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8.ユーリ
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10回くらい、朝ごはんと夕ご飯が運ばれる日々が続いた。
宿屋から一歩も出ず、起きて朝ご飯を食べ、ボーっとして夕ご飯を食べ眠る。そんな生活を送ってきた。まるでニート。
今日も朝ごはんを食べて、ベッドでダラダラしていた。筋肉質な男がベッドでダラダラしている図を想像して軽く笑う。
コンコン
ドアをノックする音が、やけに大きく部屋に響いく。
宿屋の女だろうか、と頭をひねる。ドアをノックするなんてされたことない。
これまで機械的に繰り返されたルーティーンを壊す存在に、警戒心が湧く。
ベッドから体を起こしすぐ横に置いていた剣に手をかけた体勢で、じっとドアを見つめる。
コンコン
再度、ドアがノックされる。こちらを慮るように、感情があるかのように。
静寂が続く、息をする音さえも押し殺す。
スーッと扉が開いた時、自分でも驚く程の反射神経と敏捷能力でベッドから飛び起き、剣をドアの方向にまっすぐ向けていた。
内開きのドアから顔を出したのは女の人だった。宿屋の女とは違って、剣を見て驚いた顔をしている女の人。
その女はこちらを見て、驚いた表情を固める。
また、静寂の時間が訪れる。
「あ、あの~」
躊躇いがちながら、静寂を打ち破ったのはまたしても女の方だった。
「お話しできますか?」
その声は震えて、半信半疑で、外国人に話しかけるようなオズオズとした声だった。
「………へ?」
対して間抜けな声を出してしまう。思い返してみれば声を出したのはかなり久しぶりだ。
「あ、えっと、その、あっと…」
声を出そうとしてつまづく。舌を動かして、口を開けて、頭を動かして。
意味のある言葉を発することがこんなにも難しいのかと焦る。
「えっと、その、あー、えー。は、はい、話せます。」
外国語初心者の教科書の様な返事を詰まりながらも返す。この短い簡単な声を発するだけで憔悴する。
しかしこんなキョドリマンの簡単な返事に女はぱっと顔を輝かせた。
女はドアを完全に開けて、部屋の中に入ってくる。
黒のローブを全身に包み、頭にはこれまた黒で、先が少し折れ曲がった円錐状の帽子を被っている。
左手に腰の高さ程の杖を持っており、これはまさしく
「魔女?」
第一印象がふっと口をついて出る。
魔女のような女はその言葉でいっそう顔をほころばせた。
「魔女ですよ、私は。…たぶん。」
この世に100%は存在しない。と勇者もどきは思った。
彼女は名前をユーリと言った。
立ち話もなんですので、ということでユーリもベッドに腰掛ける。
一応、距離をとっているので、ベッドに腰掛ける男女でもいかがわしさはない。…ないはずだ。
ユーリは話し相手がいることに安心したのか、堰を切ったようにペラペラと話し始めた。
名前はわかるけど、やはり記憶がないこと。記憶はないけど記憶があったことは覚えていること。
気づいたらこの町にいたこと。
そして、
「色々わからないことだらけなんですけど、2つだけわかっていること?というかなんていうんでしょう……、頭に残っていること?があって、」
ユーリは2本指をあげる。
「1つ目は魔王を倒さないといけないこと。2つ目が魔王を倒すのには、この町の塔の最上階にある剣が必要だということです。」
ユーリはこちらの目をしっかり捉えて伝えた。
ユーリは聞き上手でもあったようだ。
こちらの情報を促し、時に相槌を、時に同情を、時に質問を挟み、情報とこれまでの過程をスルスルと引き出した。
「そうですか、スライムを……、想像しかできないですけど、確かにキツイ体験ですね。」
ユーリは伏し目がちに頷く。辛さを共有してくれる。
「それで、勇者様はこの町に来たんですね。」
ユーリはこちらのことを勇者様と呼ぶことにした。名前がないのはなにかと不便だし、ということだが、スライムを斬っただけで引きこもってしまう奴が勇者様などと呼ばれることに恥ずかしさを感じてしまう。
ユーリはこちらの経緯を一通り聞き終わると。自分のこれまでの経緯を話した。
塔に入る扉の前には2メートル近い大男が2人扉を塞ぐように立っていて、勇者がいなければ入れない、と繰り返し声を発していること、宿屋の女とその2人の大男以外は話しかけても声すら発しなかったこと。死んだことがまだないこと。
魔法が1つ使えること
「え?魔法使えるの?」
「はい、1つだけですが、なんか誰とも喋れなくてむしゃくしゃして、せっかく魔女の格好してるんだから魔法でも使ってやろう、と思って、杖を出鱈目にふって、適当な言葉を言ってたら…」
ファイアの言葉と共に杖の先の地面が燃えた…だそうだ。
少女の様な見た目で、さらに全体が黒いからか顔の白さが際立って見え、弱々しい印象を受けるユーリの大胆さというか、行動力というかに、おののくしかない。
「それで、」
一通り喋り終えた後に、ユーリは一拍置いて聞く。
「えっと、私は行動するしかないと思っているので塔に行きたいんですが…、勇者様は一緒に来てくれますか?」
流れるように進んでいた会話が止まる。
隙間のないほどに喋っていたユーリも今は静かにこちらを見つめる。
対して、返事をできず、口をつぐみ、下を見る。ユーリと目を合わせられない。
塔に行くということは、スライムのようなモンスターと相対する可能性がある。折れた心は残念ながら魔女の登場では治っていない。
ユーリは静寂を三度破る。
「悩んでいますか…?正直、スライムの話しを聞いて提案するか迷いました。でも、私はここで止まっていたくないです。これは私のエゴです。勇者様と話して改めて、人のいる世界に戻りたいと思いました。その為にはたぶん、魔王を倒す必要があります。」
ユーリは堰を切ったように話す。
ユーリの目標は明確だ。
きっと、ここまでも悩まずに決断してきたに違いない。進むために判断し、決定し、行動する。
カッコいいな、と思う。見た目と中身にギャップのある野郎とは違う。
なんにせよ、回答を求められている。答えなくてはならない、これまでの自分を表す言葉を。
「少し考えさせてくれないか」
はいでもいいえでもない答えを部屋に、空虚に、響かせた。
宿屋から一歩も出ず、起きて朝ご飯を食べ、ボーっとして夕ご飯を食べ眠る。そんな生活を送ってきた。まるでニート。
今日も朝ごはんを食べて、ベッドでダラダラしていた。筋肉質な男がベッドでダラダラしている図を想像して軽く笑う。
コンコン
ドアをノックする音が、やけに大きく部屋に響いく。
宿屋の女だろうか、と頭をひねる。ドアをノックするなんてされたことない。
これまで機械的に繰り返されたルーティーンを壊す存在に、警戒心が湧く。
ベッドから体を起こしすぐ横に置いていた剣に手をかけた体勢で、じっとドアを見つめる。
コンコン
再度、ドアがノックされる。こちらを慮るように、感情があるかのように。
静寂が続く、息をする音さえも押し殺す。
スーッと扉が開いた時、自分でも驚く程の反射神経と敏捷能力でベッドから飛び起き、剣をドアの方向にまっすぐ向けていた。
内開きのドアから顔を出したのは女の人だった。宿屋の女とは違って、剣を見て驚いた顔をしている女の人。
その女はこちらを見て、驚いた表情を固める。
また、静寂の時間が訪れる。
「あ、あの~」
躊躇いがちながら、静寂を打ち破ったのはまたしても女の方だった。
「お話しできますか?」
その声は震えて、半信半疑で、外国人に話しかけるようなオズオズとした声だった。
「………へ?」
対して間抜けな声を出してしまう。思い返してみれば声を出したのはかなり久しぶりだ。
「あ、えっと、その、あっと…」
声を出そうとしてつまづく。舌を動かして、口を開けて、頭を動かして。
意味のある言葉を発することがこんなにも難しいのかと焦る。
「えっと、その、あー、えー。は、はい、話せます。」
外国語初心者の教科書の様な返事を詰まりながらも返す。この短い簡単な声を発するだけで憔悴する。
しかしこんなキョドリマンの簡単な返事に女はぱっと顔を輝かせた。
女はドアを完全に開けて、部屋の中に入ってくる。
黒のローブを全身に包み、頭にはこれまた黒で、先が少し折れ曲がった円錐状の帽子を被っている。
左手に腰の高さ程の杖を持っており、これはまさしく
「魔女?」
第一印象がふっと口をついて出る。
魔女のような女はその言葉でいっそう顔をほころばせた。
「魔女ですよ、私は。…たぶん。」
この世に100%は存在しない。と勇者もどきは思った。
彼女は名前をユーリと言った。
立ち話もなんですので、ということでユーリもベッドに腰掛ける。
一応、距離をとっているので、ベッドに腰掛ける男女でもいかがわしさはない。…ないはずだ。
ユーリは話し相手がいることに安心したのか、堰を切ったようにペラペラと話し始めた。
名前はわかるけど、やはり記憶がないこと。記憶はないけど記憶があったことは覚えていること。
気づいたらこの町にいたこと。
そして、
「色々わからないことだらけなんですけど、2つだけわかっていること?というかなんていうんでしょう……、頭に残っていること?があって、」
ユーリは2本指をあげる。
「1つ目は魔王を倒さないといけないこと。2つ目が魔王を倒すのには、この町の塔の最上階にある剣が必要だということです。」
ユーリはこちらの目をしっかり捉えて伝えた。
ユーリは聞き上手でもあったようだ。
こちらの情報を促し、時に相槌を、時に同情を、時に質問を挟み、情報とこれまでの過程をスルスルと引き出した。
「そうですか、スライムを……、想像しかできないですけど、確かにキツイ体験ですね。」
ユーリは伏し目がちに頷く。辛さを共有してくれる。
「それで、勇者様はこの町に来たんですね。」
ユーリはこちらのことを勇者様と呼ぶことにした。名前がないのはなにかと不便だし、ということだが、スライムを斬っただけで引きこもってしまう奴が勇者様などと呼ばれることに恥ずかしさを感じてしまう。
ユーリはこちらの経緯を一通り聞き終わると。自分のこれまでの経緯を話した。
塔に入る扉の前には2メートル近い大男が2人扉を塞ぐように立っていて、勇者がいなければ入れない、と繰り返し声を発していること、宿屋の女とその2人の大男以外は話しかけても声すら発しなかったこと。死んだことがまだないこと。
魔法が1つ使えること
「え?魔法使えるの?」
「はい、1つだけですが、なんか誰とも喋れなくてむしゃくしゃして、せっかく魔女の格好してるんだから魔法でも使ってやろう、と思って、杖を出鱈目にふって、適当な言葉を言ってたら…」
ファイアの言葉と共に杖の先の地面が燃えた…だそうだ。
少女の様な見た目で、さらに全体が黒いからか顔の白さが際立って見え、弱々しい印象を受けるユーリの大胆さというか、行動力というかに、おののくしかない。
「それで、」
一通り喋り終えた後に、ユーリは一拍置いて聞く。
「えっと、私は行動するしかないと思っているので塔に行きたいんですが…、勇者様は一緒に来てくれますか?」
流れるように進んでいた会話が止まる。
隙間のないほどに喋っていたユーリも今は静かにこちらを見つめる。
対して、返事をできず、口をつぐみ、下を見る。ユーリと目を合わせられない。
塔に行くということは、スライムのようなモンスターと相対する可能性がある。折れた心は残念ながら魔女の登場では治っていない。
ユーリは静寂を三度破る。
「悩んでいますか…?正直、スライムの話しを聞いて提案するか迷いました。でも、私はここで止まっていたくないです。これは私のエゴです。勇者様と話して改めて、人のいる世界に戻りたいと思いました。その為にはたぶん、魔王を倒す必要があります。」
ユーリは堰を切ったように話す。
ユーリの目標は明確だ。
きっと、ここまでも悩まずに決断してきたに違いない。進むために判断し、決定し、行動する。
カッコいいな、と思う。見た目と中身にギャップのある野郎とは違う。
なんにせよ、回答を求められている。答えなくてはならない、これまでの自分を表す言葉を。
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