神に愛されし夕焼け姫

Ringo

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公爵家使用人&公爵領の民

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広大なモロゾフ公爵領には、他国からも買い付けに来るほど上質で珍しい農産物が多種多様、豊富に実っている。天候や災害などでそれなりに不作となる時もあったが、優秀で堅実なモロゾフ家によって領民が餓えに怯えることはなかった。

そして、そんな事が一切なくなり常に農作物が上質で豊穣となったのはモロゾフ家にマリアンヌが誕生した日から。




──────────




他の領地がどんなに荒れた天気でも、モロゾフ公爵領に齎されるのは穏やかな雨。むしろ作物には成長を促進する恵みの雨。

他の領地が疫病に襲われても、モロゾフ公爵領に居住を構える者は健康そのもの。流行り病に感染することなく、風邪ひとつ引かない。

その奇跡にいち早く気付いたのは、モロゾフ家に代々執事として勤める家柄出身のセバスチャン。


「神に愛されし夕焼け姫」


ぼそりと呟き、その言葉を拾ったダイアンはお伽噺のように伝わる伝説を思い出す。

あらゆる災いから守りし奇跡の赤髪…すやすやと眠る生後間もない愛娘を見つめ、歴代の当主が残した日記が並べられている書棚に目をやった。

当主となるべく学びのひとつとしていくつかは既に目を通してある。その中に書かれていた内容の記憶を頼りに、ダイアンは一番古い凡そ500年前の初代当主の日記を取り出した。


【遂に我がモロゾフ家にも赤髪の神に愛されし夕焼け姫が遣わされた。まだ痩せた土地とあって食糧難が続き、それに伴い領民に広がっていた栄養失調や疫病の蔓延。そのいずれの憂いも霧散するだろう。今まで通り驕ることはせず、領地運営と領民には真摯に向き合っていく。その上で、神から遣われし赤髪の夕焼け姫を大切に慈しんで育てよう】


【あらゆる災いを払うという神の加護は確かに存在した。不安定だった天候は落ち着き、見る間に土地へと栄養が行き渡り、それまでの不作が嘘のように上質なものが豊かに実り、豊富な食料が確保されたことで領民は健康となり、いかなる病が余所で流行ろうとも我が領地が脅かされる事は皆無だ。これを夕焼け姫の恩恵と言わずしてなんと言えよう】


【後世に伝えたい。もしも再び赤髪の夕焼け姫が神から遣わされし時には、決してその髪色に惑うことなく愛してほしい。愛しい妻の腹の中で育まれた、紛うことなき己の子供なのだから】


日記を閉じ、改めて愛娘を見て夕焼け色の赤髪をゆるりと撫でた。

モロゾフ公爵家に伝わるのは輝く金糸を思わせる見事な金髪。伴侶がどのような色をしていても、直系は必ずこの色だった。だからこそ、自分と銀髪の愛妻の間に生まれた娘が赤髪だった時には狼狽えてしまったのも事実。

愛妻の不貞など疑うことはない。

けれど見たこともない赤髪に、何か良くない前兆なのかと思ってしまった。この時代、レント王国では不吉を象徴する色だったから。


『…綺麗……夕焼けみたい』


綺麗にされた娘を抱いてそう言った愛妻に、不穏な思考を抱いたことを申し訳なく思った。

たとえ不吉とされる色を纏っていても、愛する妻と育んだ愛の証ではないか、何を恐れる必要がある…そう思い直し、念願の娘の誕生に喜ぶ愛妻の傍に寄って労いを込めて額に口付ける。


『名前は考えてくれた?』

『あぁ…マリアンヌにしよう』


幸せを齎すと信仰されている女神マリアンヌ。

誰からも愛され、幸せに満ち溢れた人生を歩んでほしい…そんな思いからそう名付けられた。


『マリアンヌ…きっと愛される子になるわ。だってこんなに綺麗な髪色なんだもの』


空色の瞳を輝かせて微笑む愛妻に、ダイアンは愛しさが溢れて今度は唇を奪った。




******

(モロゾフ公爵領民の今まで)




「マリアンヌ様がお生まれになってから、随分落ち着いた天気が続いてるなぁ」

「他の領地じゃ土砂崩れやら川の氾濫があったらしいぞ。作物も大打撃らしい」

「疫病も広がっているらしいが…ここの領地に暮らしてる奴で罹患したもんはいないなぁ」

「王都に出てた行商も無事らしいぞ」


領民達の間に広がる沈黙。


「「「「マリアンヌ様って女神?」」」」


そして領民達も年老いた者から思い出していく。嘗てこの地に奇跡を齎した夕焼け姫と呼ばれる少女がいたという伝承。その少女は、通り名そのままに夕焼け色をした赤髪だったということを。




 § § §




「こんにちは!!」


お喋りを始めたマリアンヌは会う人会う人に挨拶をして回り、その可愛らしい姿に挨拶を受けた相手は一様に頬を緩ませ、夕焼け姫の伝承を正しく認識している領民達はマリアンヌの成長を温かく見守っていた。


「そう言えば、またパーシル殿下が来ていたらしいぞ。やっぱり婚約するのか?」

「まだ2歳だぞ?まぁ殿下は6歳だからありえなくもないが…」

「俺達には女神でも世間では不吉だなんだと言われている赤髪をしてらっしゃるからな…殿下に愛されて王家に入った方が、その認識も変えられるんじゃねぇの?」

「いつも手を繋いで嬉しそうに歩いてるもんな、パーシル殿下。マリアンヌ様の事が好きでしょうがないんだろう」


大好きなマリアンヌに会う為、ちょくちょく王宮を抜け出してはモロゾフ公爵領まで来ていたパーシル。自分よりさらに小さな手を握っての散歩が何よりも大切な時間だった。




 § § §




パーシル7歳、マリアンヌ3歳で婚約が結ばれ、それまでの仲の良さから誰も心配などしていなかった…のだが。


「へんないろ!へんなのっ!」

「うわぁぁぁん!」


マリアンヌが領民達とお喋りを楽しんでいると、決まって意地悪な事を言って泣かせるようになったパーシル。その対象はいつも髪色だった。

その態度が嫉妬からだと分かってはいても、自分達にとって愛すべき女神を傷付けられて許せるわけがない。領民達の心に、静かではあるがパーシルに対する怒りと嫌悪感が増していった。


「おまえみたいにへんなかみいろのやつ、あいてにするのは…ぼ、、ぼくしかいないんだぞ!!ぼくのお、およ、およめさんになるしかない!!」

「うわぁぁぁぁん!」

「まりあんぬ!!」

「──っ、にぃちゃま!!」


盛大なツンデレが幼すぎるマリアンヌに通じるわけもなく、大泣きさせては兄のライアンが助けに駆けてくる…そんな光景が何度も繰り広げられ、更には王都へと仕事や行商で出ている領民から齎される噂が、徐々に真実味を帯び始めた。


『王妃はマリアンヌ様を側妃にするつもりだ』


実り多き領地とあって納めている税金が莫大であることは領民でさえも知っている。その税金だけは確保しつつ、王妃お気に入りの愛人の娘との婚約が水面下で進んでいる…そんな噂を裏付けるようなパーシルの態度。沸々と溜めた怒りが沸騰していく思いを皆が抱えた。

公爵夫人は大国ブルーム出身。万が一モロゾフ家がレント王国を去る決断をしたならば…


「「「「我らはモロゾフ家と共に!」」」」




そして、その一年後にその言葉は実行された。




******

(モロゾフ公爵家使用人の今まで)




「見た?お嬢様の髪色」

「見たわ!凄く綺麗な…夕焼け色みたい…」

「本当に…初めて見たわ」


モロゾフ公爵家に仕える使用人は、それぞれが先祖代々から連なる者ばかり。それ故、たとえ生まれた娘が赤髪だろうが黒髪だろうが、主への強い忠誠心から偏見を持つ者はいなかった。

むしろ「さすがモロゾフ公爵家のお嬢様!そこら辺の令嬢とは一線を画すのね!」と、妙な盛り上がりすら見せる始末である。



 § § §




他国の行商が広げていた商品の中に似たような色の生地を見つけた侍女長は、その生地を使ってハンカチを作った。それが公爵家で爆発的に流行。

帰国の準備を整えていた行商人を屋敷に招き、夕焼け色の生地や宝飾を公爵が全て買い取った。


「この国じゃ赤は不吉な色だって言われてるらしいから、まさか完売するとは思わなかった。でも綺麗だろ?俺の祖国じゃ祝いの色なんだ」


祖国への帰り道、たまたま立ち寄ったレント王国で気紛れに路上販売してみた行商人。出先で大量に仕入れたばかりの赤色を試しに広げてみたら、噂通りに怪訝な目を向けられ…そんな中、ひとりの中年女性が目を輝かせて近付いてきたのだ。


『まぁ!まぁ!まぁ!お嬢様のように美しい夕焼け色だわ!あなた!これ売ってくださる!?』


レント王国で初めての反応に驚きながらも、移住者か何かかと思っていた。ちなみに侍女長の家系は初代当主から仕える生粋のレント人だ。


「この国では赤色をした生地や宝飾など無いに等しいからね、素晴らしい買い物が出来た。これからすぐに祖国…ブルームへ帰るのか?」

「はい、あちらで妻と息子夫婦が待ってるんで」


そう、セシルがマリアンヌの髪色に驚かなかったのは《赤》という色に対して忌み嫌う思想を持っていなかったから。むしろ出身国のブルームでは祝い事に使われるほど好まれているのだ。

夫婦どちらの髪色にも似ていなかったこと自体に多少驚きはしたが、不義の子ではないことは自分が一番分かっているし、何より綺麗な髪色に釘付けとなった。美しい髪色だわ…と。


「機会があれば是非また見繕ってほしい」


かくしてモロゾフ公爵家に好まれた行商人はその後の道中にて悪天候や賊の襲撃などの災いに見舞われることもなく、大金を無事所持しての帰国となった。

そして、一家がブルーム王国へと移住した際にはお抱え商会となる…のだが、それはもう少しあとの話。


「見てください!こんなに美しい!!」


行商人が帰ったあと、購入品を広げてわいわいと賑わうモロゾフ公爵家。お洒落大好きなメイドが夕焼け空のようにグラデーションがかった布を手に取り、皆が釘付けとなる。


「まぁ!これでマリアンヌ様のドレスやエスコート相手のタキシードを誂えたら素敵!」


エスコート相手…と発言されたところで、公爵家に沈黙が流れる。皆、その相手となりうる人物の顔を思い浮かべて眉を顰めた。


「あれは…ないわ」

「ないない」


婚約を結ぶ前まではマリアンヌへの好意を素直に出していたのに、婚約者になった途端にとんでもないツンデレへと進化したパーシル。

モロゾフ家もそこに仕える者達も、皆愛する者に対して実直なのである。恥ずかしくても、たとえ顔から火を噴くほど赤くなろうとも、想う相手を傷付けるような事はしないし言わない。

だからこそ許せない。

照れ隠しだろうがツンデレだろうが。

幼かろうが王族だろうが。

敬愛する公爵家の姫を泣かせるなど許せない。


「ご当主様」


一人、二人、三人…と広がった決意表明の輪。




「「「「我らはモロゾフ家と共に!」」」」





使用人の家族は公爵領の民でもある。思い残すものなどなく、皆が笑顔でその場を立ち去った。









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