絵姿。それを受け取り、初めて見た時の気持ちは今も覚えている。幼い絵姿に、わたくしは一目惚れをした。
幾度となく交わされた手紙。節目ごとに贈られてきたプレゼント。そこに添えられていたメッセージカードやリボンなど、全て大切な宝物。
拙い文字が並んでいた手紙は年月を経る毎に美麗な文字へと変わり、とても聡明で優しいことが窺える手紙を抱いて眠りについたこともある。
だからお会いできるのを楽しみにしていた。
初めてお会いしたのは五年後。今から八年前の、十歳の時。
『未来の旦那様よ』
優しい母の手に引かれ、ドキドキしながらお会いした王太子ジョルソン様は絵姿の通り美しくて、この人と結婚するのだと胸は高鳴った。
けれど……
『……ふん、まぁそこそこだな』
小さくわたくしだけに聞こえた言葉は何を意味するのか分からなくて、向けられる感情と手紙から窺えていたものが違いすぎて…それでも手を差し出して見せてくれる笑顔は美しかったから、おずおずと自分の手を重ねると同時に引き寄せられ、抱き締められた時は恥ずかしくも嬉しかった。
『早く大人になれ』
また意味が分からなくて、早く結婚しようと言われたのだと頷いたけれど…のちに意味を理解した時、困惑した。
十二歳になってから、年に数回婚約者交流としてワンダル王国を訪れるようになり、その都度ジョルソン様とのお茶会が用意されたのだけれど…そこにいらっしゃるのは決まっていつも別の人。
『今日も私で申し訳ありません』
そう言って眉を下げるその人との時間は、むしろわたくしにとって掛け替えのないもので…失いたくなくて…だからこそ実は別の人と過ごしているなど、とても両親には言えずにいた。
…だって気付いてしまったから。
やり取りしていた手紙、贈り合ったプレゼント、それらはジョルソン様ではなくこの人からのものだったということ。
話す内容、言葉遣い、仕草、気遣い、そのどれもがこの人で間違いないと思わせてくれる。
手紙から窺えた人物像とはかけ離れていたから差出人や送り主がジョルソン様でない事には早々に気付いていたし、この人からだった事が嬉しいと思った。
けれど聞いてはいけない。
聞いたら終わってしまう。
だから気付いたことは誰にも言わず、この先も届くであろう手紙や贈り物を心待ちにし、わたくしだけの秘密とした。
だから悲しかったの。
わたくしの両親も滞在中に行われた同世代だけが参加する夜会で、婚約破棄を宣言されたことがとても悲しかった。
とっくに知っていた恋人の存在も、身籠らせたことも、その恋人の腰を抱いていたことも、どれもがどうでもいい。
そんなことより、婚約がなくなることであの人と会えなくなることが悲しくて寂しかった。
ジョルソン様との婚約がなくなれば、もうこの国に来ることもない。もう会うこともない。それが悲しくて仕方なかった。
「もうどうでもいい…好きにして……」
訳のわからない理由で頬を打たれ、意味の分からない理由で謹慎を言い渡され、押し込められた客間で無体を働かれそうになった時…あの人が相手なのだと思い込もうとさえした。
あの人に恋をしてきた十五年を、もう終わりにして命を断とうとしたの。
だから助けに来てくれて嬉しかった。
たとえもう二度と会えなくなろうと、助けてもらえた…その事だけを胸にしまって終わりにしようと思った…それなのに……
「貴方を…想ってはならないと……」
「ジュリエンヌ姫?」
「…貴方からの手紙はいつも温かくて……貴方からの贈り物は…いつもわたくしの心を踊らせるものばかり……」
「…っ……あれは…」
「手紙のサインは必ず“ジョルソン”と書かれているのに…贈り物に添えられているカードには必ず“ジョリー”と書かれていた…」
最初はジョルソン様の愛称かと思ったけれど、少しずつ膨らむ疑念が確信に変わったのは偶然。
回廊を歩いていた時、貴方を『ジョリー』と呼ぶ人がいた。
「やはり貴方からだったのだと…そうだったのだと知って……わたくしは嬉しかった」
「……ジュリエンヌ姫…」
「貴方が婚約者ならどれほどいいと思ったか…貴方と結婚出来たらどれほど幸せと思ったか…諦めなければならないと…どれほど苦しかったか…」
「……姫…」
「わたくしを姫と呼んでくれる騎士の貴方を…貴方の名を呼びたいと…どれほど願ったか…」
双子の弟として臣下となり、王位継承で争わないようにと生涯独身を貫くと言っていた貴方の…剣術の鍛練に勤しむ貴方の隣に立ちたいと…どれほど焦がれたか。
「ジョルソン様の事を言えません…わたくしは…言葉にこそせずとも……婚約者ではない貴方を…ジョルジオ様を愛しているから……っ」
「ジュリエンヌ姫…」
「貴方の傍にいられるのなら…ジョルソン様に…恋人がいようと…っ、愛人を作ろうと構わない…だからわたくしも…っ、わたくしも貴方を想うことは…自由なのだと…そう…っおも、、」
だけどもう叶わない。
誓いをたててくれた事は嬉しい。同じ気持ちでいてくれた事を知れて良かった。
だけどもう……
「父上…陛下には了承を得ております」
「……え…?」
「もしも貴女が私の手を取ってくれるのなら、王太子妃として迎え入れる、と」
「……どう…いう……」
「姫のご両親には、本人が望むのなら…と。本日を以てジョルソンは廃嫡となり、私が王太子となります。貴女を妃として迎えたい。先程も申し上げた通り、私は貴女以外に妃を望まない。生涯貴女だけを愛すると誓う」
差し出された短剣に輝く貴石は、わたくしとジョルジオ様の色を掛け合わせたもの。
思えばジョルジオ様の装いには、必ず銀と紫があしらわれていた気がする。記憶を辿れば、それは初めての顔合わせがされた八年前からで……
「神前で、貴女が【唯一】だと誓います」
その言葉に、思わず胸に飛び込んだ。王太子として責められるであろうに、臆することも躊躇することもなく誓うと言ってくれた。
「…わたくしは貴方がいい…貴方を愛して──」
「愛してます、ジュリエンヌ姫」
言葉を遮られて愛を囁かれ…けれどそれがとても嬉しくて…体の水分がなくなるのではと思うほどに涙が溢れて止まらない。
「私の…俺の妻になって欲しい」
公人としての一人称ではなく、私人として…ひとりの男性としての求婚に、否応なく胸は弾む。
「貴方の…妻になりたい……」
ふっ…と小さく笑う顔がとても素敵で、ジョルソン様と同じはずなのに全く違って見える。
「……ジュリエンヌ…」
初めて呼び捨てにされた事にドキリとしたと同時に、唇が重なった。
言うまでもなく初めてで、小説で読んだように本当に柔らかいのだと知って鼓動が早まる。
重なっていたのは僅かな時間で、離れていってしまう唇を思わず追い掛け…また小さく笑われた。
「両陛下と貴女のご両親に挨拶を」
途端に恥ずかしくなって離れると、手を掬われ甲に優しく口付けを受ける。
ひとつひとつの仕草が洗練されていて、今までどれだけの女性にこうしたきたのかと…嫉妬した。
ジョルジオ様は二十歳の王子。ワンダル王国では精通を迎えると閨についての座学が始まり、十四歳になれば実技が加わると聞いている。
そして……
『ジョルジオの相手の方が俺の好みだった』
初めての実技を受けたと、わたくしへの当て付けでわざわざし報告しに来たジョルソン様から、要らぬ情報を齎され…あの日から暫く泣いたことを思い出してしまった。
「ジュリエンヌ姫?」
「……呼び捨ての方が嬉しいです…それに…敬語より普通の方が…」
「…姫と呼ぶのも?」
「それは…」
どうしようかと悩んでいると、唇が触れた。
「貴女を生涯守る騎士になりたいと思っていた。唯一の姫を守る、唯一の騎士に。だから貴女を姫と呼ぶことは許して欲しい」
「…それなら……構いませんわ…」
頬が熱い。きっと真っ赤ね…恥ずかしい。
「貴女は本当に可愛い…では、参りましょう」
姫…と呼ばれて差し出された腕に、スルリと自分のものを絡める。今までも、ジョルソン様の代理として幾度となく絡めてきた逞しい腕。
これからは伴侶として並ぶことが出来る。
どこかふわふわとしていたけれど、両親達の笑顔を見て、これは現実なのだときちんと理解できたところでまた泣いて…
「ジュリエンヌ!本当は嫌ならそう言いなさい!我慢することはない!!おいっ、ここまで娘を傷付けた落とし前はつけてもらうぞ!!ジュリエンヌ、お父様と帰ろう!!」
「嫌です!帰りません!ジョルジオ様の事を愛しているんです!初恋なんです!!」
わぁわぁと泣き叫んで、今まで抱えていた想いを全て打ち明けた。
「……なんと…!」「まぁ…!!」
ジョルジオ様のご両親は、落ち着くところに落ち着いたのだと受け入れてくださり、
「うぅぅぅ…」「良かったわね、ジュリア」
お父様は泣き崩れ、お母様は微笑んでくれた。
そして、廃嫡となったジョルソン様は恋人と共に寒さの厳しい北の領地に幽閉となり、ストレスから子は流れ、流産で体調を崩した恋人はほどなくしてお亡くなりに。ジョルソン様は、ひとり寂しくお暮らしになることと相成りました。
片膝をついて騎士としての忠誠を誓う姿勢をとり、顔を赤くしながらもそう真摯に訴えかける彼の手には、その言葉が本気なのだということを物語る短剣が握られている。
「貴女への愛と忠誠を誓う」
騎士が片膝をつくのは忠誠の為であり、貴石の装飾が施された短剣を渡すのは求婚の為。
今まさにそれらを失ったばかりのわたくしに、貴方は捧げてくれると言う。
わたくしを裏切り傷付けた人と同じ顔で、同じ声で…貴方はわたくしが欲しいと言う。
「どうして……」
「ジュリエンヌ姫、私は貴女が欲しい。あの男と同じ顔をした私ではご不快かもしれません。ですが私は貴女を予てよりお慕いしておりました。貴女の心は傷付けられ癒す必要がある…その役目を私にお与え下さいませんか?」
「わたくしは……」
自分の気持ちはもうずっと前に蓋をした。決して開けることはない、決して開けてはならないと決めていて…
それなのに、彼の握る短剣から目が離せない。
目に残る涙でゆらゆらと視界は滲むけれど、短剣を飾る貴石の輝きは届いてくる。
「もし受け取ってくださるのならば、私は貴女以外に妃など望まない」
「……いつから…」
「貴女と初めてお会いした八年前からです」
婚約が結ばれ、わたくしが初めてこの国へと来たのが八年前…その時から……?
「……と言うのがいいのでしょうね。でも、本当は少し違います」
「…え……?」
「貴女の絵姿を初めて拝見した十五年前…その時から、私は貴女に恋をしております」
止まりかけていた涙が溢れだした。
三歳で婚約が結ばれ、贈られてきた絵姿。それを受け取り、初めて見た時の気持ちは今も覚えている。幼い絵姿に、わたくしは一目惚れをした。
幾度となく交わされた手紙。節目ごとに贈られてきたプレゼント。そこに添えられていたメッセージカードやリボンなど、全て大切な宝物。
拙い文字が並んでいた手紙は年月を経る毎に美麗な文字へと変わり、とても聡明で優しいことが窺える手紙を抱いて眠りについたこともある。
だからお会いできるのを楽しみにしていた。
初めてお会いしたのは五年後。今から八年前の、十歳の時。
『未来の旦那様よ』
優しい母の手に引かれ、ドキドキしながらお会いした王太子ジョルソン様は絵姿の通り美しくて、この人と結婚するのだと胸は高鳴った。
けれど……
『……ふん、まぁそこそこだな』
小さくわたくしだけに聞こえた言葉は何を意味するのか分からなくて、向けられる感情と手紙から窺えていたものが違いすぎて…それでも手を差し出して見せてくれる笑顔は美しかったから、おずおずと自分の手を重ねると同時に引き寄せられ、抱き締められた時は恥ずかしくも嬉しかった。
『早く大人になれ』
また意味が分からなくて、早く結婚しようと言われたのだと頷いたけれど…のちに意味を理解した時、困惑した。
十二歳になってから、年に数回婚約者交流としてワンダル王国を訪れるようになり、その都度ジョルソン様とのお茶会が用意されたのだけれど…そこにいらっしゃるのは決まっていつも別の人。
『今日も私で申し訳ありません』
そう言って眉を下げるその人との時間は、むしろわたくしにとって掛け替えのないもので…失いたくなくて…だからこそ実は別の人と過ごしているなど、とても両親には言えずにいた。
…だって気付いてしまったから。
やり取りしていた手紙、贈り合ったプレゼント、それらはジョルソン様ではなくこの人からのものだったということ。
話す内容、言葉遣い、仕草、気遣い、そのどれもがこの人で間違いないと思わせてくれる。
手紙から窺えた人物像とはかけ離れていたから差出人や送り主がジョルソン様でない事には早々に気付いていたし、この人からだった事が嬉しいと思った。
けれど聞いてはいけない。
聞いたら終わってしまう。
だから気付いたことは誰にも言わず、この先も届くであろう手紙や贈り物を心待ちにし、わたくしだけの秘密とした。
だから悲しかったの。
わたくしの両親も滞在中に行われた同世代だけが参加する夜会で、婚約破棄を宣言されたことがとても悲しかった。
とっくに知っていた恋人の存在も、身籠らせたことも、その恋人の腰を抱いていたことも、どれもがどうでもいい。
そんなことより、婚約がなくなることであの人と会えなくなることが悲しくて寂しかった。
ジョルソン様との婚約がなくなれば、もうこの国に来ることもない。もう会うこともない。それが悲しくて仕方なかった。
「もうどうでもいい…好きにして……」
訳のわからない理由で頬を打たれ、意味の分からない理由で謹慎を言い渡され、押し込められた客間で無体を働かれそうになった時…あの人が相手なのだと思い込もうとさえした。
あの人に恋をしてきた十五年を、もう終わりにして命を断とうとしたの。
だから助けに来てくれて嬉しかった。
たとえもう二度と会えなくなろうと、助けてもらえた…その事だけを胸にしまって終わりにしようと思った…それなのに……
「貴方を…想ってはならないと……」
「ジュリエンヌ姫?」
「…貴方からの手紙はいつも温かくて……貴方からの贈り物は…いつもわたくしの心を踊らせるものばかり……」
「…っ……あれは…」
「手紙のサインは必ず“ジョルソン”と書かれているのに…贈り物に添えられているカードには必ず“ジョリー”と書かれていた…」
最初はジョルソン様の愛称かと思ったけれど、少しずつ膨らむ疑念が確信に変わったのは偶然。
回廊を歩いていた時、貴方を『ジョリー』と呼ぶ人がいた。
「やはり貴方からだったのだと…そうだったのだと知って……わたくしは嬉しかった」
「……ジュリエンヌ姫…」
「貴方が婚約者ならどれほどいいと思ったか…貴方と結婚出来たらどれほど幸せと思ったか…諦めなければならないと…どれほど苦しかったか…」
「……姫…」
「わたくしを姫と呼んでくれる騎士の貴方を…貴方の名を呼びたいと…どれほど願ったか…」
双子の弟として臣下となり、王位継承で争わないようにと生涯独身を貫くと言っていた貴方の…剣術の鍛練に勤しむ貴方の隣に立ちたいと…どれほど焦がれたか。
「ジョルソン様の事を言えません…わたくしは…言葉にこそせずとも……婚約者ではない貴方を…ジョルジオ様を愛しているから……っ」
「ジュリエンヌ姫…」
「貴方の傍にいられるのなら…ジョルソン様に…恋人がいようと…っ、愛人を作ろうと構わない…だからわたくしも…っ、わたくしも貴方を想うことは…自由なのだと…そう…っおも、、」
だけどもう叶わない。
誓いをたててくれた事は嬉しい。同じ気持ちでいてくれた事を知れて良かった。
だけどもう……
「父上…陛下には了承を得ております」
「……え…?」
「もしも貴女が私の手を取ってくれるのなら、王太子妃として迎え入れる、と」
「……どう…いう……」
「姫のご両親には、本人が望むのなら…と。本日を以てジョルソンは廃嫡となり、私が王太子となります。貴女を妃として迎えたい。先程も申し上げた通り、私は貴女以外に妃を望まない。生涯貴女だけを愛すると誓う」
差し出された短剣に輝く貴石は、わたくしとジョルジオ様の色を掛け合わせたもの。
思えばジョルジオ様の装いには、必ず銀と紫があしらわれていた気がする。記憶を辿れば、それは初めての顔合わせがされた八年前からで……
「神前で、貴女が【唯一】だと誓います」
その言葉に、思わず胸に飛び込んだ。王太子として責められるであろうに、臆することも躊躇することもなく誓うと言ってくれた。
「…わたくしは貴方がいい…貴方を愛して──」
「愛してます、ジュリエンヌ姫」
言葉を遮られて愛を囁かれ…けれどそれがとても嬉しくて…体の水分がなくなるのではと思うほどに涙が溢れて止まらない。
「私の…俺の妻になって欲しい」
公人としての一人称ではなく、私人として…ひとりの男性としての求婚に、否応なく胸は弾む。
「貴方の…妻になりたい……」
ふっ…と小さく笑う顔がとても素敵で、ジョルソン様と同じはずなのに全く違って見える。
「……ジュリエンヌ…」
初めて呼び捨てにされた事にドキリとしたと同時に、唇が重なった。
言うまでもなく初めてで、小説で読んだように本当に柔らかいのだと知って鼓動が早まる。
重なっていたのは僅かな時間で、離れていってしまう唇を思わず追い掛け…また小さく笑われた。
「両陛下と貴女のご両親に挨拶を」
途端に恥ずかしくなって離れると、手を掬われ甲に優しく口付けを受ける。
ひとつひとつの仕草が洗練されていて、今までどれだけの女性にこうしたきたのかと…嫉妬した。
ジョルジオ様は二十歳の王子。ワンダル王国では精通を迎えると閨についての座学が始まり、十四歳になれば実技が加わると聞いている。
そして……
『ジョルジオの相手の方が俺の好みだった』
初めての実技を受けたと、わたくしへの当て付けでわざわざし報告しに来たジョルソン様から、要らぬ情報を齎され…あの日から暫く泣いたことを思い出してしまった。
「ジュリエンヌ姫?」
「……呼び捨ての方が嬉しいです…それに…敬語より普通の方が…」
「…姫と呼ぶのも?」
「それは…」
どうしようかと悩んでいると、唇が触れた。
「貴女を生涯守る騎士になりたいと思っていた。唯一の姫を守る、唯一の騎士に。だから貴女を姫と呼ぶことは許して欲しい」
「…それなら……構いませんわ…」
頬が熱い。きっと真っ赤ね…恥ずかしい。
「貴女は本当に可愛い…では、参りましょう」
姫…と呼ばれて差し出された腕に、スルリと自分のものを絡める。今までも、ジョルソン様の代理として幾度となく絡めてきた逞しい腕。
これからは伴侶として並ぶことが出来る。
どこかふわふわとしていたけれど、両親達の笑顔を見て、これは現実なのだときちんと理解できたところでまた泣いて…
「ジュリエンヌ!本当は嫌ならそう言いなさい!我慢することはない!!おいっ、ここまで娘を傷付けた落とし前はつけてもらうぞ!!ジュリエンヌ、お父様と帰ろう!!」
「嫌です!帰りません!ジョルジオ様の事を愛しているんです!初恋なんです!!」
わぁわぁと泣き叫んで、今まで抱えていた想いを全て打ち明けた。
「……なんと…!」「まぁ…!!」
ジョルジオ様のご両親は、落ち着くところに落ち着いたのだと受け入れてくださり、
「うぅぅぅ…」「良かったわね、ジュリア」
お父様は泣き崩れ、お母様は微笑んでくれた。
そして、廃嫡となったジョルソン様は恋人と共に寒さの厳しい北の領地に幽閉となり、ストレスから子は流れ、流産で体調を崩した恋人はほどなくしてお亡くなりに。ジョルソン様は、ひとり寂しくお暮らしになることと相成りました。
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