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第1章・ウィリアム・エリード
第6話・愛しき家族
しおりを挟む「ウィリアム様、おはようございます」
聞き慣れた声が聞こえる。
「ん……」
ゆっくりと体を起こし、辺りを確認する。いつもの布団にいつもの白狼。こちらを見ながらクローゼットから服を出してくれるメイド長も、いつも通りだ。
だが昨晩の出来事はしっかりと覚えていた。敬愛すべき神々たちの、声も表情もしっかりと。
「おはようノース。今まで心配かけてごめんね」
湧き上がってくる力は、間違いなく彼らから与えられたものだ。長年自分と家族を不安にさせ続けたものだが、今となってはそんな気持ちは全く無い。
まずは皆を安心させたい。そう思った。
「突然どうしたのですか?」
ノースは不思議そうな顔でこちらを見つめている。
「加護、ちゃんと貰ったよ。これで俺も……」
そこまで言ったところで、ノースが衣服を落としたことに気が付いた。
「ノース、大丈夫?」
言うが早いか、ノースはすぐさまウィリアムの元に駆け寄り、彼を抱きしめた。まるで愛する我が子を抱くかのようなその両腕は、とても暖かい。
「それは、それは本当でございますか?」
「うん、本当。俺はもう大丈夫だよ」
気付けばノースの両腕は微かに震えていた。自分がどれだけ心配をかけていたか、神々の事情が原因とはいえ申し訳なく感じる。
「良かった……本当に、良かったです……」
「うん、ありがとう」
そっと離れその顔を見ると、うっすらと目元に涙が浮かんでいた。が、ノースはそんなことを気にも留めず立ち上がった。
「すぐに屋敷の者を呼んで参ります。ウィリアム様は、いつも通りのお時間に食堂へ」
「うん、分かった」
そう言い残すと、ノースは素早く部屋を出ていった。久々に自分で着替えなければならないのは何とも言えない気分だが、あそこまで嬉しそうなノースもなかなか見れるものではない。
ーーー本当に、良かった。
そう思いながら、衣服に袖を通す。すると、既にひっくり返された布団の中から声がした。初めて聞く、だがいつも聞いていたような声。
『う~、うるさいな……ご飯はまだでしょ……?』
この部屋にいるのは自分と彼女だけだ。
「まさか……本当に……?」
間違いない。この声の持ち主は。
「ユキ!」
『わっ、ウィル!?』
気が付いた時にはユキを布団から引っ張り出し、強く抱きしめていた。こんな気持ち、なんと形容すればいいのだろうか。
「ユキ! 俺だよ!」
『それは知ってるけど、私たちなんで会話出来てるの?』
ユキもまた、眠そうではあるが驚き半分嬉しさ半分といった様子で口を動かしている。
「加護だよ! 俺もようやく加護が貰えたんだ!」
『なるほど……それはいいけど、そろそろ苦しい……』
「はっ、ご、ごめん!」
嬉しさのあまり、力が入りすぎていたようだ。少し反省しつつ、ユキの方を見る。
『はあ、助かった。それにしても、私たちと会話ができるようになる加護なんて聞いたことないけど』
思っていたとおり、ユキは相当に知能が高い。会話も滞りなく進む。
「従魔術士っていうんだってさ。エンディルス様から貰ったんだ」
述べた希望は「ユキと会話がしたい」というものだったが、従魔術士という文字から察するにこの加護の能力はそれだけではないはずだ。従属魔法か、そういった類の能力があるのは間違いないだろう。
『へ~……まあ何にせよ良かったね。おめでとう』
「うん、ありがとう」
確かに会話が出来ている。その事実が、胸の辺りを暖かくしてくれる。嬉しそうな声で返事をしてくれるユキも、きっと同じ気持ちなのだろう。
その後も少し話していると、すぐに朝食の時間になった。普段は多少遅れても問題ないが、ノースが張り切って出ていったことを考えると今日は時間通りに行く方がいいだろう。
「ユキ、そろそろ食堂に行こう。ノースに呼ばれてるんだった」
『ん、分かった』
1人と1匹の足取りは、いつもよりも軽やかだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
食堂の扉を開くと、いつもよりも興奮した両親とメイドたちが迎えてくれた。
「ウィル、加護を貰えたって本当か!?」
「本当なの!?」
「うん、本当だよ。とりあえず2人とも落ち着いて」
まず誰よりも取り乱している父母を諌める。自分が席に座ると、2人も同じように腰を下ろした。その様子を見て、周りのメイドたちもホッと胸を撫で下ろす。
「間違いないんだな?」
引き続き真面目な顔で問う父親の目をまっすぐに見て、力強く答える。自分の身を案じ続けてくれた両親を安心させるように。
「うん。エンディルス様から『従魔術士』の加護を貰った」
「エンディルス様からってことはユニーク系統の加護か……」
ユニーク加護。他に類似する加護が存在しない、いわゆる唯一無二の加護のことだ。その力の多くは通常の加護とは一線を画すほどの強力なものになる。
流石は公爵と言うべきか、父様は俺よりも遥かに加護について知っているようだ。教会で鑑定をして貰い自身の能力を把握するまでは、父様の指示に従うのが懸命だろう。
そこまで会話が進むと、ステリアムの隣に座っていたフィリーが突如としてウィリアムに飛び掛った。
「ウィル~! さっすが私たちの子だわ!」
「おわっ!」
食事用のテーブルをクロスごとひっくり返し、母様は俺に抱きついてきた。強打した俺の後頭部など気にも留めず「ウィル~」と言いながらその金髪を胸の中で踊らせる母様は、とても36歳には見えない。これもまた母様の個性であり『愛される者』の加護の力によるものだろう。
2人とも少々親バカが過ぎると思うこともあるが、自分を想ってくれている事実を嬉しく思わないわけがない。
母様にくっつかれたまま、どうにか立ち上がる。
「ありがとう母様。今まで心配させてごめんね」
「いいのよ! 私も皆も信じてたわ! 貴方なら必ず立派な加護を貰えるって!」
スッと離れたかと思うと、母様は再び俺の両肩を掴み力説した。ふと周りに目をやると、メイドたちもうんうんと彼女の言葉を肯定していた。
信用されて悪い気はしないが、これ以上騒がれるのは少し気恥しい。そんな気持ちを察してくれたのか、未だに感動を隠せずにいるフィリーをメイド長が席に戻してくれた。
「気持ちは分かりますが一先ず落ち着いてください、フィリー様。今はまず、ウィリアム様の加護についてもう少し知っておく必要が御座いましょう」
「そ、そうね。ありがとうノース」
さすがはノースだ、母様も言う通りに席に戻り頷いた。そして俺達がするべきこともしっかりと分かっている。
「確か次に鑑定士がこの街に来るのは10日後のはずだ。そこでその加護のことも分かるだろう」
鑑定士。その名の通りの加護を持つ者であり、その能力は他者の加護やその能力、高位になればスキルなども鑑ることができるという。ユニークでは無いとしても回復魔法などと同じ希少な加護のため、持ち主が了承すれば国直属の鑑定士として各地を回ることになる。
「従魔術って言うからには、契約とか使役とかができるのかしら?」
「たぶんそうだと思う。そのお陰でユキとも話せるしね」
チラッとユキの方へ目を向けると、彼女は退屈そうに欠伸をしていた。話せるようになったとはいっても、そのマイペースっぷりは変わらないようだ。
「ほう、ユキと会話が……」
ステリアムは息子が得たユニーク系統の加護に興味津々のようだ。
単一の加護に「ユニーク」という名が付くのだから基本的には加護の種類自体は限りがある。無論その限りが膨大であることには違いないが、身近な者同士で同じ加護を得ることも少なくない。
しかし同じ加護とて同じ成長をし続けるのかと問われれば、その答えはノーだ。加護を得た本人の性格や得意不得意、さらには鍛えた技術の種類と加減により発現する能力やスキルは異なる。
そのため過去に類似するものが少ないユニーク系統の加護は、まさに何が起こるか分からないのだ。強力であるが故に自分の身や周りに被害が及ぶことになったという話も実在する。自力で道を切り開いていかなければならない、諸刃の剣とも言えるだろう。
「ウィル、出来るのなら今ここでユキと従魔契約を結んでみてくれないか?」
その頼みは、公爵や領主というよりは父親としてのものだった。本人たちに告げたことは無いのだろうが、ステリアムは未だにユキのことを信頼しきれていない部分があったのだ。もちろん自分にだけ懐かないからなどという個人的感情が原因ではない。
ウィリアムやフィリーは知らないが、ユキはスノウウルフという種類の魔狼、すなわち魔獣である。魔獣とはその名の通り魔力を体内に有する獣のことであり、通常の野獣とは知能も戦闘力も、危険性も高まるとされている。だからこそウィリアムがユキを連れ帰った時にはひっくり返るほど驚き、世話をすると言い出した時には反対したのだ。
尤も、結論から言えば今更ユキをどうこうしようとも、ユキがウィリアムや自分たちに何かするとも思ってはいない。彼女がウィリアムや自分たちを信頼していることは分かっているからだ。従魔契約の内容は知らなくとも、それを行うことで今よりもウィリアムとユキの結び付きが強まるのならば、それはきっと息子の安全を守ることにも繋がる。
そういった思惑からの一言だった。
「契約……出来そうではあるけど……」
感覚的には実現は可能だと、本能が告げている。だがその前に、やらなければならないことがある。
「ユキ、いいのか?」
まずはユキの意志を尊重したい。契約というからには、それなりの制約が付くことも考えられる。互いの距離が近いとしても、確認しておかなければならないのだ。
これからも共に過ごすことを、認めているのかどうかを。
『従魔契約? いいよ。やってみて』
思いのほかユキはあっさりとそれを了承した。絶対的な信頼を寄せてくれていることを嬉しく思いながらも、そのマイペースな様子に思わず笑みが浮かぶ。
「ユキもいいって言うから、やってみるよ。父様、念の為皆の安全確保、お願い出来る?」
「ああ、任せてくれ」
そういうとステリアムは自らの魔力を集め、フィリーやメイドたちにそれを分け与えた。
ステリアムの持つ加護「統一者」の能力の1つであり、自身の魔力を他者に分け与えることで身体的能力の強化を促すことが出来るのだ。条件としては対象が自分を信頼し統一者であることを認める必要があるが、その点は公爵という立場が役に立つ。
ただの契約とはいえ、ユニーク系統の能力は何が起こるか分からない。一時の感情で行動を先走り、取り返しのつかない結果を引き起こすことだけは避けねばならないのだ。
ふぅ、と軽く息を吐き、湧き上がる力をさらに呼び覚ますように目を閉じる。
「我が主神エンディルスの元に問う」
あの時の動きのように、自然と言葉が漏れる。段々と力が沸き上がり、体を包み込むその感覚はとても暖かく、心地良いものだった。
「ウィリアム・エリードの名のもとに契約を行う。契りを受ける汝よ、その名を答えよ」
『我が主より与えられし名は、ユキ』
「ここに我らの契約を為す。神よ、どうか我らに絆と安寧を」
溢れ出る言葉が止まる。それと同時に、ユキの体が淡い光に包まれた。
「ユキ!?」
失敗はしていないはず。しかし目の前では予想外の事態が起きており、光の中で必死に手を伸ばし彼女を探した。
すると、ふと何か柔らかな感触が右手に伝わってきた。
「ん……ウィル、そこにいるの?」
それは聞き覚えのある声だった。
耳慣れこそしていないものの、ずっと傍にいた愛しき彼女の声。その声は、はっきりと俺の鼓膜を震わせている。
「ユキ……?」
そこに立っていたのは、白銀の髪に2本の耳を生やし、変わらない尻尾とともに一糸まとわぬ姿でこちらを見つめるユキだった。その見た目は明らかに人間に近付いており、どうやら獣人族と同じ構造をしているようだ。
「う、寒い……ウィル、くっ付いていい?」
こちらが答えるまでもなく、ユキはその身を寄せてきた。顔に触れる耳の感触は変わらないが、胸元に触れる豊かな果実は間違いなく人間のそれだった。
「お前、その見た目は……」
「よく分かんないけど、ウィルと契約したからこうなったんだと思う。2本足で立つってこんな感じなんだ、新鮮」
未だ目の前の事態を把握しきれず、ふと両親の方へ目をやる。すると彼らもまた、自身の目に映る出来事を理解出来ずにいるようだった。
「その子がユキ、なんだよな……?」
「……」
呆然とする父親の隣では、またもや不穏な空気を発する母親が。
その気配を察知し、今度は予め射線から退避しておく。
「ユキ~!」
予想通り、母様はユキ目掛けて飛びかかった。まるで狩りをする肉食獣のような機敏さだ。
「ぬぐっ!?」
ユキもまた、先程の俺と同じように後頭部を強打したようだ。しかし母様はそんなことを意に介さずユキの耳や尻尾を堪能している。
「も~、こんなに可愛くなっちゃって! 凄いのね従魔契約って~!」
「ちょ、母君……! 苦しい……!」
下敷きになったユキはその捕縛から逃れようとモゾモゾと蠢いているが、愛情が爆発した母様からは脱出できないようだった。
そんな様子を苦笑いしながら眺めていると、若干疲れを顔に浮かべながら父様が話し始めた。
「ウィル、また随分と凄い加護を貰ったんだな……」
「はは、そうみたいだね……」
魔獣が人の姿を得るなど、どこを探してもそんな前例は存在しない。そういった闇の儀式を執り行う危ない連中もいたが、成功した試しなど今までないのだ。
ーーー俺もウィルも、これから大変そうだな……。
ウィリアムがユニーク系統の加護を貰ったと知った時から覚悟はしていたが、それでもこれからの質問攻めや鑑定のことを考えると今から気が重くなるのだった。
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