(完結)僕の婚約者は能面令嬢??

Ringo

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【番外編】騎士の冀幸 last

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デビュタント舞踏会当日。

まだ緊張感が解けないなかではあるが、俺が出ないなど妙な憶測を呼ぶのでありえないとの判断から、万全の準備をして迎えた。

会場となる王宮へは、多くの者が婚約者を伴い入場する。いない者は親族と共に。

しばらく馬車を走らせ、やがて御者から目的地への到着を告げられて降り立ち、迎えた使用人について玄関ホールへ向かうと、そこには精悍な顔つきの男性が待ち受けていた。


「……頼むぞ」

「はい」


落ち着かなくてはと思うのに、はやる心は抑えきれず、ソワソワとしてしまう。

無理だと思った。叶わないと思った。

俺の贈ったドレスに身を包む姿を見て、一度だけでも踊れればいいと思っていた。


「…………アナ…」


階段からゆっくりと降りてくるアナの姿に、目頭が熱くなって涙が溢れそうになる。

俺色のドレスを着たアナ…俺が贈った髪飾りをつけているアナ…俺に微笑むアナ……


「お待たせ、ブランドン」


抱き締めたい衝動に駆られるけれど、これから舞踏会なのだからドレスを皺にするわけにもいかないと堪える。


「……綺麗だよ、アナ」

「ありがとう」


差し出した手にそっと重ねられて、思わずぎゅっと握ってしまった。


「分かっていると思うが、舞踏会のあとは連れて帰るからな」

「はい」


伯爵はあとから会場入りをする。舞踏会は深夜まで続くが…きっとそれより前に連れ帰られるだろう。それでもいい。


「君をエスコート出来る光栄に感謝を」


恭しく手の甲に口付けると、頬を染めてふわりと微笑んでくれた。俺の大好きな笑顔。


「行こう、アナ」

「はい」


僅か二ヶ月前までは、こうなるなんて思いもしていなかった。




──────────




二ヶ月前、ソフィアにつけていた調査員から動きがあったとの報告を受け駆け付けると、昼餐会が開かれていた屋敷の一室で男と激しく絡み合う姿を両親と共に目撃。


『ち、違うの!これは違うの!!』


俺達の姿に驚きそう叫んだが、丁度男が達するところだったようで、今さら止まれない男にガッチリと腰を掴まれふたりして耳障りな声をあげた。

違うもなにも、少し前から様子を窺っていたから無理やりとの言い訳など通用しない。

あえて男の絶頂のタイミングを見計らって部屋へと足を踏み入れたんだから。


『あ、ちょっ、あんっ…』


吐精の余韻に浸る男に腰を押し付けられるたび、ソフィアも声を出すが…いい加減、ふたりの交わりなど見ていたくない。


『さっさと服を着て出てこい』


そう言って、顔面蒼白となっている老伯爵を連れて退出した。


『まさか……ソフィアが…そんな……』


屋敷の主に頼んで応接室を用意してもらい、そこでソフィアを待つ間に話を進める。今までにも男を侍らせていたことも老伯爵に伝え、いつかこうなるだろうと予見できたこと、現場を押さえた以上は婚約を解消したいこと…娘のあられもない姿を見たことで肩を落としているが、自業自得だとも思えてしまう。

祖母曰く低俗娼婦あがりの妻を溺愛し、娘の言うことをなんでも聞き入れ、最低限の礼儀作法や教育を施してこなかったんだ、その報いがきた。


『ブランドン!!』


髪を振り乱し、上気した頬や着崩れたドレスは明らかに情事後だと分かる様相。それなのに、あれは違う、間違いだと言い募る。

無理やり迫られたと言うので、踏み込む直前まで聞いていた台詞を言ってやれば、言葉を失い口をパクパクさせた。


『婚約は解消させてもらう』


破棄でも可能だが、それだと有責の証拠だの慰謝料だのと手続きがめんどくさい。婚約を無効に出来るのならと、さっさと終わらせられる解消を選んだ。


『いやよ!私は侯爵夫人になるのよ!!』


別れるなら慰謝料を寄越せと言い出し、せめて舞踏会でのエスコートはしろと騒ぎ出したが、なぜ俺がそんな温情をかけなくてはならないのだと一蹴し、泣き喚くソフィアと項垂れる老伯爵を置いてその場を辞した。

その後、前もって準備していた婚約解消に関する書類を提出、無事に受理。

ちなみに、ソフィアを組み敷いていた男は屋敷に出入りしている庭師の息子らしく、昼餐会を開いていた屋敷の夫人が可愛がっている愛人だったそうだ。いやはや、凄い。




──────────




その後、アナへの想いを両親へ初めて告げ、伯爵夫妻を交えて話し合いが数回行われたのちに両家で認められ、デビュタントの舞踏会へは婚約者としてエスコートすることに。


「ブランドン?」


馬車から降りるアナに手をかしながら、その姿をまじまじと見つめてしまった。


「…本当に綺麗だなと思って」

「もう…何回言うの」

「何回でも言いたい」


困ったように笑うアナの手を自分の腕に絡めさせて会場へと向かうと、俺達の姿を見た人達がひそひそと話す様子が幾度か見られた。

だが、予てよりソフィアの振る舞いは問題視されていたし、学園での俺とアナを知る人は納得したような表情を向けるだけ。


「あ……」

「ん?どうした…あぁ…もう来てたのか」


アナの視線を辿ればそこにはソフィアがいて、デビュタントだと言うのに派手に露出したドレスを纏っている。

俺達の婚約解消は周知されているが、その理由までは公表していない。まぁ、あの姿と振る舞いを見れば気付くだろうけどな。


「……だいぶ飲んでいるのかしら」


アナの言うとおり、ソフィアは既にかなりの酒量をとっているようだ。まだ始まってもいないというのに、グラス片手に顔を赤くしている。

男とやたら密着して腰を抱かれているが、新しい婚約者が出来たとは聞いていない…どうでもいいことだけれど。


「絡まれたくないから、あっちに行こう」


酒に酔って何をするか分からないからと距離を取ろうとしたが、そんな俺達に気付いたソフィアが男を侍らせて近付いてきた。


「あら、ブランドン。お久し振りね」


いつも以上に化粧は濃く、見たくもないが首元についた鬱血痕がいくつも目に入り、その不快さに思わず眉を顰めると、何を勘違いしたのかソフィアが勝ち誇ったような顔をして笑った。

そして、そんなソフィアの腰を抱いている男も俺を嘲笑うかのように話しかけてきた。


「悪いな、ソフィアはもう俺のものだ」


男には見覚えがある。確か地方の子爵家嫡男だったか…かなり裕福だったはず。


「悪いもなにも、俺は二ヶ月前にソフィアとの婚約を解消している。自由にすればいいさ」

「はっ!何も知らないんだな。俺とソフィアはそれよりも前からの関係なのに」


知ってる。ただ証拠が取れなかっただけ。まぁ、庭師の息子と関係を持つまでは一線を越えていなかったんだろうけど。


「私、結婚するの」

「それはよかった、お幸せに」

「子供も出来たのよ」


それなのに酒を呷っているのかと呆れ、さらにその子供は誰の子だ?とも思ってしまった。もう関係のないことだから、どうでもいいけど。


「それはそれは、重ねておめでとう」


それじゃ、とその場を離れようとすると、男がアナの腕を掴んだ。


「放せ!」


バシッと男の手を払い落とすも、男はやたら気持ち悪い顔でニヤついている。


「あんた、コバトーン男爵の娘だろ?」


その言葉に、アナがビクッと肩を震わせた。安心させたくて肩を抱き、優しく擦る。


「うまくやったよなぁ…伯父の伯爵を取り込んで養子にさせ、侯爵家の嫡男を落とすなんて…飽きたらいつでも男を紹介してやるぜ」


殴ろうかと思った。だけど今夜は晴れの舞台で、こんな男のせいで台無しにはしたくない。


「お前には関係のないことだ。それより、自分の心配でもした方がいいんじゃないか?」

「は?」

「そんなに酒を呷って…本当に妊娠しているのか分かったもんじゃない。仮に本当だとして、誰の種か分からない子供を身籠っている女を嫁にするなんて、俺には出来ない。尊敬するよ」


この二ヶ月、ソフィアの振る舞いはさらにひどいものとなっており、男と宿屋に出入りする姿や昼餐会などで男と部屋に籠る様子が幾度となく目撃されていると聞いていた。

この男も心当たりがあるのか、それでも子供は自分の種なのだと信じていたのか…目を泳がせ、それまで抱き寄せていたソフィアの腰から手を離して距離を取っている。


「ちょ…そんなこと信じないで!子供はあなたの子よ!間違いないわ!」

「……じゃぁ…どうして迎えに行った時に…親族でもない男が君の部屋から出てきたんだ?」

「あ、あれは…」


俺に不貞を目撃された時のように、違う!違う!と言って縋っているが、男は疑いの目を向け続けている。

もう俺には関係ない。


「行こう、アナ」


男の余計な言葉で顔色を悪くしているアナを連れて、まだ開始まで時間はあるからとバルコニーへと連れていく。


「アナ」

「……私…あなたに相応しくない……」


そう言うと思った。だけど、たとえアナにどんな過去があろうともう放してやれないんだ。


「俺に必要なのは、苦しい過去を生き抜いてきたアナベルなんだよ」

「でも……」

「これからも、アナの過去を面白可笑しく言う人はいるかもしれない。でも、そんな過去を耐え抜いてきた強さを持つアナが俺は好きだよ」

「……でも…」

「そもそもアナが悪いわけじゃない」


生まれる場所は選べない。それでも生きることを諦めずにいてくれたから…伯父さんが差しのべた手を掴んでくれたから…君と出会えた。


「君を造るすべてを愛してる」


もう何度重ねたか分からない、君の唇。

この温もりを守るためならなんだって出来る。

これから悩み苦しむ事もあるかもしれない。

それでも、君とふたりなら乗り越えていける。


「君に飽きられないよう、努力するよ」

「……飽きるなんてありえないわ」


ぷくっと膨らむ頬にも口付け、温もりを求めるようにもう一度唇を重ねた。





それから数年後、妹を巡る騒動が幾つも起きながらも俺達は結婚式を迎え、祭壇に並び立った。


「ブランドン・ディノワは、アナベル・タルジャンを唯一の妻として愛し抜きます」


夢にまで見た神前での誓い。俺の愛は、生涯をかけて君だけに捧げる。


「愛してるよ、アナ」


俺にはもうひとつ夢があるんだ。

君と初めて出会ったあの丘で、子供を連れてピクニックに行きたい。

君のお手製のサンドイッチと紅茶を持って、暖かな日が差し込む場所で寝転びたいんだ。




そして願う。



君の幸せが、俺の傍で生きることであることを。








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