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第二部
123 三つのアーネスト
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「――旦那様、こちらです」
ソーンダイク公爵邸の私の部屋に、今日も名も知らないこの家の使用人男性の声が上がる。
部屋に入ってきた二人分の足音がベッドのすぐ横で止まった。
「アイリス嬢、念のため本日も言っておきますが、旦那様は高貴なお方です。一介の伯爵令嬢などが容易に口を利ける方ではございません。よって全ての御質問はわたくしめにどうぞ」
「あ、はあ……」
もうここ何日と聞き飽きたその定型句も然りな台詞に、ベッドの上の私は思わず気のない声を出しちゃったわ。
私の目は未だに治っていない。
ソーンダイク公爵に治癒魔法を施してもらってもう今日で何日目かしら。全部異なるアプローチの治癒魔法らしいけど、一向に一点の光さえ、或いは闇さえ見える気配はなかった。
でもなーんかやな感じよね。
本当に一介の伯爵令嬢の私めと口を利くのも不愉快なのか、公爵様ってば初日からこれまでひとっ言も発してないのよ。
もうね、硬派とか人見知りとか言うレベルじゃないと思うわ。
絶対わざと口利かないのよ、この公爵様めは!
嫌なんだったら治癒魔法をわざわざ掛けてくれなくてもいいわよねーだ!……なんて口には出さないけど。治療を止められてもこっちがただ損するだけだしね。
ふっ、私のために精々馬車馬のように働いて頂戴な……ってああ見えてた時と違って自由に動き回れないからストレスかしら、悪女思考になっちゃった。いけないいけない。
私には体質の問題か治癒魔法は一切使えないから、その系統の細かな差異は感覚的にもわからないけど、ウィリアムとかニコルちゃんの所に行ってやってもらう方が望みがあるんじゃないのって気もするわ。
……でも、まあ、行かないけど。
だってこの状態で会ったら心配を掛けるだけだもの。
絶対に悲しませるし……。
私もそりゃ不死鳥に頼んで帰ろうって何度か思いもしたけど、皆の顔が曇るのを想像するだけで胸が苦しくなって、やっぱり結局はその都度思いとどまっていた。
精霊ズにどうにか知り合いに連絡だけは取りたいって相談したら、魔法で音声が送れるって教えてもらったわ。
音声手紙とでも言うのかしら、だから先日それを不死鳥に頼んで早速と王都のザックの所に送ってもらった。
ウィリアムはどこに滞在しているかわからないから無難に処刑どころに送ったわけだけど、ウィリアムにも知らせてほしいって伝言も入れたからきっとそうしてくれるはず。
一点心配だったのは、軍医の口からリズって野暮娘の正体が指名手配の極悪令嬢アイリスだってバレていた場合、処刑どころは見張られているかもしれないから音声手紙が没収されたりしないかって点だけど、不死鳥の通訳曰く「邪魔立てする奴は遮二無二燃やす」ですって。
遮二無二……。まあ、うん、慎重を期して届けてくれるって解釈した。
音声手紙には仲良く一緒に小精霊やアーニーの声も入れたし、ひとまずは皆も安心したかなとは思う。
ソーンダイク公爵にお世話になってますだから安心して下さいってきちんとお世話になっている相手も伝えたし、用事が済んだら帰るっても言ったから当分は時間が稼げるわよね。
私は追われる身だし、ニコルちゃんたち家族にはウィリアムの方からこっそり私の無事を知らせてほしいとも頼んだ。
そんなわけで、目を治してから堂々と……ううん、公には知られないように帰還するつもりよ。
それからここでは、ずっと寝てばっかじゃ体にも良くないし、定期的に庭の散歩をさせてもらっている。
その際はアーニーが来て私の手を引いてくれたり、精霊ズが誘導してくれたりとまちまちだった。
ああ因みに、アーニーはもう実家が嫌じゃないみたい。
王都では実家に戻るのを嫌そうにしていたけど、一緒に散歩をしたり食事をしていると寛いでいるのが感じられたわ。
「――アイリス嬢、それでは包帯を」
「あ、はい」
治癒魔法を始めるに当たって、私は両目の上に鉢巻きみたいに巻いていた包帯を外した。
これなら私の目が見えないって周囲もすぐにわかるだろうし、不用意に眼球を傷付けたりしないようにって覆うようにしたの。
そんな自分の姿を想像すれば、なんか物凄く中二のキャラっぽいけど、こればっかりは目の保護のためだから甘んじるしかないわ。さてと、今日の治癒魔法開始ね。
不死鳥は治癒魔法の度に私のお腹の上でガードマンをしてくれている。
顔も知らない相手から治療のためとは言え魔法を使われて、何となく不安な気持ちもあったけど、抱き枕よろしく不死鳥を抱き締めれば自然と不安も和らいだ。
「旦那様が魔法を始められるようです」
「はい。お願いします」
気難し屋(仮)の公爵様の気配が近付いて、魔法を発動させたのか瞼の上にじんわりとした温かさを感じた。
ええーと、今日のは血行を良くするあれの効果の早回しバージョンですかね? 腰とか肩とか首とかに貼る磁石の……。
おじいちゃんおばあちゃんも喜びそうな温かな癒しが私の両目周辺をしばらく包み込んでいた。
……結果は、今日もこれまでの魔法と同じに終わった。
つまりは、目は見えないまま。
落胆しなかったって言えば嘘になる。
だけど、私はここ最近思っているとある考えの方が気になっちゃって、魔法の効果云々は二の次だった。
とある考えって一体何かって?
それは、こうなってから私ってば殺気を敏感に感じ取る一流武芸者の如く感覚が鋭くなったでしょ……って、あれ? 言ってない? もうホントねえ、修練したのかってくらいに気配に鋭く詳しくなったのよね。
容姿がわからない分、その相手の纏う気配の個性のようなものがわかるって言ったらいいのかしら。
だからそれを踏まえれば、私の中では一つの方程式が出来上がっていた。
アーニー+魔法=ソーンダイク公爵
こんな感じに。
考えてみれば、二人が一緒にいる場面は一度もないし、二人の気配は同一って言って良かった。
まだこれは私が感覚的に導き出した解だから正解とは限らないし、彼に直接探りを入れたりしたわけでもないけど、そろそろそうしてもいいかもしれない。
ううん、そうすべきだわ。
「旦那様は、後日また別の魔法を試しにいらっしゃるそうです。日は追ってお知らせ致します」
「わかりました。よろしくお願いします」
「それではよくよくご養生下さい」
ってなわけで、使用人の男性の言葉を最後に引き上げて行く二つの気配へ向けて、私は思い切って声をかけた。
「待って下さい、ソーンダイク公爵」
足音が止まり、二人はきっとこっちを振り返った。
「他に何か御用ですか、アイリス嬢。旦那様はお忙しい方ですので、手短にお願い致しますよ」
ふん、棘を感じるわー。でも私は気にせず――勿論腹の中ではグーパンよグーパン――ひと呼吸分だけ空白を作ってから、自信満々に見えるような態度で問い掛ける。
「公爵、あなたはアーニーですよね?」
しばしの間が開いて、使用人の男性が「御冗談を」と返してきた。声には焦りもトボけも感じなかったからたぶん彼は知らないんだわ。でもこの感覚は間違っていない。
「冗談なんかじゃないです。アーニーと公爵、二人の気配は隠しようもなく同じなんです」
きっぱりとした声をぶつけてやれば、男性は返す言葉を思い付かないのか、はたまた戸惑って主人にお伺いを立てているのか何も言ってはこない。
ふう、とどちらのものかはわからないけど溜息をつかれた。
そして気配が接近してくる。
公爵の。
私のお腹の上で不死鳥が羽毛を逆立てた。
「だから、そう警戒しないでいいよ。彼女に危害を加えるつもりはないと言っただろう?」
使用人の男性とは違う男の声が聞こえた。
――え? この声って聞き覚えがあるんだけど……。
ソーンダイク公爵本人のものなんだろうっていうのはわかる。
だけど、その公爵がどうしてあいつと同じ声なの?
くすくすと人を見下して笑い含むようなこの声に、不意打ち過ぎる正体に、思考が凍り付いてしまった。
「さすがは……と言うか、まさか気配で見抜かれるなんてねえ。迂闊だったなあ。だけど大正解。私はアーニーであり、アーネスト・ソーンダイク公爵でもある」
最早相手の肯定なんてどうでもいいくらいに思考が混乱を来していたけど、不死鳥がしっかりしろと言わんばかりにつんつんと髪の毛を引っ張ってきたから、無様に放心することは避けられた。
腹の底から憎たらしいあの声って言うかこの声は嫌でも耳が覚えている。
ふふっ、そう……アーネストって名前は偶然の一致じゃなかったのね。
ちょっとやだーっ。マジでえー? 嘘でしょおーん?
確かにムカつくあいつもアーネストだったけど、だったけどっ!
「――あなた、ワル魔法使いよね」
「君からすれば、そうとも言うね」
くっ……!
三つのアーネストが実は全部一緒の人物を指していたなんて、運命に弄ばれているとしか思えない。
ああううん、そうよね私ってばもう魂さえ翻弄されてるんだったーアハハァ~。
まあそこは今は置いておくとして、じゃあ軍医の復讐相手って本当にアーニーだったってことよね。
あの可愛いアーニーが公爵であってワル魔法使いってわけか……。
人は見た目によらないってことわざの究極のパターンだと思うわこれ。ああ魔法世界恐ろしや。
まあでもソーンダイク公爵だけだったら今でも軍医の言葉に半信半疑だったけど、彼がワル魔法使いでもあるなら納得がいく。
だってあいつ……いやこいつってばきっと今まで人に恨まれるようなことを幾つもしてきたんだろうし。
それに内心じゃずっとどうして公爵はお尋ね者の私を突き出さないのかって疑問だった。気まぐれかしらとも。だけどその疑問も彼の正体がわかったと同時に解けた。
公爵って身分は本当だと思うけど、彼は一体幾つの仮面を持っているのかしらね。
あと、当初のアーニーの純粋さはどこ行った……!
無垢だった私のアーニーを返せーっ、それとよくも今まで騙くらかしてくれたわねこの性悪男ーっ!!
胸倉を掴みたい衝動に大いに駆られたけど、正確に掴む自信はなかったから堪えた。
ソーンダイク公爵邸の私の部屋に、今日も名も知らないこの家の使用人男性の声が上がる。
部屋に入ってきた二人分の足音がベッドのすぐ横で止まった。
「アイリス嬢、念のため本日も言っておきますが、旦那様は高貴なお方です。一介の伯爵令嬢などが容易に口を利ける方ではございません。よって全ての御質問はわたくしめにどうぞ」
「あ、はあ……」
もうここ何日と聞き飽きたその定型句も然りな台詞に、ベッドの上の私は思わず気のない声を出しちゃったわ。
私の目は未だに治っていない。
ソーンダイク公爵に治癒魔法を施してもらってもう今日で何日目かしら。全部異なるアプローチの治癒魔法らしいけど、一向に一点の光さえ、或いは闇さえ見える気配はなかった。
でもなーんかやな感じよね。
本当に一介の伯爵令嬢の私めと口を利くのも不愉快なのか、公爵様ってば初日からこれまでひとっ言も発してないのよ。
もうね、硬派とか人見知りとか言うレベルじゃないと思うわ。
絶対わざと口利かないのよ、この公爵様めは!
嫌なんだったら治癒魔法をわざわざ掛けてくれなくてもいいわよねーだ!……なんて口には出さないけど。治療を止められてもこっちがただ損するだけだしね。
ふっ、私のために精々馬車馬のように働いて頂戴な……ってああ見えてた時と違って自由に動き回れないからストレスかしら、悪女思考になっちゃった。いけないいけない。
私には体質の問題か治癒魔法は一切使えないから、その系統の細かな差異は感覚的にもわからないけど、ウィリアムとかニコルちゃんの所に行ってやってもらう方が望みがあるんじゃないのって気もするわ。
……でも、まあ、行かないけど。
だってこの状態で会ったら心配を掛けるだけだもの。
絶対に悲しませるし……。
私もそりゃ不死鳥に頼んで帰ろうって何度か思いもしたけど、皆の顔が曇るのを想像するだけで胸が苦しくなって、やっぱり結局はその都度思いとどまっていた。
精霊ズにどうにか知り合いに連絡だけは取りたいって相談したら、魔法で音声が送れるって教えてもらったわ。
音声手紙とでも言うのかしら、だから先日それを不死鳥に頼んで早速と王都のザックの所に送ってもらった。
ウィリアムはどこに滞在しているかわからないから無難に処刑どころに送ったわけだけど、ウィリアムにも知らせてほしいって伝言も入れたからきっとそうしてくれるはず。
一点心配だったのは、軍医の口からリズって野暮娘の正体が指名手配の極悪令嬢アイリスだってバレていた場合、処刑どころは見張られているかもしれないから音声手紙が没収されたりしないかって点だけど、不死鳥の通訳曰く「邪魔立てする奴は遮二無二燃やす」ですって。
遮二無二……。まあ、うん、慎重を期して届けてくれるって解釈した。
音声手紙には仲良く一緒に小精霊やアーニーの声も入れたし、ひとまずは皆も安心したかなとは思う。
ソーンダイク公爵にお世話になってますだから安心して下さいってきちんとお世話になっている相手も伝えたし、用事が済んだら帰るっても言ったから当分は時間が稼げるわよね。
私は追われる身だし、ニコルちゃんたち家族にはウィリアムの方からこっそり私の無事を知らせてほしいとも頼んだ。
そんなわけで、目を治してから堂々と……ううん、公には知られないように帰還するつもりよ。
それからここでは、ずっと寝てばっかじゃ体にも良くないし、定期的に庭の散歩をさせてもらっている。
その際はアーニーが来て私の手を引いてくれたり、精霊ズが誘導してくれたりとまちまちだった。
ああ因みに、アーニーはもう実家が嫌じゃないみたい。
王都では実家に戻るのを嫌そうにしていたけど、一緒に散歩をしたり食事をしていると寛いでいるのが感じられたわ。
「――アイリス嬢、それでは包帯を」
「あ、はい」
治癒魔法を始めるに当たって、私は両目の上に鉢巻きみたいに巻いていた包帯を外した。
これなら私の目が見えないって周囲もすぐにわかるだろうし、不用意に眼球を傷付けたりしないようにって覆うようにしたの。
そんな自分の姿を想像すれば、なんか物凄く中二のキャラっぽいけど、こればっかりは目の保護のためだから甘んじるしかないわ。さてと、今日の治癒魔法開始ね。
不死鳥は治癒魔法の度に私のお腹の上でガードマンをしてくれている。
顔も知らない相手から治療のためとは言え魔法を使われて、何となく不安な気持ちもあったけど、抱き枕よろしく不死鳥を抱き締めれば自然と不安も和らいだ。
「旦那様が魔法を始められるようです」
「はい。お願いします」
気難し屋(仮)の公爵様の気配が近付いて、魔法を発動させたのか瞼の上にじんわりとした温かさを感じた。
ええーと、今日のは血行を良くするあれの効果の早回しバージョンですかね? 腰とか肩とか首とかに貼る磁石の……。
おじいちゃんおばあちゃんも喜びそうな温かな癒しが私の両目周辺をしばらく包み込んでいた。
……結果は、今日もこれまでの魔法と同じに終わった。
つまりは、目は見えないまま。
落胆しなかったって言えば嘘になる。
だけど、私はここ最近思っているとある考えの方が気になっちゃって、魔法の効果云々は二の次だった。
とある考えって一体何かって?
それは、こうなってから私ってば殺気を敏感に感じ取る一流武芸者の如く感覚が鋭くなったでしょ……って、あれ? 言ってない? もうホントねえ、修練したのかってくらいに気配に鋭く詳しくなったのよね。
容姿がわからない分、その相手の纏う気配の個性のようなものがわかるって言ったらいいのかしら。
だからそれを踏まえれば、私の中では一つの方程式が出来上がっていた。
アーニー+魔法=ソーンダイク公爵
こんな感じに。
考えてみれば、二人が一緒にいる場面は一度もないし、二人の気配は同一って言って良かった。
まだこれは私が感覚的に導き出した解だから正解とは限らないし、彼に直接探りを入れたりしたわけでもないけど、そろそろそうしてもいいかもしれない。
ううん、そうすべきだわ。
「旦那様は、後日また別の魔法を試しにいらっしゃるそうです。日は追ってお知らせ致します」
「わかりました。よろしくお願いします」
「それではよくよくご養生下さい」
ってなわけで、使用人の男性の言葉を最後に引き上げて行く二つの気配へ向けて、私は思い切って声をかけた。
「待って下さい、ソーンダイク公爵」
足音が止まり、二人はきっとこっちを振り返った。
「他に何か御用ですか、アイリス嬢。旦那様はお忙しい方ですので、手短にお願い致しますよ」
ふん、棘を感じるわー。でも私は気にせず――勿論腹の中ではグーパンよグーパン――ひと呼吸分だけ空白を作ってから、自信満々に見えるような態度で問い掛ける。
「公爵、あなたはアーニーですよね?」
しばしの間が開いて、使用人の男性が「御冗談を」と返してきた。声には焦りもトボけも感じなかったからたぶん彼は知らないんだわ。でもこの感覚は間違っていない。
「冗談なんかじゃないです。アーニーと公爵、二人の気配は隠しようもなく同じなんです」
きっぱりとした声をぶつけてやれば、男性は返す言葉を思い付かないのか、はたまた戸惑って主人にお伺いを立てているのか何も言ってはこない。
ふう、とどちらのものかはわからないけど溜息をつかれた。
そして気配が接近してくる。
公爵の。
私のお腹の上で不死鳥が羽毛を逆立てた。
「だから、そう警戒しないでいいよ。彼女に危害を加えるつもりはないと言っただろう?」
使用人の男性とは違う男の声が聞こえた。
――え? この声って聞き覚えがあるんだけど……。
ソーンダイク公爵本人のものなんだろうっていうのはわかる。
だけど、その公爵がどうしてあいつと同じ声なの?
くすくすと人を見下して笑い含むようなこの声に、不意打ち過ぎる正体に、思考が凍り付いてしまった。
「さすがは……と言うか、まさか気配で見抜かれるなんてねえ。迂闊だったなあ。だけど大正解。私はアーニーであり、アーネスト・ソーンダイク公爵でもある」
最早相手の肯定なんてどうでもいいくらいに思考が混乱を来していたけど、不死鳥がしっかりしろと言わんばかりにつんつんと髪の毛を引っ張ってきたから、無様に放心することは避けられた。
腹の底から憎たらしいあの声って言うかこの声は嫌でも耳が覚えている。
ふふっ、そう……アーネストって名前は偶然の一致じゃなかったのね。
ちょっとやだーっ。マジでえー? 嘘でしょおーん?
確かにムカつくあいつもアーネストだったけど、だったけどっ!
「――あなた、ワル魔法使いよね」
「君からすれば、そうとも言うね」
くっ……!
三つのアーネストが実は全部一緒の人物を指していたなんて、運命に弄ばれているとしか思えない。
ああううん、そうよね私ってばもう魂さえ翻弄されてるんだったーアハハァ~。
まあそこは今は置いておくとして、じゃあ軍医の復讐相手って本当にアーニーだったってことよね。
あの可愛いアーニーが公爵であってワル魔法使いってわけか……。
人は見た目によらないってことわざの究極のパターンだと思うわこれ。ああ魔法世界恐ろしや。
まあでもソーンダイク公爵だけだったら今でも軍医の言葉に半信半疑だったけど、彼がワル魔法使いでもあるなら納得がいく。
だってあいつ……いやこいつってばきっと今まで人に恨まれるようなことを幾つもしてきたんだろうし。
それに内心じゃずっとどうして公爵はお尋ね者の私を突き出さないのかって疑問だった。気まぐれかしらとも。だけどその疑問も彼の正体がわかったと同時に解けた。
公爵って身分は本当だと思うけど、彼は一体幾つの仮面を持っているのかしらね。
あと、当初のアーニーの純粋さはどこ行った……!
無垢だった私のアーニーを返せーっ、それとよくも今まで騙くらかしてくれたわねこの性悪男ーっ!!
胸倉を掴みたい衝動に大いに駆られたけど、正確に掴む自信はなかったから堪えた。
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