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5 成り行きから得た新たな展望
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ブラッキー提案により優先的に訪れた町――ラーンダム。
地方にある町の一つだ。町並みには赤レンガの家々が建ち並び、町周辺には葡萄畑が広がっている。
そこはブラッキーが案じていたように空気が酷く淀んでいて、通りを行き交う住人たちは皆調子悪そうにしていた。気分に引きずられたのかもしれないが見上げた空もどことなくくすんでいた。
明らかに闇魔法の強い影響だってのは、空気中の魔力濃度が高いことから確実だ。
「うーん、確かに高めですねぇ……」
グリーンが手に持った測定器を睨みながら声を唸らせる。放射線量の測定器みたいな感じで、この世界には魔力量の測定器がある。因みに使用者に魔法能力の不要な魔法具だ。グリーンのような魔法の使えない人間は大体これを使う。
俺やブラッキーのように魔法を使う人間は魔力を感覚的に察知できるから持っていなくとも支障はない。とは言え大体の濃さであってさすがに測定器のように細かい数値までをピタリと当てるなんて芸当は無理だと思うが、即座に危険かそうでないかの判断がつけば十分だろう。
「とりあえず、町での情報収集と行くか。生憎とこの町のことは思い出せないからな。手間を増やして悪いな二人共」
実のところ、ここはゲームじゃ出てこない、主人公が解決したと言及だけしていた端折られた町の一つだ。
故に俺にも情報が皆無でスカイラーの仕掛けを一から探さないとならない。二人は俺が頭を打って記憶が不安定だと信じてくれているからか提案に反対はされなかった。勿論文句も言わない。こいつらって結構優しいよな。
「まっでも魔力が濃くなる方向に行けば、あっさり見つかるんじゃねえのー?」
呑気そうに両手を頭の後ろで組んで歩くブラッキーが軽く言って周囲をぐるりと見回した。
「ンー……同じ濃度っ。こりゃやっぱ地道に聞き込みだな!」
へへっと明るく楽観的に笑い飛ばしたブラッキーと同じ結論に至っていた俺は「そうだな」と小さく溜息をついた。多少の骨は折れるだろうがそれほど大きな町じゃなくて助かったよ。慎重に調べていけば必ずヒントは見つかるだろう。
スカイラー様の懐のおかげで高いテレポート魔法具だって余裕で使えて、高速交通機関も我が物顔の一等車両を使用し急ぎこの町までやってきた俺たち。
そういう便利アイテムを駆使してもこの町は帝都からは相当離れているため、地下墓所から出た足で夜の帝都を離れてから到着したのは何だかんだで翌々日の昼過ぎだった。
補足しておくと、ひとっ飛び~で行きたかったのはやまやまだがテレポート魔法具には飛べる距離に限界があるんだよ。ただどこにいても使えるのは便利ではある。……使用後は乗り物酔いみたいになるから連続使用は控えたが。
ラーンダムの道端には昼休憩に外に出てきた仕事人たちが多くいて、聞き込みをするとほとんど全員が体がダルいと証言。それでもまだ自分たちはどうにか動ける方で、買い物やら仕事をして帰って臥せってしまっている家族を世話していると、そんな苦労話をした。かなり深刻な状況だな。
ただなあ、夕暮れ間近になっても誰からも闇魔法に関係していそうな具体的証言は得られなかった。
お手上げだ。正直地下墓所みたいにすんなり解決できるかもとどこか楽観的に思っていた俺は、この町の隅から隅までを探るしかないのかと落胆さえ覚えた。だって省エネで済む方が嬉しいじゃん?
しかぁーし、だ。
その時、町の時報の鐘が鳴ったんだ。
町の広場に併設されている鐘楼のその鐘は、朝と昼と夕の一日三度鳴り、主に役所のための始業の鐘、昼休憩の鐘、そして終業の鐘だそうだ。聞き込み中にした世間話からそれを知った。
結論から言うと、幸いにも仕掛けは訪れたこの日のうちに解除できた。
スカイラーの闇魔法は鐘に密かに施されていて、時報の鐘音が鳴る度に音波に乗って悪い影響が町全体に拡がり、尚且つ少しずつ少しずつ蓄積されていき人々の体を蝕んでいたようだ。
鐘音を聞いた直後、俺はブラッキーと顔を見合わせ頷くと即座に鐘楼へと向かった。
グリーンは急に走り出した俺たちを目を白黒させながら追いかけてきたっけ。その場で説明しなくて悪かったかな。
鐘楼の鐘は現役で使用されていて、古い墓石のように粉々にしてハイお終いと言うわけにはいかなかった。暮らしに支障が出かねない以上、なるべく壊さない方向で解除を検討した方が良さそうだ。
「町にあんな具体的な影響が出てんのに、まだ他の仕掛けとリンクしてなかったのは幸運だよな」
鐘楼下から鐘を見上げてホッとしてみせるブラッキーに頷きながら、俺は施された闇魔法を少しずつ分解する感じで、その魔力を吸い取ったり相殺したりする手法を提案した。
「おう、それで行こう! 最善だな。てっきりまた派手にぶっ壊すつもりなのかと思ってたから、どうやって思い止まるよう説得しようかって考えてたとこだった」
俺同様町への被害を考慮していたらしい心優しきブラッキー様は止める面倒がなくて良かったなんてズケズケと言った。いちいち相手にしている暇はないから流したが。おい切なそうな顔すんなって……。
思考を切り替えてグリーンにも手短かに説明してから三人でこっそり鐘楼に上がった。
解除は決して難しくはなかった。
先の地下墓所で偶然にも編み出した俺とブラッキーの合わせ技は、互いの繰り出す魔法技が変わっても威力が増幅されるのは変わらずだったおかげだ。
ヒャッハー悪役と主役のまさかの最強タッグは継続中っ。
俺は闇魔法で魔力吸収魔法を、ブラッキーは光魔法で相殺魔法を行使。俺たちの魔法同士で打ち消し合う無駄もなく鐘の闇魔法は綺麗さっぱり無くなった。
見た目には変化はなかったが大元の魔法が消失したからか、町の空気からは夜が訪れる頃にはもう重苦しさは抜けていた。
とは言え、翌日朝の鐘が鳴った時が解除完了の最終的な確認となる。闇魔法の仕掛けの存在なんて住人は知らないから、騒ぎを避けるためにも下手に変な時間に鳴らせないもんな。
そんなわけで、俺たちはラーンダムでの一泊を余儀なくされた。
ラーンダムには素朴な宿しかなかったからとりあえずは三部屋、一番ランクの高い部屋を案内してもらったよ。
大部屋一つで良いと主張したグリーンとブラッキーを押し退けて俺は三部屋にしたが、ワイン製造の繁忙期だったなら部屋を三つも取れなかっただろうって宿の主人からは苦笑されたっけ。町の周辺にはどこまでも葡萄畑が広がっていたから予想はしていたが、この町はワインが名産なんだそうだ。銘柄を聞いてゲーム内の酒場や商店の品物リストにあったのを思い出したよ。魔力回復アイテムの一つだった。なるほどここから出荷されていたのか。
因みにブラッキーは律儀に自分の宿代や交通費は出している。今夜の部屋のランクも俺たちのに合わせてきたから同じフロアになった。十分な金があると言っていたのは嘘じゃないようだ。……って何で俺がブラッキーの懐事情を心配しているんだか。
「さっきの魔法合わせ技を見て確信したよ。墓所でのあれは偶然でも何でもなかったんだってさ。すっげえ不思議だよな。スカイラーもそう思うだろ?」
「まあ、多少は」
「はあ? 多少? 案外あんたって大雑把」
「失礼な。お前が見た目によらず細かいんだよ」
「ひでー、見た目は余計だよ」
そう、細かい。グリーンが生活全般にそうならこのブラッキーは魔法全般に。
宿の共同食堂で夕食を摂りながら、ブラッキーはさっきから一人でとても不思議がっていた。少なくとも偶然の増幅作用じゃなかったとわかったからだろう。彼の知る魔法理論的には説明がつかないそうだ。
明るいが根っこは真面目でもあるゲーム本編のキャラとは異なり、この世界の実物には陽気にへらへらしているイメージしか最早ないブラッキー・ホワイトホールは、案外秀才肌で魔法理論にやけに詳しい。
……時々いるよな、馬鹿そに見えて運動も勉強もその他もそつなくこなす奴。何かジェラシーだ。
ブラッキーはコアな部分じゃ深く突き詰める学者気質なのか結構真剣に考え込んでもいたから、悩んだって仕方がないだろうとも言っておいた。俺たちが単に知らないだけで世界の理は元々そうなっているのかもしれないだろってな。
「ここであーだこーだ考えても答えが出るわけじゃない。どうせこの先俺たちは旅の終わりまで何度と合わせ技をやってのけるんだ。それらの実際のデータから逆に理論を構築してみたらいいじゃないか。俺もそこの検証に協力するくらいは手間でも何でもない」
仕掛け全部をより楽に片付けられればそれでいいからな。
それに、この解除旅が終わればブラッキーとタッグを組むことはないだろうし、危険な天敵と顔を付き合わせているのも今だけだ。金銭としての報酬は要らないと言われたから、それが報酬代わりでも別にいいだろ。
「んー、だよなぁ」
ブラッキーも徒に悩んだところで埒が明かないとは感じていたのか、一先ずは眉間を開いて食事の手を進めた。
「なあブラッキー、折角なんだし名産品のワインは飲まないのか?」
「土産には買うけど、今僕が飲んだらスカイラーだって飲みたくなるだろ? だから飲まない」
「え、俺? 何で。遠慮せず飲めよ」
「……」
ブラッキーはじっと俺を見つめて物言いたそうにした。俺は内心首を傾げるしかない。
「とーにかっく今は飲まないっ」
「……子供みたいだな」
「なら子守りしてくれる? 今夜僕のベッドで子守唄歌ってよ。子供の頃ちょっと呪い掛けられた後遺症で、小さい子みたいに体温高いからぬくぬくできちゃうぜ?」
「いやぬくぬくってコタツかっ……て、んえ? ののの呪い!?」
何さらっと言ってんの!? この世界の呪いって藁人形と釘で深夜にカーンカーンとかじゃなく、例えば蛙にされたりするようなバリバリの魔法だろ。絶対それちょっとじゃない!
「ま、まさか魔法で何かにされたのか?」
「……」
ブラッキーは静かににこりとしただけだ。マルかバツかわからんっ。
「聞かない方がいいよ。スカイラー泣いちゃうから」
「え、どういう意味?」
もしやスカイラーが呪った? うーんいや違うか。それこそ子供時代になんて接点はないはずだしな。……上手く魔法を使いこなせるようになるまでスカイラーは宮殿から出られなかった。皇帝の血を引く者として大人しく箱庭で飼い殺されていたから平民出身のこいつに会うわけがない。きっと揶揄われたんだな。
俺はハァーと溜息を落とすと俺の料理の皿から唐揚げに似た大きめの鶏肉の揚げ物を一つ取り、ブラッキーの口に押し込んでやった。
「阿保なこと言ってないでしっかり栄養を摂れ、育ち盛りのお子ちゃまブラッキー君なんだろ?」
大きく両目を見開きパチパチとさせた後ふごふごと食べ物で塞がれた口を動かして、ブラッキーは憤るでもなくむしろ満足して嬉しそうに目を細めた。何だ餌付けは有効なのか。大人しくなってこれ幸いと俺は俺で箸を進める。箸とは言ったが実際は二つ又のフォークだが。
他方、グリーンはその間ラーンダムの役人だと言う中年男性と隣りのテーブルで話をしていた。時折りちらちらと俺たちの方を見るから相手の話に集中しろと俺の方が焦ったよ。相手は気付いてなさそうだったから良かったが。
男性は定時に鐘を鳴らす係だそうで、鳴らし終えて帰り支度をしていたところに俺たちが走ってやってきたから何事だと陰から見ていたらしかった。俺たちが鐘楼で魔法を使ったのでとても驚いたと話していた。魔法をちょこーっと使える人らしく、俺たちが何やらやって以降町の空気が改善されているのを肌で感じ取ったからこそわざわざ宿泊場所を調べて今に至るそうだ。
男性はこっちから何を言わずとも俺たちが町を救ったのだと正しく認識していた。
実は俺のことは銀髪だしスカイラー皇子に似ているとは思っていたそうだが、帽子を深く被っていたせいもあって確証は持てなかったらしい。ここで本当に皇子本人だと知り、周囲の目を考えずに床に平伏した時はマジで引いたなぁ。
うわースカイラー皇子が平民を虐げてるーとか勘違いされて悪目立ちするのは嫌なので早々に椅子に座ってもらったよ。あともう感極まって床とお友達はやめてねってやんわりと釘も刺しておいた。悪い噂にでもなれば冗談抜きに後々の憂いになりかねない。
話を戻すと、目撃者だって知って正直ギクリとした。
まさか小さな控え室があってそこから覗き見られていたとも知らずに、鐘楼の上だし地上からはどうせ見えないだろうと高を括って闇魔法を使っていたからな。
正体を知られているし、皇子が闇魔法を使っていたなんて噂にでもなれば外聞が悪い。必ずしも悪ってわけでもないが悪人の割合が多いせいか闇魔法使いへの世間の目は厳しい。
かくなる上は口封じするか?
だがどうやって?
記憶操作魔法はあるにはあるが、記憶がちぐはぐになり精神を壊したりと失敗リスクも高い。
……確実なのはこの世から目撃者を消すことだが、俺は俺だ。残酷を躊躇わなかった悪役皇子スカイラーじゃない。
くあーっこんなことなら指輪嵌めて水属性で魔法使えば良かったよ。属性変化の指輪をした状態の俺の魔法とブラッキーのとのコラボが果たして成功するかはまだ試していなかったが、仮に増幅成功しなくとも単に俺たちの労力が増えるだけで解除はできたろうからなあ。何にせよ詰めが甘かった。
そう一人悩む俺がぎゅっと眉間にしわを刻んだところで、男性役人は両目をやけに輝かせた。
『戸の隙間からでしたのでご活躍のほとんどは拝見できませんでしたが、お二人の魔法からはとても心地好い波動を感じました。因みに属性はどちらです? わたしは風属性なのですが……』
天は我らを見捨てなかった!
あ~、ほんっとバレていなくて良かったあぁ~~。俺は別に皇子って素性それ自体を隠すつもりはない。だがしかし、闇魔法を仕掛けた張本人なのだけは絶~っ対に隠し通さないとならない。さもなければ未来がない。
てなわけで胸を撫で下ろす俺は水、ブラッキーは光と答えた。たぶん同じ属性だったら光栄だと仄かな期待をしていた男性は少しがっかりしていた。
善良な市民ってのはきっとこういう人を言うんだろうな、と小さな笑みがこぼれたよ。
男性からは、明日広場の町民たちの前で是非この町に起きていた一連の異常についての説明をしてほしいと頼まれた。まあ俺たちはまさに解決した当人たちだからその頼みも妥当か。町長にも既に話を通してあるので後は俺たちの意思次第だとさ。実質これは仕事の依頼だな。
――だからこそ、元々スカイラーの仕事方面の調整役たるグリーンが俺に代わって詳しい話を聞いているってわけ。
この時期はゲーム内だと帝国各地から異常の報告がちらほら上がっていて、どこから優先的に対処すべきかの会議が連日皇帝と召集された大臣らで開かれているものの、帝都や大臣たちの暮らすその近隣地域がまだそこまで影響が出ていないのもあり、彼らはさほど深刻に捉えてはいないんだ。そんな風に杜撰と言うかユルユル~だからこそ悪役皇子スカイラーが好き勝手できたとも言える。
だがいくら魔法が得意とは言えホントによく一人で仕掛けたよな。ゲーム知識でも手下に任せたって設定はなかったからたったの一人で各地を回ったんだろう。それを想像すると微妙に切ない。
おっと、ぼんやりしているうちにグリーンが話を終えたようだ。
椅子を立った男性役人は俺に丁寧な挨拶をしてからブラッキーにも頭を下げて宿を後にした。
「で、どうなんだ?」
開口一番に俺が問えば、グリーンは俺と同じテーブルの椅子を引いて座ると、いつもゲーム内でしていたのと同じく落ち着いたトーンで明日の流れをわかりやすく説明してくれた。こういう時のグリーンはとても知的で頭脳明晰な男でしかなく魅力に溢れる。さすが帝都屈指の文官の鑑だと思う。見ているとこういうスカイラーと直接関係のない設定はブレないんだよな。
「話はわかった。しかし思ったんだが、俺が皆の前に出て鐘の件を説明する必要が本当にあると思うか? 町長に説明してやってそれを町長から伝えてもらっても同じだろうに。……自分でこう言うのもあれだが元凶なんだぞ? 不信感持たれて変に探られたりするリスクを負うのは御免だ」
後半は念のためテーブルに顔を寄せて声を下げた。
「私としてもその秘密は墓まで持っていくようヘマは致しません。けれども折角帝都を出てきたのですし、先の役人の方との話でこの私めは確信致しました。今回のことは各地でスカイラー様を売り込む絶好の機会だと」
「え……?」
「近い将来政敵たちを蹴散らすためにも、帝国内での味方をどんどん増やして参りましょう!」
「あー、なるほど」
スカイラーの政治基盤はまだ磐石とは言えないからな。
ラスボスになるまでには政敵たちを弱体化させたり葬ったりするんだが、間抜けにも俺はそこを考えていなかった。
本編だとあと半年足らずで帝国の権力をガッツリ掌握するスカイラーだが、もしもスカイラーとして俺が何もしないままなら、政敵たちはより力を付けてスカイラーを脅かすようになるんじゃないだろうか、とふと思った。
…………っ、うわあそうだって絶対そうなるじゃん~~~~っっ!
秘密裏に仕掛けを解除したらあとは自由で安泰のスカイラーライフを送ろう、なんて虫の良い話普通に考えてあるわけないよな。この世界は言うなれば戦国時代、国内国外問わず勢力図は日々動いて変化しているんだから。
大陸全土を見ても革命だの国主の首がすげ変わっただのと物騒なニュースも少なくなく、それが単なる一皇子の没落やら蒸発やら処刑なら、こっちにまで聞こえてこないだけでもっと事例は多いだろう。
マジで対策しないと終了じゃん俺~~~~っっ!
すると、最悪の結末を思い浮かべて顔を青くした俺を見つめたブラッキーが何故かふっと笑った。おい、敵の不幸は蜜の味か?
「安心しとけってスカイラー。この僕が付いてるんだからな。あんたの政敵なんて僕が皆殺しにしてやるよ」
皆殺しいいいっ!? 怖い怖い怖いっ! お前正義の爽やか主人公じゃなかったの!?
「あんたの命を狙う奴らを野放しにしておく道理なんてねえからな!」
「お前が一番だろっ」
「――っ、スカイラー! 僕が世界で一番あんたを愛してるってやっとわかってくれたのか!」
「アホか!」
ったくその発想もどうしてだ。お前が一番俺の命を狙っている奴だろって意味だってのに。まだ半信半疑は消えないからついうっかり口を突いて出ちゃっただろ。
「ええー、釣れない。まあじっくり行くからいいけどー。ところで僕もグリーンとは同意見だ。こいつと同じ結論なのは非常に気に食わないけど、スカイラー支持を増やしておくのは重要だと思う。そこんとこスカイラー自身はどう考えてるんだ?」
「私もスカイラー様のお考えを伺いたいですね」
ブラッキーとグリーンからじっと視線を向けられ返答を促され、俺は正直答えに詰まった。
政敵を追い落とす方法を俺は知らない。いや小説とかでは読んだことはあるが、実際に実行するのとは感覚が違うだろ。
何故なら、事によっては相手の息の根を止める、それがこの世界の常識に逸脱しないから恐ろしい。
前世は曲がりなりにも人命を尊重する法治国家で生きてきたからこそ、そりゃ確かに競争社会には理不尽もあったが他者の生命を奪おうなんて極論には思い至らなかった。
権力を握るために恣意的に誰かを殺すなんて俺には無理かもしれない。いや無理だ。
「俺は俺の権力維持のために、政敵を殺したくない。だが、黙って殺られるつもりもない。できるなら話し合いとか、平和的手段で解決できればと思う。生憎その良い方法はまだ浮かばないが……」
気付けば俯いて、両手で囲んだコップの水を眺めていた。
微かな波紋に揺れる水面にスカイラーの整い過ぎた神々しいかんばせが映り込む。あぁ、水に歪んだ顔も美しいってホント罪。
こんな美人がアイドルだったら沢山のファンが付いてさ、武道館ライブでも一緒に歌ってくれーって叫んだらファンの皆は喜んで唱和してくれるんだろうな。そんなテンション爆上がりで楽しくて、それと同時に最高に平和な光景を作ったんじゃないだろうか。
俺の言葉を聞いた二人はどこか困ったようにした。情けない男だと思われたのならこの世界の感覚じゃ本当にそうなんだから反論のしようもない。
「スカイラーって冷酷に見えて実は結構敵に甘いよな。優し過ぎとも言うけど。人は時にどこまでも冷酷で非情だったり卑怯になる必要があることもあるんだぜ」
「ブラッキーに同意です。ご意向はできる限り尊重しますけれど、スカイラー様に不利になるのでしたら、その時はこの私が刺し違えてでも政敵を葬ります」
「…………」
俺は目を見開いたまま視線を上げないでいた。二人の話に感動したわけでも感銘を受けたわけでもない。むしろ半分も聞いていなかった。
ちょおーっと待て、俺は今何を考えた?
――スカイラーがアイドルなら……?
そうだよ、アイドル的存在が帝国皇子でも良くないか?
創作物でも皆に憧れられる男キャラっているし、スカイラーならまずはこの外見でかなりの人気を博せるんじゃね? その次の段階で各地で起きている異常を無事解決したって実績をアピールして英雄イメージをぶち込んで更に支持層を増やしていけば、ウインク一つで人を動かせる……との極論までは言わないが円滑に人を動かして事を運べるようになれるんじゃないか?
果てはスカイラーの魔法の優秀さとも相まって次期皇帝つまり皇太子の座は約束されるのでは?
解除は結局のところ自作自演だが、利用しない手はない。
ふっ、お主も悪よのぅ~、なんて悪代官の台詞が脳裏に響いた。
悪役皇子になりたくないなんて言っておきながら、悪役と言うか悪党たる詐欺師になろうとしている俺に我ながら滑稽さを禁じ得ない。それでも俺はやる。芳しい結果にならなかったとしてもやるしかない。
謀略や暴力、足の引っ張り合いじゃなく、楽しくてキラキラして建設的な民意の誘導で権力を掌握できたら最高だろ?
誰に偽善とか男らしくないとか後ろ指を指されようと、このボーナス人生をとにかくエンジョイしたいんだよ俺は。
皇帝になることがリベンジにもなってスカイラーの本懐も遂げられるし、政敵に好き勝手させないことが直接的に俺の長生きにも繋がる。
「ふっふっふっふっ……だよな、ブラッキーの言うように、人間時に卑怯者になる必要もあるよな」
急に小刻みに肩を揺らして不穏な笑い声を立て始めた俺を、二人はやや怪訝そうにして黙って様子見する。
「よし、決めた。俺はアイドル皇子になる!」
「「あいどる……?」」
何だそれは、と二人は不可解そうにした。
地方にある町の一つだ。町並みには赤レンガの家々が建ち並び、町周辺には葡萄畑が広がっている。
そこはブラッキーが案じていたように空気が酷く淀んでいて、通りを行き交う住人たちは皆調子悪そうにしていた。気分に引きずられたのかもしれないが見上げた空もどことなくくすんでいた。
明らかに闇魔法の強い影響だってのは、空気中の魔力濃度が高いことから確実だ。
「うーん、確かに高めですねぇ……」
グリーンが手に持った測定器を睨みながら声を唸らせる。放射線量の測定器みたいな感じで、この世界には魔力量の測定器がある。因みに使用者に魔法能力の不要な魔法具だ。グリーンのような魔法の使えない人間は大体これを使う。
俺やブラッキーのように魔法を使う人間は魔力を感覚的に察知できるから持っていなくとも支障はない。とは言え大体の濃さであってさすがに測定器のように細かい数値までをピタリと当てるなんて芸当は無理だと思うが、即座に危険かそうでないかの判断がつけば十分だろう。
「とりあえず、町での情報収集と行くか。生憎とこの町のことは思い出せないからな。手間を増やして悪いな二人共」
実のところ、ここはゲームじゃ出てこない、主人公が解決したと言及だけしていた端折られた町の一つだ。
故に俺にも情報が皆無でスカイラーの仕掛けを一から探さないとならない。二人は俺が頭を打って記憶が不安定だと信じてくれているからか提案に反対はされなかった。勿論文句も言わない。こいつらって結構優しいよな。
「まっでも魔力が濃くなる方向に行けば、あっさり見つかるんじゃねえのー?」
呑気そうに両手を頭の後ろで組んで歩くブラッキーが軽く言って周囲をぐるりと見回した。
「ンー……同じ濃度っ。こりゃやっぱ地道に聞き込みだな!」
へへっと明るく楽観的に笑い飛ばしたブラッキーと同じ結論に至っていた俺は「そうだな」と小さく溜息をついた。多少の骨は折れるだろうがそれほど大きな町じゃなくて助かったよ。慎重に調べていけば必ずヒントは見つかるだろう。
スカイラー様の懐のおかげで高いテレポート魔法具だって余裕で使えて、高速交通機関も我が物顔の一等車両を使用し急ぎこの町までやってきた俺たち。
そういう便利アイテムを駆使してもこの町は帝都からは相当離れているため、地下墓所から出た足で夜の帝都を離れてから到着したのは何だかんだで翌々日の昼過ぎだった。
補足しておくと、ひとっ飛び~で行きたかったのはやまやまだがテレポート魔法具には飛べる距離に限界があるんだよ。ただどこにいても使えるのは便利ではある。……使用後は乗り物酔いみたいになるから連続使用は控えたが。
ラーンダムの道端には昼休憩に外に出てきた仕事人たちが多くいて、聞き込みをするとほとんど全員が体がダルいと証言。それでもまだ自分たちはどうにか動ける方で、買い物やら仕事をして帰って臥せってしまっている家族を世話していると、そんな苦労話をした。かなり深刻な状況だな。
ただなあ、夕暮れ間近になっても誰からも闇魔法に関係していそうな具体的証言は得られなかった。
お手上げだ。正直地下墓所みたいにすんなり解決できるかもとどこか楽観的に思っていた俺は、この町の隅から隅までを探るしかないのかと落胆さえ覚えた。だって省エネで済む方が嬉しいじゃん?
しかぁーし、だ。
その時、町の時報の鐘が鳴ったんだ。
町の広場に併設されている鐘楼のその鐘は、朝と昼と夕の一日三度鳴り、主に役所のための始業の鐘、昼休憩の鐘、そして終業の鐘だそうだ。聞き込み中にした世間話からそれを知った。
結論から言うと、幸いにも仕掛けは訪れたこの日のうちに解除できた。
スカイラーの闇魔法は鐘に密かに施されていて、時報の鐘音が鳴る度に音波に乗って悪い影響が町全体に拡がり、尚且つ少しずつ少しずつ蓄積されていき人々の体を蝕んでいたようだ。
鐘音を聞いた直後、俺はブラッキーと顔を見合わせ頷くと即座に鐘楼へと向かった。
グリーンは急に走り出した俺たちを目を白黒させながら追いかけてきたっけ。その場で説明しなくて悪かったかな。
鐘楼の鐘は現役で使用されていて、古い墓石のように粉々にしてハイお終いと言うわけにはいかなかった。暮らしに支障が出かねない以上、なるべく壊さない方向で解除を検討した方が良さそうだ。
「町にあんな具体的な影響が出てんのに、まだ他の仕掛けとリンクしてなかったのは幸運だよな」
鐘楼下から鐘を見上げてホッとしてみせるブラッキーに頷きながら、俺は施された闇魔法を少しずつ分解する感じで、その魔力を吸い取ったり相殺したりする手法を提案した。
「おう、それで行こう! 最善だな。てっきりまた派手にぶっ壊すつもりなのかと思ってたから、どうやって思い止まるよう説得しようかって考えてたとこだった」
俺同様町への被害を考慮していたらしい心優しきブラッキー様は止める面倒がなくて良かったなんてズケズケと言った。いちいち相手にしている暇はないから流したが。おい切なそうな顔すんなって……。
思考を切り替えてグリーンにも手短かに説明してから三人でこっそり鐘楼に上がった。
解除は決して難しくはなかった。
先の地下墓所で偶然にも編み出した俺とブラッキーの合わせ技は、互いの繰り出す魔法技が変わっても威力が増幅されるのは変わらずだったおかげだ。
ヒャッハー悪役と主役のまさかの最強タッグは継続中っ。
俺は闇魔法で魔力吸収魔法を、ブラッキーは光魔法で相殺魔法を行使。俺たちの魔法同士で打ち消し合う無駄もなく鐘の闇魔法は綺麗さっぱり無くなった。
見た目には変化はなかったが大元の魔法が消失したからか、町の空気からは夜が訪れる頃にはもう重苦しさは抜けていた。
とは言え、翌日朝の鐘が鳴った時が解除完了の最終的な確認となる。闇魔法の仕掛けの存在なんて住人は知らないから、騒ぎを避けるためにも下手に変な時間に鳴らせないもんな。
そんなわけで、俺たちはラーンダムでの一泊を余儀なくされた。
ラーンダムには素朴な宿しかなかったからとりあえずは三部屋、一番ランクの高い部屋を案内してもらったよ。
大部屋一つで良いと主張したグリーンとブラッキーを押し退けて俺は三部屋にしたが、ワイン製造の繁忙期だったなら部屋を三つも取れなかっただろうって宿の主人からは苦笑されたっけ。町の周辺にはどこまでも葡萄畑が広がっていたから予想はしていたが、この町はワインが名産なんだそうだ。銘柄を聞いてゲーム内の酒場や商店の品物リストにあったのを思い出したよ。魔力回復アイテムの一つだった。なるほどここから出荷されていたのか。
因みにブラッキーは律儀に自分の宿代や交通費は出している。今夜の部屋のランクも俺たちのに合わせてきたから同じフロアになった。十分な金があると言っていたのは嘘じゃないようだ。……って何で俺がブラッキーの懐事情を心配しているんだか。
「さっきの魔法合わせ技を見て確信したよ。墓所でのあれは偶然でも何でもなかったんだってさ。すっげえ不思議だよな。スカイラーもそう思うだろ?」
「まあ、多少は」
「はあ? 多少? 案外あんたって大雑把」
「失礼な。お前が見た目によらず細かいんだよ」
「ひでー、見た目は余計だよ」
そう、細かい。グリーンが生活全般にそうならこのブラッキーは魔法全般に。
宿の共同食堂で夕食を摂りながら、ブラッキーはさっきから一人でとても不思議がっていた。少なくとも偶然の増幅作用じゃなかったとわかったからだろう。彼の知る魔法理論的には説明がつかないそうだ。
明るいが根っこは真面目でもあるゲーム本編のキャラとは異なり、この世界の実物には陽気にへらへらしているイメージしか最早ないブラッキー・ホワイトホールは、案外秀才肌で魔法理論にやけに詳しい。
……時々いるよな、馬鹿そに見えて運動も勉強もその他もそつなくこなす奴。何かジェラシーだ。
ブラッキーはコアな部分じゃ深く突き詰める学者気質なのか結構真剣に考え込んでもいたから、悩んだって仕方がないだろうとも言っておいた。俺たちが単に知らないだけで世界の理は元々そうなっているのかもしれないだろってな。
「ここであーだこーだ考えても答えが出るわけじゃない。どうせこの先俺たちは旅の終わりまで何度と合わせ技をやってのけるんだ。それらの実際のデータから逆に理論を構築してみたらいいじゃないか。俺もそこの検証に協力するくらいは手間でも何でもない」
仕掛け全部をより楽に片付けられればそれでいいからな。
それに、この解除旅が終わればブラッキーとタッグを組むことはないだろうし、危険な天敵と顔を付き合わせているのも今だけだ。金銭としての報酬は要らないと言われたから、それが報酬代わりでも別にいいだろ。
「んー、だよなぁ」
ブラッキーも徒に悩んだところで埒が明かないとは感じていたのか、一先ずは眉間を開いて食事の手を進めた。
「なあブラッキー、折角なんだし名産品のワインは飲まないのか?」
「土産には買うけど、今僕が飲んだらスカイラーだって飲みたくなるだろ? だから飲まない」
「え、俺? 何で。遠慮せず飲めよ」
「……」
ブラッキーはじっと俺を見つめて物言いたそうにした。俺は内心首を傾げるしかない。
「とーにかっく今は飲まないっ」
「……子供みたいだな」
「なら子守りしてくれる? 今夜僕のベッドで子守唄歌ってよ。子供の頃ちょっと呪い掛けられた後遺症で、小さい子みたいに体温高いからぬくぬくできちゃうぜ?」
「いやぬくぬくってコタツかっ……て、んえ? ののの呪い!?」
何さらっと言ってんの!? この世界の呪いって藁人形と釘で深夜にカーンカーンとかじゃなく、例えば蛙にされたりするようなバリバリの魔法だろ。絶対それちょっとじゃない!
「ま、まさか魔法で何かにされたのか?」
「……」
ブラッキーは静かににこりとしただけだ。マルかバツかわからんっ。
「聞かない方がいいよ。スカイラー泣いちゃうから」
「え、どういう意味?」
もしやスカイラーが呪った? うーんいや違うか。それこそ子供時代になんて接点はないはずだしな。……上手く魔法を使いこなせるようになるまでスカイラーは宮殿から出られなかった。皇帝の血を引く者として大人しく箱庭で飼い殺されていたから平民出身のこいつに会うわけがない。きっと揶揄われたんだな。
俺はハァーと溜息を落とすと俺の料理の皿から唐揚げに似た大きめの鶏肉の揚げ物を一つ取り、ブラッキーの口に押し込んでやった。
「阿保なこと言ってないでしっかり栄養を摂れ、育ち盛りのお子ちゃまブラッキー君なんだろ?」
大きく両目を見開きパチパチとさせた後ふごふごと食べ物で塞がれた口を動かして、ブラッキーは憤るでもなくむしろ満足して嬉しそうに目を細めた。何だ餌付けは有効なのか。大人しくなってこれ幸いと俺は俺で箸を進める。箸とは言ったが実際は二つ又のフォークだが。
他方、グリーンはその間ラーンダムの役人だと言う中年男性と隣りのテーブルで話をしていた。時折りちらちらと俺たちの方を見るから相手の話に集中しろと俺の方が焦ったよ。相手は気付いてなさそうだったから良かったが。
男性は定時に鐘を鳴らす係だそうで、鳴らし終えて帰り支度をしていたところに俺たちが走ってやってきたから何事だと陰から見ていたらしかった。俺たちが鐘楼で魔法を使ったのでとても驚いたと話していた。魔法をちょこーっと使える人らしく、俺たちが何やらやって以降町の空気が改善されているのを肌で感じ取ったからこそわざわざ宿泊場所を調べて今に至るそうだ。
男性はこっちから何を言わずとも俺たちが町を救ったのだと正しく認識していた。
実は俺のことは銀髪だしスカイラー皇子に似ているとは思っていたそうだが、帽子を深く被っていたせいもあって確証は持てなかったらしい。ここで本当に皇子本人だと知り、周囲の目を考えずに床に平伏した時はマジで引いたなぁ。
うわースカイラー皇子が平民を虐げてるーとか勘違いされて悪目立ちするのは嫌なので早々に椅子に座ってもらったよ。あともう感極まって床とお友達はやめてねってやんわりと釘も刺しておいた。悪い噂にでもなれば冗談抜きに後々の憂いになりかねない。
話を戻すと、目撃者だって知って正直ギクリとした。
まさか小さな控え室があってそこから覗き見られていたとも知らずに、鐘楼の上だし地上からはどうせ見えないだろうと高を括って闇魔法を使っていたからな。
正体を知られているし、皇子が闇魔法を使っていたなんて噂にでもなれば外聞が悪い。必ずしも悪ってわけでもないが悪人の割合が多いせいか闇魔法使いへの世間の目は厳しい。
かくなる上は口封じするか?
だがどうやって?
記憶操作魔法はあるにはあるが、記憶がちぐはぐになり精神を壊したりと失敗リスクも高い。
……確実なのはこの世から目撃者を消すことだが、俺は俺だ。残酷を躊躇わなかった悪役皇子スカイラーじゃない。
くあーっこんなことなら指輪嵌めて水属性で魔法使えば良かったよ。属性変化の指輪をした状態の俺の魔法とブラッキーのとのコラボが果たして成功するかはまだ試していなかったが、仮に増幅成功しなくとも単に俺たちの労力が増えるだけで解除はできたろうからなあ。何にせよ詰めが甘かった。
そう一人悩む俺がぎゅっと眉間にしわを刻んだところで、男性役人は両目をやけに輝かせた。
『戸の隙間からでしたのでご活躍のほとんどは拝見できませんでしたが、お二人の魔法からはとても心地好い波動を感じました。因みに属性はどちらです? わたしは風属性なのですが……』
天は我らを見捨てなかった!
あ~、ほんっとバレていなくて良かったあぁ~~。俺は別に皇子って素性それ自体を隠すつもりはない。だがしかし、闇魔法を仕掛けた張本人なのだけは絶~っ対に隠し通さないとならない。さもなければ未来がない。
てなわけで胸を撫で下ろす俺は水、ブラッキーは光と答えた。たぶん同じ属性だったら光栄だと仄かな期待をしていた男性は少しがっかりしていた。
善良な市民ってのはきっとこういう人を言うんだろうな、と小さな笑みがこぼれたよ。
男性からは、明日広場の町民たちの前で是非この町に起きていた一連の異常についての説明をしてほしいと頼まれた。まあ俺たちはまさに解決した当人たちだからその頼みも妥当か。町長にも既に話を通してあるので後は俺たちの意思次第だとさ。実質これは仕事の依頼だな。
――だからこそ、元々スカイラーの仕事方面の調整役たるグリーンが俺に代わって詳しい話を聞いているってわけ。
この時期はゲーム内だと帝国各地から異常の報告がちらほら上がっていて、どこから優先的に対処すべきかの会議が連日皇帝と召集された大臣らで開かれているものの、帝都や大臣たちの暮らすその近隣地域がまだそこまで影響が出ていないのもあり、彼らはさほど深刻に捉えてはいないんだ。そんな風に杜撰と言うかユルユル~だからこそ悪役皇子スカイラーが好き勝手できたとも言える。
だがいくら魔法が得意とは言えホントによく一人で仕掛けたよな。ゲーム知識でも手下に任せたって設定はなかったからたったの一人で各地を回ったんだろう。それを想像すると微妙に切ない。
おっと、ぼんやりしているうちにグリーンが話を終えたようだ。
椅子を立った男性役人は俺に丁寧な挨拶をしてからブラッキーにも頭を下げて宿を後にした。
「で、どうなんだ?」
開口一番に俺が問えば、グリーンは俺と同じテーブルの椅子を引いて座ると、いつもゲーム内でしていたのと同じく落ち着いたトーンで明日の流れをわかりやすく説明してくれた。こういう時のグリーンはとても知的で頭脳明晰な男でしかなく魅力に溢れる。さすが帝都屈指の文官の鑑だと思う。見ているとこういうスカイラーと直接関係のない設定はブレないんだよな。
「話はわかった。しかし思ったんだが、俺が皆の前に出て鐘の件を説明する必要が本当にあると思うか? 町長に説明してやってそれを町長から伝えてもらっても同じだろうに。……自分でこう言うのもあれだが元凶なんだぞ? 不信感持たれて変に探られたりするリスクを負うのは御免だ」
後半は念のためテーブルに顔を寄せて声を下げた。
「私としてもその秘密は墓まで持っていくようヘマは致しません。けれども折角帝都を出てきたのですし、先の役人の方との話でこの私めは確信致しました。今回のことは各地でスカイラー様を売り込む絶好の機会だと」
「え……?」
「近い将来政敵たちを蹴散らすためにも、帝国内での味方をどんどん増やして参りましょう!」
「あー、なるほど」
スカイラーの政治基盤はまだ磐石とは言えないからな。
ラスボスになるまでには政敵たちを弱体化させたり葬ったりするんだが、間抜けにも俺はそこを考えていなかった。
本編だとあと半年足らずで帝国の権力をガッツリ掌握するスカイラーだが、もしもスカイラーとして俺が何もしないままなら、政敵たちはより力を付けてスカイラーを脅かすようになるんじゃないだろうか、とふと思った。
…………っ、うわあそうだって絶対そうなるじゃん~~~~っっ!
秘密裏に仕掛けを解除したらあとは自由で安泰のスカイラーライフを送ろう、なんて虫の良い話普通に考えてあるわけないよな。この世界は言うなれば戦国時代、国内国外問わず勢力図は日々動いて変化しているんだから。
大陸全土を見ても革命だの国主の首がすげ変わっただのと物騒なニュースも少なくなく、それが単なる一皇子の没落やら蒸発やら処刑なら、こっちにまで聞こえてこないだけでもっと事例は多いだろう。
マジで対策しないと終了じゃん俺~~~~っっ!
すると、最悪の結末を思い浮かべて顔を青くした俺を見つめたブラッキーが何故かふっと笑った。おい、敵の不幸は蜜の味か?
「安心しとけってスカイラー。この僕が付いてるんだからな。あんたの政敵なんて僕が皆殺しにしてやるよ」
皆殺しいいいっ!? 怖い怖い怖いっ! お前正義の爽やか主人公じゃなかったの!?
「あんたの命を狙う奴らを野放しにしておく道理なんてねえからな!」
「お前が一番だろっ」
「――っ、スカイラー! 僕が世界で一番あんたを愛してるってやっとわかってくれたのか!」
「アホか!」
ったくその発想もどうしてだ。お前が一番俺の命を狙っている奴だろって意味だってのに。まだ半信半疑は消えないからついうっかり口を突いて出ちゃっただろ。
「ええー、釣れない。まあじっくり行くからいいけどー。ところで僕もグリーンとは同意見だ。こいつと同じ結論なのは非常に気に食わないけど、スカイラー支持を増やしておくのは重要だと思う。そこんとこスカイラー自身はどう考えてるんだ?」
「私もスカイラー様のお考えを伺いたいですね」
ブラッキーとグリーンからじっと視線を向けられ返答を促され、俺は正直答えに詰まった。
政敵を追い落とす方法を俺は知らない。いや小説とかでは読んだことはあるが、実際に実行するのとは感覚が違うだろ。
何故なら、事によっては相手の息の根を止める、それがこの世界の常識に逸脱しないから恐ろしい。
前世は曲がりなりにも人命を尊重する法治国家で生きてきたからこそ、そりゃ確かに競争社会には理不尽もあったが他者の生命を奪おうなんて極論には思い至らなかった。
権力を握るために恣意的に誰かを殺すなんて俺には無理かもしれない。いや無理だ。
「俺は俺の権力維持のために、政敵を殺したくない。だが、黙って殺られるつもりもない。できるなら話し合いとか、平和的手段で解決できればと思う。生憎その良い方法はまだ浮かばないが……」
気付けば俯いて、両手で囲んだコップの水を眺めていた。
微かな波紋に揺れる水面にスカイラーの整い過ぎた神々しいかんばせが映り込む。あぁ、水に歪んだ顔も美しいってホント罪。
こんな美人がアイドルだったら沢山のファンが付いてさ、武道館ライブでも一緒に歌ってくれーって叫んだらファンの皆は喜んで唱和してくれるんだろうな。そんなテンション爆上がりで楽しくて、それと同時に最高に平和な光景を作ったんじゃないだろうか。
俺の言葉を聞いた二人はどこか困ったようにした。情けない男だと思われたのならこの世界の感覚じゃ本当にそうなんだから反論のしようもない。
「スカイラーって冷酷に見えて実は結構敵に甘いよな。優し過ぎとも言うけど。人は時にどこまでも冷酷で非情だったり卑怯になる必要があることもあるんだぜ」
「ブラッキーに同意です。ご意向はできる限り尊重しますけれど、スカイラー様に不利になるのでしたら、その時はこの私が刺し違えてでも政敵を葬ります」
「…………」
俺は目を見開いたまま視線を上げないでいた。二人の話に感動したわけでも感銘を受けたわけでもない。むしろ半分も聞いていなかった。
ちょおーっと待て、俺は今何を考えた?
――スカイラーがアイドルなら……?
そうだよ、アイドル的存在が帝国皇子でも良くないか?
創作物でも皆に憧れられる男キャラっているし、スカイラーならまずはこの外見でかなりの人気を博せるんじゃね? その次の段階で各地で起きている異常を無事解決したって実績をアピールして英雄イメージをぶち込んで更に支持層を増やしていけば、ウインク一つで人を動かせる……との極論までは言わないが円滑に人を動かして事を運べるようになれるんじゃないか?
果てはスカイラーの魔法の優秀さとも相まって次期皇帝つまり皇太子の座は約束されるのでは?
解除は結局のところ自作自演だが、利用しない手はない。
ふっ、お主も悪よのぅ~、なんて悪代官の台詞が脳裏に響いた。
悪役皇子になりたくないなんて言っておきながら、悪役と言うか悪党たる詐欺師になろうとしている俺に我ながら滑稽さを禁じ得ない。それでも俺はやる。芳しい結果にならなかったとしてもやるしかない。
謀略や暴力、足の引っ張り合いじゃなく、楽しくてキラキラして建設的な民意の誘導で権力を掌握できたら最高だろ?
誰に偽善とか男らしくないとか後ろ指を指されようと、このボーナス人生をとにかくエンジョイしたいんだよ俺は。
皇帝になることがリベンジにもなってスカイラーの本懐も遂げられるし、政敵に好き勝手させないことが直接的に俺の長生きにも繋がる。
「ふっふっふっふっ……だよな、ブラッキーの言うように、人間時に卑怯者になる必要もあるよな」
急に小刻みに肩を揺らして不穏な笑い声を立て始めた俺を、二人はやや怪訝そうにして黙って様子見する。
「よし、決めた。俺はアイドル皇子になる!」
「「あいどる……?」」
何だそれは、と二人は不可解そうにした。
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