(完結)僕の婚約者は能面令嬢??

Ringo

文字の大きさ
27 / 27

【番外編】男爵令嬢の夢

しおりを挟む
「さっさとやれ!!」


頬を打たれても、痛みを感じなくなったのはいつからだっただろう。

蹴り飛ばされても、髪を掴んで振り回されても、冷水をかけられても、下着姿で寒空の下に放り出されても……もう何も感じなくなった。

私は生きなくちゃいけない。

痛いと思うと辛いから、何をされても痛くないんだと思うようになって…本当に痛くなくなった。


『アナベル、あなたを生むことが出来て幸せだったわ。健康に…まっすぐ生きてね』


体が弱くて殆どを寝台の上で過ごしていたお母様は、私が健康な体で生まれ、成長していることを喜んでくれていた。

そして、病気になることなく健康に生きていけるようにと祈り続けていた。

だから私は生きる。


「聞いているのか!!」

「……っ…あ…が……」

「ふんっ!アニエスではなくお前が死ぬべきだったんだ……さっさと片付けろ!」


蹴られたお腹は痛くはないけれど、衝撃で息が苦しい。だけど言われた通りにしないと、また食事を抜かれてしまう…


「ねぇ、そんな汚ならしい娘なんかほっといて行きましょうよ」

「そうだな」


あぁ…出掛けるのか……そうなると今夜も食事は用意されない……痛みはないけど…お腹すいた…


「いいな、帰るまでに綺麗に掃除しておけ」

「早く行きましょっ」


お母様が召されて半年たったあたりから、色んな女性が家に出入りするようになった。

今もお母様を愛していると言いながら、女性をよく寝室に連れ込んでいて…そして部屋の掃除は私の役目なのだと命じられる。

まだいない時ならいい…時々、そういった行為をしている最中に呼ばれて身の回りを世話させられるから…それは嫌だ。

女性達も、お母様の名前を呼びながら行為に及ばれて幸せなのだろうか。


「…お腹すいたな……」


お母様がいた時はそれなりにいた使用人も、今は通いの料理人と執務補佐の二人だけ。掃除や選択は私の仕事。だけど勿論お給金はない。


『アニエスを殺したのはお前だ』


そう言って、お父様はいつも私を殴る。


『そのうち高値で売れそうだ』


そう言って、お父様は私の体を触る。

ガリガリに痩せた私の体を、お父様は大切な物を扱うように触る。


『子供は親と入るものなんだ』


そう言うからお父様とお風呂に入るけれど、それを聞いた女性達は気持ち悪いと言う。

普通は父親と入らないらしい。

だけどお父様が『これが我が家の普通だ』と言うからそうなのかもしれない。

一緒にお風呂に入った日は、いつもより豪華な食事が用意されるから…それでいいと思ってる。

だって私は生きたい。


『初物のほうが高く売れるからな』


そう言って、お父様は私をいつも丁寧に洗う。その時が来たときの為の教育だと言って、お父様は自分の体に触れさせる。

そんなお父様は最近おかしい。

ひたすら罵倒し殴ったかと思えば、コロリと態度を変えて優しくなったり…。

そして入れ替わり立ち替わり色んな女性が来て、お父様と寝室に籠り…悲鳴のような声が響く。

お母様が生きている時は、いつも執務室でお仕事をしていたお父様。今は外出しているか寝室にいるかのどちらかしかない。


「……お母様…」


もういない…傍にない温もりが恋しくて、お母様を思うと忘れたはずの痛みが心に走る。

勿体ないからと、薪を使うことは許されていなくて…冷える部屋でひとりきり。

お母様が亡くなって五年…お父様の言い付けで一度も家を出ていない。

いつか売られるその日まで、家にいなくちゃいけないらしい…こんなに痩せっぽちでいいのかな。


「…………て…」


本当はこんな生活から抜け出したい。お母様がいた時みたいに、暖かい部屋で眠りたい。お腹いっぱい温かいご飯が食べたい。ひとりでお風呂に入りたい。


「………す………て……」


私はいつもひとりぼっち。


「…………たすけて…………誰か…助けて……」


薄いシーツにくるまって、少しずつ薄れていく意識のなか、懐かしい香りに包まれた気がした。




* * * * * *




「………………」


パチリと目が覚めて、視界に入った天井がいつもと違うこと…部屋が暖かいことに戸惑う。


「起きたか?」


声をかけてきた人を見て、涙が出た。大好きなお母様とよく似た顔の伯父様…もう会えないと思っていた。


「ごめんな…助けるのが遅くなった」


それは違うと首を振る。

伯父様が何度も来てくれていたのは知ってる。それをお父様が追い返していたことも。

お父様が何も問題はないと言えば、そうなのだと頷くしかなかったことも理解しているから。


「あいつは捕まった」

「……理由は…」

「違法薬物の売買が主だな。あとは身寄りのない女性を集めて、様々な目的を持つ相手への人身売買をしていたことも確認された。それからお前に対する虐待も。…寝ている間に医者に診せた。辛かったな、よく頑張った」


きっと身体中にある痣を見たんだろうな。骨ばった体…気持ち悪かったかもしれない。


「今日からここで暮らす。養子縁組の手続きは早く済むだろう」

「……伯父様の…子供になるの……?」

「あぁ」

「…………お母様の…お墓参りに行ける…?」

「元気になったら行こう」


家に閉じ込められて、一度も行けなかった。いつか売られたら行ける…そう思っていた。


「まずは栄養をとらなくてはな」


優しく頬を撫でられて、ふわりと香ったお母様と同じ匂いに心が温かくなる。


『お兄様の特製なのよ』


そう言ってお母様が好んでつけていた香水。


『いつかあなたにも作ってもらいましょうね』


大人になったら…年頃になったら、貴族令嬢の嗜みのひとつとして贈ってくれると言っていた。


「お腹はすいてるか?」

「……はい」


少し恥ずかしく思ったけれど、伯父様が優しく微笑んでくれたからホッとした。


「すぐに用意させよう」


頭を撫でてから出ていく伯父様を目で追って、寝台のふかふかする感触に身を沈める。

もう怒鳴られることもない。寒さに震えてお腹を空かせることもない。お父様とお風呂に入ることもない。殴られることもない。


「…………生きていける…」


何に怯えることもなく。

ただ普通に生きていくことが出来る。

それだけで充分。

元気になって、伯父様に恩返ししたい。

どこかに嫁げと言われるならそうする。

働けと言われるならそうする。

これからの人生、伯父様への恩返しに生きる。




そう思っていたのに、伯父様は笑った。


「好きに生きたらいい。お前が幸せになることが俺の幸せになる。だから幸せになれ。好きな奴が出来て結婚するのもひとつだな」


醜聞にまみれたコバトーン男爵の娘なんて、誰も欲しくないと思う。




* * * * * *




伯父様の家で暮らすようになって、好きに外出出来るようになった。その中でも、少し離れた場所にある丘がお気に入り。

あまり人の来ない、落ち着いた場所。

ここで本を読む時間が何よりも楽しい。


「行ってきます」


さすがにひとりでの外出はダメだと言われ、付き添いの侍女や護衛の人が離れたところで見守ってくれている。


「今日もいいお天気」


ふと自分の手を見ると、まだ残る手荒れ。長く酷使してきたせいで、治りは遅いと言われた。


「……ガサガサ」


こんな手をした女の子、誰も欲しくない。

たくさん勉強して、仕事をして、ひとりで生きていけるようにならなくちゃ。





そう思っていたのに



いつの間にか眠ってしまっていて






「…………おうじさま…?」





目を開けたら、王子様がいた。













* * * * * *




「どうしたの?」


久し振りに訪れた丘で昔のことを思い出していたら、膝枕で微睡んでいたブランドンが見上げて手を伸ばしてきた。

頬を撫でられると自然とすり寄ってしまう。


「初めて出会った時のことを思い出していたの」

「あぁ…天使を見つけたと思ったな」

「私は王子様だと思ったわ」


金髪に緑目の王子様。絵本の中から飛び出してきたのかと思った。


「アナの為なら王子様になるよ」

「私だけの王子様?」

「そう、アナだけの王子様」

「あたちのおじしゃまは?」


花を摘んでいた娘が、ずるいと言って頬を膨らませている。


「いつか現れるよ」


納得いかないと不貞腐れているけれど、きっと自分だけの王子様は現れる。


「必ず現れるわ…頑張って生きていれば」


私が出会えたように。


「このこはおじしゃま?」


そう言って、まだ膨らみかけのお腹を撫でる。生まれないと分からないのに、なぜか娘は男の子なのだと言ってきかない。


「そうね、この子も誰かの王子様になるわ」


強く優しく育ってほしい。苦しむ人を助けられるような、そんな人に。

よく喋るようになった娘と、籠の中でスヤスヤと眠っている娘。そして、もしかしたら男の子かもしれないお腹にいる子供。

少しずつ家族が増えて、夢に見ていた日々が続いている。




ありがとう、私を見つけてくれて。

ありがとう、私を選んでくれて。

ありがとう、私を愛してくれて。




「愛してるわ」

「俺も愛してるよ」




ふわりと笑うあなたが好き。


これからも、あなたの傍で生きていく。


それが私の幸せ。





しおりを挟む
感想 18

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(18件)

エステル
2022.01.06 エステル

爺さん、チョロすぎる。友人の妻に、手を出すなよ。爺さんの友人もいろんな男に粉かけてるのに気が付かないのか? 娼婦なんだから、子供ができたかもしれない。と、言われたからって簡単に、自分の子供だと信じるなよ!相手は、歴戦の娼婦なのだから。孫を犠牲にするな。

解除
Okumi
2022.01.06 Okumi

本当に大好きです❤️
続きを待ってます(≧∀≦)

解除
naria
2022.01.06 naria

本編も切なくておもしろかったけど、また番外編もいいですね。クリスの両親、エマやお兄さんの話もいい!本編読み返して、この人のエピソードなのかーと思いながら読んでます。また、その子どもたちのエピソードとかある?のかなぁ?と期待して待っております。😊

解除

あなたにおすすめの小説

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る

基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」 若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。 実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。 一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。 巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。 ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。 けれど。 「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」 結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。 ※復縁、元サヤ無しです。 ※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました ※えろありです ※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ) ※タイトル変更→旧題:黒い結婚

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。  ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。 ※R7.12/8お気に入り登録800超えです!ありがとうございます(泣)一話書いてみましたので、ぜひ!

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。