従魔術士になってできたのはハーレムではなく動物園でした

颯来千亜紀

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第2章・出会いと別れ

第13話・別れ

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「回復魔法を行使……!」

  木にもたれ掛かるユキに、マナリア様から与えられた回復魔法を発動する。階級的には初級だったが祝福の効果か、今のユキのダメージは完治させることが出来たようだ。
  すうっと、ユキの表情が軽くなるのを確認し、こちらも安堵の息を漏らした。

「ありがとうウィル……ごめんね、足引っ張って」

「いや、あれは俺のミスでもあるから謝らないで」

  起き上がろうとするユキに手を貸す。スキルの効果は未だ継続中なのか、その体はとても軽く感じた。

「それにしても何だったのあれ……」

  傷や体力消耗は回復しても消費した魔力は回復しないらしく、ゴーレムの残骸を見ながらユキは少し怠そうに言う。

「分からない……あんな動きをするなんて、先生は何も言ってなかった……」

  ゴーレムの残骸に歩み寄り、その破片を拾い上げる。核を失い、魔力回路の失われたゴーレムはただの金属片と化しており、先のような熱は持っていなかった。
  
「ウィルが加護を貰ったのに反応してたみたいだけど、そんなの区別できるものなの?」

「いや、普通はそんな回路構成は出来ないけど」

「セルビスなら、ってことね」

「うん、そうなるかな」

  通常は魔具に魔力回路を組み込んだとしても、使用者の加護に反応し特殊な行動を取ることなどない。反応条件を付与するとしても物理的な衝撃や天候、市場で流通する特別なものでも魔力に反応するものしか確認されていない。
  しかし付与魔法を得意としていたセルビスならば、或いはたった1人の愛弟子の些細な変化に反応する魔具を作り出していたとしても、驚くべきことではあるが有り得ないことではない。

「とりあえず、これはもう少し調べた方が良さそうかな」

「だね」

  ただの金属片とはいえ、上質な素材であることに変わりはない。このまま放置して誰かに見つかったら面倒だし、動物たちが誤食しても大変だ。ゴーレムの一連の行動の理由を知るためにも、この金属片の分析は必須だろう。

ーーーけどこの量はさすがに……。

  もともと2.5メートルほどのゴーレムだった金属片はかなりの量と重さだった。込められた魔力が離散したことで幾分か軽くはなっているが、それでも荷車が必要な量だ。

「とりあえず一旦屋敷に戻って、荷車と人手を集めよっか」

「そうだね。久々に動いたらお腹空いたし」

  小さめの破片をポケットに入れ、ボロボロの剣を携え歩き出す。着ていた衣服は俺のもユキのもボロボロで、屋敷に帰ったらきっとメイドたちの質問攻めに遭うだろう。メイドたちには訓練に熱が入りすぎたとでも言えば問題は無いだろうが、果たしてあの鋭いメイド長を誤魔化せるかどうか……。

  そんなことを考えながらも足を進め、訓練場を後にしようとしたその時。

「お待ちなさい、ウィリアム様」

「ッ!?」

  背中から声が聞こえた。
  はっきりと聞こえた、聞き覚えのあるその声に俺もユキも反射的に振り向く。
  するとそこには、黒いローブを身に纏い、白い髭を伸ばした老人が立っていた。厳密には足の部分はぼんやりとしか視認できず、ふわふわと浮かんでいるようにも見える。

  だがそんなことはどうでもよかった。そんなことよりも、目の前にいる人が誰か、そのことの方がよほど重要なのだから。

「せ、先生……!?」

「セルビス……」

「お久しゅうございます、ウィリアム様。大きくなられましたな」

  その老人は、先のゴレームを遺したウィリアムの師であるセルビス・アルケイドだった。その姿や口調は、この世界を去る前と同じ様相を呈している。
  しかし、セルビスがこの場にいることなど有り得ない。彼は昔、とある戦いの中で確実に死んだのだから。

「ユキも、少し見ない間に随分と可愛らしい見た目になったようで」

  有り得ない事態に理解など追い付くはずもないが、当の本人は飄々と弟子たちの変化を楽しんでいるようだった。
  その様子がかつての日々を思い出させ、ウィリアムの違和感を加速させる。

「先生、これは一体どういうことですか?」

「ふむ……見ての通りでございます。私は死ぬ数年前にあのゴーレムを作り、内部にとある魔法を付与しました」

「魔法……?」

「はい。ウィリアム様があのゴーレムを打ち倒した時に発動し、こうして私の思念が蘇るように」

  思念の蘇生。常識的に考えればそんな魔法は有り得ない。それはすなわち死者の蘇生に近しく、器となる肉体と精密な原理さえあれば生物の概念を根本から覆すような魔法が生まれてしまうからだ。魔族の中にも死霊魔術と呼ばれる魔法は存在するが、それも所詮はゴーストなど低位の悪霊系魔獣を使役する魔法でしかない。
  死者の念を残し、あまつさえ会話が成立するなど有り得ない、あってはならないことなのだ。

「……なぜ、こんなことを?」

  そのような理屈をセルビスが理解出来ない筈がない。得意としていた付与魔法も、魔具の市場価値や各地の戦力の不安定化を懸念し使う機会を制限されてきたのだ。それを穏やかな表情で守ってきた彼が、ここに来てこのような魔法を使うなど、俄には信じ難いことだった。

「決まっているでしょう」

  しかしセルビスは、グルグルと考えを巡らせ気難しい表情をするウィリアムに対し告げた。

「あなたの成長を、最後に見ておきたかったのです」

  それはまるで、孫を見守る祖父のように。

「あなたは立派で聡明ですが、どこか1人で抱え込みすぎる癖がある。この魔法が発動したのならばもう大丈夫でしょうが、私がいなくなった後も加護には悩まされたのでしょう?」

  それはまるで、教え子を諌める教師のように。

「私の唯一の心残りが、あなたの人生を見届けられないことなのです」

  慈愛と安堵に満ちた目をする恩師を見て、先程まで疑いの目を向けていた自分が恥ずかしくて堪らなくなった。
  この人は、ずっと俺を心配してくれていただけなのだ。最後の弟子だった俺のことを、ずっと……。

「先生……」

「ですが無事に加護を得られたのならば、私もようやく安心できる」

  その言葉と同時に、不安定なその姿がより薄まったような気がした。

「セルビス」

  何か伝えなければ。もっと話したい事があるはずなのに。
  そんなことを思い巡らせている時、俺よりも先にユキが口を開いた。

「私、ウィルと従魔契約したの。約束、ちゃんと守るから」

「従魔契約……なるほど、そうでしたか……」

  ユキの言う約束が何の事なのかは分からなかったが、先生はその一言で全てを理解したようだった。

「ウィリアム様と出会ったのがあなたでよかった、ユキ」

  あまりにも暖かいその言葉に、ユキの目元が少しだけ潤む。それを隠そうとユキは咄嗟に顔を逸らし、先生は再びこちらを向く。

「とても素敵な加護を得られたようで何よりです、ウィリアム様。あなたならきっとその力を使いこなせる」

「先生はこの加護を知ってるんですか……?」

「ええ。私のかつての友が、同じような加護を」

  加護の名称が違っても、他人と同じ名前や同じ効果を持つスキルを得ることはよくあることだ。ユニーク系統の加護のスキルも、珍しくはあるが例外ではないのだろう。

「その耳や尻尾も特殊な趣味ではなくスキルによるもの……ですよね?」

「そ、そうなんですよ! 別に趣味とかじゃないので!」

  笑いを堪えられていることに気付き、急に恥ずかしくなる。戦闘中は夢中で気付かなかったが、俺の顔でユキのような耳や尻尾が付いているのはまあまあな不審者だろう。見知らぬ土地ならまだしも、この街では俺の顔はバッチリ知られているのだから。

「まあその辺りに口出しをする気はありませんが」

「いや、だから……」

「はっは、さて、世間話もこの辺りにしておきましょうか」

  目は優しげなまま、先生は真面目な顔をした。

「何はともあれ、ウィリアム様があのゴーレムを倒すほどの加護を得られたようで本当に良かった。これで私も心置き無くこの世界を去ることができます」

  その言葉は自然に、至って自然に発せられたものだった。しかしそれは言い難い重さと現実味を持っており、先程までの会話が嘘であるかのような痛みを胸に与えた。

「先生、俺は……」

「……」

  先生は黙ってこちらを見ている。
  心臓が強く鳴っている。

「俺は、もっと……もっと先生に色んなことを教えて欲しかった……」

  ああ、俺はなんて子供なのだろうか。

「もっと色んな場所へ行って、色んな物を見て……」

  それを言っていいのは彼だけなのに。

「俺は……先生に何も返せてない……!」

  零れ落ちる涙を止めることが出来なかった。
  この時は気付かなかったが、ユキも隣で泣いていたらしい。

  そんな2人を見兼ねたセルビスは、ゆっくりと語り出した。
  まるで最後の会話を噛み締めるかのように。

「2人とも、顔を上げなさい」

  泣き腫らした顔を隠すこともなく、恩師の顔を目に焼き付ける。

「何も返せていないなど、そんなことを仰らないでください。私は既に、2人から数え切れないほどの幸福を貰ったのですから」

「でも、私は何も……! セルビスは私が魔獣だって知ってたのに……!」

  当然と言えば当然だが、セルビスはユキが魔獣であることを最初から知っていた。だが彼女らのこの屋敷での様子や相棒との絆を目にしてからはずっと、外部からのトラブルの種を見えない場所で処理し、魔獣であるユキが人間と共に暮らすことを裏から表からサポートしてきたのだ。

「ユキ、あなたはその優しさで新しい未来を私に見せてくれたのです」

「未来……?」

「ええ。魔獣と人が、異なる種族の者たちが共に暮らす未来を、です。かつて私が成せなかったことをあなたたちは実現してくれた、それも私の目の前で。ウィリアム様とユキがくっ付いて寝てる所を見た時なんか感動で涙が出そうでしたよ」

  相変わらず飄々としているが、それと同時に嬉しそうに見えるのは勘違いではないだろう。幼少期の大部分を共に過ごした経験は、きっと無駄ではないのだ。

「あなたたち2人は希望なのです。種族など関係無く、誰もが幸せに暮らせる世界を目指すための希望なのです」

  やがて恩師の目元にも薄く涙が浮かぶ。

「そんな希望を、守ることができた。これ以上何を望むと言うのですか」

  言葉の最後が弱々しくなる。そしてそれと共に、セルビスの姿は急激に薄まり始めた。

「先生!」

「セルビス!」

「ウィリアム様、ユキ、私の人生を満たしてくれてありがとう。あなたたち2人ならきっと、誰よりも……」

  その言葉が最後まで続くことはなく、掴もうと伸ばした手は無慈悲にも空を切るだけだった。

  だが、それでも。

「俺は、必ず先生の意志を……! ここで途切れさせたりなんかしませんから……!」

  その希望と想いは、未来へと託されていく。

  稀代の魔法使いが目指し、諦め、そして託したものは決して無駄ではなかったのだ。

  そして青年は、いずれ揺れ動く世界の中でその想いを成し遂げるであろう。


  
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