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第二部

124 カルシウムプリーズな二人

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「自首しなさいよ」

 公爵の真の正体を知って私の口から開口一番に出てきたのは、そんな台詞だった。

 軍医は捕まったみたいだし、軍医の妹たちの末路とその下手人が彼の証言通りなら、アーネストだって牢屋に入るべきだもの。この世界の刑法に時効がないならだけど。
 全く本当にこの嘘つき男を思い切りぶん殴ってやりたいのはやまやまだけど、今はその時じゃないってことにしてあげるわ。けっ、精々首を洗って待ってなさいっての。
 密かにそんな殺意も然りな決意を抱いて気配のする方を睨んでやった。
 すると、思わず失笑が漏れたような息遣いが聞こえたわ。

「自首? 冗談じゃないね。マクスウェル卿の命を取らなかっただけ寛大だろう? むしろ吸血犯として捕まるようにお膳立てしたも同然なんだし、キスの一つもして褒めて欲しいものだね」
「そんなのこっちこそ冗談じゃないわよ」

 子供っぽくも本気で嫌過ぎてべっと舌を出してやれば、アーネストはどこか馬鹿らしそうにせせら笑った。

「アイリスは私に感謝すべきだと思うけどねえ? あのままあの男に囚われるよりは、私の所に居る方が天と地ほどにいいだろうに。私の方が有効にその血だって使ってやれるしね」
「血……」

 ああそうか、だから彼は私を助けてくれてここに留め置いているわけね。
 美味しい料理だって出てくるのはヘンゼルとグレーテルの童話の魔女みたいな目的があるからなんだわ。
 まあ魔女の場合は兄妹を食べる気だったけど、こいつの場合は魔法研究のための血を健康体から供給できるようにって意図なんでしょうよ。私は血液製造機ってとこかしらね。
 ああもう、今まで何の遠慮もなく美味しく頂きますしていた私の馬鹿。今後は断食でもしてげっそりやせてやろうかしら。まあそうなる前に無理に食べさせられそうだけど。

「ふん、結局あなたも魔法の血が目的なのね。まあそうよねあなたはワル魔法使いなんだものね。前からずっと血が欲しいって言ってたし。だけど何が天と地よ。そんなの軍医と変わらないわ。地底と地底でどっこいどっこいよ」

 つっけんどんに言ってやれば、アーネストは「はあ~あ」って面倒臭そうな溜息を吐き出したみたい。ちょっと何よ腹立つわね!

「……血だけが目的だったら目の治療の必要はないけどね」

 ぼそりと不服気な声が聞こえたけど、聞き取れなくて「何?」って訊き返したらさらりと無視された。くっそ~っ!

「彼と違って私はただというわけじゃない。報酬代わりに君が望むものを与えるための努力だって惜しまないつもりだよ。富でも名誉でも権力でも、必要ならピロートークでもね」
「はああ!? 一切合財不・要・よ! 最後のなんてと・く・に!!」
「不要かどうか一度試してみないかい? どうせ退屈だろう?」
「仮に人類の最後の二人になってものっっっすごっ暇でも、あなたとだけは何もしないわ」
「ふーん、腕力でも魔法でも私に抵抗すらできないと思うけどねえ?」
「それはもしものもしものもしもし……じゃなかった、万が一億が一その時が来たら策を練るからご心配なく!」

 鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な彼は人をおちょくって楽しむのが大好物なのよね。城の地下牢で話した時みたいにあのムカつく美顔で微笑んでいそうだわ。
 あ~目が見えていて油性マジックを持っていたら、こいつが寝ている隙に髭とかゲジゲジ眉とか肉とか描いてやるのにっ。

 大体、堂々とアーニー姿で演技してその上バレたらバレたで開き直って監禁宣言をする辺り、軍医と同じかそれ以上に大迷惑男でしょ。

 ここでふと疑いが湧いた。

「もしかして、わざとこの目を治さないとか言わないわよね?」
「は、何だって?」
「私の治療に努力してますって謙虚な姿勢を見せつつ折を見て治して、とうとう見事に治せましたーって盛大にアピールして恩を売るつもりだったんでしょう。違う?」

 しばし、沈黙が流れた。

 きっと図星だったのね。

 だって彼はワル魔法使いなんだもの。こんな画策も朝飯ま、え……。

「――熱っ、うっ、冷たっ……ちょっとやだ痛いじゃないの何するのよ!」

 いきなり火と氷を交互に目元に押し当てられたみたいに痛かった。

 きっと攻撃魔法を放たれたんだわ。やっぱりこいつ最低ね!

 でも解せないのは、私を護るはずの不死鳥が怒って殺気立つ気配が全くないのよね。

「どう、見えてきたかい?」
「こんな魔法で見えるわけないでしょ!」
「ハッ、こんな魔法だって? これはね、今まで君に施した治癒魔法の幾つかを最大出力で使っただけだよ」
「……え?」
「効果の有無を見るだけなら最大じゃなくていいからそうしなかっただけで、本来なら毎回痛みを伴う魔法だったってのに……。これだから無知な人間は面倒なんだよね」

 無知と言われて否定できなかった。
 でも今のが治癒魔法ってホントなの?

 内心の訝りに考え込みそうになっていると、不死鳥が今度こそ羽毛を逆立たせた。

 直後、たぶんアーネストからだろうけど顎先を掴まれる。

 咄嗟に振り払おうとしたその手も掴まれた。

「な、何よ?」
「私だって今までは自分の魔法が治癒魔法も含めてこの世界上では万能だと思っていたから、アイリスを治せなくて非常に不本意だったんだよ。特殊な状態かもしれないと懸念はしていたけど、まさか本当に的中するとも思っていなかったしね」
「それって治せなくて悔しかったから、自分の魔法の有能さを証明するために躍起になって治療をしてたってこと?」
「有能さ? 既にそうなのに更に証明する必要はないだろう? ただ、君を治せなくて遺憾なんだよ。君がふとした時に沈んでいるのも気に入らないんだよね」
「ええ……?」

 確かにアーニー……と思っていたこいつと散歩中に色々考えちゃって気落ちしたり、たまに部屋でもそうだったりはしたけど、元気出そうって思ってはいても普通の神経してたらやっぱりどこかで落ち込むのは当たり前じゃない。ねえ?

 だけどこれって、何かどこか私を心配していたって聞こえるんだけど、気のせい……?

 な~んてね、気のせいよね、うんうん、気のせい気のせい、気のせいだわ。
 一人勝手に結論を出しつつ、それでも悩んだように眉根を寄せてしまえば、アーネストから左右の頬を抓まれて引っ張られる。

「……さすがに伸びない、か」

 はああ!? 何事よ!?

「ったいっわね! 私のほっぺはお餅じゃないんだから伸びるわけないでしょ。空腹ならさっさと何か食べてこれば」

 頭を振ったら手はあっさり離れた。
 眉を吊り上げてとっとと部屋から出てけオーラも満載でいると、

「アイリスは怒ってばかりだよねえ、疲れない? 人間笑顔でいる方が心証も良くなるよ?」

 ですって。

「一体誰のせいだと思ってるのよっ! 今すぐ出てけーーーーッ!!」

 ここ一番で怒鳴ってやったらアーネストの奴ってば、はいはいってぞんざいな返事をして使用人と一緒にようやく退散していったわ。
 その際「耳にくる」って嫌そうに呟いたのが聞こえて、あの秀麗な顔をしかめて耳を押さえている姿が脳裏に浮かんだ私は、少しだけざまあみろって思って鼻を鳴らした。




「――ふざけた真似を……っ!」

 ドン、バキバキ、ガタタン、と酔漢同士の乱闘が起きても壊れないよう敢えて頑丈に設計された木製の丸テーブルが、真っ二つに割れて床に沈んだ。

 ここは王都在住のとある死刑執行人が営む食堂兼酒場「処刑どころ」の店内の接客ホールだ。

 現在この場にはその店主であるザックと従業員たるマルス、そしてマルスからの連絡でここを訪れたウィリアムの三人と、ウィリアムが王都での所用を任せている配下の青年二人の、計五人の男性がいる。

 今日はついさっき、アイリスからの音声手紙が公開されたのだ。

 彼女からの音声手紙は、地球でのメロディ付きの誕生日祝いカードよろしく広げると中から声が流れる仕組みになっていて、その内容を聞き終えるやくわっと目を見開いたウィリアムが椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立って拳を振り下ろし、一流空手家も真っ青な超絶技でテーブルを真っ二つに割ったという次第だった。
 席に着いていたのはマルスとザックの二人だけで、彼らはテーブルの破壊に巻き込まれないよう体を引いたので幸い怪我一つない。

「……悪い。修復しておく」

 ゆっくりとした瞬きと共に我に返ったらしいウィリアムは、しれっとしてザックにそう言うと一人椅子に再び腰かけて腕組みして不貞腐れたように瞼を下ろした。
 気付けば壊れたテーブルは彼の魔法によって瞬時に修復され、元通りの形で元の位置に戻っている。
 普段の彼の膂力りょりょくではさすがにウィリアムでも天板厚めのテーブルを割るなど出来ないが、人間火事場の何とやらにも似た瞬間的な怒りで壊してしまったというわけだった。
 この場の誰もがしばし呆気に取られ何も言わなかったが、少ししてようやくマルスが口を開く。

「ソーンダイク公爵は予想外にふざけた人物だな。……本当に純朴なあのアーニーだったのか疑いたくなる。アイリス嬢の声からして元気そうだけど、公爵が傍にいるから余計に心配だ」

 テーブルの件はきれいさっぱりなかったことにされているが、誰も異論はないようだった。

 マルスはソーンダイク公爵がアーニーとしてアイリスの傍に居るという奇妙さに些か意外なものを感じていた。
 アーニーだった頃の素直な性格しか知らないので、彼が彼女を騙しているという状況にすごく違和感しかなかったのだ。

 しかし意図が何であれ、アイリスにフェアじゃない態度を取っているのは明白で、しかもマルスたちがアーニー=公爵であることを知っているのを向こうも認識しているはずなのだ。

 その上でアーニーとして素っとぼけて音声を送ってきた辺り、自分たちを小馬鹿にしているとしか思えない。
 これではウィリアムが激怒するのも当然だとマルスは思い、同時にアーニーへの認識を大きく改めるべきなのだろうと、少しの寂しさを伴って自らに言い聞かせていた。
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