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8 予期せぬ遭遇者は性悪異母兄
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異母兄アレクサンダーと言えば超絶脇役だったがゲームでも登場していて、よりにもよってスカイラーではなくプレイヤーつまり主人公に嫌味を言うだけの無意味な存在だった。
ああいや無意味でもないか、帝都での奴との会話がレアアイテムの隠し場所へのルート出現になっていたな確か。アイテムが欲しけりゃわざわざ見つけて話しかけないとならないって七面倒臭い手間を必要としたっけ。獲得しておくとパーティーメンバー全員のステータスが上がって後々楽にゲームを進められるから探して話しかけた記憶があるな。
なーんて言ってもこの現実には一切関係なさそうだが。別にアレクサンダーがいなくとも俺は隠しアイテムの場所を知っているからな。必要なら取りに行くだけだ。
一方、機嫌が駄々下がりになったのは俺だけじゃなかったらしい。
「スカイラー様、荷物に塩か唐辛子の粉はありませんか?」
グリーンが低い声を出す。犬猿の仲のブラッキー相手にでさえこうも低くはなかったと思う。昔から彼の母親の関係でよく宮殿に来ていた古参とも言えるグリーンは、アレクサンダーの本性をよくよくわかっているからそうなるのは当然か。
「何しに来た、あいつ……」
ん? ブラッキーまで?
まあアレクサンダーも皇子だしブラッキーも一国民として顔を知っていても何らおかしくはない…………が、殺意バリバリ殺気もビンビンなんですけどぉ~?
アレクサンダーと何かあったんだろうか。
よくわからないが、厄介者とは関わらないのが精神衛生上◎だろ。
そんなわけで向こうに悟られないうちに回れ右をしようとした矢先だ。
「ああっ、そこにいるのはスカイラーじゃないか~!」
チッ、気付かれた。
「これはこれはアレクサンダー兄上。お元気そうで」
俺は反転しかけていた体の角度をわざとゆ~っくり戻すと、ゲーム定番のスカイラースマイル全開にした。つまりは冷笑を。
ああいや、待てよ。
通行人がいる前で下手にイメージダウンに繋がるようなことは避けたい。ならこっちかと俺は秒で笑顔の質を変える。今度はアイドル皇子スマイルに。
きっと初めて見るんだろうスカイラーの煌めく微笑みに、アレクサンダーの取り巻きのほとんどと何故か奴自身も表情が弛んでごくりと喉を鳴らした。
唇を引き結び唯一にこりともしなかったのは一団の中の褐色肌の眼鏡の男だ。
深くローブのフードを被っていて辛うじて眼鏡着用くらいはわかるが人相はよくわからない。……だが、なーんか既視感が。
うーんまあ余計な詮索はいいか。実質「俺」としてはアレクサンダーと初対面だ。果たして無難にあしらえるだろうか。
何しろこいつはスカイラーの最大の政敵なんだ。
近頃の俺の人気っぷりは向こうにだって届いているはずで、苦々しく感じているだろう。何かしら足を引っ張ろうと仕掛けてくるに違いない。
「何て奇遇なんだろうねえ。数か月ぶりに弟の顔を見られてとても嬉しいよ。ある日急に帝都を飛び出して暫くどこに行ったのかと思えば、各地からちらほらと君の噂が聞こえてくるじゃないか。無事なのがわかって安心したけれど、行方がわからなかった時は悲しくて毎日泣き濡れて過ごしたんだよ~?」
あ、へえ~。軽いジョークだよな。或いは奴なりの社交辞令か。
スカイラーと同じく皇帝の銀髪と青い目を受け継ぐ異母兄アレクサンダーは台詞内容とは裏腹に、上機嫌そうにからからとして口元に浅い笑みを浮かべながらこっちにやってくる。
スカイラーと同じくらいに伸ばされた長髪が背中でさらさらと左右に揺れる。邪魔そう……。俺はもう結ばないといちいちバサバサして落ち着かないよ。
中背で細身で吊り目がちで、一見すると狡賢い狐っぽい。男にしては小柄な方で顔も24歳にしては童顔だし、言い方を変えれば小悪魔系とも言える。前世じゃゲームをプレイした一部界隈には猛烈に脇キャラのくせにモテていた。
それと、髪と目の色がどちらも皇帝と一緒なのは皇帝の子の中でもスカイラーとこのアレクサンダーのみで、見た目だけでも正統な血筋とわかり、歴代皇帝たちと同じくより跡継ぎに相応しい容姿とされる。
だからこそこいつの母親――正室つまり皇后はスカイラーをとりわけ警戒し邪魔者扱いした。身分は低かったのに皇帝の寵愛を受けたスカイラーの母親の優れた容姿をスカイラーが受け継いだのも嫌悪した理由だ。見るとあの女を思い出すとかそんなような勝手な理由で。
皇帝は女好きで、寵愛されたのは決して一人じゃなかったのに皇后はスカイラーの母親にやけに嫉妬して執拗にいびっていたようだ。
女親の影響でその息子は相手の息子、スカイラーに敵意を向けるようになって、両者間の対立そのままに現在に至る。
正直、アレクサンダーと帝都以外の場所で会うとは微塵も思わなかった。身の安全も含め政治的基盤の強い帝都からは出ないと思っていたからな。
大体にして、もしゲーム内の他のキャラと顔を合わせるとすれば、こいつよりも先にブラッキーの本来の旅の仲間だろうと思っていた。
そいつらとまだ一度も会っていないのは些か不思議ではあるが、機会があれば会えるだろう。
以前ブラッキーにさりげなく聞いたら、俺と旅をするまでは本来の仲間たちと各地を回っていたそうだから、仲間を作らなかったわけじゃないとわかってホッとしたよ。敢えて仲間の存在を確認したのはゲームと異なる部分のあるこの世界だから万一と言うこともあるだろ。ま、杞憂だったが。
件の仲間たちはブラッキーとは別行動で各地の異変を解決して回っているそうだ。幾らかこっちの手間が省けてラッキー展開だよな。感謝!
改めて、俺は内心嘆息して異母兄アレクサンダーを見やる。
今朝見た夢の影響とゲーム内の性悪キャラってイメージが先行して、ほとんどこの世界での実物を知らないとは言え関わりたくない人物トップ5には入る相手だ。無論不動のNo.1はブラッキ~。
よし、とっととこの会話を切り上げるか。
「兄上には心配を掛けて心苦しく思う。その気遣いに感謝する」
「……え、私に?」
うん? アレクサンダーは何をビックリしているんだ? こんなの社交辞令だろ。見ればグリーンも戸惑いを浮かべていた。
あ……もしや、ここは一切スルーとかやっぱ冷笑が正解だったのか?
ブラッキーに対しても以前のスカイラーとは異なる態度で接して戸惑われたし、アレクサンダーについても目先だけを考えた俺は逆に下手を打ってしまったのかも。
あー、ふぅー、うん、さっさとさよならしよ。
「兄上、急ぐので俺たちはこれで」
「えっそれはないよ~スカイラー。この広大な帝国の中で奇跡的にも会えたんだよ。同じ街にいてもタイミング一つ違えば会えなかっただろうし、そこをこうしてバッタリ会えたなんて、やはり私たちの間には何人も入れない血の絆があるんだよ。折角会えたんだし赤の他人とよりも兄弟水入らずでもう少し共に過ごさないかい?」
うん? 兄弟水入らずのとこをやけに強調したな。
その際の異母兄の視線の先にはグリーンがいた。
「それにさあ、私に心苦しく感じてくれてたなら、その埋め合わせは必須だろう?」
「そうか?」
「そ、う、な、の!」
ここで兄とは言え政敵からいきなり腕に腕を絡めてこられて俺は危うく頬が引き攣りそうになった。どうにか動かさずに耐えたが一体どういうつもりだよ。
「なっ、スカイラー様から離れて下さいっ!」
内心困惑している俺の前ではグリーンは明らかに憤り、ブラッキーは無言のまま目付きを鋭くした。当のアレクサンダーはにっこにこだ。
マジで何だこの状況は。俺は腕を振り払った方がいいんだろうか。しかし冷笑や会話だけとは異なりさすがにそこまでするには衆目があり過ぎる。
いや、日和るな気をしっかり持て俺。
ここで敵と馴れ合ってどうする。多少冷たいと言われようがイメージダウンしようがビシッと距離を置いておくのが正解じゃないのか?
「兄上、俺にも予定がある」
「予定、ねえ。それは私の頼みよりも優先することなのかい?」
「……兄上、放してくれ」
明確な肯定はないが、俺の返答は明確だ。過去に色々とスカイラーにやらかしておいて今更こいつは何を期待しているんだかな。
「フフフッフフ、案の定だけれど君はいつもこうだよね。冷淡だ。他人行儀だし突き放してくるし、いつも、いつも……っ、挙句の果ては畜生よりも下ときた……!」
は? 何だ? 畜生ってまさかグリーンのことじゃないだろうな? 睨んでいたし。いくら気に食わない相手だからってさすがにその扱いは可哀想だろ。
俺の腕をより自分に引き寄せて抱き込むアレクサンダーは目付きを仄暗いものにしたが、その負の感情はどうも俺に向けられてはいない。
向けられたのは……かーっ、やっぱりグリーンじゃん!
「メテオ! そいつを先に連れて行き物置にでも放り込んでおけ!」
え、メテオ?
確かゲームではメテオじゃなくて……。
一団の中から一つの人影が飛び出して、それは間抜けにも状況を忘れかけた俺の横を素早く駆け抜けるやグリーンへと襲い掛かった。
さっき俺に無反応だった褐色肌の大柄な男で、すぐ脇を過ぎる際、俺は風圧でフードの外れた面とそいつの袖から覗いたものに気を取られた。
だってそいつは薄々予感はしていたが正式なゲームの登場キャラだった。
「メテオロス……?」
主人公が戦う敵キャラの一人だ。
俺に引っ付いていたアレクサンダーにも聞こえなかった俺の小さな小さな呟きを聞き取ったのか、メテオことメテオロスが一瞬目を見開いてレンズの奥から睨んできた。銀縁眼鏡の端がキラリと光る。気安く名前を呼ぶなってか? それともどうして名前を知っている、とか?
褐色の肌と黒髪なのもあって際立つ白目のその中央に、あたかも丁寧に嵌め込まれた宝石のような深い紫の瞳が印象的だった。
更に、ゆったりした仕様の服なのか、はためいた袖から垣間見えたメテオロスの手首の外側にはタトゥーがあって、それは見覚えのあるデザインだった。
――酒瓶に絡み付く蛇。
褐色の肌に滲まずくっきり黒々とそれは俺の目に映った。
帝国の裏社会に巣喰っているとあるギャング団の証だ。メンバーなら入団時の決まりで例外なく体のどこかにそのタトゥーを刻まれる。
俺は危うく、思考だけじゃない全身までが凍り付きそうだった。
何故なら、ゲーム内でグリーンを殺した犯人にはそれと同じタトゥーがある。
ま、さか……犯人じゃ……っていやいや待て待て、メテオロスはゲームではグリーンが死ぬより前に悪党として主人公に成敗されるはずだから犯人にはなり得ない。生き返るなら別だが。
「ひぇっんなななっ何を!? 誰ですかあなたっ!? 放して下さいよー!」
「グリーン!」
俺がハッと我に返った時には既にグリーンはメテオロスの肩に抱え上げられていて、止める間もなくとんでもない速さでどこかへと連れ去られていく。体格からして標準以上の脚力はあるだろうが、おそらく魔法で強化されてもいるんだろう。普通の人間には追い付けない速度を出している。
「グリーン! おい待て!」
「私との話は終わってないよスカイラー!」
反射的に駆け出そうとするも、アレクサンダーが両腕を俺の胴に回して強く引き止めてきた。
「兄上放せ」
努めて焦りと怒りを押し殺して低い声で促せば、アレクサンダーはこっちを煽るように唇に嘲笑を浮かべた。
「スカイラー、落ち着きなよ。君のあの貧相な召使いを返してほしければ、私と一緒に来るんだよ。素直にそうするなら彼の命は保証する。さあどうする~?」
ははっ、性悪キャラはブレないらしい。昔はひたすら直情径行なジャイアン気質だったのが成長してこうも卑劣で狡猾になったもんだ。
全く、こっちの答えなんてわかり切っているだろうにな。
グリーンじゃメテオロスには太刀打ちできない。
これがブラッキーだったならメテオロスも返り討ちに遭うとこだろうが、生憎と攫われたのはグリーン姫。俺は何としても助けに行かないとならない。
「まあ嫌なら来なくてもいいよ? ただしその場合彼を捨てたことになるけれどね。ふふっ私も鬼じゃあないし、たとえそうなっても彼には新しい主人を紹介してあげるから心配しなくていいよ。献身的で有能な秘書を欲している貴族たちは案外多いんだ。勿論昼間だけじゃない献身で、ね」
「……無駄な喋りはいい。どこにでも行ってやるからさっさと案内しろ」
いつにない俺の硬い声に、アレクサンダーは「わあこわ~い」とおどけた。ムっっっカつくなおいっ。
一方、グリーンの安否なんてそもそもはなから端からどうでもいいんだろう傍観者ブラッキーは、意外にも二人の消えた方を思案顔で暫し見つめていた。
「ブラッキー、悪いが当初の予定は変更だ。俺は兄上と行くがお前はどうする?」
言うなればこれは身内のいざこざだしこいつまで一緒に来る必要はない。異母兄の思惑もわからない以上他人のこいつを危険に巻き込むのは気が引ける。それにこの先への保険として主人公たるこいつは自由に動けた方が良い。万一俺もこいつも共倒れになったら仕掛けは確実に暴走してこの国はジ・エンドだ。
これまでの旅だけでも直に接して関わってきた沢山の人々を知ったからこそ、この国の無辜の民を苦しめたくはない。
元々ブラッキーとは乗り合い馬車みたいな関係だ。行き先が同じで仲間意識を持っただけ。ある日向こうが降りるなら笑顔で見送るつもりだったしな。
「はあぁ傷付くなあ、スカイラーの相っ変わらずいけずぅ。別行動なんてするかって~。ここはさあ、お前も俺に付いてこいって亭主関白に居丈高に言い放つのが筋だろー」
「いやいやどの筋?」
俺の言葉にブラッキーは拗ねたように眉と目を寄せた。
「あんたってホント冷たいよな、裸を見せた僕とあんたの仲なのに」
「おいこら誤解を招く発言をするんじゃないっ。俺のは見せてないだろっ」
ベッドでこいつが勝手に脱いだだけだ。
「はっ裸!? 兄の私を差し置いてよくもっ。そもそも誰なんだよそいつは!」
「え、二人は知り合いじゃないのか?」
「こんな下郎私が知るわけないだろっ!」
俺から離れたアレクサンダーは心外そうにプンプンして腕組みしたが、ブラッキーは何も言わずその場に佇む。……もしや一方的に知っている感じか? まあこの異母兄も普段から我が儘で独善で行いが悪いからちょっとした諍いが絶えないみたいだし密かに敵も多いだろう。どこかでブラッキーの恨みを買っていたとしても不思議じゃない。
「ま、とにかく、僕はスカイラーと行く。いいよな。愛しいあんたを敵陣に一人で行かせるわけがないっての」
へへっと笑ったブラッキーは呑気そうに頭の後ろで手を組んだ。ついさっきの深刻そうな顔付きが錯覚だったかのような爽やかさだが、俺は一抹の不安を覚えた。
何か俺の知らないゲームキャラたちの事実が後々大きな障害にならないかを懸念したからだ。
一つ溜息を落とした俺はまだブラッキーを睨んでいる異母兄へと向き直る。
「兄上、こいつは俺のー、えー……配下だ! 故に同行してもらう」
異母兄には俺の手下にしておいた方が何かと角が立たないと俺の独断でそう言ったものの、果たしてブラッキーは腹を立てたりしないかと内心少し気掛かりな思いで見やれば、向こうは気分を害した様子もなく頷いている。意図が伝わっているようで助かった。
「へえぇ~、随分と馴れ馴れしい配下なようだけれどね。まあいいよ、礼儀も弁えていないようだし所詮は私たち兄弟の間には入れない賎しい身分だろうからね。そいつのことより早く行こうスカイラー。ここリームケーユに来るにあたって急遽貸し切りにしておいたんだよ~」
「貸し切り? どこを?」
「ふふっ、この街には温泉があるだろう~。お楽しみを赤の他人に邪魔されたくないからね~?」
つまり温泉宿を丸々貸し切りにしたのか。確かにリームケーユの街の中心から外れた山間いには温泉があり湯気でそこら周辺は霧っぽく見えていた。街が管理運営する大きな宿泊施設があるようだが、大胆にもこいつは自分一人が温泉を楽しむためだけに貸し切りにしたのか……。
ただ、何の理由でわざわざそこを訪れるのかは不明だ。単なる娯楽ってだけじゃ来ないだろう。他に理由がありそうだ。
何はともあれ、グリーンの行き先もその温泉宿か。
なら時間をこれ以上無駄にはしたくない。
俺の気持ちを察したわけじゃあないだろうが、アレクサンダーは取り巻きから一台の大きな箱馬車を示されて鷹揚に頷く。
「さ、あの馬車だよスカイラー。私たちだけしか乗れないけれどねえ?」
暗にブラッキーを排除した促しに、当のブラッキーはどこ吹く風と言った表情だ。こいつは魔法で先のメテオロスみたいに身体強化もできるようだからどうとでもなるもんなあ。彼の余裕さを見て取って異母兄は少し苛立ったように鼻を鳴らした。
はー。その半ば全方位に噛み付く姿勢を改めないとその可愛らしい顔じゃカバーし切れずにいつか冗談抜きに背中から刺されるぞ兄上~。
俺は仕方なくブラッキーにそっちはそっちで宜しくと目配せすると、アレクサンダーの用意した馬車に大人しく乗り込んだ。
「兄上、この街へはどういった用件で来たんだ?」
どうせなら探っておこうと質問すれば、アレクサンダーはあっさり自らの支持組織との会合があるからと返答した。それも本人ではなく皇后の意向で開かれるんだとか。お膳立てされたものだからか、こいつ自身はその支持者たちには大して興味も感慨もないようだった。
「当初は面倒だしこんな田舎に来る気はさらさらなかったから、代理を立てるつもりだったんだよ。けれど気が変わったんだよね~」
こんな田舎って、ここはそんなに田舎でもないんだが、この我が儘皇子様に言わせると帝都とその近隣以外はたぶん田舎なんだろうな。
「気が変わったとはまたどうして」
アレクサンダーはやや唐突に俺の顔を睨むとプイッとそっぽを向いた。
「……そこは教えない」
はいはいさいですかー。そう易々と政敵に手の内は明かせないよな。
温泉宿丸ごとなんて貸し切って何か悪巧み会議でも開くつもりなのかねえ。しかしそうだとすると強引に俺を招くのは解せない。
セキュリティは万全だから俺に情報は漏れないと自負しているのか、或いは……殺して人知れず山中に埋めるつもり、とか?
なーんて、グリーンもブラッキーもこいつの取り巻き連中もいるし、俺が数日この街に滞在しているのは街の住人でも知っている者は知っているから、仮に何かあればすぐに足が付く。軽率過ぎるその線はないか。
まあもしもバレない自信があって俺を葬ろうとするなら、こっちだって黙って殺られるつもりはない。必要なら闇魔法で徹底抗戦だ。アレクサンダーはまだ俺の本当の魔法属性を知らないだろうから知ったら驚いて逃げ出すかもな。
真意はどうあれグリーン救出が最大の目的だ。無事な姿を見るまでは従ってやるさ。
「スカイラーこそ、何で急に帝都を出て冒険者の真似事なんて始めたんだい?」
「それは……」
教えない、と言おうとして俺は口を噤んだ。
果たして本当に教えない方がいいんだろうか。それとも、帝国の危機でもあるからこいつとも情報共有する方が得策だろうか。
人海戦術で手分けした方が絶対に早い。
だがしかしそうすると、スカイラーが首謀者だって知られるリスクも発生する。
両刃の剣だ。どうするべきか……。
馬車窓から見える通りには往来する様々な人間たちの姿が見える。それは馬車が進んで行く間も人は変われど変わらない。笑っている者急いでいる者お疲れの者と十人十色だ。
……前世もここも人が安寧を求めるのは同じで、まずはその礎があってこそ俺のエンジョイライフも近くなる。
そうだな、グリーンを取り戻したらブラッキー共々意見を聞いてみようか。異母兄への答えはそれからだ。
故にこの場は無難にやり過ごそう。
「簡単なことだ兄上。この俺の美神の如き麗しい魅力を多くの民に広めるためだ。この俺の姿を生で見たためしがないなど、人生大損だろう?」
無駄に白い歯をキラーンと光らせて大仰にも胸に手を当て誇るように言い放った俺へと、異母兄は珍しくも嫌味たらしさがすっかり抜け落ちた面持ちでポカーンとなった。
ああそうだった、まだこいつは新生綺羅星スカイラー様な俺に免疫ないんだっけな。グリーンとブラッキーはもう慣れたようだが。
「あぁ、へえぇ~、何かシャボン玉とか花とか咲いてキラキラして見えるのは目の錯覚ぅ……? な、何故か手製のウチワとかボードを用意したくなる~」
ぎこちなくも目を擦るアレクサンダーは、それきり赤い顔で頬杖を突いて窓の外を眺めて過ごし俺とは目を合わせない。ふざけているのかと腹を立てたのかもな。まあこっちも思考を整理したかったしちょうど良い。
人質のグリーンに無体な真似をしていないことを祈るのみだが、攫ったのが悪党ギャングのメテオロスなのを思うと不安だ。
ゲームじゃ暴走する感じで他者を無慈悲に殴り倒す戦闘狂だったから余計にな。理性じゃなく闘争本能で動いていたような敵キャラだった。
ああそうだそうだ、ゲームでわざわざアレクサンダーに話し掛けてレアアイテムを取りに行ったのは狂人メテオロスを倒すためだったっけ。
ここはゲームの状況とは違うとは言え強敵には変わりないだろうし、もし奴と戦闘になったらグリーンを安全な場所に隔離しておかないとなあ。
あとアレクサンダーサイドの戦力の把握や罠を想定しておくべきだよな。温泉にハニトラが仕掛けられている可能性だって皆無じゃない。
なるべくならブラッキーの手は煩わせたくないし、しっかり警戒しよう。何せあいつに借りを作るのは後がなあー、ははは。
メテオロスを見た時の態度も少し気になるし。
メテオロス、か。そう言えばあの男は見た目通りに肉体派戦士だしその印象が強いが、実は火属性魔法も使うんだよな。
しっかし妙だな。さっきは火じゃなくて……――闇属性魔法の気配がした。
アクティブな黒い魔力が薄らとは言え奴を覆っていたのが目で見えた。
火属性なら大体赤系統の魔力が見えるはずだが……。そこの違和感を掘り下げようかと言うところで、馬車が速度を落として止まった。
「スカイラー、着いたよ」
何だよタイミング悪いな、と小さな溜息がこぼれ出た。他方、自分の陣地に入ったようなものだからか、どこかウキウキルンルンのアレクサンダーにぎこちなさはもうなかった。
ああいや無意味でもないか、帝都での奴との会話がレアアイテムの隠し場所へのルート出現になっていたな確か。アイテムが欲しけりゃわざわざ見つけて話しかけないとならないって七面倒臭い手間を必要としたっけ。獲得しておくとパーティーメンバー全員のステータスが上がって後々楽にゲームを進められるから探して話しかけた記憶があるな。
なーんて言ってもこの現実には一切関係なさそうだが。別にアレクサンダーがいなくとも俺は隠しアイテムの場所を知っているからな。必要なら取りに行くだけだ。
一方、機嫌が駄々下がりになったのは俺だけじゃなかったらしい。
「スカイラー様、荷物に塩か唐辛子の粉はありませんか?」
グリーンが低い声を出す。犬猿の仲のブラッキー相手にでさえこうも低くはなかったと思う。昔から彼の母親の関係でよく宮殿に来ていた古参とも言えるグリーンは、アレクサンダーの本性をよくよくわかっているからそうなるのは当然か。
「何しに来た、あいつ……」
ん? ブラッキーまで?
まあアレクサンダーも皇子だしブラッキーも一国民として顔を知っていても何らおかしくはない…………が、殺意バリバリ殺気もビンビンなんですけどぉ~?
アレクサンダーと何かあったんだろうか。
よくわからないが、厄介者とは関わらないのが精神衛生上◎だろ。
そんなわけで向こうに悟られないうちに回れ右をしようとした矢先だ。
「ああっ、そこにいるのはスカイラーじゃないか~!」
チッ、気付かれた。
「これはこれはアレクサンダー兄上。お元気そうで」
俺は反転しかけていた体の角度をわざとゆ~っくり戻すと、ゲーム定番のスカイラースマイル全開にした。つまりは冷笑を。
ああいや、待てよ。
通行人がいる前で下手にイメージダウンに繋がるようなことは避けたい。ならこっちかと俺は秒で笑顔の質を変える。今度はアイドル皇子スマイルに。
きっと初めて見るんだろうスカイラーの煌めく微笑みに、アレクサンダーの取り巻きのほとんどと何故か奴自身も表情が弛んでごくりと喉を鳴らした。
唇を引き結び唯一にこりともしなかったのは一団の中の褐色肌の眼鏡の男だ。
深くローブのフードを被っていて辛うじて眼鏡着用くらいはわかるが人相はよくわからない。……だが、なーんか既視感が。
うーんまあ余計な詮索はいいか。実質「俺」としてはアレクサンダーと初対面だ。果たして無難にあしらえるだろうか。
何しろこいつはスカイラーの最大の政敵なんだ。
近頃の俺の人気っぷりは向こうにだって届いているはずで、苦々しく感じているだろう。何かしら足を引っ張ろうと仕掛けてくるに違いない。
「何て奇遇なんだろうねえ。数か月ぶりに弟の顔を見られてとても嬉しいよ。ある日急に帝都を飛び出して暫くどこに行ったのかと思えば、各地からちらほらと君の噂が聞こえてくるじゃないか。無事なのがわかって安心したけれど、行方がわからなかった時は悲しくて毎日泣き濡れて過ごしたんだよ~?」
あ、へえ~。軽いジョークだよな。或いは奴なりの社交辞令か。
スカイラーと同じく皇帝の銀髪と青い目を受け継ぐ異母兄アレクサンダーは台詞内容とは裏腹に、上機嫌そうにからからとして口元に浅い笑みを浮かべながらこっちにやってくる。
スカイラーと同じくらいに伸ばされた長髪が背中でさらさらと左右に揺れる。邪魔そう……。俺はもう結ばないといちいちバサバサして落ち着かないよ。
中背で細身で吊り目がちで、一見すると狡賢い狐っぽい。男にしては小柄な方で顔も24歳にしては童顔だし、言い方を変えれば小悪魔系とも言える。前世じゃゲームをプレイした一部界隈には猛烈に脇キャラのくせにモテていた。
それと、髪と目の色がどちらも皇帝と一緒なのは皇帝の子の中でもスカイラーとこのアレクサンダーのみで、見た目だけでも正統な血筋とわかり、歴代皇帝たちと同じくより跡継ぎに相応しい容姿とされる。
だからこそこいつの母親――正室つまり皇后はスカイラーをとりわけ警戒し邪魔者扱いした。身分は低かったのに皇帝の寵愛を受けたスカイラーの母親の優れた容姿をスカイラーが受け継いだのも嫌悪した理由だ。見るとあの女を思い出すとかそんなような勝手な理由で。
皇帝は女好きで、寵愛されたのは決して一人じゃなかったのに皇后はスカイラーの母親にやけに嫉妬して執拗にいびっていたようだ。
女親の影響でその息子は相手の息子、スカイラーに敵意を向けるようになって、両者間の対立そのままに現在に至る。
正直、アレクサンダーと帝都以外の場所で会うとは微塵も思わなかった。身の安全も含め政治的基盤の強い帝都からは出ないと思っていたからな。
大体にして、もしゲーム内の他のキャラと顔を合わせるとすれば、こいつよりも先にブラッキーの本来の旅の仲間だろうと思っていた。
そいつらとまだ一度も会っていないのは些か不思議ではあるが、機会があれば会えるだろう。
以前ブラッキーにさりげなく聞いたら、俺と旅をするまでは本来の仲間たちと各地を回っていたそうだから、仲間を作らなかったわけじゃないとわかってホッとしたよ。敢えて仲間の存在を確認したのはゲームと異なる部分のあるこの世界だから万一と言うこともあるだろ。ま、杞憂だったが。
件の仲間たちはブラッキーとは別行動で各地の異変を解決して回っているそうだ。幾らかこっちの手間が省けてラッキー展開だよな。感謝!
改めて、俺は内心嘆息して異母兄アレクサンダーを見やる。
今朝見た夢の影響とゲーム内の性悪キャラってイメージが先行して、ほとんどこの世界での実物を知らないとは言え関わりたくない人物トップ5には入る相手だ。無論不動のNo.1はブラッキ~。
よし、とっととこの会話を切り上げるか。
「兄上には心配を掛けて心苦しく思う。その気遣いに感謝する」
「……え、私に?」
うん? アレクサンダーは何をビックリしているんだ? こんなの社交辞令だろ。見ればグリーンも戸惑いを浮かべていた。
あ……もしや、ここは一切スルーとかやっぱ冷笑が正解だったのか?
ブラッキーに対しても以前のスカイラーとは異なる態度で接して戸惑われたし、アレクサンダーについても目先だけを考えた俺は逆に下手を打ってしまったのかも。
あー、ふぅー、うん、さっさとさよならしよ。
「兄上、急ぐので俺たちはこれで」
「えっそれはないよ~スカイラー。この広大な帝国の中で奇跡的にも会えたんだよ。同じ街にいてもタイミング一つ違えば会えなかっただろうし、そこをこうしてバッタリ会えたなんて、やはり私たちの間には何人も入れない血の絆があるんだよ。折角会えたんだし赤の他人とよりも兄弟水入らずでもう少し共に過ごさないかい?」
うん? 兄弟水入らずのとこをやけに強調したな。
その際の異母兄の視線の先にはグリーンがいた。
「それにさあ、私に心苦しく感じてくれてたなら、その埋め合わせは必須だろう?」
「そうか?」
「そ、う、な、の!」
ここで兄とは言え政敵からいきなり腕に腕を絡めてこられて俺は危うく頬が引き攣りそうになった。どうにか動かさずに耐えたが一体どういうつもりだよ。
「なっ、スカイラー様から離れて下さいっ!」
内心困惑している俺の前ではグリーンは明らかに憤り、ブラッキーは無言のまま目付きを鋭くした。当のアレクサンダーはにっこにこだ。
マジで何だこの状況は。俺は腕を振り払った方がいいんだろうか。しかし冷笑や会話だけとは異なりさすがにそこまでするには衆目があり過ぎる。
いや、日和るな気をしっかり持て俺。
ここで敵と馴れ合ってどうする。多少冷たいと言われようがイメージダウンしようがビシッと距離を置いておくのが正解じゃないのか?
「兄上、俺にも予定がある」
「予定、ねえ。それは私の頼みよりも優先することなのかい?」
「……兄上、放してくれ」
明確な肯定はないが、俺の返答は明確だ。過去に色々とスカイラーにやらかしておいて今更こいつは何を期待しているんだかな。
「フフフッフフ、案の定だけれど君はいつもこうだよね。冷淡だ。他人行儀だし突き放してくるし、いつも、いつも……っ、挙句の果ては畜生よりも下ときた……!」
は? 何だ? 畜生ってまさかグリーンのことじゃないだろうな? 睨んでいたし。いくら気に食わない相手だからってさすがにその扱いは可哀想だろ。
俺の腕をより自分に引き寄せて抱き込むアレクサンダーは目付きを仄暗いものにしたが、その負の感情はどうも俺に向けられてはいない。
向けられたのは……かーっ、やっぱりグリーンじゃん!
「メテオ! そいつを先に連れて行き物置にでも放り込んでおけ!」
え、メテオ?
確かゲームではメテオじゃなくて……。
一団の中から一つの人影が飛び出して、それは間抜けにも状況を忘れかけた俺の横を素早く駆け抜けるやグリーンへと襲い掛かった。
さっき俺に無反応だった褐色肌の大柄な男で、すぐ脇を過ぎる際、俺は風圧でフードの外れた面とそいつの袖から覗いたものに気を取られた。
だってそいつは薄々予感はしていたが正式なゲームの登場キャラだった。
「メテオロス……?」
主人公が戦う敵キャラの一人だ。
俺に引っ付いていたアレクサンダーにも聞こえなかった俺の小さな小さな呟きを聞き取ったのか、メテオことメテオロスが一瞬目を見開いてレンズの奥から睨んできた。銀縁眼鏡の端がキラリと光る。気安く名前を呼ぶなってか? それともどうして名前を知っている、とか?
褐色の肌と黒髪なのもあって際立つ白目のその中央に、あたかも丁寧に嵌め込まれた宝石のような深い紫の瞳が印象的だった。
更に、ゆったりした仕様の服なのか、はためいた袖から垣間見えたメテオロスの手首の外側にはタトゥーがあって、それは見覚えのあるデザインだった。
――酒瓶に絡み付く蛇。
褐色の肌に滲まずくっきり黒々とそれは俺の目に映った。
帝国の裏社会に巣喰っているとあるギャング団の証だ。メンバーなら入団時の決まりで例外なく体のどこかにそのタトゥーを刻まれる。
俺は危うく、思考だけじゃない全身までが凍り付きそうだった。
何故なら、ゲーム内でグリーンを殺した犯人にはそれと同じタトゥーがある。
ま、さか……犯人じゃ……っていやいや待て待て、メテオロスはゲームではグリーンが死ぬより前に悪党として主人公に成敗されるはずだから犯人にはなり得ない。生き返るなら別だが。
「ひぇっんなななっ何を!? 誰ですかあなたっ!? 放して下さいよー!」
「グリーン!」
俺がハッと我に返った時には既にグリーンはメテオロスの肩に抱え上げられていて、止める間もなくとんでもない速さでどこかへと連れ去られていく。体格からして標準以上の脚力はあるだろうが、おそらく魔法で強化されてもいるんだろう。普通の人間には追い付けない速度を出している。
「グリーン! おい待て!」
「私との話は終わってないよスカイラー!」
反射的に駆け出そうとするも、アレクサンダーが両腕を俺の胴に回して強く引き止めてきた。
「兄上放せ」
努めて焦りと怒りを押し殺して低い声で促せば、アレクサンダーはこっちを煽るように唇に嘲笑を浮かべた。
「スカイラー、落ち着きなよ。君のあの貧相な召使いを返してほしければ、私と一緒に来るんだよ。素直にそうするなら彼の命は保証する。さあどうする~?」
ははっ、性悪キャラはブレないらしい。昔はひたすら直情径行なジャイアン気質だったのが成長してこうも卑劣で狡猾になったもんだ。
全く、こっちの答えなんてわかり切っているだろうにな。
グリーンじゃメテオロスには太刀打ちできない。
これがブラッキーだったならメテオロスも返り討ちに遭うとこだろうが、生憎と攫われたのはグリーン姫。俺は何としても助けに行かないとならない。
「まあ嫌なら来なくてもいいよ? ただしその場合彼を捨てたことになるけれどね。ふふっ私も鬼じゃあないし、たとえそうなっても彼には新しい主人を紹介してあげるから心配しなくていいよ。献身的で有能な秘書を欲している貴族たちは案外多いんだ。勿論昼間だけじゃない献身で、ね」
「……無駄な喋りはいい。どこにでも行ってやるからさっさと案内しろ」
いつにない俺の硬い声に、アレクサンダーは「わあこわ~い」とおどけた。ムっっっカつくなおいっ。
一方、グリーンの安否なんてそもそもはなから端からどうでもいいんだろう傍観者ブラッキーは、意外にも二人の消えた方を思案顔で暫し見つめていた。
「ブラッキー、悪いが当初の予定は変更だ。俺は兄上と行くがお前はどうする?」
言うなればこれは身内のいざこざだしこいつまで一緒に来る必要はない。異母兄の思惑もわからない以上他人のこいつを危険に巻き込むのは気が引ける。それにこの先への保険として主人公たるこいつは自由に動けた方が良い。万一俺もこいつも共倒れになったら仕掛けは確実に暴走してこの国はジ・エンドだ。
これまでの旅だけでも直に接して関わってきた沢山の人々を知ったからこそ、この国の無辜の民を苦しめたくはない。
元々ブラッキーとは乗り合い馬車みたいな関係だ。行き先が同じで仲間意識を持っただけ。ある日向こうが降りるなら笑顔で見送るつもりだったしな。
「はあぁ傷付くなあ、スカイラーの相っ変わらずいけずぅ。別行動なんてするかって~。ここはさあ、お前も俺に付いてこいって亭主関白に居丈高に言い放つのが筋だろー」
「いやいやどの筋?」
俺の言葉にブラッキーは拗ねたように眉と目を寄せた。
「あんたってホント冷たいよな、裸を見せた僕とあんたの仲なのに」
「おいこら誤解を招く発言をするんじゃないっ。俺のは見せてないだろっ」
ベッドでこいつが勝手に脱いだだけだ。
「はっ裸!? 兄の私を差し置いてよくもっ。そもそも誰なんだよそいつは!」
「え、二人は知り合いじゃないのか?」
「こんな下郎私が知るわけないだろっ!」
俺から離れたアレクサンダーは心外そうにプンプンして腕組みしたが、ブラッキーは何も言わずその場に佇む。……もしや一方的に知っている感じか? まあこの異母兄も普段から我が儘で独善で行いが悪いからちょっとした諍いが絶えないみたいだし密かに敵も多いだろう。どこかでブラッキーの恨みを買っていたとしても不思議じゃない。
「ま、とにかく、僕はスカイラーと行く。いいよな。愛しいあんたを敵陣に一人で行かせるわけがないっての」
へへっと笑ったブラッキーは呑気そうに頭の後ろで手を組んだ。ついさっきの深刻そうな顔付きが錯覚だったかのような爽やかさだが、俺は一抹の不安を覚えた。
何か俺の知らないゲームキャラたちの事実が後々大きな障害にならないかを懸念したからだ。
一つ溜息を落とした俺はまだブラッキーを睨んでいる異母兄へと向き直る。
「兄上、こいつは俺のー、えー……配下だ! 故に同行してもらう」
異母兄には俺の手下にしておいた方が何かと角が立たないと俺の独断でそう言ったものの、果たしてブラッキーは腹を立てたりしないかと内心少し気掛かりな思いで見やれば、向こうは気分を害した様子もなく頷いている。意図が伝わっているようで助かった。
「へえぇ~、随分と馴れ馴れしい配下なようだけれどね。まあいいよ、礼儀も弁えていないようだし所詮は私たち兄弟の間には入れない賎しい身分だろうからね。そいつのことより早く行こうスカイラー。ここリームケーユに来るにあたって急遽貸し切りにしておいたんだよ~」
「貸し切り? どこを?」
「ふふっ、この街には温泉があるだろう~。お楽しみを赤の他人に邪魔されたくないからね~?」
つまり温泉宿を丸々貸し切りにしたのか。確かにリームケーユの街の中心から外れた山間いには温泉があり湯気でそこら周辺は霧っぽく見えていた。街が管理運営する大きな宿泊施設があるようだが、大胆にもこいつは自分一人が温泉を楽しむためだけに貸し切りにしたのか……。
ただ、何の理由でわざわざそこを訪れるのかは不明だ。単なる娯楽ってだけじゃ来ないだろう。他に理由がありそうだ。
何はともあれ、グリーンの行き先もその温泉宿か。
なら時間をこれ以上無駄にはしたくない。
俺の気持ちを察したわけじゃあないだろうが、アレクサンダーは取り巻きから一台の大きな箱馬車を示されて鷹揚に頷く。
「さ、あの馬車だよスカイラー。私たちだけしか乗れないけれどねえ?」
暗にブラッキーを排除した促しに、当のブラッキーはどこ吹く風と言った表情だ。こいつは魔法で先のメテオロスみたいに身体強化もできるようだからどうとでもなるもんなあ。彼の余裕さを見て取って異母兄は少し苛立ったように鼻を鳴らした。
はー。その半ば全方位に噛み付く姿勢を改めないとその可愛らしい顔じゃカバーし切れずにいつか冗談抜きに背中から刺されるぞ兄上~。
俺は仕方なくブラッキーにそっちはそっちで宜しくと目配せすると、アレクサンダーの用意した馬車に大人しく乗り込んだ。
「兄上、この街へはどういった用件で来たんだ?」
どうせなら探っておこうと質問すれば、アレクサンダーはあっさり自らの支持組織との会合があるからと返答した。それも本人ではなく皇后の意向で開かれるんだとか。お膳立てされたものだからか、こいつ自身はその支持者たちには大して興味も感慨もないようだった。
「当初は面倒だしこんな田舎に来る気はさらさらなかったから、代理を立てるつもりだったんだよ。けれど気が変わったんだよね~」
こんな田舎って、ここはそんなに田舎でもないんだが、この我が儘皇子様に言わせると帝都とその近隣以外はたぶん田舎なんだろうな。
「気が変わったとはまたどうして」
アレクサンダーはやや唐突に俺の顔を睨むとプイッとそっぽを向いた。
「……そこは教えない」
はいはいさいですかー。そう易々と政敵に手の内は明かせないよな。
温泉宿丸ごとなんて貸し切って何か悪巧み会議でも開くつもりなのかねえ。しかしそうだとすると強引に俺を招くのは解せない。
セキュリティは万全だから俺に情報は漏れないと自負しているのか、或いは……殺して人知れず山中に埋めるつもり、とか?
なーんて、グリーンもブラッキーもこいつの取り巻き連中もいるし、俺が数日この街に滞在しているのは街の住人でも知っている者は知っているから、仮に何かあればすぐに足が付く。軽率過ぎるその線はないか。
まあもしもバレない自信があって俺を葬ろうとするなら、こっちだって黙って殺られるつもりはない。必要なら闇魔法で徹底抗戦だ。アレクサンダーはまだ俺の本当の魔法属性を知らないだろうから知ったら驚いて逃げ出すかもな。
真意はどうあれグリーン救出が最大の目的だ。無事な姿を見るまでは従ってやるさ。
「スカイラーこそ、何で急に帝都を出て冒険者の真似事なんて始めたんだい?」
「それは……」
教えない、と言おうとして俺は口を噤んだ。
果たして本当に教えない方がいいんだろうか。それとも、帝国の危機でもあるからこいつとも情報共有する方が得策だろうか。
人海戦術で手分けした方が絶対に早い。
だがしかしそうすると、スカイラーが首謀者だって知られるリスクも発生する。
両刃の剣だ。どうするべきか……。
馬車窓から見える通りには往来する様々な人間たちの姿が見える。それは馬車が進んで行く間も人は変われど変わらない。笑っている者急いでいる者お疲れの者と十人十色だ。
……前世もここも人が安寧を求めるのは同じで、まずはその礎があってこそ俺のエンジョイライフも近くなる。
そうだな、グリーンを取り戻したらブラッキー共々意見を聞いてみようか。異母兄への答えはそれからだ。
故にこの場は無難にやり過ごそう。
「簡単なことだ兄上。この俺の美神の如き麗しい魅力を多くの民に広めるためだ。この俺の姿を生で見たためしがないなど、人生大損だろう?」
無駄に白い歯をキラーンと光らせて大仰にも胸に手を当て誇るように言い放った俺へと、異母兄は珍しくも嫌味たらしさがすっかり抜け落ちた面持ちでポカーンとなった。
ああそうだった、まだこいつは新生綺羅星スカイラー様な俺に免疫ないんだっけな。グリーンとブラッキーはもう慣れたようだが。
「あぁ、へえぇ~、何かシャボン玉とか花とか咲いてキラキラして見えるのは目の錯覚ぅ……? な、何故か手製のウチワとかボードを用意したくなる~」
ぎこちなくも目を擦るアレクサンダーは、それきり赤い顔で頬杖を突いて窓の外を眺めて過ごし俺とは目を合わせない。ふざけているのかと腹を立てたのかもな。まあこっちも思考を整理したかったしちょうど良い。
人質のグリーンに無体な真似をしていないことを祈るのみだが、攫ったのが悪党ギャングのメテオロスなのを思うと不安だ。
ゲームじゃ暴走する感じで他者を無慈悲に殴り倒す戦闘狂だったから余計にな。理性じゃなく闘争本能で動いていたような敵キャラだった。
ああそうだそうだ、ゲームでわざわざアレクサンダーに話し掛けてレアアイテムを取りに行ったのは狂人メテオロスを倒すためだったっけ。
ここはゲームの状況とは違うとは言え強敵には変わりないだろうし、もし奴と戦闘になったらグリーンを安全な場所に隔離しておかないとなあ。
あとアレクサンダーサイドの戦力の把握や罠を想定しておくべきだよな。温泉にハニトラが仕掛けられている可能性だって皆無じゃない。
なるべくならブラッキーの手は煩わせたくないし、しっかり警戒しよう。何せあいつに借りを作るのは後がなあー、ははは。
メテオロスを見た時の態度も少し気になるし。
メテオロス、か。そう言えばあの男は見た目通りに肉体派戦士だしその印象が強いが、実は火属性魔法も使うんだよな。
しっかし妙だな。さっきは火じゃなくて……――闇属性魔法の気配がした。
アクティブな黒い魔力が薄らとは言え奴を覆っていたのが目で見えた。
火属性なら大体赤系統の魔力が見えるはずだが……。そこの違和感を掘り下げようかと言うところで、馬車が速度を落として止まった。
「スカイラー、着いたよ」
何だよタイミング悪いな、と小さな溜息がこぼれ出た。他方、自分の陣地に入ったようなものだからか、どこかウキウキルンルンのアレクサンダーにぎこちなさはもうなかった。
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