凡人は美形悪役に転生するもんじゃない

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15 災いと愛情の元になるのは口

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 立ち去る際、俺はもうアレクサンダーには何も言葉を掛けなかった。
 もしまたグリーンを殺そうとすればその時こそ俺が容赦しないのは向こうにしても言わずもがなだろう。割と本気で牽制と言うか怖がらせたし当分は「ふはは震えて眠れ!」って感じだ。そこで心を入れ換えるかどうかはまた別の話だが。
 最後まで、グリーンを抱き上げた俺が廊下の角を曲がるまで、アレクサンダーは俯きがちにしてむつけた幼子のように黙っていた。実年齢と精神年齢は比例しない良い例だな。かく言う俺も偉そうに人のことは言えないが。

 その後、大浴場前の廊下でどんな会話がなされたのか、或いはなされなかったのか俺は知らない。
 少し先のことを話すと、後で部屋に戻ってきたブラッキーもざっくりとした説明だけで詳細は何も言わなかったしな。
 因みに俺の部屋じゃない。グリーンとブラッキーの部屋だ。グリーンの懇願は理解したがそこはきっちり節度を守らせてもらったよ。

 それともう一つ、温泉は露天風呂も内風呂も施設の全ての浴場浴室が緊急閉鎖されたそうだ。湯気だけではなく湯にまで黒い色が出たらしい。






※ブラッキー視点
 スカイラーたちがいなくなった大浴場前の廊下には白けたような静けさが満ちていた。
 ま、起きてる面子が僕とアレクサンダーだけなんだから当然か。
 本当ならスカイラーに付いて行きたかったけど、ギャング共を頼まれたから仕方ない。ホンット~に仕方がないとガシガシ頭を掻いて恋敵への嫉妬心を紛らせていると、アレクサンダーが独り言か言葉を零した。

「兄は、私なのに……っ。この街にだって、本当は来る気なんてなかったのを、スカイラーが滞在しているってわかったから……っ」

 ……へえぇ~、はぁ~ん? 何だそういうこと~。
 さっきのこいつのスカイラーへの脈絡のない質問の謎が解けた。
 こいつとグリーンとは同い年らしいし、スカイラーは、僕も言いたくはないけどグリーンを身内のように思っている。年齢的には兄貴分だけど実質的には弟分って扱いで。何となくそこはグリーンが頼りないと言うよりはスカイラーの内面が関係している気がするな。僕の一個上なだけなのに、時々十は上に感じることがある。
 普段の二人を見てないアレクサンダーにはそんな細かいとこまではわかるはずない。
 にしても、天邪鬼やったとこで損しかしないのになあ~。
 スカイラーって鈍感だし。
 好き嫌いはハッキリ意思表示しないと理解されないよ?
 へへ、伝えられないならそれまでだ。
 僕は駄目元だったけど、諦めるつもりはなくてどうにか食い下がったからこそ今がある。

 まあな、そうしてもどこかで線を引かれたりもするけど。それでもグリーンと同列だからまだそこは絶望してはない。

 押して押して押して、友人じゃない、スカイラーの心の中でもたったの一人に許される場所に僕は辿り着きたいし、願い叶ってそうできたならずっと居座ってやるつもりだ。

 はあ、スカイラーの全部が僕の掌の上で転がせるような奴なら、絶対いつも喜ばせて僕への好感度無限アップ、依存度MAXにすんのに……。
 スカイラーと旅を始めた最初の頃と比べれば、月とスッポンくらいに僕への態度も軟化してて、あぁ懐に入れてもらえてるなぁとは思うけど。
 アレクサンダーとジジイへの復讐は止めるからどうかどうかどうか神様僕にスカイラーの気持ちをくれよおーーーっ!

 確かに僕はアレクサンダーたちを憎んではいる。でも復讐しようとしてたあの時、スカイラーから案じるように見つめられて、あれは別に諭されたわけじゃないのにあのまま突っ走るのは駄目だとハッとしたんだ。
 この宿に漂う空気のせいなのか何なのか、僕自身いつになく感情的になっておかしくなっていたようにも思う。奴らを殺さないとまた殺されるって考えにさえ固執していた。

 スカイラーの綺麗な青い瞳には、ひと度真剣に見つめられればこいつに落胆や幻滅されたくないって人を自力で改心させてしまう、それくらいの清冽な魅力があるんだよ。
 堂々とスカイラーの隣りにいるためにも僕自身が変わらないとって。今の僕の大事なものは復讐じゃなく目の前にいるんだから、自ら台無しにするような真似はするなって、そう気付かせてくれた。

 周囲に漂う鬱陶しい灰色湯気を一度魔法で廊下の奥へと吹き飛ばしたら、ただその場にいるだけでも下降するようだった気分も良くなった。
 ……うーん、やっぱそうなのか?
 疑問に一人考え込みながらも大男を縛る手を動かしていると、アレクサンダーから視線を感じた。何だよまた狂ったように怒って今度は僕にイチャモン付けてくる気か? そういえばこいつもスカイラーに叩かれて落ち着いたんだっけな。

 ……うん、やっぱこの湯気には何かある。まさかの例の仕掛けの一つか?
 だけど、リームケーユの街一帯にはもうないって結論になったはず。

「皇子様あんたさー、無罪放免も同然なんだしさっさとどっか行けば?」
「君には関係ない」

 暗に邪魔だと告げればアレクサンダーは僅かに目を動かし僕を睨む。あ、何だ僕を見ていたわけじゃなくメテオだかメテオロス――スカイラーがメテオロス呼びだからメテオロスなんだろうこいつを見てたのか。

「こいつはもうあんたの命令は聞かないよ。隷属魔法はスカイラーがぶち破ったから」
「隷属魔法……?」

 アレクサンダーは怪訝にし、ややあってハッと目を見開いた。僕の台詞の意味を理解してかぐっと強く唇を噛む。

「何だよその様子じゃ散々命令しといて知らなかったのか? あー、もしやこいつがあんたを純粋に慕って命令を聞いてたと思っ――」
「――黙れっ!」
「へんっ、ビンゴか」
「スカイラーと親しいからって図に乗るなよ。不敬の罪で処刑されたいの?」
「へっ、不敬を訴える前にあんたは死人に口無しだぜ?」
「なっ、私を殺せるものなら殺してみるといい。君のみならず一族郎党までが帝国の大逆人として苛烈な拷問の末に公開処刑される覚悟があるのなら、だけれど? それでスカイラーの周りを飛び回る下等な害虫が駆除できるなら喜ばしいよ」
「そのクソな性根が変わってねえことが全く以て嬉しいぜ」
「……どこかで会ったことが?」
「さ~あな」

 眉をひそめた性悪皇子様を鼻でふっと笑ってやった。
 おちょくられたと感じたらしくいきり立つ。

「君といい、傲慢な下等民風情が……っ、グリーンがその筆頭だよ。己の立場も弁えずまるで兄弟のようにスカイラーと接している様を見る度に反吐が出る!」

 アレクサンダーはギリギリと歯軋りまでした。勢い付いたのか更なる愚痴が常時暴言上等だろう口から飛び出してくる。

「スカイラーが初めて笑い掛けたのだって、他でもないこの兄の私になんだよ。この髪を引っ張ってきゃっきゃっと楽しそうにしていたのにっ」

 へー。ろくに反応してやらなかったからか、アレクサンダーは目を眇めて僕の目を見つめてきた。

「何だよ?」
「いやぁ~? 少し思い出してしまってねぇ、昔私が退治した呪いの黒猫もそんな赤目だったなぁって。あの毒々しい赤目は今でも思い出すだけでゾッとするよ。人でも動物でも卑しい者は特徴が似るものなんだねぇ~」
「……」

 ちょうど二人を縛り終えた僕は、物理的に縛るのに力を入れた手指を軽く揉み解しながら徐に立ち上がった。何でもない顔で自分の手を見下ろす。

「どうしてその黒猫が呪われているなんてわかったんだ?」
「あぁ、そこのそいつは宮殿に出入りしていた闇魔法使いでね、何でも実験中に失敗したとかで、猫が呪いを宿して逃げ出したって話を偶然立ち聞いたんだよ。しかも帝都に潜んでいる可能性が高いともね。まさか宮殿にはいないと思っていたらまさかだったよ。スカイラーと一緒なのを見つけた時は肝を潰したね」

 アレクサンダーは「そいつ」と言って老ギャングを示した。
 違法実験室と呪いと老ギャングと僕、そして黒猫とスカイラー。

「…………はっ、ははは、へへハハハハハハ、ハハハハハハッ!」
「き、急に何だい?」

 不可解そうに顔を歪めるアレクサンダーは知る由もない。
 当時殺したはずの呪いの黒猫が、目の前に人の姿で立っているなんてな。
 でも真実を告げたりはしない。
 蓋を開けてみれば、あの件は弟を護ろうとした捻くれたとある兄の過激な防衛だった。
 けど経緯や動機はどうあれ、アレクサンダーがやったこと自体は変わらない。
 スカイラーがいなければ、間違いなく僕は死んでいた。

 スカイラーがグリーンに無意識に纏わせた魔力の層。あれは言い換えれば魔法の鎧とも言える。

 おそらく、あの当時スカイラーは迷い込んだみすぼらしい黒猫をグリーンと同じように大切に感じてくれていて、無意識に魔法の鎧をくれたんだ。

 スカイラーの闇属性魔力、それが幸運にも老ギャングの呪いの闇魔法を打ち消すように作用して、僕は人に戻れたに違いない。

 メテオロスを見ていてそうと悟った。奴に掛けられていた隷属の闇魔法を、スカイラーは意図せずも自身の魔力で吹き飛ばした。

 僕も含めて普通そんな芸当はできない。因みにそこに至るまでの間にも、メテオロスはスカイラーに名前を呼ばれて隷属魔法が揺らいでいた。
 名を呼ぶなんてたったそれだけのことでも不思議にもスカイラーの魔力は、そこらの闇魔力よりも強力でリーダー性を伴っているみたいなんだよな。女神に負けない綺麗な顔に似合わずまさに悪の親玉って感じで。
 ただまあ、本人は無自覚そうだけど。

 ……以前のパワーアップ前の仏頂面スカイラーなら理解したろうけどな。あ、パワーアップとは言っても別に戦闘力が強くなったとかじゃない。
 
 僕が川を流れ下って死ななかったのは僕自身の運とか生存本能的な光魔法とか、もしかするとスカイラーの魔力も関係していたのかもしれない。そこは意識がなくてハッキリしないけど、とりあえずはそう思っておく。考え出したら切りがないからな。
 アレクサンダーを引かせるくらい盛大に笑い続けていると、僕の声が気付薬代わりにでもなったのかメテオロスが呻いて身じろぎした。

 いや正確には途中から気が付いていたのに、狡猾にもタヌキ寝入りして機会を窺っていたと言うべきかもな。敢えて僕も知らんぷりをしていたけど、主が主なら従者も従者、大した図太さだ。お似合いだぜ。
 スカイラーに殴られた頬は赤くなってはいるが別段頬骨が折れたりはしてないようだ。全く羨ましいくらいの肉体の基礎強度だよ。

 殺せって主人命令に反してグリーンに手加減したあれは、隷属魔法の綻びから正気を捩じ込んだからだろう。
 ぶっちゃけグリーンなんてどうでもいいけど、スカイラーが悲しまなくて良かった。

「メテオ!」

 アレクサンダーが即座に駆け寄った。
 ふうーん、この光景も些か想定外。
 結局アレクサンダーは宴会場まで付いてきて、メテオロスから離れようとはしなかった。
 一応は逃がすなよと釘を刺したけど、たぶん逃がそうとしてもメテオロスが止めるだろ。共に違法実験室で過ごした互いの名も知らなかったそいつの真面目さが変わってなけりゃの話だけど。
 ま、逃げても無駄だ。こっちも無策じゃない。
 僕がスカイラーに頼まれたことをみすみすしくじるかってな。へへっ叩き上げの冒険者嘗めんなよ?
 そんなわけで宿の人たちへ湯気の件とギャングの件を説明をして、温泉は緊急閉鎖、敵御一行様には明日まで宴会場に大人しくご滞在頂くことになった。
 そうしてやっと僕はスカイラーの待つ部屋に急いだ。怪我人とは言えグリーンと長く二人きりになんてさせたくないもんな。






※スカイラー視点
 魔法薬は効かないが、薬草などが由来の普通薬なら効くだろうと、一度ちょっと起きてもらってグリーンにはそれを飲ませた。大丈夫だとまた言い張ったから無理矢理押し込んでな。
 現在穏やかな寝息を立ててベッドに横たわるグリーンを前に、椅子を引っ張ってきて暫くずっと座っていた俺はやや身を屈めて両腕で頬杖を突いた。

「この先こいつにはもっとフィジカル面を鍛えさせないとなぁ」

 俺の独断だが嫌とは言わないだろう。
 グリーンが助かったのは本当の本当に幸運だった。
 ブラッキーがあの場にいたことと、メテオロスの攻撃の変更と。
 ただ、次また似たようなことがあればわからない。
 俺としては、少なくともゲーム本来の犯人設定を潰すためにもギャング団には全員お縄に付いてもらうと決めている。
 もしも、多少の時期の前後はあれキャラの生き死にが変えられないとしても、俺は抗ってみせる。そこのところを天使職員に確認したいが、如何せんその方法がわからないのだから対策の一手一手を慎重に打っていくほかないんだよな。
 そのためにはまずグリーンをどうするかを見直さないとならない。俺に同行させるよりは凄腕護衛を密かに付けた方が安全かもしれないんだ。しかしながら目の届かない所にいられるのは逆に心配になる。うーんそこは妥協するべきなんだろうが……。
 驚きのないあっちょんぶりけ顔で一人悩み考え込んでいると、ブラッキーが部屋に戻ってきた。頬杖を解いて顔を向ける。

「ああおかえり、面倒なことを丸投げして悪かったな」
「へへっいいってあれくらい。とりあえず明日連行でいいんだよな。宿の方にもその旨を伝えて協力を取り付けてきたぜ」
「そうか、ありがとう助かった。……ところで、兄上はどうした?」
「ギャング団と……と言うか、メテオロスといるぜ」
「メテオロス。やはりラブか」

 あけすけに言うのが可笑しかったのかブラッキーは「そこは鋭いのか」と噴き出した。見ていると空いている椅子を俺の横に引っ張ってきて腰掛けてグリーンを注視する。
 おいそこはベッドを挟んだ向かい側に行けよと物言いたげにしていたら、俺の眼差しを横目に見た奴は的確に察してか、にひっと歯を見せた。

「グリーンはもう平気だな。これで暫く大人しくなって過ごしやすいなー」
「不謹慎なことを言うんじゃない」

 怒ると言うより窘める。怪我人を前にブラッキーも本気で悪意があるわけじゃないのは俺もわかっているからな。小さな嘆息を落とすと、ブラッキーの方へと体の向きを変えて座り直す。

「ブラッキー・ホワイトホール、しつこいかもしれないが、改めてもう一度礼を言わせてくれ。グリーンを救ってくれて心から本当に感謝している。どうもありがとうな」
「へへっ、こんな可愛い顔で礼を言われちゃ堪んねえぜ」
「……おい、俺は真面目にだな」
「うん、あんたの感謝の心はしかと受け取った。僕もあんたから感謝されて心から光栄に思う、スカイラー・ヘルス」

 ブラッキーの顔には何ら屈託はなく、純粋にただ嬉しそうだ。
 誰かを助けてそれを喜びとする。これぞ正義の主人公の飾らない姿なんだよな、と俺も嬉しくなった。こんな凄いこいつが俺の仲間なんだぞと我がことのように誇らしい気持ちまで浮かんでくる。
 そうなんだ、こいつは気付けばもう天敵なんてものじゃなく、俺の懐にするりと入ってきて定着してしまった、大切な仲間の一人。
 こういう奴だからこそ、ゲームじゃ帝国中から英雄として称賛されるんだ。

 こいつこそは本来のシナリオに沿うべきだよな。

 勿論俺は倒されたりしないって前提で。
 例えば俺は俺でアイドル皇子になって名声を得て、また一方でブラッキーはブラッキーで各地のトラブルを解決して回って栄光の勇者になる……なんて状況も十分にありだ。
 俺は世界にこいつを知らしめたい。

 俺だけが知っていたい、なんて狭い感情もあるのはもう否定しない。

 だが、俺じゃなくてもこいつは強いし大丈夫だろう。

 ……反対に、グリーンは大丈夫じゃない。

 グリーンが死なないと確信しない限り常に不安が付き纏う。過保護になってグリーンにばかり構うようになるだろうな。その状況でブラッキーにも傍にいてほしいなんてのは虫のいい話だ。
 離れるなら早い方がいい。
 俺がそうできなくなってしまう前に。今ならギリギリ間に合う気がするから。
 されど縁を切るってわけじゃない、こいつには借りがあるしその対価を支払う約束も守る。何か助力とか支援が必要なら友人としていつでも相談に乗る。
 恋愛はノーってだけだ。

「ぅ……うぅ……」
「……っ、グリーン?」

 俺たちの声が休息の邪魔になったのか、グリーンが小さく呻いて薄く目を開いていた。薬の効果もあり意識は半覚醒だろう。痛み止めは体への負担を考え強いものは使わなかったので完全ではなく、痛むのか目尻に滲む涙が見えた。
 慌てて腰を浮かせて顔を覗き込むと、グリーンは幼子のように眉毛を下げた。

「スカイラー、さま……スカイラーさ、ま」
「ああ何だ? 俺はここにいるぞ?」

 グリーンはたぶんブラッキーの存在を認識してはいないんだろう。ブラッキーも俺とは違って椅子から腰を上げなかったから視界に入っていないのかもしれない。
 そんなグリーンはくしゃりと泣きそうな顔をした。死にかけた直後で強い不安を感じたのもあるんだろうな。いつものグリーンの泣きとは明らかに異なる普段は表に出さないこいつの本音、願いが紡がれる。

「ど……こにも、行かないで、下さぃ……一人にしな……ぃで下、さ……ぃ……」

 束の間の意識の浮上だったのか、最後の方は呂律も怪しくなり、言い終えるやすぅとまた眠ってしまった。

「……。ああ、大丈夫だ。お前を一人にはしないから。安心してしっかり休め」

 はは……。何てタイミングだよ。何て駄目押し……。
 俺はグリーンの涙を軽く指の腹で擦ってやって静かに椅子に戻った。ふうぅ、と少し長めの息を吐く。

「――ブラッキー、俺はお前の気持ちには応えられない」

 唐突に、前置きなくも、俺はかけがえのないこいつとのこの冒険旅を終わらせる話を始めた。
 ブラッキーは目を見開いたが、俺の次の言葉を促すように無言だった。

「俺はグリーンを放っておけない。だからと言ってこいつの気持ちに応えるわけでもないが。俺に仕えてくれているこいつの忠義に報いたいし、皇子としてこいつを導く責任を果たしていきたいんだ」
「なら、各地の仕掛けはどうするんだ。まだ沢山あるんだろ」
「実はそこも考えてある。多少セコいと言うか荒っぽいやり方だがな」

 ブラッキーは真剣な表情をしながらも眼差しに疑問を交えた。俺は一人頷いて説明を続ける。

「幾つかの地域を絞って、基軸となる正規の仕掛けとその周辺にある予備の仕掛けの全てを解除するんだよ。大規模魔法陣としてみた時に陣が広範囲でぶつ切りになるようにな。大きく欠損している箇所が一つでもあれば全体的にはリンクできない。つまり大規模破壊魔法は発動しない。故にこの国の危機は回避される。因みに一地域だと心許ないから複数地域で潰そうってわけな」

 なら最初からそうすれば良かったとは思うが、思い付かなかったんだからしょうがない。そもそも悪影響が出るんだから作った物は最終的には全て解除しないとならないとは思っているし、ゆくゆくはそうするつもりだ。しかしそれはブラッキーとは関係ない俺のするべき後始末。こっちの都合で巻き込めない。まあそれでも各地の異常を放置できないとこいつは駆け回るんだろうが。そこはそこ。本来の仲間たちがこいつを支えるだろう。

「一人でやるつもりかよ」
「まあ、そうなるな。だからパーティーを解散しよう」
「んだよ、それ。勝手に決めんな。僕はこの旅に最後まで付き合うつもりできたんだ。今更関係ないなんて言われても無理なんだよ。どの道早く解除しないとならないんなら二人で力を合わせてやるべきだろ」
「……お前がどんなに頑張ってくれようと、俺は何も返せない」
「あのなあ、こっちも元は別口で動いてたんだ。あんたからの見返り目当てで始めたわけじゃねえの。あんたわかってて僕を怒らせようとしてるんだろ」

 あー、はは、ブラッキーは鋭いな。

「どんなに暴言を吐かれようと仮にあんたに激怒しようと、僕はあんたを諦める気はないからな。早々簡単に手放せる気持ちならもうとっくに、この数か月の生殺し生活で放り出してるよ」
「生殺し……それはマジですまん」
「は~、とにかくあんたが何か理由を付けないとやってけねーよってんなら、一つこっちから理由を作ってやるよ」
「……?」

 ブラッキーの意図が掴めず疑問を抱いた、そんな、瞬間。

「――っ!!」

 顔を近付けてきたブラッキーからキスされた。

 不意打ちに頭が真っ白になる。
 そのせいか、唇に押し当てられた相手の唇の柔らかさを実感するよりも、こんな時にもかかわらず案外綺麗に生えている睫の間隔に見惚れ感心してしまっていた。慌てて思考を立て直そうとしてうっかり変な方向にズレたってわけ。
 こいつの睫が長いのはもう知っていたが、さすがに生え方にまで意識を向けたことはなかった。画力カンスト作家が作画したキャラみたいだ。いや実際こいつはゲームキャラなんだし不均衡なく整っているのは当たり前なのかもしれない。いやしかしここはある意味現実なんだから睫だって生え変わるはずで……。

 伏せられていた睫がスッと上がって、鮮烈な赤が俺の視界も意識も支配する。

 ハッとして、ことここに至ってようやく俺は内なる警鐘が鳴るのを自覚した。これ以上は駄目だと。

 しかし同時に、試すように挑発するように舌先で体の中でも敏感な唇を嘗められて、ビクンと肩が震え、反面じゃ頭がくらくらした。胸の芯から何かとてつもなく甘い感情が広がって、抗い難い衝動にともすれば応えようとした。

 その矢先、キスで無意識に止めていた息が唇を離された自分の口から微かに漏れた音で我に返った俺は、咄嗟にブラッキーの胸を押して離れた。

 あわやだった。本当に。
 はあっと大きく息をして酸素をたっぷり取り込むと真っ赤になっているだろう顔を隠すように手で顔の前を覆った。

 ああぁ~くそ、もう少しで奥の奥から隠した願望を引きずり出されそうだった。

 もしあと僅かに遅れていたら、俺は溢れる快哉を貪ったろう。
 やっぱりこいつは危険だ。

 キス一つでこうも揺らぐ。

「ブラッキーお前今のっ――」
「――償うよ」
「は?」

 恥ずかしくてわざと下げていた視線を思わず上げて奴の目を見る。活き活きとしてキラリと光った。宝石が生きていたらこんな感じだろうか。

「無理ちゅーの償いとして、あんたの旅の手伝いをする」
「は……」
「ただ働きするし、存分にコキ使ってくれて良いぜ? 必要なら夜もたっぷりご奉仕するし~? ぅへへっそんじゃそういうわけだから宜しくな~」
「え……は? はあ!?」

 多分俺は今までで最高に変な顔をしていたと思う。
 何て強引な償い宣言……って言うか償いと言わないだろそれは。こいつ目茶苦茶だ。わけがわからない。
 辛うじてわかるのは、俺が何を言おうとこいつは絶対に取り下げないだろうことだけだ。

「スカイラー、それくらいは譲歩してくれよな? 旅が終わるまで、一番近くに居させてよ?」

 若干の上目遣いなこいつは確信犯だと思う。ごり押しから一転した珍しくもしおらしい態度、その直前までとのギャップに呑まれ俺はもう何も言えなかった。中々可愛いじゃあないかっ。
 それに、サクッとボス戦だって突撃するこいつでも、対峙を臆し恐れるものがあるんだなって知った。
 好意を寄せる相手へのアプローチにどれだけの勇気が要るのか、俺にもわかる部分がある。恋愛に限らずな。
 前世でメジャーでもない俺を観に来てくれた相手にありがとうを込めて笑顔を送る時、嫌な顔をされないかとか、もういいわってならないかとか、うじうじしたことも考えたりしながら結果的には自分をどうにかプッシュしたのを思い出す。

 俺は横たわるグリーンを一瞥する。
 だが、もう決めたんだ。

「わかった。むしろそこは俺の方こそ宜しく頼むべきことだろうに、考えが浅くて済まない。それとお前の厚意に甘える形になるのも申し訳ないと思う」
「なっあんたが謝んなよ! 僕がそうしたくてしてることなんだし」
「ならお前も償いって思うのはやめろよ? 今のは初犯ってことで大目に見る」
「え、いや、そこは怒んねえの?」
「何でだ?」
「……え、あ、ならいいけど」

 俺は平静を装えていただろうか。保留なんて俺に都合の良い展開に思わず安堵を顔に出すところだった。
 他方、ブラッキーは何故か困惑顔を崩さない。どうしたんだ?
 あー、そうかあれか。

「安心しろよな、別に気持ち悪いとか思わないし、嫌とかじゃなかったからさ」
「えっ……?」
「まぁそんなわけだ、改めて残りの旅も宜しくな、ブラッキー」

 ブラッキーは驚きになのか暫し間を開けはしたが一応は主張が通ったからだろう、宜しくとホッとしたようにして嬉しげに笑った。
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