男装したら腐友人がBLさせようとしてくるようになった件

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番外編 姉のために男装して騎士団に入ったら男色王太子に気に入られて暴かれた新キャラの話3

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 日のすっかり落ちた夜の王宮。

「ふ、禁止されるとしたくなるのが人間の性だよね……なーんて」

 石造りの廊下をこそこそと進む黒髪の少年騎士エドウィンの姿がある。
 昼間は賑やかしさがそこここで響く石でできた建造物は、夕食時を過ぎた今は不気味な程に静まり返りその光景は一変している。王宮舞踏会でもある日はまた別だが、夜の王宮の常態はこのようなものだった。
 しかも、王都では未だ断続的に魔物との戦闘が起きていて騎士達がほとんど出払っており、常時よりも大幅に人員が少ないので深い森奥のような静寂だ。王宮警備の質が懸念されそうだが、王族などの要人警護の騎士の腕は確かな者が確保されているので障りはなかった。

「くふふ、何だかんだでこれも私的には都合がいいんだよね。見つかるリスクが減ってさ」

 エドウィンことエマは結局夕方には王都の街の現場から呼び戻され、王太子アーチボルト警護のために王宮に残るよう指示された。同僚達が王都の各所で戦っているのを思うと本音では自分も駆け付けて共に戦いたい。
 しかし軍属たる者、上官からの指示は絶対だ。
 魔物のレベル的に任せても大丈夫そうだったのは素直に有難い。

 そんなわけで渋々王宮に居残り夕食後簡単に湯浴みをして昼間の汚れを落とすと、自ら必要区域の見回りに立候補してこうして単独行動をしているのだ。

 しかし、エマは早々に見回りを終えていた。

 異常はなく、本来ならばさっさと警護対象の傍へと戻るべきだろう。しかし彼女はランプも持たず辺りを警戒しながら前進している。他の者に見つかれば不審者だと騒がれかねない抜き足に差し足だ。
 場所も場所で、王宮での会議やら謁見がなされる公務区域たる建物の屋内廊下を過ぎ、王族の居住区に繋がる回廊へと出て更にまた屋内へと、つまりは王族の居住区へと侵入する。

 二人一組の不寝番の騎士達が佇み目を光らせている死角から。

 騎士エドウィンの出入りは許可されているので堂々と見張りの横を通り表から入れるにもかかわらずの不法侵入だ。

 この一連の不審な行動が見つかれば如何に王宮騎士の一員と言えど暗殺者と疑われた末に牢獄行きになってもおかしくない。
 なのに敢えてエマは危険を冒したのだ。

 同僚で友人のルイス・マクドナルドが寝かされている部屋に行くために。

 当初ルイスは王太子の部屋で療養するとされていたが、直前になって同じ階の別の部屋に変えられた。さすがに後々を考慮して本当は女性だったルイスの評判を貶める可能性を避けたのだ。

(うん、賢明な判断だよね。アーチボルト殿下にしては珍しく)

 エマは王家の王子殿下達を基本的にぼんくら揃いだと思っている。
 第二王子フレデリックがその筆頭だ。灸を据えられてここ暫くは改心の兆しか大人しくしているようだが、彼の取り巻きはやっぱりクズばかりで先日は思い切り叩きのめした……気がする。
 その日はうっかり酔ってしまったのでハッキリとは記憶はないのだが。

(まあ、あれは済んだ事だしもういいとして、ルイスだよルイス。大丈夫かな。まー、王太子殿下にしてもまさか病人にムラムラして襲いかかったりはしないと思うけど)

 昼間は王都を駆け回って目に付く限りの魔物を屠ってきたエマは汚れを洗い流しサッパリとしているが、軽く乾かしたとは言えまだ幾分しっとりとしている黒髪が、中性的なエマの色気を引き出している。
 とは言えそんなエマを誰が目にするわけでもない。まあクラウスが見ていたらさぞ平静を保つのが大変だったろう。
 彼女は途中一旦窓から外に出たり中に入ったりを繰り返し、要所要所に立つ見張り達に気付かれないよう、とある廊下を奥へと進む。
 そちらには王太子の部屋がある。

 そして、ルイスがいる部屋も。

 エマが目指すのは勿論後者。

 現在の内情を知るからこそ誰にも見つからずに友人の部屋まで無事辿り着けたエマは、堂々と扉から入室した。

(ふう、何とか成功。ルイスは……と)

 ベッドに近付いて眠っているルイスの姿を確認した。もう顔色は悪くない。昼間は酷かったのでアーチボルトから直接もう大丈夫だと言われても心配していたのだ。

「良かった、ルイス。一度くらい起きたのかな。食事はどうしたんだろう」

 エマは戦闘に参加していてその間の様子がわからない。
 ふと気になってルイスの頬に少し掛かっていた栗色の後れ毛を指先で払ってやる。
 すると、眠りが浅かったのかルイスの瞼が微かに震えてその下から綺麗な榛色の瞳が現れた。

「あ、ごめんなさいルイスねえ、起こしてしまったね」

 ルイス姉と、エマはそう呼んだ。
 アーチボルトはルイスの性別を隠したが、エマは既に騎士ルイス・マクドナルドの本当の姿を知っていたのだ。

 実はルイスは本名もまたルイスという。無論姓は違うが。

 ルイス・ラッセル。
 これが彼女の本当の名だ。
 マクドナルドの姓は近所から拝借したもので、その家には偶然にも実際にルイスという名の息子がいてその人は放浪の旅を好んでいつも家にはいないそうだ。だからバレずに済んでいるのだとエマはそう聞いていた。

 この事をアーチボルトが知ったら先を越されていたのかときっと極めて凶悪な仏頂面になるだろう。

「んむむむ……ん、エドウィン……?」

 人の気配で起きたのか、ルイスことルイスは不思議そうに瞬いた。どうしてエマがこの場にいるのか考えているのかもしれない。

「心配でお見舞いにきたんだよ。……王太子殿下には内緒で。具合は? 怪我は全ヒール掛けてもらったんだよね?」

 ルイスの方が年上なのだが、色々と相談に乗ったり必要に応じて手を貸したりして親しくしているうちにもうほとんどエマはタメ口になっていた。

「内緒で……あは、そうなんだ? 体は、うん、もう痛みはないよ。疲労感というか倦怠感というか、今はそういうのだけ。来てくれてどうもありかとね、――エマ」

 エマ。

 ルイスは、彼女もまたエドウィンの正体を知っていた。

 エマの言葉から大体を察したルイスはやや苦笑気味にはにかんだ。声もエマ同様に扉の外に漏れないように極力潜めた。
 エマの前で至って落ち着き払っているルイスは実は一度目を覚ましてこの部屋に寝かされている事情をアーチボルト本人から教えてもらっていた。

 目を覚ましたと聞いて血相を変えて駆け込んできたアーチボルトの取り乱したような姿にはちょっと驚かされたが。あの時は、普段から無愛想なアーチボルトのイメージとは違っていて、ルイスには彼が何だか雲上人などではなく世の普通の男のように見えてしまった。

 何だか思い出してくすりとしてしまうとエマが怪訝そうにしたのではっとして笑みを引っ込めた。

「あ、そうそうルイス姉、もし食事がまだでお腹が空いていたらと思って持って来たんだ」

 思い出したように言ってエマは動きやすいよう紐を短くしていたショルダーバッグから菓子包みを取り出してルイスへと差し出した。軽さやカサカサする音からしてクッキーなど焼き菓子のようだ。

「軽食って程でもないけどさ。良ければどうぞ」
「ありがとね、エマ」

 女子二人は頭を寄せて微笑み合った。

「この目でルイス姉が無事回復したのを確認できたし、そろそろ行くよ」

 今はここにいない王太子もそのうち彼女の様子を見に来るはずだ。鉢合わせするのは避けたい。王太子の部屋に入るのは禁止されているから入らなかったにしても、この部屋は彼の居住区内にあるので、勝手な侵入が発覚すれば罰を受ける流れにもなりかねない。
 ルイスもそこは的確に察したのか頷いた。

「あ、エマ、まだちょっと待って。あなた髪の毛乾かしたのはいいけど制服とその下のシャツの襟元、水滴で濡れてそのままじゃないの。半乾きってことはー……今夜ずっとそのままで来たのね。風邪引くでしょうにもう」
「へ? あ、そうみたい。へへ、全然気にしてなかった」

 全く、とルイスは溜息を落とした。彼女は徐にベッドから出て広い部屋を突っ切ると、テーブルに畳まれて置かれていた自らに用意されていた清潔な制服を手に戻ってくる。その際起きて平気かとエマが慌てたが彼女はにこりとして実際歩いてみせて現状を示した。

「はいこれ。上だけ着替えていきなさいエマ。どうせサイズは同じだし、今晩あなたのを乾かして明日着ちゃうから」
「え、でも。こっちで一度着た物だし汚いよ」
「湯を浴びたんでしょう? なら構わないわ」

 ルイスはやや強引に着替えを押し付けてさっさとベッドに潜り込む。二人の時はルイス姉と呼ばれるように、友人としてだけではなく時に妹でもできたようにも感じるルイスは、エマの無頓着にこうして気付いて世話を焼く。
 エマは少し困ったように唸ったものの、ルイスが「風邪引いたらって心配で眠れないかも」とぼやくと観念した。
 ルイスのための着替えを横取りしたようで気が引けたエマだが心配を掛けるよりはマシだと割り切る。

 制服の上着を脱いでシャツを脱いだ時だった。

 唐突に、扉がノックされた。

「「――!?」」

 動きを止めたエマと飛び起きたルイスは顔色を変えて互いを見交わした。

「あー、起きているかルイス?」

 この声はアーチボルトだ。臆するという言葉を知らないような常の凛とした声と比べると躊躇うような声なのが意外に感じるが、紛れもなく王太子本人だ。

「あ、はい。少々お待ち下さい!」
「……ルイス?」

 ルイスが時間稼ぎに慌てて返したが、かえってそれが不審を招いたらしい。そもそも待たされる必要性がわからないのだ。
 ルイスの意識が戻る前は一応ノックはしたが応答がないのはわかっていたのでそのまま軍医と共に入って体調を診させたし、意識が戻ってからもすぐにどうぞと入室を促す返答があったからだ。
 エマはエマで焦って着替えを完了させようとしたが、逆に絡まってしまって益々焦った。人間急に焦ると手元が狂ったりもたつくものだ。しかもルイスとは違いエマはまだアーチボルトに女だとバレてはいないのだ。

「おいルイス、何かあったのか?」

 懸念が滲んだアーチボルトの声がして、急いたように扉が開けられる。

 エマはシャツを脱いだ状態なので薄い下着だけの胸元が丸見えだ。制服の生地の厚さと膨らみで誤魔化せていた胸の膨らみも隠せない。このままでは絶対秘密が知られてしまう。

「……ルイス?」

 中に踏み込んだアーチボルトはその場で足を止め、訝るような顔をした。彼の視線はベッドへと向けられている。

 そのベッドは現在、天蓋からのカーテンが全て下ろされていた。内側で寝ている人間の姿は見えない。

 その内側で寝ているはずの人間が只今、別の人間をベッドに組み敷いて冷や汗の浮かんだ顔をカーテンの向こうの気配へと向けて神経を研ぎ澄ませているなどとは夢にも思わないだろう。

 肌蹴た姿のエマは間一髪にもルイスからベッドへと引っ張られたのだ。すかさずルイスがカーテンを下ろし、下り切ったと同時にアーチボルトが踏み込んできたという次第だっだ。冗談抜きにコンマ何秒の差だった。
 ルイスの機転のお陰でエマは何とかあられもない姿を晒さずに済んだが、咄嗟の事で茫然自失。言葉もなくルイスを見上げるしかない。ルイスの方も何とかギリギリセーフで安堵と放心をしかけたが、ハッとする。

「――っ、殿下すみませんっ。ちょっと着替えをしてまして!」
「なっ、え、そうか、すまんっ! てっきり何事かあったのかと!」
「あは、大丈夫ですよ」

 素早く回れ右で背中を向けたアーチボルトだが、しかし羞恥と動転のせいで部屋から出るのにまでは意識が回っていなかった。居座っている。
 まだ、居る。
 ルイスは極々小声で憤った。

「どうして出ていかないわけ!」

 これではエマが落ち着いて着替えられないし、出られもしないではないか。しかしいつまでも長くはカーテンを下げてはおけない。
 両手を突いたままエマを見下ろしてどうすべきかを思案しつつ、どうするにせよ着替えてからだと思い直して呆けていたエマに着替えを目顔で促して上から退けようと動いた。

 けれども刹那、ルイスはくらりと目眩がしてバランスを崩した。まだ血が少なく本調子ではない上にいきなり大きな動きをしたせいだろう。

「ルイス!?」

 ぎょっとしたエマが思わず迂闊にも声を上げ、下から両手でルイスを支えた。エマはほぼ同時に自らの失態を悟ったが、時既に遅しだ。
 ルイスは頭を振って感覚をはっきりさせて、彼女も自分達のまずさを理解する。

「今の声は、まさか……――エドウィンか? そこでルイスと一体何をしている……?」

 近付いたアーチボルトの低い声がカーテンのすぐ向こうで響き、カーテン同士の隙間に指先が突っ込まれる。

「殿下お待ち下さい!」

 ルイスが制止の声を上げるも真横に引かれた。

 だがしかしエマはルイスを寝かせると開けられそうになったカーテンを反対に引っ張って阻止する。それどころか下方に強く引いてカーテンを天蓋から引き裂くとバネのように跳び、大きな動きでアーチボルトの顔面へと巻き付けてやった。

「なっ!? くっ!」

 顔からカーテンを剥がそうとアーチボルトが両手で掻くようにしたが、視界が阻害されて足元が覚束なくなった彼はよろけ、大きく後方へと転びそうになった。

 その先には小さなチェストの角がある。

 当たり所が悪ければ怪我だけでは済まない。

「――危ないっ!」

 ベッドから床に着地していたエマは逸早く危険に気付いて腕を伸ばした。

 前を閉めないままのシャツの裾が広がり翻った。

 一番先に指先が届いたアーチボルトのシャツの一部をむんずと掴んで引き寄せる。強い力が掛かったせいかブチブチブチと糸の切れる音がしたがそれどころでもない。

「お、おい何をする!」

 彼は前が見えない上にいきなり別方向に引かれてこれまた上手く体勢を整えられないままに倒れ込む。
 ふかふかとしたベッドへと。

「ぬわあっ!」
「うっ……!」

 アーチボルトとエマの悲鳴が揃って上がった。

「エマ!? ど、どうしようこれ……っ」

 同じベッドの上ではルイスが両手を口に当ててあわあわとしている。

「エマ、とは? しかし、な、何が起きた? 俺はベッドに倒れたのか? ……にしては何だか布団の割には弾力があって温かいような?」

 うつ伏せのアーチボルトが疑問を口にしながらもやっと顔のカーテンを少しずらす。

 彼の視界は肌色と白で占められた。白いシャツの襟と人のさ骨と首筋は視界の端の方だ。では何が大半を占めているのか? そして柔らかな感触とは何なのか?

「下着……と、女の胸?」

 ルイスは傍にいるので彼女の体ではない。
 では誰のものなのか?
 全く予期せぬ出現物に、アーチボルトはぽつりと途方にくれたような呟きを漏らした。

「はあ、怪我しなかったのは良かったけど、女なのがバレたって知られたらクラウスに怒られるよねえ……。黙っていてもらえないかなあ。うーん、交渉次第?」

 アーチボルトの耳に直接響いてくるのはどう聞いてもエドウィンの声だが、意味のよくわからない独り言だった。

 彼もさすがに視覚と触覚から自分が人間の体のどこにどうしているのかを悟ったが、彼にはそれがまだ信じられなかったのでかえって緊張感が増して固まってしまってもいた。

 いつもなら毛嫌いしている女性からなど相手を放り出してでも離れているというのにだ。

 つまりは、エマの薄い下着越しの胸の上から頭を動かせないでいた。湯上がりの石鹸の匂いもする。
 彼は恋するルイスの前なのに何だか変な気分になりそうだった。

「待て待てそんな馬鹿な。ルイスが女でエドウィンまで女だと? いや落ち着け俺。どうしてそうなるんだ。これは幻覚に違いない」

 悩んだ声で唸りつつ意を決したのかガバリと両手を突いて身を起こしたアーチボルトは何物にも、例えば幻覚や幻惑魔法にも騙されないと強い心で以て自分の目を見開いた。しかとエドウィンを見下ろす。

「はっ、ほらやはり全ては単なる錯覚で……――」

 喜ぶべきか悲しむべきか、彼の目は現実をしかと正しく映していた。

 見つめ下ろしたまま凍りつく。

「お、んな……」

 彼らの姿を端から見れば、アーチボルトがエマをベッドに押し倒したようにしか見えない。療養中のルイスがすぐ横にいるのを無視すればだが。

 直前で引っ張られてボタンが千切れ前が開いてしまった彼のシャツや、エマの恥ずかしい格好にしても普通は第三者がいるので何らかのアクシデントを考えるだろう。

 ……普通は。

 そう、世の中には驚くべき視野の狭さを持つ者もいるのだ。

 加えて、その者はとある特定の相手に関する物事だけに特化した究極の狭さを持つのだ。

「あ、あの、殿下、エマから、いえエドウィンから早く離れた方が……」

 気付けば、ルイスが瀕死の時よりも蒼白な顔色でベッドの脇を見つめている。

 不可解な顔付きでエマとアーチボルトは揃って目を向けた。

 うっかり死ぬかと思った二人だった。

 銀髪がさらりと揺れる。

 銀の睫の下の薄青の瞳を細め、天から舞い降りてきたかのような輝く極上の微笑みを浮かべる青年がそこには立っていた。

「「ク、クラウス……!?」」

 ぴたりと一致するエマとアーチボルトの叫びが素晴らしい調和をみせる。あたかも二人はお似合いと天に祝福されているかのようだ。
 さらに一筋青年のこめかみに青筋が浮いた。

「ペンダントの緊急信号があって飛んできてみたら、二人で、しかもベッドの上で、何をしているんだ? あと、二人のその姿は? きっちり説明してくれるよな?」

 その夜、王宮の上空には夜だと言うのに夜闇よりも濃いどす黒い何かが漂っているのが見えたという。誰かが王宮に悪魔を召喚したのでは、と密かに囁かれた。
 時に魔法使いの怒りとは天変地異も然りなのだ。




「全く、王家の兄弟は揃って俺の神経を逆撫でしかしないよな。エマ、王宮騎士団なんてさっさとやめて本気で公爵家の私兵を育成したらどうだろう。うん、そうした方がいいな、よし明日からそうしよう。善は急げだ。早速引き返して退職してこないとな!」
「えっ、あの、待って待って待って下さいよクラウス!」

 あの後着替えて事情を説明してクラウスはとりあえずは納得してくれた。

 エマの秘密を知ったアーチボルトも、ますはルイスの件を纏める必要があったのでまだ秘密は秘密のままにしておく方が無難だとして、エマの性別の真実は伏せる方向にしてくれた。

 そこに無言のクラウスの圧力があったかどうかはエマにはわからない。

 今はエマとクラウスの二人だけで王宮から出て街中を走っている。二人は話しながらも暗がりから襲ってきた魔物を片っ端からやっつけていく。片手間という言葉があるがまさにその通りだった。
 どうして二人は王宮から出てきたのか。
 誤解が解けて早々に、王宮騎士団へと人を寄越してほしいとの要請があったのだ。ほとんどが出払っていた他の騎士団には適任者がいなかったので、一時はアーチボルトは自分が出るとまで言い張ったが、エマはよしとしなかった。
 その目はクラウスを見やった。

『クラウス、お願いします。私と現場に行って下さい』

 エマとクラウス、二人がいれば戦力には十分だ。
 エマの信頼を受けてクラウスは少し思案した。しかしそれは演技だった。半分伏せた瞼の奥に彼は意地悪な眼差しを閃かせる。

『見返りは?』
『え、見返り? うーんと……』

 オフィシャルな依頼でもあるので下弦の月騎士団として公爵子息に何が報酬として出せるだろうか。エマにはすぐには思い付かない。
 急ぎでもあるので意見を仰ごうとアーチボルトを振り返った。

『エマ』

 しかしクラウスから注意を呼び戻される形で呼ばれた。

『はい?』

 無防備にエマが姿勢を戻した刹那、ちゅっと唇へと彼の唇が押し当てられた。

『半分前払いで』

 顔を離したクラウスがお茶目に笑って言った。

『…………』

 半口を開けたエマは元より、ルイスとアーチボルトも唖然とした。
 エマの羞恥ゲージが急上昇して限界点を突き破る。

『こっ、こんな時にーーーーっ!』

 こんな時だからこその役得だろう、とクラウスはしたたかにも思ったが口には出さない。
 加えて、魔物排除か済んだら今夜の嫉妬した分までエマにとことん甘えてやろうと算段もつけたのだった。

 その夜は、結果として多数の場所を回った二人の活躍のおかげで、魔物被害は未然に防がれ出なかったという。

 一日と経たず大部分で戦力を殺がれた魔物達は、それからはもう各所で負け戦の連続で、王都は数日で平穏を取り戻したのだった。

「クラウス、次はどこに行きます?」
「公園で少しまったりして休もうか。甘い物でも買ってさ」
「あ、いいですねそれ。じゃあお菓子何か希望はあります?」
「んー特には……ああいや、あるな」
「何ですか?」
「これ」
「――っ!?」

 その賑わう街中で、どさくさで恋人の頬にキスをする銀髪の麗しい青年と、不意討ちに真っ赤になって飛び上がる黒髪の少年のような少女の姿があっという間に人混みに紛れていく。

「ああうふふ、やーっぱりいつ見てもお兄様とエマは歴代ベストワンなカップルですわねえ、うふふふふ」

 そんな二人にやや久しぶりに会いに来た公爵令嬢が馬車の中から二人に向けていたオペラグラスを外して満足そうに背凭れに身を預けた。
 今日は終日青空だと言う。
 彼女は窓から空を見上げた。

「お天気雨なんて降らせて二人のデートの邪魔をしたりはしないであげてね。……ああでも突然の夕立に見舞われる二人、ずぶ濡れて冷え切ったお互いの体を抱き締め情熱に戸惑いつつも求め合い、雨の音とどこまでも翻弄される熱にいつしか少年達はっ……!」

 いつの間にかお気に入りのBL小説の展開になって馬車ではあはあと大興奮する令嬢さえも、その日の空は爽やかに見守っていた。
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