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「ただいま」
誰もいない部屋に自分の声だけが響いた。航大は靴を脱ぎ捨てると冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、それを勢いよく飲み干した。
「……はぁ」
口元を拭い、PCの画面をじっと見る。
この真っ暗な画面の裏にはミザリがいる。あれから約二時間が経った今、彼女はまだ眠っているのだろうか。それともまたいつものきらびやかな姿で自分を迎えてくれるだろうか。
その時、ぎゅるるると腹から情けない音が鳴った。
「そういえば……」
航大はPCの電源に素早く手を伸ばした。自分の空腹で、今朝ミザリにご飯を送っていないことに気付いたのだった。
聞き慣れたゲームの起動音。
シャラララという音の後に一瞬だけ沈黙する画面に今日はいつも以上に緊張が走る。ミザリがどのような姿で現れるのか、気が気ではなかった。
「……航大くん?」
画面の暗転と同時に聞こえたミザリの声。顔を上げると、そこに立っていたのはいつもの美しい彼女だった。何事もなかったかのようにきっちりとセットされた髪とドレスに、丁寧に施されたメイク。
航大は安心したように息を吐き出した。
「ただいま」
「ただいまって……今日学校じゃないの?」
「行く途中で熱中症みたいになってさ。偶然通りかかった友達に介抱してもらってた」
頭を掻きながら笑ってみせると、ミザリは眉を八の字に寄せた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。それよりミザリの方こそ何も食べてなくてキツいだろ。ごめんな、朝バタバタしてて……」
カーソルを動かし、水とおにぎりを購入する。この画面もすっかり見慣れてしまった。
「ごめんね。ありがとう」
ミザリは申し訳なさそうに笑うと、航大の顔にそっと手を伸ばした。頬を撫でるような仕草にどきりとする。
「お友達、近くにいて本当によかった」
「あ、ああ。腐れ縁の幼馴染なんだけど、良くも悪くもいっつもベストタイミングで現れるんだよ」
「そうなんだ」
その腐れ縁の幼馴染は今夜この部屋でミザリと対面することになる。その事を伝えるタイミングを窺っていたが、涼のことに触れた今がその時だろう。
「その友達にさ、このゲームのこと話したんだ。で、今日の夜見に来るって……」
「……え」
突然のことにミザリは困惑したようだった。
「ごめん。勝手に。でもそいつゲームクリエイター目指してて、もしかしたらゲームクリアの糸口が見つかるかもって、その」
もつれる言葉に歯痒さを感じる。もっと気の利いた台詞でミザリを安心させてやりたいのに、今思えばここまで空回りしてばかりだった。
吃りながら言葉を選んでいると、ミザリが気遣うように笑った。
「航大くんのお友達だったらぜったい良い人だよね。会うの楽しみだな~」
ミザリはその場を盛り上げるように、努めて明るく振る舞った。
「ごめん、ミザリ。ありがとう」
「ん? なにが?」
「あ、いや…… 別に」
「それより! 今日は涼しい部屋でゆっくり休んでね!」
「ああ。夜また来るから、ミザリもそれまでゆっくり……」
そう言いかけて、航大は口を噤んだ。
「航大くん?」
「ごめん。やっぱり今日はこのまま繋いでていい? 体調悪い時に一人だと気が滅入るんだ」
ミザリは目をぱちぱちさせた後、ほっとしたような顔を浮かべた。
「いい?」
「……うん。繋いでて。ミザリも、それがいい」
昨晩のことはどちらからも触れはしない。
今のミザリの精神状態はヒビの入った硝子の上に立っているようなものだ。そして少なからず、自分も。けれど二人のぐらつく心をなんとか持ち堪える術は分かっていた。
「一緒にいよう。ミザリ」
画面の向こうの愛しい彼女に微笑むと、彼女は今にも泣き出しそうな顔で綺麗に笑った。
誰もいない部屋に自分の声だけが響いた。航大は靴を脱ぎ捨てると冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、それを勢いよく飲み干した。
「……はぁ」
口元を拭い、PCの画面をじっと見る。
この真っ暗な画面の裏にはミザリがいる。あれから約二時間が経った今、彼女はまだ眠っているのだろうか。それともまたいつものきらびやかな姿で自分を迎えてくれるだろうか。
その時、ぎゅるるると腹から情けない音が鳴った。
「そういえば……」
航大はPCの電源に素早く手を伸ばした。自分の空腹で、今朝ミザリにご飯を送っていないことに気付いたのだった。
聞き慣れたゲームの起動音。
シャラララという音の後に一瞬だけ沈黙する画面に今日はいつも以上に緊張が走る。ミザリがどのような姿で現れるのか、気が気ではなかった。
「……航大くん?」
画面の暗転と同時に聞こえたミザリの声。顔を上げると、そこに立っていたのはいつもの美しい彼女だった。何事もなかったかのようにきっちりとセットされた髪とドレスに、丁寧に施されたメイク。
航大は安心したように息を吐き出した。
「ただいま」
「ただいまって……今日学校じゃないの?」
「行く途中で熱中症みたいになってさ。偶然通りかかった友達に介抱してもらってた」
頭を掻きながら笑ってみせると、ミザリは眉を八の字に寄せた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。それよりミザリの方こそ何も食べてなくてキツいだろ。ごめんな、朝バタバタしてて……」
カーソルを動かし、水とおにぎりを購入する。この画面もすっかり見慣れてしまった。
「ごめんね。ありがとう」
ミザリは申し訳なさそうに笑うと、航大の顔にそっと手を伸ばした。頬を撫でるような仕草にどきりとする。
「お友達、近くにいて本当によかった」
「あ、ああ。腐れ縁の幼馴染なんだけど、良くも悪くもいっつもベストタイミングで現れるんだよ」
「そうなんだ」
その腐れ縁の幼馴染は今夜この部屋でミザリと対面することになる。その事を伝えるタイミングを窺っていたが、涼のことに触れた今がその時だろう。
「その友達にさ、このゲームのこと話したんだ。で、今日の夜見に来るって……」
「……え」
突然のことにミザリは困惑したようだった。
「ごめん。勝手に。でもそいつゲームクリエイター目指してて、もしかしたらゲームクリアの糸口が見つかるかもって、その」
もつれる言葉に歯痒さを感じる。もっと気の利いた台詞でミザリを安心させてやりたいのに、今思えばここまで空回りしてばかりだった。
吃りながら言葉を選んでいると、ミザリが気遣うように笑った。
「航大くんのお友達だったらぜったい良い人だよね。会うの楽しみだな~」
ミザリはその場を盛り上げるように、努めて明るく振る舞った。
「ごめん、ミザリ。ありがとう」
「ん? なにが?」
「あ、いや…… 別に」
「それより! 今日は涼しい部屋でゆっくり休んでね!」
「ああ。夜また来るから、ミザリもそれまでゆっくり……」
そう言いかけて、航大は口を噤んだ。
「航大くん?」
「ごめん。やっぱり今日はこのまま繋いでていい? 体調悪い時に一人だと気が滅入るんだ」
ミザリは目をぱちぱちさせた後、ほっとしたような顔を浮かべた。
「いい?」
「……うん。繋いでて。ミザリも、それがいい」
昨晩のことはどちらからも触れはしない。
今のミザリの精神状態はヒビの入った硝子の上に立っているようなものだ。そして少なからず、自分も。けれど二人のぐらつく心をなんとか持ち堪える術は分かっていた。
「一緒にいよう。ミザリ」
画面の向こうの愛しい彼女に微笑むと、彼女は今にも泣き出しそうな顔で綺麗に笑った。
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