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第二部
122 目覚めた後で3
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「アアアアーニーこそ大丈夫なの!? 服にぺったんこになってない!?」
私は半ば恐慌を来してあわあわと横に退けた。
アーニーは私をその小さな背中で受け止めてくれたらしい。きっとヘッドスライディングで突っ込んできてくれたんだわ。ちょっと魔法でも使ったみたいに落下が緩やかだった気がしたけど、きっと単に体感時間の冗長を私が感じただけよね。それか不死鳥が浮かせてくれたのかも。
「え、ええとわたしは平気です。ぺったんこにはなってません。アイリスお姉さんは軽いですから」
「ええ? 軽いって、ホホホ何を言うのよこの子は~」
アーニーってば意図せず人をおだてるようなことを言うなんて、マルスもだけど天然男子ってこれだから。
「お姉さんこそどこも何ともないですか?」
「ええ、おかげさまでね」
衣擦れと声の出所の高さからアーニーも起き上がったようね。
私はすっかり不死鳥を捕まえるのも忘れてアーニーの方へと手を伸ばして、自分の手でこの子に大事がなかったのを確認するようにぺたぺたと触りまくった。柔らかなほっぺに傷がないかとか、頭にたんこぶがないかとか、要はこの子が本当は痛いのを我慢して強がっていないかって確認する感じで。
人間痛みを感じれば瞬間的に体だって硬直するだろうから、そんな感覚を逃さないように集中した。ああ勿論断じて変な場所は触ってないわよ。ホントよ!
「えっ、あの、お、お姉さん?」
「ふう、本当に何でもなさそうで幸いね。だけどこれからはこんな無茶は駄目よ。事によったら痛くするかもしれないんだし」
触った服の形状からして良家の子息的な恰好をしているっぽいアーニーは、私が言い終えるとあたかも即答するように意見を主張した。
「――無茶だってします」
私の窘めがさも心外と言わんばかりの声だった。
「それにこんなことは無茶のうちに入りません。お姉さんには助けられてばかりでしたし、お姉さんが居なかったらわたしはきっと何もわからないまま、殺されていたと思います」
だから、と彼は言う。
「アイリスお姉さんはわたしの命の恩人です。わたしだってこれでも男ですし、女性に助けられてばかりは、その、ちょっと……悔しいんです。それに大恩ある大好きなお姉さんが助かるなら喜んで無茶だってします!」
ああ、アーニーがどこかの王子様じゃなくて良かったわ。
白馬に乗った麗しの王子様からこんな殺し文句をぶつけられたら、大抵の乙女たちはころっといくわよねー。
とは言えアーニーはまだまだ小さくて可愛いおませさんだわ。そんな彼へと何だか微笑ましいものが湧いてくる。
「その気持ちだけで十分よ。ありがとうアーニー」
膝を突いて感謝と共にアーニーを抱き寄せた。
彼は嫌がるでもなく大人しく私の抱擁を受け入れる。
ややあって私は膝を上げ、今度こそ自分の感覚を頼りに不死鳥を捕まえると手探りでベッドに上がった。
アーニーはベッドの端に腰かけたみたい。
「ところでその、アイリスお姉さんは目を治せなかった公爵にすっごくがっかりしていますよね……?」
「公爵に? どうして? 彼の魔法行使と今回のその結果は彼の責任じゃないでしょう?」
落ち込んだのは自分自身の状況にだ。
ソーンダイク公爵がどんな人間であれ、治癒の効果が出ない点で彼を責めるのはお門違いってものよね。
「それに、他の魔法を試してくれるって言うんだから、感謝はしても幻滅なんてしないわよ」
「そう、ですか……」
何だかアーニーはホッとしている気がするけど、どうして?
私は彼の気配のある方に微笑んだ。
「アーニー、心配して来てくれたんでしょ。あなたにこそどうもありがとうだわ。遅くなる前に部屋に戻りなさいね?」
「…………」
「アーニー?」
返答がない。ザックたちと暮らしていた今までなら聞き分け良く「はい」って返るのに、どうしたのかしら?
「あの……今夜はここで寝てもいいですか?」
アーニーの問いに腕の中の不死鳥が羽毛を逆立たせたのがわかった。空気もピリピリしている。
断固反対の意思表明よねこれって。
うーん、ベッドは広いし別に一緒でも窮屈な思いはしないだろうから良いと思うんだけど。
もしかして、可愛いアーニーに萌えてる私に焼き餅?
私は不死鳥をよしよしというか、わしゃわしゃって強さで撫でてあげた。
「鳥さんてば何を怒っているのか知らないけど……あ、もしかして年頃の娘がはしたないって心配してるの? 大丈夫よ、この子はそういう括りには入らないもの」
不死鳥ったら全身をふりふりって動かして尚も駄目駄目って訴えてくる。
「心配しなくても本当に平気よ。それに、今日くらいは賑やかな方がきっと変に落ち込まないで済むと思うしね」
うふふ両手に可愛いものって思って寝れば安眠必至だわ~!
さっきまでの周囲を拒絶するような私の様子もあって感じるものがあったのか、不死鳥は抗議の動きをやめた。
その代わりに私の手にポタポタと水滴が落ちてくる。
左右同じようなとこから落ちてくる水滴って……まさか涙?
「――えっ、泣いてるの? ちょっと鳥さんがそんなに落ち込まないでよ。もう泣かないの、ほらもしかしたらぐっすり寝て起きたら奇跡的に治ってるかもしれないでしょ?」
自分の体のことだし、その可能性は極めて低いだろうって自分でも思ったけど、空気を重苦しくしたくなくて努めて明るく慰めた。
不死鳥はズズズ~~ッと鼻水を啜って泣くのをやめたけど、見た目に反してこの強面鳥は涙もろいのかもしれないわね。
アーニーの訪れがきっかけではあったけど、ここにきて改めて不死鳥や小精霊だって相当私を案じてくれているんだって気付いた。
もしも一人だったら絶望の淵で泣き寝入り確実だったから、皆の気持ちと存在に感謝だわ。
よーし、沈んでばかりはいられないわ。今の状態で私が出来るのは前向きでいることよね。
まあそんなわけでその後も説得を続けて、やっと仕方がないとでも言うように不死鳥が折れてくれて、私と不死鳥とアーニーは三人でふかふかの大きなベッドで眠ることになった。
――真夜中。
「うっ……!」
呻き声と共にベッドから幼い少年が転げ落ちた。
「……こんなに寝相が悪い女性は初めて見ます」
床の上でゆっくりと身を起こし、打った腰を擦る少年アーニーが憮然としてベッドの上の少女アイリスを見やった。
彼女は真っ直ぐ寝ていたはずがいつの間にやら真横になっている。
彼は彼女に蹴り落とされたのだった。
不死鳥はチビ姿で枕元にじっとして、常時監視用のロボットよろしく主を睨んでいやいや見守っている。
目の前の男が不埒な真似の一つもしようものなら即刻撃退してやろうと息巻いていたが、彼に変な気はなかったのか今の所その兆しは見られない。
ベッドの端に飛び乗るようにして座ったアーニーもといアーネストは、依然として少年姿のまま、伯爵令嬢としては些かしとやかさに欠ける寝相を披露する相手をしばらく見つめた。
「……本当、寝ている間も元気なんですから」
呆れたようにも揶揄するようにも聞こえる声で小さく言って、これは彼の気分的なものだが指先を指揮者のように滑らかに動かした。
直後ふわりと薄手の毛布とアイリスの体が浮かんで、彼女は真っ直ぐに寝かされる。毛布もきちんとした位置にふわりと降りてきた。
アーネストが腰かけていたベッドから弾むように床に飛び下りる――と同時に姿が縦に長く伸び、その場には青年が佇んだ。
不死鳥は明らかな不快顔でそちらもまた感化されたようにチビ姿から大鳥姿へと変じる。
アーネストは不死鳥には頓着せずにやや片足を引いて僅かに振り返り、肩越しにアイリスを見下ろした。
「てっきりショックでさめざめとして泣くかと思ったんだけど、全然元気そうだよね。心臓に三本くらい毛が生えていると思うよ、このアイリス・ローゼンバーグは」
当然ながら不死鳥は答えない。
ただじとーっと半端ない圧力でアーネストを睨み据えるだけだ。
睨まれた彼の方も別段相づちや同意を求めていたわけではないので、相手の態度に特に感じるものもなかった。
「大きな借りを作ったままなのは気に食わないから、彼女の目は責任を持って治すつもりだよ」
アイリス・ローゼンバーグは菫色の綺麗な瞳の持ち主だ。魅力的なその双眸がガラス玉のように死んでいるのは惜しいと彼は思うのだ。
アーネストはふっと苦い笑みを浮かべた。
「それに……向けられていても見てくれていないのは、結構酷だよね。目を治したら、少しはこっちを見てくれるかもしれない」
不死鳥へともアイリス本人へとも或いは独白ともつかない呟きを残し、リボンで結ばれた金の繊細な尾を引くようにして瞬きの次にはもう、彼は部屋から姿を消していた。
その後彼はベッドに戻るつもりはなかったが、翌日目が覚めたアイリスの傍にはちゃんと戻るようにして、彼女を庭への散歩にでも誘うつもりでいた。
「割と真面目に、落ち込んでいたら慰めてあげようと思っていたのに、呑気にぐーすかだもんねえ」
気分転換に一人屋敷の屋根に佇むアーネストは、夜風にリボンと髪を靡かせる。
彼は頗る上機嫌だった。
様子見の意味合いもあってアーニー姿で行ったが、もしもアイリスが涙に濡れて悲嘆に暮れてどうしようもない様子でいたなら、大人に戻って一晩中抱き締めて慰めても別に構わないと思ってもいた。彼の知る女たちは、何かで不安に押し潰されそうな時には寄り添ってくれる人肌さえ喜んで欲したものだった。
しかし、拍子抜け、肩透かし感は否めない。
逆に抱き締められてたじたじになってしまった。心も意外な程に和らいだ。
「どうもアーニー姿になると調子が狂うんだよねえ」
現に言葉遣いも敬語が外れない。
子供っぽくもなってしまって上手く感情を隠せない。
だからさっきは率直な言葉を口にしてしまってから自分でも戸惑った。
大好きなアイリスお姉さん。
「大好き……ねえ。ホント素直」
思わず漏れ出た苦笑に小さく肩を震わせると、彼は屋根の上から姿を消した。
夜は静かに更けていく。
そしてまた日が昇るのだ。
私は半ば恐慌を来してあわあわと横に退けた。
アーニーは私をその小さな背中で受け止めてくれたらしい。きっとヘッドスライディングで突っ込んできてくれたんだわ。ちょっと魔法でも使ったみたいに落下が緩やかだった気がしたけど、きっと単に体感時間の冗長を私が感じただけよね。それか不死鳥が浮かせてくれたのかも。
「え、ええとわたしは平気です。ぺったんこにはなってません。アイリスお姉さんは軽いですから」
「ええ? 軽いって、ホホホ何を言うのよこの子は~」
アーニーってば意図せず人をおだてるようなことを言うなんて、マルスもだけど天然男子ってこれだから。
「お姉さんこそどこも何ともないですか?」
「ええ、おかげさまでね」
衣擦れと声の出所の高さからアーニーも起き上がったようね。
私はすっかり不死鳥を捕まえるのも忘れてアーニーの方へと手を伸ばして、自分の手でこの子に大事がなかったのを確認するようにぺたぺたと触りまくった。柔らかなほっぺに傷がないかとか、頭にたんこぶがないかとか、要はこの子が本当は痛いのを我慢して強がっていないかって確認する感じで。
人間痛みを感じれば瞬間的に体だって硬直するだろうから、そんな感覚を逃さないように集中した。ああ勿論断じて変な場所は触ってないわよ。ホントよ!
「えっ、あの、お、お姉さん?」
「ふう、本当に何でもなさそうで幸いね。だけどこれからはこんな無茶は駄目よ。事によったら痛くするかもしれないんだし」
触った服の形状からして良家の子息的な恰好をしているっぽいアーニーは、私が言い終えるとあたかも即答するように意見を主張した。
「――無茶だってします」
私の窘めがさも心外と言わんばかりの声だった。
「それにこんなことは無茶のうちに入りません。お姉さんには助けられてばかりでしたし、お姉さんが居なかったらわたしはきっと何もわからないまま、殺されていたと思います」
だから、と彼は言う。
「アイリスお姉さんはわたしの命の恩人です。わたしだってこれでも男ですし、女性に助けられてばかりは、その、ちょっと……悔しいんです。それに大恩ある大好きなお姉さんが助かるなら喜んで無茶だってします!」
ああ、アーニーがどこかの王子様じゃなくて良かったわ。
白馬に乗った麗しの王子様からこんな殺し文句をぶつけられたら、大抵の乙女たちはころっといくわよねー。
とは言えアーニーはまだまだ小さくて可愛いおませさんだわ。そんな彼へと何だか微笑ましいものが湧いてくる。
「その気持ちだけで十分よ。ありがとうアーニー」
膝を突いて感謝と共にアーニーを抱き寄せた。
彼は嫌がるでもなく大人しく私の抱擁を受け入れる。
ややあって私は膝を上げ、今度こそ自分の感覚を頼りに不死鳥を捕まえると手探りでベッドに上がった。
アーニーはベッドの端に腰かけたみたい。
「ところでその、アイリスお姉さんは目を治せなかった公爵にすっごくがっかりしていますよね……?」
「公爵に? どうして? 彼の魔法行使と今回のその結果は彼の責任じゃないでしょう?」
落ち込んだのは自分自身の状況にだ。
ソーンダイク公爵がどんな人間であれ、治癒の効果が出ない点で彼を責めるのはお門違いってものよね。
「それに、他の魔法を試してくれるって言うんだから、感謝はしても幻滅なんてしないわよ」
「そう、ですか……」
何だかアーニーはホッとしている気がするけど、どうして?
私は彼の気配のある方に微笑んだ。
「アーニー、心配して来てくれたんでしょ。あなたにこそどうもありがとうだわ。遅くなる前に部屋に戻りなさいね?」
「…………」
「アーニー?」
返答がない。ザックたちと暮らしていた今までなら聞き分け良く「はい」って返るのに、どうしたのかしら?
「あの……今夜はここで寝てもいいですか?」
アーニーの問いに腕の中の不死鳥が羽毛を逆立たせたのがわかった。空気もピリピリしている。
断固反対の意思表明よねこれって。
うーん、ベッドは広いし別に一緒でも窮屈な思いはしないだろうから良いと思うんだけど。
もしかして、可愛いアーニーに萌えてる私に焼き餅?
私は不死鳥をよしよしというか、わしゃわしゃって強さで撫でてあげた。
「鳥さんてば何を怒っているのか知らないけど……あ、もしかして年頃の娘がはしたないって心配してるの? 大丈夫よ、この子はそういう括りには入らないもの」
不死鳥ったら全身をふりふりって動かして尚も駄目駄目って訴えてくる。
「心配しなくても本当に平気よ。それに、今日くらいは賑やかな方がきっと変に落ち込まないで済むと思うしね」
うふふ両手に可愛いものって思って寝れば安眠必至だわ~!
さっきまでの周囲を拒絶するような私の様子もあって感じるものがあったのか、不死鳥は抗議の動きをやめた。
その代わりに私の手にポタポタと水滴が落ちてくる。
左右同じようなとこから落ちてくる水滴って……まさか涙?
「――えっ、泣いてるの? ちょっと鳥さんがそんなに落ち込まないでよ。もう泣かないの、ほらもしかしたらぐっすり寝て起きたら奇跡的に治ってるかもしれないでしょ?」
自分の体のことだし、その可能性は極めて低いだろうって自分でも思ったけど、空気を重苦しくしたくなくて努めて明るく慰めた。
不死鳥はズズズ~~ッと鼻水を啜って泣くのをやめたけど、見た目に反してこの強面鳥は涙もろいのかもしれないわね。
アーニーの訪れがきっかけではあったけど、ここにきて改めて不死鳥や小精霊だって相当私を案じてくれているんだって気付いた。
もしも一人だったら絶望の淵で泣き寝入り確実だったから、皆の気持ちと存在に感謝だわ。
よーし、沈んでばかりはいられないわ。今の状態で私が出来るのは前向きでいることよね。
まあそんなわけでその後も説得を続けて、やっと仕方がないとでも言うように不死鳥が折れてくれて、私と不死鳥とアーニーは三人でふかふかの大きなベッドで眠ることになった。
――真夜中。
「うっ……!」
呻き声と共にベッドから幼い少年が転げ落ちた。
「……こんなに寝相が悪い女性は初めて見ます」
床の上でゆっくりと身を起こし、打った腰を擦る少年アーニーが憮然としてベッドの上の少女アイリスを見やった。
彼女は真っ直ぐ寝ていたはずがいつの間にやら真横になっている。
彼は彼女に蹴り落とされたのだった。
不死鳥はチビ姿で枕元にじっとして、常時監視用のロボットよろしく主を睨んでいやいや見守っている。
目の前の男が不埒な真似の一つもしようものなら即刻撃退してやろうと息巻いていたが、彼に変な気はなかったのか今の所その兆しは見られない。
ベッドの端に飛び乗るようにして座ったアーニーもといアーネストは、依然として少年姿のまま、伯爵令嬢としては些かしとやかさに欠ける寝相を披露する相手をしばらく見つめた。
「……本当、寝ている間も元気なんですから」
呆れたようにも揶揄するようにも聞こえる声で小さく言って、これは彼の気分的なものだが指先を指揮者のように滑らかに動かした。
直後ふわりと薄手の毛布とアイリスの体が浮かんで、彼女は真っ直ぐに寝かされる。毛布もきちんとした位置にふわりと降りてきた。
アーネストが腰かけていたベッドから弾むように床に飛び下りる――と同時に姿が縦に長く伸び、その場には青年が佇んだ。
不死鳥は明らかな不快顔でそちらもまた感化されたようにチビ姿から大鳥姿へと変じる。
アーネストは不死鳥には頓着せずにやや片足を引いて僅かに振り返り、肩越しにアイリスを見下ろした。
「てっきりショックでさめざめとして泣くかと思ったんだけど、全然元気そうだよね。心臓に三本くらい毛が生えていると思うよ、このアイリス・ローゼンバーグは」
当然ながら不死鳥は答えない。
ただじとーっと半端ない圧力でアーネストを睨み据えるだけだ。
睨まれた彼の方も別段相づちや同意を求めていたわけではないので、相手の態度に特に感じるものもなかった。
「大きな借りを作ったままなのは気に食わないから、彼女の目は責任を持って治すつもりだよ」
アイリス・ローゼンバーグは菫色の綺麗な瞳の持ち主だ。魅力的なその双眸がガラス玉のように死んでいるのは惜しいと彼は思うのだ。
アーネストはふっと苦い笑みを浮かべた。
「それに……向けられていても見てくれていないのは、結構酷だよね。目を治したら、少しはこっちを見てくれるかもしれない」
不死鳥へともアイリス本人へとも或いは独白ともつかない呟きを残し、リボンで結ばれた金の繊細な尾を引くようにして瞬きの次にはもう、彼は部屋から姿を消していた。
その後彼はベッドに戻るつもりはなかったが、翌日目が覚めたアイリスの傍にはちゃんと戻るようにして、彼女を庭への散歩にでも誘うつもりでいた。
「割と真面目に、落ち込んでいたら慰めてあげようと思っていたのに、呑気にぐーすかだもんねえ」
気分転換に一人屋敷の屋根に佇むアーネストは、夜風にリボンと髪を靡かせる。
彼は頗る上機嫌だった。
様子見の意味合いもあってアーニー姿で行ったが、もしもアイリスが涙に濡れて悲嘆に暮れてどうしようもない様子でいたなら、大人に戻って一晩中抱き締めて慰めても別に構わないと思ってもいた。彼の知る女たちは、何かで不安に押し潰されそうな時には寄り添ってくれる人肌さえ喜んで欲したものだった。
しかし、拍子抜け、肩透かし感は否めない。
逆に抱き締められてたじたじになってしまった。心も意外な程に和らいだ。
「どうもアーニー姿になると調子が狂うんだよねえ」
現に言葉遣いも敬語が外れない。
子供っぽくもなってしまって上手く感情を隠せない。
だからさっきは率直な言葉を口にしてしまってから自分でも戸惑った。
大好きなアイリスお姉さん。
「大好き……ねえ。ホント素直」
思わず漏れ出た苦笑に小さく肩を震わせると、彼は屋根の上から姿を消した。
夜は静かに更けていく。
そしてまた日が昇るのだ。
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