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第二部

126 神殿に行こう2

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「は? 神殿? いつ?」
「準備が出来次第すぐにかな」
「随分急ね。でも何のために? 治癒祈願にでも行くわけ?」
「いや。アイリスには神官見習いとして、神殿内にある神官たちの寄宿棟で生活してもらう予定だよ」
「はあ!? わざわざ何のために!?」
「後々のためかな。少なくともそこに居れば安全だからね」
「安全……。ああ、私はお尋ね者だったわね」

 変な間があった。

「……うーん、まあ、少なくとも公開処刑を強要される心配はないね」

 どこか声に可笑しさを堪えているような響きがあったけど、気のせいかしらね。でもまあ公開処刑と聞いて嫌な光景を思い出したわ。あんなのは二度と御免よ。

「っていうかあなたがそう仕向けたくせに、よく平然としてられるわね」
「まあね」

 この……っ。

「向こうでは、アイリス・ローゼンバーグとして過ごすのは、君の魔法の血の件もあって少々身の危険を招きかねない。第二第三のマクスウェル卿が現れないとも限らないし」
「あなただって同類でしょ」
「だから当分は身分を伏せて、田舎から魔法の才能を見い出されて上京してきた娘として生活してもらうつもりだよ」

 私の指摘はあっさりスルーってわけね。ホンットいい性格だわこいつ。

「魔法の才能をって……私は血を出さないと魔法なんて使えないし、そもそもそんな簡単に入れる所なの、神殿って?」
「ソーンダイク家の後押しがあるってわかれば合格も同然だし、魔法に関しては君には不死鳥がいるから、そこは任せておけば問題はないだろうね」
「ええと……?」
「一応は試験のようなものはあるけど、その際の魔法ならこっそり精霊に代行してもらえばいいだけの話だよ」

 ええー、それってまるっと不正じゃないのー。

「それともアイリスはドバドバ血を出したいのかな?」
「そんなことは言ってないでしょ! それ以前に神殿で生活なんて無理よ。今のこの状態でさえまだ慣れないのに、右も左もわからない場所でまともに暮らせる自信がないんだけど。まあ鳥さんとかがサポートはしてくれるだろうけど、それでもいちいち召喚していたら疲れるし、色々と不便でしょ」
「ああ、それなら一つ良い方法があるから心配は無用だよ」

 上機嫌なアーネストの声音に内心不信感しか募らない。

「何をするつもり?」
「私が同行する」
「……あなたって贅沢三昧の公爵様なのよね? わざわざ清貧を重んじる質素な神殿暮らしをして楽しいの?」

 心からの訝りの声を向ければ、何だか不服そうに嘆息された。

「君が不便だろうと思って付き添うんだよ。贅沢三昧もしているつもりはないしね」

 えー、それは勘弁なんだけど。だって高貴な身分云々以前にこいつはワル魔法使いなのよ。実を言えば今だってさっさとこの部屋を出てけって思ってるし……ってかさっき口で意思表明したし。

「公爵がそんなことして大丈夫なの? 体面の問題とかあるでしょ? ああ出家するなら別だろうけど」
「ソーンダイク家の人間として行くつもりはないよ」
「どういうこと?」
「私はこれでも破格な魔法使いだからね。一度感覚を覚えた魔法は自在に使えていつだって子供に――なれるんですよ」

 なれるんですよって部分で声が高く変わった。

「これなら傍でお世話をしても不自然じゃないと思うんですけども。どうでしょう、アイリスお姉さん?」

 くっ……これは絶対可愛いアーニー降臨ってわけよね。
 プリチーな姿が見えないのが口惜しや……って違うでしょ私!
 前から思ってたけど口調も変わってるし。これいつも故意になのかしら。

「わざとらしく敬語使わなくていいわよ」
「……わたしだってそうしたいんですけど、この魔法の弊害なのかどうにも直せないんです」

 自分でも不満そうな声でそう言うアーネストってば、きっとどんぐり一杯のリスみたいにぷっくりと頬を膨らませているに違いないわ……って騙されちゃ駄目よ私っ。彼の中身は食えない大人なんだから。アーニー姿は可愛いだろうけど、今はどうせ姿を見れないし中身がワル魔法使いだってわかってると全然可愛くない、可愛くなんて……ない、と思え私!
 ふん、まあでも予期せぬ魔法の弊害があってざまあみろだわ、いっそずっとその口調でいればいいのよ。

「……なるほどね、傍仕えの少年として神殿に入り込むのね。でも五歳児を採用してくれるかしら」

 アーネストはアーニーとして同行するつもりらしいけど、神殿に所属するならまだしも、神殿外部のちびっ子を単なる付き人として入れてくれるの?
 神殿は幼稚園じゃないって追い返されない?

「わたしも神官見習いとして入るつもりですから大丈夫です。適当なレベルの魔法使いを演じれば造作もないと思います」
「ああそう……余裕なことでー」

 じゃあ、向こうでもこの男と顔を合わせるのは確定なのね。

 神殿に行かない選択肢もなさそうだし。

 はあー……最悪。

「とにかく、色々やってみましたけど現状わたしでも治せないので、ここに居ても無駄に時間を浪費するだけなんです。ですから神殿でその目を治す方法を調べようかと」

 へ?

「あそこの治癒に関する蔵書は充実しているので、まだ知らない魔法の書がある可能性が高いんです。たとえ国王であっても神殿内部の者でなければ入れない場所もあるようですし、正式な神殿の人間として入り込めれば、そういう場所の書物も上手く行けばきっと閲覧できると思うんです」
「え……待って、ちょっと待って。もしかして純粋に私の治療法のためなの?」
「もちろ……」

 うっかり失言をしてしまってハッと息を呑むような空白があった。

「……他に面倒な神殿に行く理由なんてないですよ」

 あららー? 何かばつが悪そうな声だわね~。
 え、もしかしてアーニーになると素直で良い子思考になるとか?

「あ、ついでに未知の魔法を習得できれば儲けものでもありますけども」

 ああ良かった。少しでも利己的な理由もあって。
 まあ何にせよ、私じゃ本が読めないから調べるのも他人任せにするっきゃないわけよね。
 アーニーとかアーニーとかアーニーとか。

「つまりは全部あなた頼みってことか。はあ、手に取った本の内容が自動で頭に入ってくる魔法ってないかしら」
「精神系の魔法でならどうにかインプット出来るかもしれないですけど、それは未だかつてやったことはないですね。いっそこの機に試してみます?」
「遠慮しておくわ」

 精神系の魔法なんて真っ平だとブンブンと首を振った。

「ふふっパソコンにデータを入れるように簡単にはいかないってことですよね」
「あーそうよね」

 なんて相槌を打ってしまってから、私は何気にもう一度直近の会話を振り返って黙した。

 ……パソ、コン?

 今アーネストはパソコンって言ったわよね?
 こっちの世界にパソコンなんてものはない。それともパソコンなる別の意味の単語があるの?
 いやホントちょっと待って。マジ……?

「ど、どうしてあなたがパソコンを知っているの?」

 するとアーネストがくすっと笑う気配がした。

「それはわたしにも地球の知識があるからです」
「え……?」

 地球の知識?
 それってどういう意味?
 もしかして私やウィリアム以外の転生者が過去に居て、その人が実は本を出してるとか?
 それともその転生者と知り合いとか?

「とにかく、神殿行きは承諾ってことでいいですよね?」
「承諾っていうか、無理無理じゃないの。私だって一生このままでいたいわけじゃないけど、神殿以外でも調べられないの? 気配の識別はだいぶできるようになったし、田舎ならそれなりにやっていける自信はあるわよ」
「……アイリスお姉さんはどこか頭のねじが飛んでますよね」
「はあ!? 失礼ね! この麗しの私のどこが奇人変人だってのよ!」
「そこまで言っていません。普通の貴族令嬢はもっと悲観したり落ち込んだりを引き摺るものでしょう? ついこの前までそうだったのに、お姉さんは立ち直りが早いなあと」
「生憎私は普通の貴族令嬢じゃございませんので」

 皮肉気に言い返せば、アーネストは何かを納得したような息をついた。

「ああ――中身は地球からの転生者ですもんね? 今までだって大変でしたし、災難の一つ二つ増えたところでもう動じませんか」
「そうそう、心臓に太い毛が生えて――って、え!?」

 今こいつは何て言ったのかしら?

 転生者って聞こえたけど!?

 幻聴? 空耳? 聞き間違い?
 驚愕と警戒で絶句していると、アーネストの奴ってば噴き出した。

「ふふっあはは、そんなに警戒しないで下さい。わたしもある意味そうですし」
「…………え?」

 ある意味っていう意味がよくわからないけど、アーネストも転生者ってこと?

「そんな、まさか、嘘でしょ?」
「本当です。ああでもわたしはわたし自身ですよ。この世界のアーネスト・ソーンダイク以外の何物でもありません。単に頭の中には地球の知識も詰まっているだけです」
「ええと、どういう意味? あなたの意識は転生者本人じゃなくて、元々のアーネストってこと?」
「そういうことです」
「へえ、そんなケースもあるのね」
「ケース……そうですね……」

 その呟きの後に少しの間があった。

「……本当に、神様とやらは魂を弄ぶのがお好きらしいですよね」

 表情がわからないから確証は持てないけど、その声には怨嗟にも似た憤りがある気がした。

 それにしてもこうなると、私と関わり合いになる人間の中に私も含めて居過ぎじゃない、転生関係者。

 まあ私もウィリアムも地球で死んだわけじゃないから、厳密には転生って言葉は当てはまらないけども。

「転生者と言えば、ウィリアム・マクガフィン公爵子息もそうですよね?」
「えっ!」

 ちょうどこっちがウィリアムのことを考えていたからってわけじゃないだろうけど、彼の名が出てきて心底驚いた。
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